34 / 64
第三十四話 弟子の覚悟、絶対なる基本技
しおりを挟む
「ねえたん、こっちこっち! こっちだよ!」
よほど日頃から誰かと遊ぶのが恋しかったのか、外へと出た途端にマサミツは勢いよく駆け出した。
どうやら、近くにお気に入りの遊び場があるらしい。
「そんなに走ったら転ぶよ。大丈夫、お姉ちゃんは逃げないから」
伊織は弟の幼かった頃を思い出しながら、元気を絵に書いたようなマサミツのあとについていく。
二、三分ほど経ったときだろうか。
伊織はふと足を止めた。
疲れたからではない。
東南アジアのスラム街のような光景が広がっている中、遠くのほうに日本人には身近な建物の一部が見えたからだ。
もしかすると寺の屋根かもしれない。
「どうしたの?」
と、マサミツも足を止めて伊織の元に近づいてくる。
「ねえ、マサミツ君。あそこに見える建物って何?」
「どれ?」
伊織が寺に似た建物に一本だけ立てた人差し指を突きつけると、マサミツは「あそこはお寺だよ」と当たり前のように答えた。
「お寺? こんなところにお寺があるの?」
などと驚いた伊織だったが、よく考えてみれば寺の一つや二つあってもおかしくなかった。
なぜなら、この異人街は大倭国と中西国という国の人間が集まって出来た街だと聞いていたからだ。
そして大倭国という国の人間が日本人に似た民族だとすると、日本の文化の一つである寺という存在があっても不思議ではない。
しかもここは何と言っても異世界なのだ。
中世ヨーロッパ風の街中に中華風の冒険者ギルドが建てられていたように、この世界は自分の知らない独特の世界観が存在しているのかもしれない。
「でも、今は誰も使ってないはいでららしいよ。とうたんたちも絶対に近づくなって言ってるし、この辺の大人たちも危ないから近づかないんだって」
確かによく見てみると、屋根の部分がかなり損壊している印象があった。
人の手による修繕はおろか、長年の風雨に晒されて痛んでいる証拠だ。
「ねえねえ、あんなところのことよりも早く僕の遊び場に行こうよ」
伊織ははっと我に返る。
「……そうね。早く行こうか」
伊織は廃寺から目を逸らすと、マサミツとともに再び歩き始めた。
やがて二人は、空き地のように開けた場所に辿り着く。
出入り口以外の周りは石壁に囲まれた、凹みのような形をした場所である。
もちろん、現代日本の公園にあるような遊具などはない。
「マサミツ君、ここでいつも何をしているの?」
「色々だよ。虫を捕まえてきたり、石を遠くへ飛ばしたり、お歌を歌ったり……でも、今日はねえたんがいるから、いつもは出来ない遊びがしたいな」
そう言うとマサミツは、近くに落ちていた木の棒を拾ってきた。
しかも一本だけではなく二本である。
「分かった。チャンバラごっこね」
「チャンバラって何?」
「その木の棒は剣の代わりでしょ? チャンバラって言うのは、本物の剣の代わりに棒やオモチャの剣で打ち合う遊びのこと」
「へえ~、棒で打ち合う遊びのことをチャンバラって言うんだ。じゃあさじゃあさ、ねえたんはチャンバラは得意なの?」
「お姉ちゃんはどっちかって言うと、チャンバラよりも剣道が得意かな」
「ケンドー?」
「そう、剣道。お姉ちゃんがいた国で習っていた武道の一つなの。見たい?」
「見たい!」
伊織は思わず笑みがこぼれる。
こうした興味のあることに食いついてくるところも、幼少の頃の弟にそっくりだった。
「いいよ。じゃあ、剣道の基本技から見せてあげる」
伊織はそう言うと、マサミツから木の棒を受け取った。
およそ五十センチほどの適度な長さの棒である。
(うん……これなら振れる)
伊織はその場で何度か木の棒を振って感触を確かめると、すぐに慣れ親しんだ剣道の基本の構えを取った。
姿勢を崩さないように背筋を伸ばし、左足を前に右足は後ろの送り足ができる間隔で立つ。
木の棒を握っている両手においては、右手は前に左手は手前に握り、その左手はへそとの間に握り拳一個分ほど空ける。
剣道の基本である、中段の構えであった。
それから伊織は甲高い気合の声とともに、面打ち、胴打ち、小手打ちなど、本番の試合さながらの気迫で木の棒を振っていく。
続いて伊織は移動しながら技を繰り出した。
左右の面打ちを繰り返す〝切り返し〟である。
ただ相手がいないので、あくまでも動作を主体として技を披露していく。
どれほどマサミツの前で剣道の技を見せたときだろうか。
伊織は再び中段の構えに戻り、荒くなっていた呼吸を整える。
最初、伊織は軽い気持ちで木の棒を振るつもりだった。
チャンバラごっこを知らないマサミツに、剣道を知っている自分の技を見せて驚いてもらう。
そんな軽い気持ちで木の棒を振り始めたものの、異世界に来て初めて剣道の技を出したことで、伊織の剣士としての自覚が表にありありと出てきた。
同時に別の感情が怒涛のごとく込み上げてくる。
自分自身に対する激しい怒りだ。
異世界に召喚されたとき、冒険者ギルドを訪れたとき、修道院で凶悪な魔物と対峙したとき、まったく自分が何もできなかったことに、伊織は今さらながらに怒りを覚えた。
(私はどこかでこの異世界のことを甘くみていたんだ)
異世界に召喚されたこともそうだが、魔法や天理などの超常的な力の存在に浮かれた一方、頭のどこかで夢を見ているのではないかと疑っていた自分がいたのだ。
しかし、すべては現実の出来事に他ならない。
宮本武蔵の弟子になったこともそうである。
本物の剣聖である宮本武蔵の正式弟子になったところで、何の役にも立っていない自分自身の不甲斐なさに改めて憤りを覚えたのだ。
(このままじゃダメだ。このままだと、きっとお師匠様に迷惑がかかる)
伊織はかっと目を見開くと、目の前の空間に一人の人物をイメージした。
最初は煙のようにぼんやりとした輪郭だったものが、イメージを強くしていくうちに徐々にはっきりとした形へと変わっていく。
右手に大刀、左手に小刀を持った宮本武蔵である。
「イエエエエエエエエイッ!」
伊織はイメージの武蔵に対して、下丹田に力を込めた裂帛の気合を放つ。
するとイメージした武蔵は鬼のような形相を浮かべ、大刀と小刀の切っ先を交差させるような独特の構えを取る。
伊織も資料で読んだことがあるので知っていた。
円相の構えである。
これだ、と伊織は木の棒を握る両手に力を込めた。
イメージした武蔵は、武蔵本人を模したものではない。
異世界への恐怖が武蔵の形を模しているに過ぎなかった。
直後、伊織は下丹田の位置に燃えるような熱さを感じた。
それは恐怖に対する肉体からのメッセージだ。
逃げずにこの恐怖に立ち向かうんだ、と。
ぎりりと伊織は奥歯を軋ませ、昨日のギガントエイプに襲われたときの記憶を蘇らせた。
あまりにも圧倒的な恐怖に怯え、闘うことも放棄して生きることも諦めかけた情けない自分自身のことをである。
(気を張れ、宮本伊織。ここは平和な日本じゃない。常に死と隣り合わせの異世界なんだ)
直後、伊織はイメージの武蔵に突進した。
イメージの武蔵の頭部に、気合とともに渾身の面打ちを繰り出す。
けれども、イメージの武蔵は身体をさっと後退することで面打ちを避けた。
宮本武蔵の有名な一寸の見切りだ。
伊織は態勢を整えると、今度は手首を狙った小手打ちを放つ。
しかしイメージの武蔵は、この小手打ちもギリギリのところで腕を動かして直撃を回避する。
(――だったら)
伊織は単発の技は通じないと判断すると、再び武蔵の頭部を狙った面打ちを繰り出した。
イメージした武蔵は今度の面打ちも身体を後退して避けようとしたが、伊織はそれを読んだ上で連続技を放っていく。
面打ちと見せかけた胴打ちである。
だが、イメージした武蔵はさらに一枚も二枚も上だった。
イメージした武蔵は小刀で胴打ちを防いだと同時に、大刀を神速の速さで振って伊織の首を狙ってきたのだ。
イメージの大刀の刃が、伊織の首皮一枚の場所でぴたりと寸止めされる。
伊織はすぐに後退して間合いを取り、攻守に優れた基本の中段に構えた。
当たり前だが、イメージの武蔵とはいえ実力の差は歴然である。
では、簡単に倒せるほどイメージを軽くするべきか?
答えは否だ。
そんなことをすればただの自己満足になってしまい、もはや技術を向上させるための稽古ですらなくなってしまう。
伊織はマサミツに剣道の技を見せるという本来のことも忘れ、イメージした武蔵の攻略法を思案する。
下手に攻撃すれば防がれるか躱され、確実に後の先を取られて負けてしまう。
そして、これは何も武蔵だから出来るというわけではない。
自分よりも格上の相手ならば、必ずしてくる戦法の一つである。
だからこそ、伊織はイメージとはいえ軽く考えるわけにはいかなかった。
なぜなら、このような格上の相手と闘う機会はこれから必ずやってくるからだ。
(私が勝てるとしたら、そこを見極めて活路を見出すしかない)
格上の相手に後の先を取られたら、必ず負けるのが武の世界である。
しかし、だからと言って馬鹿みたいに待ちに徹するのも得策ではない。
格上の相手に弱みを見せたら、雪崩のように押し切られる可能性が高いからだ。
ならば伊織が格上の相手に勝つためには、自分から闘いの渦中においてわずかな勝機を見出す技を出すことが不可欠になるだろう。
それは最も早く、最も遠くの相手に技を届かせることに他ならない。
となると、今の伊織が持っている技の中では一つしかなかった。
伊織は木の棒の切っ先を真正面に向ける。
突きの構えである。
(――これしかない)
そう強く自分に言い聞かせた伊織が、身体を沈ませて強く踏み込もうとしたときである。
どこからか周囲に轟くほどの大きな拍手が聞こえてきた。
急に現実に引き戻された伊織は、拍手の鳴る入り口のほうに顔を向ける。
「すげえな。等級なしとは思えないほどの鋭い太刀筋じゃねえか。さすがはあのオッサンの弟子なだけはあるぜ」
伊織はあまりの驚きに目を見開いた。
空き地の入り口に、いつの間にか一人の男が立っていたのだ。
動きやすそうな無地のシャツと茶色のズボンを着用し、厳つい顔に薄茶色の髪をオールバックにしていた二十代前半か半ばほどの男。
「どうしてあなたがここに……」
伊織の目線の先には、リーチが黄ばんだ歯を剥き出しにして笑っていた。
よほど日頃から誰かと遊ぶのが恋しかったのか、外へと出た途端にマサミツは勢いよく駆け出した。
どうやら、近くにお気に入りの遊び場があるらしい。
「そんなに走ったら転ぶよ。大丈夫、お姉ちゃんは逃げないから」
伊織は弟の幼かった頃を思い出しながら、元気を絵に書いたようなマサミツのあとについていく。
二、三分ほど経ったときだろうか。
伊織はふと足を止めた。
疲れたからではない。
東南アジアのスラム街のような光景が広がっている中、遠くのほうに日本人には身近な建物の一部が見えたからだ。
もしかすると寺の屋根かもしれない。
「どうしたの?」
と、マサミツも足を止めて伊織の元に近づいてくる。
「ねえ、マサミツ君。あそこに見える建物って何?」
「どれ?」
伊織が寺に似た建物に一本だけ立てた人差し指を突きつけると、マサミツは「あそこはお寺だよ」と当たり前のように答えた。
「お寺? こんなところにお寺があるの?」
などと驚いた伊織だったが、よく考えてみれば寺の一つや二つあってもおかしくなかった。
なぜなら、この異人街は大倭国と中西国という国の人間が集まって出来た街だと聞いていたからだ。
そして大倭国という国の人間が日本人に似た民族だとすると、日本の文化の一つである寺という存在があっても不思議ではない。
しかもここは何と言っても異世界なのだ。
中世ヨーロッパ風の街中に中華風の冒険者ギルドが建てられていたように、この世界は自分の知らない独特の世界観が存在しているのかもしれない。
「でも、今は誰も使ってないはいでららしいよ。とうたんたちも絶対に近づくなって言ってるし、この辺の大人たちも危ないから近づかないんだって」
確かによく見てみると、屋根の部分がかなり損壊している印象があった。
人の手による修繕はおろか、長年の風雨に晒されて痛んでいる証拠だ。
「ねえねえ、あんなところのことよりも早く僕の遊び場に行こうよ」
伊織ははっと我に返る。
「……そうね。早く行こうか」
伊織は廃寺から目を逸らすと、マサミツとともに再び歩き始めた。
やがて二人は、空き地のように開けた場所に辿り着く。
出入り口以外の周りは石壁に囲まれた、凹みのような形をした場所である。
もちろん、現代日本の公園にあるような遊具などはない。
「マサミツ君、ここでいつも何をしているの?」
「色々だよ。虫を捕まえてきたり、石を遠くへ飛ばしたり、お歌を歌ったり……でも、今日はねえたんがいるから、いつもは出来ない遊びがしたいな」
そう言うとマサミツは、近くに落ちていた木の棒を拾ってきた。
しかも一本だけではなく二本である。
「分かった。チャンバラごっこね」
「チャンバラって何?」
「その木の棒は剣の代わりでしょ? チャンバラって言うのは、本物の剣の代わりに棒やオモチャの剣で打ち合う遊びのこと」
「へえ~、棒で打ち合う遊びのことをチャンバラって言うんだ。じゃあさじゃあさ、ねえたんはチャンバラは得意なの?」
「お姉ちゃんはどっちかって言うと、チャンバラよりも剣道が得意かな」
「ケンドー?」
「そう、剣道。お姉ちゃんがいた国で習っていた武道の一つなの。見たい?」
「見たい!」
伊織は思わず笑みがこぼれる。
こうした興味のあることに食いついてくるところも、幼少の頃の弟にそっくりだった。
「いいよ。じゃあ、剣道の基本技から見せてあげる」
伊織はそう言うと、マサミツから木の棒を受け取った。
およそ五十センチほどの適度な長さの棒である。
(うん……これなら振れる)
伊織はその場で何度か木の棒を振って感触を確かめると、すぐに慣れ親しんだ剣道の基本の構えを取った。
姿勢を崩さないように背筋を伸ばし、左足を前に右足は後ろの送り足ができる間隔で立つ。
木の棒を握っている両手においては、右手は前に左手は手前に握り、その左手はへそとの間に握り拳一個分ほど空ける。
剣道の基本である、中段の構えであった。
それから伊織は甲高い気合の声とともに、面打ち、胴打ち、小手打ちなど、本番の試合さながらの気迫で木の棒を振っていく。
続いて伊織は移動しながら技を繰り出した。
左右の面打ちを繰り返す〝切り返し〟である。
ただ相手がいないので、あくまでも動作を主体として技を披露していく。
どれほどマサミツの前で剣道の技を見せたときだろうか。
伊織は再び中段の構えに戻り、荒くなっていた呼吸を整える。
最初、伊織は軽い気持ちで木の棒を振るつもりだった。
チャンバラごっこを知らないマサミツに、剣道を知っている自分の技を見せて驚いてもらう。
そんな軽い気持ちで木の棒を振り始めたものの、異世界に来て初めて剣道の技を出したことで、伊織の剣士としての自覚が表にありありと出てきた。
同時に別の感情が怒涛のごとく込み上げてくる。
自分自身に対する激しい怒りだ。
異世界に召喚されたとき、冒険者ギルドを訪れたとき、修道院で凶悪な魔物と対峙したとき、まったく自分が何もできなかったことに、伊織は今さらながらに怒りを覚えた。
(私はどこかでこの異世界のことを甘くみていたんだ)
異世界に召喚されたこともそうだが、魔法や天理などの超常的な力の存在に浮かれた一方、頭のどこかで夢を見ているのではないかと疑っていた自分がいたのだ。
しかし、すべては現実の出来事に他ならない。
宮本武蔵の弟子になったこともそうである。
本物の剣聖である宮本武蔵の正式弟子になったところで、何の役にも立っていない自分自身の不甲斐なさに改めて憤りを覚えたのだ。
(このままじゃダメだ。このままだと、きっとお師匠様に迷惑がかかる)
伊織はかっと目を見開くと、目の前の空間に一人の人物をイメージした。
最初は煙のようにぼんやりとした輪郭だったものが、イメージを強くしていくうちに徐々にはっきりとした形へと変わっていく。
右手に大刀、左手に小刀を持った宮本武蔵である。
「イエエエエエエエエイッ!」
伊織はイメージの武蔵に対して、下丹田に力を込めた裂帛の気合を放つ。
するとイメージした武蔵は鬼のような形相を浮かべ、大刀と小刀の切っ先を交差させるような独特の構えを取る。
伊織も資料で読んだことがあるので知っていた。
円相の構えである。
これだ、と伊織は木の棒を握る両手に力を込めた。
イメージした武蔵は、武蔵本人を模したものではない。
異世界への恐怖が武蔵の形を模しているに過ぎなかった。
直後、伊織は下丹田の位置に燃えるような熱さを感じた。
それは恐怖に対する肉体からのメッセージだ。
逃げずにこの恐怖に立ち向かうんだ、と。
ぎりりと伊織は奥歯を軋ませ、昨日のギガントエイプに襲われたときの記憶を蘇らせた。
あまりにも圧倒的な恐怖に怯え、闘うことも放棄して生きることも諦めかけた情けない自分自身のことをである。
(気を張れ、宮本伊織。ここは平和な日本じゃない。常に死と隣り合わせの異世界なんだ)
直後、伊織はイメージの武蔵に突進した。
イメージの武蔵の頭部に、気合とともに渾身の面打ちを繰り出す。
けれども、イメージの武蔵は身体をさっと後退することで面打ちを避けた。
宮本武蔵の有名な一寸の見切りだ。
伊織は態勢を整えると、今度は手首を狙った小手打ちを放つ。
しかしイメージの武蔵は、この小手打ちもギリギリのところで腕を動かして直撃を回避する。
(――だったら)
伊織は単発の技は通じないと判断すると、再び武蔵の頭部を狙った面打ちを繰り出した。
イメージした武蔵は今度の面打ちも身体を後退して避けようとしたが、伊織はそれを読んだ上で連続技を放っていく。
面打ちと見せかけた胴打ちである。
だが、イメージした武蔵はさらに一枚も二枚も上だった。
イメージした武蔵は小刀で胴打ちを防いだと同時に、大刀を神速の速さで振って伊織の首を狙ってきたのだ。
イメージの大刀の刃が、伊織の首皮一枚の場所でぴたりと寸止めされる。
伊織はすぐに後退して間合いを取り、攻守に優れた基本の中段に構えた。
当たり前だが、イメージの武蔵とはいえ実力の差は歴然である。
では、簡単に倒せるほどイメージを軽くするべきか?
答えは否だ。
そんなことをすればただの自己満足になってしまい、もはや技術を向上させるための稽古ですらなくなってしまう。
伊織はマサミツに剣道の技を見せるという本来のことも忘れ、イメージした武蔵の攻略法を思案する。
下手に攻撃すれば防がれるか躱され、確実に後の先を取られて負けてしまう。
そして、これは何も武蔵だから出来るというわけではない。
自分よりも格上の相手ならば、必ずしてくる戦法の一つである。
だからこそ、伊織はイメージとはいえ軽く考えるわけにはいかなかった。
なぜなら、このような格上の相手と闘う機会はこれから必ずやってくるからだ。
(私が勝てるとしたら、そこを見極めて活路を見出すしかない)
格上の相手に後の先を取られたら、必ず負けるのが武の世界である。
しかし、だからと言って馬鹿みたいに待ちに徹するのも得策ではない。
格上の相手に弱みを見せたら、雪崩のように押し切られる可能性が高いからだ。
ならば伊織が格上の相手に勝つためには、自分から闘いの渦中においてわずかな勝機を見出す技を出すことが不可欠になるだろう。
それは最も早く、最も遠くの相手に技を届かせることに他ならない。
となると、今の伊織が持っている技の中では一つしかなかった。
伊織は木の棒の切っ先を真正面に向ける。
突きの構えである。
(――これしかない)
そう強く自分に言い聞かせた伊織が、身体を沈ませて強く踏み込もうとしたときである。
どこからか周囲に轟くほどの大きな拍手が聞こえてきた。
急に現実に引き戻された伊織は、拍手の鳴る入り口のほうに顔を向ける。
「すげえな。等級なしとは思えないほどの鋭い太刀筋じゃねえか。さすがはあのオッサンの弟子なだけはあるぜ」
伊織はあまりの驚きに目を見開いた。
空き地の入り口に、いつの間にか一人の男が立っていたのだ。
動きやすそうな無地のシャツと茶色のズボンを着用し、厳つい顔に薄茶色の髪をオールバックにしていた二十代前半か半ばほどの男。
「どうしてあなたがここに……」
伊織の目線の先には、リーチが黄ばんだ歯を剥き出しにして笑っていた。
0
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
最強剣士が転生した世界は魔法しかない異世界でした! ~基礎魔法しか使えませんが魔法剣で成り上がります~
渡琉兎
ファンタジー
政権争いに巻き込まれた騎士団長で天才剣士のアルベルト・マリノワーナ。
彼はどこにも属していなかったが、敵に回ると厄介だという理由だけで毒を盛られて殺されてしまった。
剣の道を極める──志半ばで死んでしまったアルベルトを不憫に思った女神は、アルベルトの望む能力をそのままに転生する権利を与えた。
アルベルトが望んだ能力はもちろん、剣術の能力。
転生した先で剣の道を極めることを心に誓ったアルベルトだったが──転生先は魔法が発展した、魔法師だらけの異世界だった!
剣術が廃れた世界で、剣術で最強を目指すアルベルト──改め、アル・ノワールの成り上がり物語。
※アルファポリス、カクヨム、小説家になろうにて同時掲載しています。
オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい
広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」
「え?」
「は?」
「いせかい……?」
異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。
ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。
そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!?
異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。
時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。
目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』
半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。
そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。
伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。
信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。
少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。
====
※お気に入り、感想がありましたら励みになります
※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。
※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります
※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる