【完結】婚約破棄されましたが、私は【おでん屋台】で美味しい愛を手に入れたので幸せです

ともボン

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第2話   実家追放

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「こ、婚約を破棄されただと!」

 場所はバードレン家の広間である。

 満面の笑みでくつろいでいたお父様だったが、 私が意気消沈しながらお父様に事情を話すと悪魔の如き形相に変貌した。

「カレン……ほ、本当なの?」

 一緒にくつろいでいたお母様も仰天した顔で問いかけてくる。

「はい……」

「ば、馬鹿な! お前以外に結界石に魔力を込める女がいるとは思えん!」

「ですが事実です。私はしかと見ました。子爵令嬢のミーシャ・ドリフターが結界石に魔力を込めて発光させるところを」

「くそッ!」

 お父様は小机の上にあったワインボトルを手で薙ぎ払った。

 勢いよく飛んだワインボトルは壁に激突してバリンッと割れる。

「あなた、落ち着いてください」

「落ち着けだと! これが落ち着いてなどいられるか!」

 お父様の空気を震わせる怒声に、私とお母様はビクッと身体を震わせる。

「終わりだ。カレンが〈結界姫〉に選ばれたことで、我がバートレン家は格下の男爵家から王族の身内になるはずだったのに……」

 私は心臓を素手で掴まれたような錯覚を覚えた。

 お父様には申し訳ないことだけど、こうなってしまった以上はもうどうしようもない。

 これはカーズ様の独断ではなく、すでに国王陛下も了承済みのことなのだ。

 国王陛下の言葉は神の言葉に等しい。

 おそらく直談判しても今回の一件は絶対に覆らないだろう。

 などと私が思ったときだった。

 お父様は私をキッと睨みつけると、大きく足音を立てながら近づいてきた。

 そして――。

「この役立たずが!」

 バチンッ、と私は強烈な平手打ちを食らった。

 私の視界は一瞬真っ暗になり、誰かに引っ張られるように真横に吹き飛ぶ。

 そのあまりの威力に私は立っていられず床に倒れてしまった。

(お父様……)

 直後、ジンジンとした熱と痛みを左頬に感じた。

「どうしておめおめと帰ってきた! カーズ様に必死に頭を下げて懇願すれば、まだ考え直すこともあったではないか! だが、こうして何もせずに帰ってきたということは婚約破棄を受け入れたと同義! これではどうあっても婚約破棄の事実は覆らん!」

 お父様は一気にまくしたてると、私に近づいてきて足蹴にしてきた。

 私は無意識に身体を丸めた。

 それでもお父様の蹴りは止まない。

 容赦なく私の身体を足裏で踏みつけてくる。

「あなた、止めてください! カレンが悪いわけではありません!」

 お母様は慌ててお父様の手を掴んだ。

「うるさい! それもこれもお前が不倫しているからだろうが!」

 お父様はすかさずお母様に平打ちを食らわせる。

「わ、わたくしが不倫しているですって……」

「ふん、何を驚いた顔をしている。貴族社会で無能と罵られている俺とてそれぐらいは調べられるわ。十以上も離れた若い男と街の安宿で密会していることぐらいな……この恥さらしの淫売女が!」

「そ、そういうあなたこそ浮気をしているじゃありませんか! わたくしも知っているのですよ! しかもお相手はカレンと同年代の少女とか! ふん、とんだ少女趣味ですわね!」

 修羅場とはまさにこのことを言うのだろう。

 お父様とお母様は獣のように感情をむき出しにして言い争いを始める。

 一方、私はまったく間に入れなかった。

 両親と言えども顔を真っ赤にしながら、大量の唾を吐き出すように互いのことを罵る光景は見ていて気持ちいいものではない。

 たっぷり一分ほど経った頃だろうか。

 お父様とお母様は全力疾走したあとのように息を荒げながら、同じタイミングでゆっくりと私のほうに顔を向ける。

 これはちゃんと話し合う好機《チャンス》だと私は思った。

「あのう……」

 私はこの機会を逃すまいと、何とか声を絞り出した。

 その直後である。

「お前のような親不孝者は勘当だ! さっさと出ていけ!」

「あなたのような親不幸者は勘当よ! 出ていきなさい!」

 こうして私は何の反論もできずに家を追い出されたのだった。

       ◀●▮━

 実家の後ろ盾がなくなった貴族の末路は哀れの一言だ。

 貴族令息ならば財産や領地の相続権の喪失に始まり、社会的信用が地に落ちることで縁談などはまったくなくなる。

 そうなれば社会的信用がさらに落ち、文武に長けていなければ一週間も経たずに飢え死にして路地裏で発見されることになるだろう。

 貴族令嬢もほぼ同じだが、おそらく貴族令息よりも少しは長く生きられる。

 理由は言わずもがな女だからだ。

 つまり私のような元貴族令嬢には女としての価値がまだ残っていて、それはすなわち矜持と身体を売りさえすれば日銭が稼げるということ。

 元貴族令嬢ならば平民の娘よりも付加価値は高いに違いない。

 では、実家から勘当された私は身体を売って生きる気があるのか?

 答えはノーである。

 私にはとても身体を売ってまで生きたい気力はない。

 私は十二月の寒空の下、何とか持ってきたコートの襟元を立ててトボトボと歩いていく。

 もう夜も遅い時間だ。

 貴族街にはまったく人気はなく、ようやく辿り着いた平民街でも通りを歩いている人間はほぼいなかった。

(これからどうしよう……)

 私はコートのポケットに入っていた三枚の銀貨を取り出す。

 貴族令嬢の身分のときはお小遣いにもならない金額だったが、今の私にはこの三枚の銀貨が生を繋ぐ生命線である。

「まあ、この程度のお金なんてすぐになくなっちゃうけどね」

 安宿に一泊すれば銀貨二枚の消費。

 一日二回の食事をしたら銀貨一枚の消費。

 要するに、何も手立てを打たなければ私の命は明日で終わりということだ。

 数秒後、私はパッと表情を明るくさせた。

「よし……明日死のう」

〈結界姫〉候補になったことも運命ならば、 婚約されたことも運命。

 実家から勘当されたことも運命ならば、三枚の銀貨がポケットに入っていたことも運命である。

 これはきっと神様が明日まで生かしてくれた慈悲に違いない。

 だとするなら、明日は元貴族令嬢らしく正々堂々と自ら命を絶とう。

 そして神様の国に逝くのだ。

 私は三枚の銀貨をギュッと握り締めた。

 二枚の銀貨は宿代に取っておくとして、せめて最後の晩餐ぐらいは温かくて美味しくて腹持ちがする食事がしたい。

 などと思ったときだ。

 ぐうううううう。

 お腹の虫が盛大に催促してきた。

 私はお腹をさすりながら考える。

 時間帯を考えるとレストランはもう閉店しているだろう。

 大通りに毎日出ている飲食の露店も夕方には店じまいするので無理だ。

 となると、残るのは今は亡き叔父様に何度も連れて行ってもらったあの店しかない。

 私は最後の体力を振り絞って目的の場所へ向かう。

 平民街の外れにある、魔力灯もほとんどない色街に近い場所にその店はある。

 やがて私は目的の店があるはずの場所に辿り着いた。

「……ああ、よかった。まだ開いてる」

 私の視界にはノレンという布にヒノモトの文字で「おでん」と書かれているという、移動式の簡易店舗の姿が見えてきた。

 とても美味しそうな匂いと、優しい光に包まれた屋台というお店の姿が――。
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