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第十五話 相反する力、魔法と天理
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「意外と簡単に出せるのだな」
落ち着いた様子で声を漏らした武蔵だったが、やはり見れば見るほど空中に浮かぶ二つの板切れは奇怪な代物である。
アルビオン城内の一室で他の人間のステータスや、伊織の天掌板を見たときは驚きのほうが強かったものの、こうして自分で出してみると驚きよりも興味のほうが勝ってしまう。
(たった数時(数時間)ほどで俺もかなり毒されたものよ)
不可思議な魔法が存在する世界に自分がいる、という認識を持ってしまったことで、日ノ本にいたときならば絶対に認めなかったことを簡単に受け入れられるようになったに違いない。
そして武蔵が右手の天掌板、左手のステータスを交互に見たとき、中身に記されている内容が少し違うことに気がついた。
右手の天掌板の【職業】には〝天下無双兵法術者〟。
左手のステータスの【職業】には〝天下無双魔法術者〟。
などと記されていたのだ。
天下無双兵法術者ならば武蔵にもよく理解できた。
これこそが剣に命を捧げてきた、自分こと宮本武蔵を指し示す二つ名に相応しいものだ。
しかし、天下無双魔法術者という文字があまりにも謎であった。
文字の意味合いからして〝魔法を使う者〟ということは何となく察することができたが、それだと余計に頭が混乱してしまう。
宮本武蔵は日ノ本だろうと異世界だろうと、これまでに誰かから魔法を習ったこともなく、また誰かに魔法を使ったことも一度たりともなかったからだ。
それに魔法もそうだが、もう一つの〝天理〟に関しても自分の知る天理とは違うようである。
武蔵の知る天理とは「無我のまま技を出す」の一言だった。
そして、この状態になったときこそ、気がもっとも活発に働いて通常の何倍もの力が発揮できる。
決して天掌板がどうのこうのではないのだ。
(分からんものは分からん……まあ、こういうときは詳しい者に聞くに限る)
数秒も経たずに考えることをやめた武蔵は、餅は餅屋とばかりに黄姫に顔を向けた。
黄姫ならばこの謎を明かしてくれると思ったからである。
だが黄姫の顔を見た瞬間、武蔵は思わず息を呑んでしまった。
黄姫は顔面を蒼白にさせ、明らかな恐怖の感情を露わにしていたからだ。
これにはさすがの武蔵も困惑した。
まるで冷静沈着を絵に書いたようだった黄姫が、まさか人前でこれほど感情の色を出すとは思わなかったからである。
「トーガ・カムイ・ブラフマン」
ほどしばくして、黄姫は武蔵を見つめながら呟いた。
「いきなり何だ? と、とおが……」
「トーガ・カムイ・ブラフマン――今から約1500年前、この世界を救った〈大剣聖〉の名前です」
黄姫は一息ついて落ち着く素振りを見せると、聞いたことのない名前に疑問符を浮かべていた武蔵と伊織に説明した。
今から約1500年前、この世界の各大陸に住む人間たちは、尋常ではない数と強さの魔物の襲撃を受けて滅ぼされかけたという。
そこで当時の人間たちは各国で同盟を結んで魔物に立ち向かったが、そのあまりの魔物たちの強さに次々と国が消えていき、人間たちが滅ぼされるのは時間の問題まで追い詰められたらしい。
けれども、そのとき一人の男がどこからともなく現れた。
男の名前はトーガ・カムイ・ブラフマン。
各国の精強な騎士団さえ歯が立たなかった凶悪な魔物たちに対して、それまでに誰も見たことのなかった神秘的な力を駆使して勇敢に立ち向かったのだという。
それだけではない。
トーガは魔物たちに有効だった力を〝天理〟と〝魔法〟の二種類に区別し、その誰もが欲しがった神秘的な力を惜しげもなく他の人間たちに伝授していったというのだ。
やがて〝天理〟と〝魔法〟のどちらかの力を会得した人間たちは、互いに共闘しながら長い年月をかけて魔物たちを退けていき、いつしか今のような平和な時代を築くことができたのだと黄姫は語ってくれた。
「そして、このトーガ・カムイ・ブラフマンこそ今の時代に伝わる武術と魔法の祖であり、一説によると本人は自分の流名を二天一流と呼んでいたらしいのです」
「二天一流……」
ぼそりと声を発したのは武蔵であった。
現在、武蔵は今の自分の流名を〝円明流〟と称している。
本来ならば父であり武術の師匠であった、新免無二の流名である当理流を名乗るのが筋だった。
だが、あまり父の無二に良い感情を持っていなかった武蔵は、自分の生まれである作州(中国地方)に広く伝わっていた円明流を名乗るようになったのである。
それほど武蔵は流名など特にこだわってはいなかったものの、この二天一流という名前を聞いたときは魂が揺さぶられるような感情が湧いてきた。
なぜ、魂が震えたのかは分からない。
ただ、この二天一流という言葉はなぜか自分にしっくりと来ると思ったのだ。
そんな武蔵に構わず、黄姫はさらにトーガ・カムイ・ブラフマンのことを話していく。
「そう、二天一流です。そして先ほども申し上げましたが、この世に天理と魔法という相反する二つの力を同時に有する者はおりません。その力を持っていたのは伝説の〈大剣聖〉――トーガ・カムイ・ブラフマンただ一人だけなのです」
そこまで聞いた武蔵は、自分の天掌板とステータスを改めて視認する。
「おかしくないか? ならば、なぜ俺は二つとも出せているのだ」
武蔵の素直な問いに、黄姫は「分かりません」と首を左右に振った。
「こうして実際に目の前で見ていても信じられません。それほど、今のあなたがやっていることは特別で異質なのです。それこそ、この世界の命運を大きく狂わせてしまうほどに……」
武蔵は「大げさが過ぎる」と言うと、心の中で消えろと強く念じた。
すると天掌板とステータスは、それぞれの掌の中に吸い込まれるように音もなく消えていく。
「出してみて分かった。二枚ともいつでも俺の身分を保証するだけの便利な人別帳にすぎん。こんなもの、普段はまったく出す気が起こらんわ」
堂々と両腕を組んで言い放った武蔵に対して、黄姫は真剣な顔つきで「普段どころか必要なときでも十分に気をつけてください」と強く言葉を発した。
「武蔵さんは今のご自分がどれほどの価値と脅威を持った人間なのか自覚する必要があります。もしもこれが〈世界魔法政府〉か〈世界天理武林〉のどちらかにでも知られれば、確実に懐柔か抹殺の二者択一を迫られることでしょう」
一拍の間を置いたあと、武蔵は難しい顔で無精ひげをさすった。
「黄姫殿……お主がそこまで言うのだ。もしや、この二つの板切れは他にも何か重大な秘密があるのか?」
そうとしか武蔵は思えなかった。
もしも天掌板とステータスが本当に人別帳の役割しか果たせない代物だったならば、黄姫がここまで顔色を変えて忠告するはずがない。
「それは――」
と、黄姫が目線を少し逸らしながら言い淀んだときだった。
「た、大変ッす!」
部屋の扉が盛大に開け放たれて、一人の少女が勢いよく室内に飛び込んできた。
赤髪のチャイナ・ドレスの少女――赤猫である。
黄姫は「失礼ではないですか!」と赤猫を叱りつけた。
「わきまえなさい、赤猫。お客人の前なのですよ」
「お叱りはあとで何度でも受けるッす。でも、一刻も早く師父(お師匠)にお伝えしないといけないと思って飛んで来たッす」
その赤猫の慌てふためきようはただ事ではなかった。
「一体、何があったのですか? 手短に話しなさい」
赤猫は呼吸を整えたあとに大声で叫ぶように言った。
「キメリエスが魔物たちに襲われるッす!」
落ち着いた様子で声を漏らした武蔵だったが、やはり見れば見るほど空中に浮かぶ二つの板切れは奇怪な代物である。
アルビオン城内の一室で他の人間のステータスや、伊織の天掌板を見たときは驚きのほうが強かったものの、こうして自分で出してみると驚きよりも興味のほうが勝ってしまう。
(たった数時(数時間)ほどで俺もかなり毒されたものよ)
不可思議な魔法が存在する世界に自分がいる、という認識を持ってしまったことで、日ノ本にいたときならば絶対に認めなかったことを簡単に受け入れられるようになったに違いない。
そして武蔵が右手の天掌板、左手のステータスを交互に見たとき、中身に記されている内容が少し違うことに気がついた。
右手の天掌板の【職業】には〝天下無双兵法術者〟。
左手のステータスの【職業】には〝天下無双魔法術者〟。
などと記されていたのだ。
天下無双兵法術者ならば武蔵にもよく理解できた。
これこそが剣に命を捧げてきた、自分こと宮本武蔵を指し示す二つ名に相応しいものだ。
しかし、天下無双魔法術者という文字があまりにも謎であった。
文字の意味合いからして〝魔法を使う者〟ということは何となく察することができたが、それだと余計に頭が混乱してしまう。
宮本武蔵は日ノ本だろうと異世界だろうと、これまでに誰かから魔法を習ったこともなく、また誰かに魔法を使ったことも一度たりともなかったからだ。
それに魔法もそうだが、もう一つの〝天理〟に関しても自分の知る天理とは違うようである。
武蔵の知る天理とは「無我のまま技を出す」の一言だった。
そして、この状態になったときこそ、気がもっとも活発に働いて通常の何倍もの力が発揮できる。
決して天掌板がどうのこうのではないのだ。
(分からんものは分からん……まあ、こういうときは詳しい者に聞くに限る)
数秒も経たずに考えることをやめた武蔵は、餅は餅屋とばかりに黄姫に顔を向けた。
黄姫ならばこの謎を明かしてくれると思ったからである。
だが黄姫の顔を見た瞬間、武蔵は思わず息を呑んでしまった。
黄姫は顔面を蒼白にさせ、明らかな恐怖の感情を露わにしていたからだ。
これにはさすがの武蔵も困惑した。
まるで冷静沈着を絵に書いたようだった黄姫が、まさか人前でこれほど感情の色を出すとは思わなかったからである。
「トーガ・カムイ・ブラフマン」
ほどしばくして、黄姫は武蔵を見つめながら呟いた。
「いきなり何だ? と、とおが……」
「トーガ・カムイ・ブラフマン――今から約1500年前、この世界を救った〈大剣聖〉の名前です」
黄姫は一息ついて落ち着く素振りを見せると、聞いたことのない名前に疑問符を浮かべていた武蔵と伊織に説明した。
今から約1500年前、この世界の各大陸に住む人間たちは、尋常ではない数と強さの魔物の襲撃を受けて滅ぼされかけたという。
そこで当時の人間たちは各国で同盟を結んで魔物に立ち向かったが、そのあまりの魔物たちの強さに次々と国が消えていき、人間たちが滅ぼされるのは時間の問題まで追い詰められたらしい。
けれども、そのとき一人の男がどこからともなく現れた。
男の名前はトーガ・カムイ・ブラフマン。
各国の精強な騎士団さえ歯が立たなかった凶悪な魔物たちに対して、それまでに誰も見たことのなかった神秘的な力を駆使して勇敢に立ち向かったのだという。
それだけではない。
トーガは魔物たちに有効だった力を〝天理〟と〝魔法〟の二種類に区別し、その誰もが欲しがった神秘的な力を惜しげもなく他の人間たちに伝授していったというのだ。
やがて〝天理〟と〝魔法〟のどちらかの力を会得した人間たちは、互いに共闘しながら長い年月をかけて魔物たちを退けていき、いつしか今のような平和な時代を築くことができたのだと黄姫は語ってくれた。
「そして、このトーガ・カムイ・ブラフマンこそ今の時代に伝わる武術と魔法の祖であり、一説によると本人は自分の流名を二天一流と呼んでいたらしいのです」
「二天一流……」
ぼそりと声を発したのは武蔵であった。
現在、武蔵は今の自分の流名を〝円明流〟と称している。
本来ならば父であり武術の師匠であった、新免無二の流名である当理流を名乗るのが筋だった。
だが、あまり父の無二に良い感情を持っていなかった武蔵は、自分の生まれである作州(中国地方)に広く伝わっていた円明流を名乗るようになったのである。
それほど武蔵は流名など特にこだわってはいなかったものの、この二天一流という名前を聞いたときは魂が揺さぶられるような感情が湧いてきた。
なぜ、魂が震えたのかは分からない。
ただ、この二天一流という言葉はなぜか自分にしっくりと来ると思ったのだ。
そんな武蔵に構わず、黄姫はさらにトーガ・カムイ・ブラフマンのことを話していく。
「そう、二天一流です。そして先ほども申し上げましたが、この世に天理と魔法という相反する二つの力を同時に有する者はおりません。その力を持っていたのは伝説の〈大剣聖〉――トーガ・カムイ・ブラフマンただ一人だけなのです」
そこまで聞いた武蔵は、自分の天掌板とステータスを改めて視認する。
「おかしくないか? ならば、なぜ俺は二つとも出せているのだ」
武蔵の素直な問いに、黄姫は「分かりません」と首を左右に振った。
「こうして実際に目の前で見ていても信じられません。それほど、今のあなたがやっていることは特別で異質なのです。それこそ、この世界の命運を大きく狂わせてしまうほどに……」
武蔵は「大げさが過ぎる」と言うと、心の中で消えろと強く念じた。
すると天掌板とステータスは、それぞれの掌の中に吸い込まれるように音もなく消えていく。
「出してみて分かった。二枚ともいつでも俺の身分を保証するだけの便利な人別帳にすぎん。こんなもの、普段はまったく出す気が起こらんわ」
堂々と両腕を組んで言い放った武蔵に対して、黄姫は真剣な顔つきで「普段どころか必要なときでも十分に気をつけてください」と強く言葉を発した。
「武蔵さんは今のご自分がどれほどの価値と脅威を持った人間なのか自覚する必要があります。もしもこれが〈世界魔法政府〉か〈世界天理武林〉のどちらかにでも知られれば、確実に懐柔か抹殺の二者択一を迫られることでしょう」
一拍の間を置いたあと、武蔵は難しい顔で無精ひげをさすった。
「黄姫殿……お主がそこまで言うのだ。もしや、この二つの板切れは他にも何か重大な秘密があるのか?」
そうとしか武蔵は思えなかった。
もしも天掌板とステータスが本当に人別帳の役割しか果たせない代物だったならば、黄姫がここまで顔色を変えて忠告するはずがない。
「それは――」
と、黄姫が目線を少し逸らしながら言い淀んだときだった。
「た、大変ッす!」
部屋の扉が盛大に開け放たれて、一人の少女が勢いよく室内に飛び込んできた。
赤髪のチャイナ・ドレスの少女――赤猫である。
黄姫は「失礼ではないですか!」と赤猫を叱りつけた。
「わきまえなさい、赤猫。お客人の前なのですよ」
「お叱りはあとで何度でも受けるッす。でも、一刻も早く師父(お師匠)にお伝えしないといけないと思って飛んで来たッす」
その赤猫の慌てふためきようはただ事ではなかった。
「一体、何があったのですか? 手短に話しなさい」
赤猫は呼吸を整えたあとに大声で叫ぶように言った。
「キメリエスが魔物たちに襲われるッす!」
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