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第三十四話   正体

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「何のことかよく分かりませんね」

 口ではそう言ったカルマだったが、腰が引けている状態で答えても説得力がなかった。

 微妙に表情にも焦りの色が浮かんでいる。

「そうか……じゃあ、分からないままあの世に逝け!」

 照準をピタリとカルマに向けていた四狼は、躊躇なくトリガーを引き絞った。

 玉座の間に再び雷鳴にも似た銃声が轟いた。

 銃口から発射された必殺のスラグショットがカルマ目掛けて音速の速さで飛んでいく。

 だが、四狼が撃ったスラグショットはカルマの身体に着弾しなかった。

 そして、銃声が轟いたときよりも大きな動揺が玉座の間に浸透した。

「うおっ!」

「ひいっ!」

 などと皆一様に悲鳴を上げ、空中を見上げた。

 それはオリエンタも同じであった。

 玉座から転げ落ちていたオリエンタは、あまりの恐怖にカチカチと歯をかみ鳴らしながら空中を見上げている。

「ようやく正体を現したな」

 ガシャンッ! 

 フォアエンドを上下に動かした四狼は、玉座の真上に向けて強烈な殺気を迸らせた。

 それは近衛騎士団たちですら思わず身震いするほどの殺気であったが、その場にいた人間たちは誰一人として気づかない。

 何故なら、それ以上の危機が玉座の真上に飛翔していたからだ。

「し、四狼……あれがお前の言っていた」

 声を裏返させながら訊いてきたオリビアに、四狼は頷いて見せた。

「そうだ。あれが〈変異体〉を植えつける元凶――〈亜生物〉だ」

 全員の視線が集中している玉座の上空には、金髪の髪をなびかせているカルマがいた。

 巨大な翼を羽ばたかせ、口元は鳥のようなくちばしが伸びているカルマが。

 そしてキッカケは誰かの悲鳴だった。

 その一人が「化け物だ!」と甲高い声で叫ぶと、玉座の間にいた人間たちは一斉に入り口に向かって逃げ出し始めた。

 四狼と金剛丸を包囲していた近衛騎士団たちも職務を放棄して我先にと遁走する。

 やがて、玉座の間には数人たちの人間しかいなくなった。

 四狼、オリビア、金剛丸の他には、腰を抜かしたオリエンタやマルコシアス、それに数人の近衛騎士団たちである。

「貴様、いつ見破った?」

 喧騒がようやく収まると、両の翼を羽ばたかせながらカルマが四狼に問うた。

「怪しいと思っていたのは最初からだ。この街に着いたばかりでいきなりの仕事の依頼。偶然にしては出来すぎだ。まるで俺たちがこの街に訪れることを知っていたかのようだったからな。おそらく、国境沿いの街道にでも常に斥候を配置していたんだろう」

 だが、と四狼は話を続けた。

「それだけではまだ確証がなかった。しかし、その後に現れた〈変異体〉と化した盗賊団の群れに遭遇したことで確証ができた。この件に確実に〈亜生物〉が絡んでいると」

 四狼は銃口を地上から十数メートル上空に静止しているカルマに向けた。

「それにお前の連れは喋りすぎた。自分からまだ仲間がいると口にしたんだからな」

 そうである。

 ジンバハルと名乗った〈亜生物〉は、四狼を仲間に引き込もうとしたときに確かに口にした。

〝俺たち〟はこの国を担当している、と。

 カルマは半分だけ隠していた前髪を捲し上げると、中からは人間の眼球ではなく蛆虫の巣のようなおぞましい歪な穴が姿を現した。

「ジンバハルめ、あれほど余計なことを喋るなと……だが、それを差し引いたとしてもさすがだと褒めておこう。〈機人〉を連れた人間がこのバルセロナに向かっているという情報を聞いて先手を打ったつもりだったが、まんまと裏目に出たわけか。ふふふ、だとするとこうなっては最早この国を御することは不可能。ならば、全〈亜生物〉の天敵になり得る貴様をこの場で始末するのみ!」

 怒りの感情を吐露したカルマは、両の翼を巧みに操り床に舞い降りた。

 すぐ近くにいたオリエンタに異形な顔を向ける。

「本当に申し訳ありませんね、オリエンタ様。正体を隠していたオリビアと〈ナンバーズ〉を一緒に処分する計画はどうやら水泡に帰したようです。これが成功していれば貴方が女王に即位し、私が裏からこの国を牛耳るのも容易かったのですけど」

 あまりの恐怖に言葉が出ないのか、オリエンタはただ身体を震わせいる。

 そんなオリエンタを見て笑みを浮かべたカルマは、ゆっくりと顔をオリエンタに近づかせた。

「まあ、これが御自身の運命だと思って諦めてください」

 カルマがそう言うと、顔の穴から青紫色の蛆虫が勢いよく飛び出し、オリエンタの口内に入り込んでいった。

 オリエンタは喉を押さえながら苦悶の声を上げたが、すぐに大人しくなった。

 身体の震えもいつの間にか治まっている。

「オリエンタ様!」

 オリビアとマルコシアスが叫んだのは同時だった。

 四狼はチッと舌打ちした。

 これで殺すべき対象が二人になってしまったからだ。

「オリビア。アンタはこの部屋から今すぐ逃げろ。ここの始末は俺がする」

 背中越しに四狼が告げると、しばし逡巡したオリビアは歩き出した。

 しかし、それは入り口にではない。

 四狼と寄り添うように横に並んだ。

 その手には騎士団の一人が捨てていった長剣が握られている。

「馬鹿を言うな。何でもお前一人に任せる訳にはいかない」

 オリビアは虚ろな表情を浮かべているオリエンタに意識と長剣を向けた。

「……残念だが、オリエンタ様は〈変異体〉と化したのだろう? あの姿を見れば嫌でもわかる」

 オリビアが察したとおり、オリエンタはカルマに核を植えつけられて〈変異体〉と化していた。

 すくっと立ち上がり、ゆらゆらと酒に酔ったかのように身体を揺らしているのがその証拠である。

 何度も〈変異体〉と剣を交えたせいか、オリビアもすぐに普通の人間と〈変異体〉との見分けがつくようになっていた。

「オリエンタ様は私に任せろ。だからお前は一番の元凶を……あの化け物を絶対に倒してくれ!」

 四狼は軽く笑うと、力強く頷いて見せた。

「任せろ!」

 ショットガンの機構をポンプ・アクションからオートマチックに切り替えた四狼は、ベルトに差していた〈忠吉〉を鞘から抜き放った。
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