9 / 26
第9話 生と死を分ける弁明
これは予想外の展開だった。
まさか将来のために医術を学ぼうとしたことが、かえって破滅フラグを招いてしまうとは夢にも思わなかった。
もちろん、これが破滅フラグなのかは原作知識がないのでわからない。
ただ、この状況が非常にマズいことだけは肌感覚でわかる。
背筋に氷柱を押し付けられたような冷たさをゾクゾク感じた。
でも、よく考えたらそうなるわよね。
私は古代中国の歴史はあまり詳しくなかったけど、もう少し自分の転生した立場を考えていればこの展開は想像できたはずだ。
古代中国の後宮は皇帝にとっては楽園。
だが、その楽園は妃たちにとって自分が帝に見初められて皇后になるかどうかで将来が決まってしまう地獄でもある。
他にも後宮内では妃同士の命をかけた権謀術数が渦巻き、権力闘争に負けた妃は筆舌に尽くしがたい結末を迎えることも多かったはず。
この『後宮遊戯』の世界観は義妹いわく「なんちゃって中華風後宮ファンタジー」の世界観だと笑っていたが、製作陣はゲームを作るにあたって絶対に古代中国の歴史を参考にしているだろう。
いくら表向きは「なんちゃって中華風後宮ファンタジー」だったとしても、物語に没入させる細部のリアリティがなければプレイヤーは納得しない。
だとしたら、やはり私の現状はかなり危険だった。
実際の古代中国の後宮ではどのような悲惨な事件があったのかはよく知らないが、こうしたちょっとした誤解で命を奪われた妃は少なくなかったはずだ。
そして、製作陣が『後宮遊戯』の裏設定に史実の後宮で起こった事件の要素を入れていたとしたら……。
(やばい! このままだと本当に「風心妃は毒を盛って皇帝を殺そうとしている」なんて噂が後宮内に飛び交いかねない!)
「風心妃さま、お答えしていただきたい。どうしてあなたは妃なのに医術を学ぼうとしたのです?」
鳳瞬さんからの疑いの眼差しが痛い中、私は無表情を貫きながらも背中の冷や汗はダラダラだった。
同時に私は最大限に悟った。
返答によっては確実に破滅フラグが立ってしまう、と。
しかし、私は正確な破滅フラグの回避方法を知らない。
ここに義妹がいれば破滅フラグを回避してくれる方法を教えてくれるだろうが、そうでない以上は自分でこの場を切り抜けるしかない。
(どうする? どうすればいいの?)
押し黙ること数秒。
私は三人の視線を全身に受けながら、ふとこれまでの人生を走馬灯のようによみがえらせた。
幼少時代の実父から受けたトラウマ。
家族療法で私と実母の心をカウンセリングで救ってくれた心理士。
自分も心理士を目指すため、必死で勉強した大学と大学院時代の思い出。
大学院を卒業してからは新米の心理士として、日々クライエントさんの心の悩みを解決する方法を模索していた一昨日までの私――。
そうだ。
私は前世では臨床心理士としてクライエントさんの心の悩みを聞いてきた。
その中で相手との信頼をもっとも損なうのは嘘をつくことだ。
今の場合は「なぜ風心妃は医術を学びたいのか?」という鳳瞬さんの問いに、私が「何となく興味が出たから」とか「何となく自分で薬を作ってみたくなったから」など嘘をつけば一発で鳳瞬さんに見抜かれる。
鳳瞬さんの医者としての知識や技量は相当なもの。
その洞察力と観察眼は現代日本の心理士と比べても遜色ない。
ほぼ間違いなく嘘をつけば必ず見抜かれる。
元臨床心理士として、私はそう判断した。
では、どうすれば現状を打破できるのか?
答えはわからない。
だから答えがわからない以上、私がするべきことは一つ。
意を決した私は、ゆっくりと口を開いた。
「私が医術を学びたい理由……それはこの後宮から離れることがあったとき、生家のある西方で弱き人々を救いたいと思ったからです」
そう、私がするべきことは本音を嘘偽りなく伝えることだ。
「な、何ですって?」
あまりにも返ってきた答えが意外だったのだろう。
鳳瞬さんは先ほどよりも目を剥いて驚愕している。
もちろん、安仁さんもだった。
それでも私は落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「私は昨日、後ろにいる侍女のおかげで死というものを意識するようになりました。それまでの私は甘やかされた環境で育ち、自身で口にするのもなんですが死というものを考える必要がありませんでした」
「それはそうです。あなたは西方の門閥貴族の出自なのですから、生死のことなど考える必要はない」
鳳瞬さんの言葉に私は首を振って否定した。
「いいえ、むしろ逆です。私は死を強く意識したことで、高貴な出自の人間ほど死について深く考える必要があると思いました。人間は完璧な生き物ではありません。どれだけ高貴な生まれでも、どれだけ貧しい生まれでも死ぬときは死ぬのです。ですが、高貴な出自の人間と貧しい出自の人間では決定的に違うことがあります」
「風心妃さま、その違いとは?」
前のめりで質問してきたのは安仁さんだ。
「それは力です。高貴な出自の人間は富を持っている者が多い。そして富を持つ者は総じて多くの人々を従える力を持つ一方、多くの人々を救える力も持っているということ。私も貴族の生まれなのでよくわかります。富を持つ人間には相応の責任と義務を果たす必要がある……私はようやくその天啓を得たのです」
私は思考をフル回転させながら何とか現状を乗り切ろうと口を動かす。
「もしも私が帝に見初められたのなら、この精神で以て帝が治められる国家の安寧のために心身を捧げることは覚悟しております。けれども、もしも帝の寵愛が別の妃の方に向けられたのなら、私は喜んで身を引きます。この後宮から去り、生家へと戻って弱く苦しんでいる者たちの救済に人生を捧げるつもりです」
一息で言い切った私は、呼吸を整えてそっと両目を閉じる。
(さあ、どうなる?)
私は心臓をバクバクさせながら全員の反応を待った。
少なくとも私は嘘はついていない。
正ヒロインの倭魅美が現れたときは喜んで身を引くばかりか、私は倭魅美と攻略対象者をくっつかせるために全力を出すつもりだ。
問題は前半部分の帝に見初められたらの部分。
話を聞く限り、今の皇帝は誰の妃の元へも通っていない。
それどころか、どんな理由からか素顔を隠している不思議な皇帝だった。
原作知識があればその理由もわかるのだろうが、あいにくと原作知識に乏しい私には見当もつかない。
とはいえ、皇帝が誰の妃の元へも通っていないのは事実。
要するに現状では私が皇帝に見初められる可能性は限りなく低い。
しかも私が転生した蘇風心の異名は〝悪役毒妃〟である。
この異名はゲーム外で通じるものだったから、実際の『後宮遊戯』の中において私のことは〝悪女〟もしくは〝毒妃〟の異名で悪評が広まっているに違いない。
そして、その悪評は皇帝の耳にも確実に届いているだろう。
だとすると、そんな悪評の高い妃を皇帝は見初めるだろうか?
(……私が皇帝だったら見初めないわね)
そう、つまり私が皇后になる確率は万に一つもない。
ところが原作ではここからが本番とばかりに本物の蘇風心が動き出すという。
本命の皇帝もそうだが、他の攻略対象者たちにも好意を持たれた倭魅美に激しく嫉妬した本物の風心は、悪しき手練手管を使って倭魅美の恋路を邪魔するものの、結果的にはすべてが裏目に出て最後には断罪される。
この流れからわかることは、倭魅美と敵対するから破滅フラグが立つということ。
言い換えれば倭魅美と仲良しになれば破滅フラグは立たないと言い切れる。
けれども、この後宮内においてはどこに厄介事の種がばらまかれているかわかったものではない。
たとえ倭魅美と仲良しになったとしても、他の三夫人が本物の蘇風心ばりの悪女と化して、倭魅美と敵対関係になる確率も決して低くないはず。
その過程で私も巻き込まれることも十二分に考えられる。
だから私は倭魅美が攻略対象者の誰かと恋仲になったあとは、何か理由を作って後宮から出るつもりだ。
さすがの破滅フラグも『後宮遊戯』の舞台設定である後宮から出てしまえば無効になるだろう。
(……というか、そう信じないと行動できないのよね)
私が心中でため息を吐くと、
「驚きました。まさか、風心妃さまはこの華秦国の繁栄のためにそこまでお考えになっていたとは……」
と鳳瞬さんは後頭部が見えるほど深々と頭を下げてきた。
「風心妃さま、これまでのご無礼をお許しください。そして、あなたのおっしゃられることは正しい。帝の寵愛を受けた妃は国家安寧のために身を捧げ、たとえ帝の寵愛を受けることが叶わなくても国のためにできることはあります」
今のあなたのように、と鳳瞬さんは微笑んだ。
その笑顔はとろけるほど甘く、普通の女性ならば一発で恋に落ちてしまうほどの破壊力があった。
でも、今の私は鳳瞬さんの笑顔を見ても心はあまり動かなかった。
なぜなら、鳳瞬さんよりも心がときめく笑顔の持ち主がいたから。
私はちらりと安仁さんに視線を移す。
安仁さんは腕を組んでいた状態から、右手の人差し指と親指で自身のアゴをつかんで難しい表情をしていた。
視線も私たちを見ていない。
顔をやや下に向けて何やら考え込んでいる。
一方の鳳瞬さんは「ですが」と表情を引き締めた。
「今回のあなたの発言は少し性急だと言わざるを得ません。あなたが医術を学びたいとおっしゃられるのも、帝があなたを立后しないと半ば決めつけたゆえの独断ですよね? これはいけない。あなたは四夫人のお一人であられる徳妃なのですよ。ならば、帝の寵愛を受けるようご自身で努力すべきです」
私は心の中で「うぐっ!」と表情を歪めた。
鳳瞬さんに言われたことは、あまりにも的確な正論パンチだったからだ。
「確かに鳳瞬どののおっしゃるとおり。私はあまりにも死を強く意識したことで、色々と誤解を生む発言をしてしまったようです。大変に申し訳ありません」
私は素直に謝罪する。
「いえ、お気になさらず。わたくしも風心さまのお心の一旦が知れて嬉しい限りです。どうでしょう? 医術を教えることはできませんが、せっかく養心殿に足を運んでいただいたのです。わたくしたち医官の仕事場を見学していかれますか?」
これはどうなの?
話の流れから破滅フラグは回避されたんじゃない?
少なくとも鳳瞬さんの全身からは剣呑な雰囲気は放たれていない。
むしろ春風のような心地よさが漂ってくる。
(うん、これはひとまず最悪な事態は回避したわよね)
私は胸の奥で大きく安堵の息を吐くと、「それはぜひとも見学させてください」とにこやかな笑みを浮かべた。
そのときである。
ブルブルブル。
腰帯に差していた手鏡が震えたのだ。
この震えはまさか――。
私はそっと手鏡の中を覗き込む。
手鏡には以下の文字が浮かんでいた。
『心のケア度・30/100』。
まさか将来のために医術を学ぼうとしたことが、かえって破滅フラグを招いてしまうとは夢にも思わなかった。
もちろん、これが破滅フラグなのかは原作知識がないのでわからない。
ただ、この状況が非常にマズいことだけは肌感覚でわかる。
背筋に氷柱を押し付けられたような冷たさをゾクゾク感じた。
でも、よく考えたらそうなるわよね。
私は古代中国の歴史はあまり詳しくなかったけど、もう少し自分の転生した立場を考えていればこの展開は想像できたはずだ。
古代中国の後宮は皇帝にとっては楽園。
だが、その楽園は妃たちにとって自分が帝に見初められて皇后になるかどうかで将来が決まってしまう地獄でもある。
他にも後宮内では妃同士の命をかけた権謀術数が渦巻き、権力闘争に負けた妃は筆舌に尽くしがたい結末を迎えることも多かったはず。
この『後宮遊戯』の世界観は義妹いわく「なんちゃって中華風後宮ファンタジー」の世界観だと笑っていたが、製作陣はゲームを作るにあたって絶対に古代中国の歴史を参考にしているだろう。
いくら表向きは「なんちゃって中華風後宮ファンタジー」だったとしても、物語に没入させる細部のリアリティがなければプレイヤーは納得しない。
だとしたら、やはり私の現状はかなり危険だった。
実際の古代中国の後宮ではどのような悲惨な事件があったのかはよく知らないが、こうしたちょっとした誤解で命を奪われた妃は少なくなかったはずだ。
そして、製作陣が『後宮遊戯』の裏設定に史実の後宮で起こった事件の要素を入れていたとしたら……。
(やばい! このままだと本当に「風心妃は毒を盛って皇帝を殺そうとしている」なんて噂が後宮内に飛び交いかねない!)
「風心妃さま、お答えしていただきたい。どうしてあなたは妃なのに医術を学ぼうとしたのです?」
鳳瞬さんからの疑いの眼差しが痛い中、私は無表情を貫きながらも背中の冷や汗はダラダラだった。
同時に私は最大限に悟った。
返答によっては確実に破滅フラグが立ってしまう、と。
しかし、私は正確な破滅フラグの回避方法を知らない。
ここに義妹がいれば破滅フラグを回避してくれる方法を教えてくれるだろうが、そうでない以上は自分でこの場を切り抜けるしかない。
(どうする? どうすればいいの?)
押し黙ること数秒。
私は三人の視線を全身に受けながら、ふとこれまでの人生を走馬灯のようによみがえらせた。
幼少時代の実父から受けたトラウマ。
家族療法で私と実母の心をカウンセリングで救ってくれた心理士。
自分も心理士を目指すため、必死で勉強した大学と大学院時代の思い出。
大学院を卒業してからは新米の心理士として、日々クライエントさんの心の悩みを解決する方法を模索していた一昨日までの私――。
そうだ。
私は前世では臨床心理士としてクライエントさんの心の悩みを聞いてきた。
その中で相手との信頼をもっとも損なうのは嘘をつくことだ。
今の場合は「なぜ風心妃は医術を学びたいのか?」という鳳瞬さんの問いに、私が「何となく興味が出たから」とか「何となく自分で薬を作ってみたくなったから」など嘘をつけば一発で鳳瞬さんに見抜かれる。
鳳瞬さんの医者としての知識や技量は相当なもの。
その洞察力と観察眼は現代日本の心理士と比べても遜色ない。
ほぼ間違いなく嘘をつけば必ず見抜かれる。
元臨床心理士として、私はそう判断した。
では、どうすれば現状を打破できるのか?
答えはわからない。
だから答えがわからない以上、私がするべきことは一つ。
意を決した私は、ゆっくりと口を開いた。
「私が医術を学びたい理由……それはこの後宮から離れることがあったとき、生家のある西方で弱き人々を救いたいと思ったからです」
そう、私がするべきことは本音を嘘偽りなく伝えることだ。
「な、何ですって?」
あまりにも返ってきた答えが意外だったのだろう。
鳳瞬さんは先ほどよりも目を剥いて驚愕している。
もちろん、安仁さんもだった。
それでも私は落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「私は昨日、後ろにいる侍女のおかげで死というものを意識するようになりました。それまでの私は甘やかされた環境で育ち、自身で口にするのもなんですが死というものを考える必要がありませんでした」
「それはそうです。あなたは西方の門閥貴族の出自なのですから、生死のことなど考える必要はない」
鳳瞬さんの言葉に私は首を振って否定した。
「いいえ、むしろ逆です。私は死を強く意識したことで、高貴な出自の人間ほど死について深く考える必要があると思いました。人間は完璧な生き物ではありません。どれだけ高貴な生まれでも、どれだけ貧しい生まれでも死ぬときは死ぬのです。ですが、高貴な出自の人間と貧しい出自の人間では決定的に違うことがあります」
「風心妃さま、その違いとは?」
前のめりで質問してきたのは安仁さんだ。
「それは力です。高貴な出自の人間は富を持っている者が多い。そして富を持つ者は総じて多くの人々を従える力を持つ一方、多くの人々を救える力も持っているということ。私も貴族の生まれなのでよくわかります。富を持つ人間には相応の責任と義務を果たす必要がある……私はようやくその天啓を得たのです」
私は思考をフル回転させながら何とか現状を乗り切ろうと口を動かす。
「もしも私が帝に見初められたのなら、この精神で以て帝が治められる国家の安寧のために心身を捧げることは覚悟しております。けれども、もしも帝の寵愛が別の妃の方に向けられたのなら、私は喜んで身を引きます。この後宮から去り、生家へと戻って弱く苦しんでいる者たちの救済に人生を捧げるつもりです」
一息で言い切った私は、呼吸を整えてそっと両目を閉じる。
(さあ、どうなる?)
私は心臓をバクバクさせながら全員の反応を待った。
少なくとも私は嘘はついていない。
正ヒロインの倭魅美が現れたときは喜んで身を引くばかりか、私は倭魅美と攻略対象者をくっつかせるために全力を出すつもりだ。
問題は前半部分の帝に見初められたらの部分。
話を聞く限り、今の皇帝は誰の妃の元へも通っていない。
それどころか、どんな理由からか素顔を隠している不思議な皇帝だった。
原作知識があればその理由もわかるのだろうが、あいにくと原作知識に乏しい私には見当もつかない。
とはいえ、皇帝が誰の妃の元へも通っていないのは事実。
要するに現状では私が皇帝に見初められる可能性は限りなく低い。
しかも私が転生した蘇風心の異名は〝悪役毒妃〟である。
この異名はゲーム外で通じるものだったから、実際の『後宮遊戯』の中において私のことは〝悪女〟もしくは〝毒妃〟の異名で悪評が広まっているに違いない。
そして、その悪評は皇帝の耳にも確実に届いているだろう。
だとすると、そんな悪評の高い妃を皇帝は見初めるだろうか?
(……私が皇帝だったら見初めないわね)
そう、つまり私が皇后になる確率は万に一つもない。
ところが原作ではここからが本番とばかりに本物の蘇風心が動き出すという。
本命の皇帝もそうだが、他の攻略対象者たちにも好意を持たれた倭魅美に激しく嫉妬した本物の風心は、悪しき手練手管を使って倭魅美の恋路を邪魔するものの、結果的にはすべてが裏目に出て最後には断罪される。
この流れからわかることは、倭魅美と敵対するから破滅フラグが立つということ。
言い換えれば倭魅美と仲良しになれば破滅フラグは立たないと言い切れる。
けれども、この後宮内においてはどこに厄介事の種がばらまかれているかわかったものではない。
たとえ倭魅美と仲良しになったとしても、他の三夫人が本物の蘇風心ばりの悪女と化して、倭魅美と敵対関係になる確率も決して低くないはず。
その過程で私も巻き込まれることも十二分に考えられる。
だから私は倭魅美が攻略対象者の誰かと恋仲になったあとは、何か理由を作って後宮から出るつもりだ。
さすがの破滅フラグも『後宮遊戯』の舞台設定である後宮から出てしまえば無効になるだろう。
(……というか、そう信じないと行動できないのよね)
私が心中でため息を吐くと、
「驚きました。まさか、風心妃さまはこの華秦国の繁栄のためにそこまでお考えになっていたとは……」
と鳳瞬さんは後頭部が見えるほど深々と頭を下げてきた。
「風心妃さま、これまでのご無礼をお許しください。そして、あなたのおっしゃられることは正しい。帝の寵愛を受けた妃は国家安寧のために身を捧げ、たとえ帝の寵愛を受けることが叶わなくても国のためにできることはあります」
今のあなたのように、と鳳瞬さんは微笑んだ。
その笑顔はとろけるほど甘く、普通の女性ならば一発で恋に落ちてしまうほどの破壊力があった。
でも、今の私は鳳瞬さんの笑顔を見ても心はあまり動かなかった。
なぜなら、鳳瞬さんよりも心がときめく笑顔の持ち主がいたから。
私はちらりと安仁さんに視線を移す。
安仁さんは腕を組んでいた状態から、右手の人差し指と親指で自身のアゴをつかんで難しい表情をしていた。
視線も私たちを見ていない。
顔をやや下に向けて何やら考え込んでいる。
一方の鳳瞬さんは「ですが」と表情を引き締めた。
「今回のあなたの発言は少し性急だと言わざるを得ません。あなたが医術を学びたいとおっしゃられるのも、帝があなたを立后しないと半ば決めつけたゆえの独断ですよね? これはいけない。あなたは四夫人のお一人であられる徳妃なのですよ。ならば、帝の寵愛を受けるようご自身で努力すべきです」
私は心の中で「うぐっ!」と表情を歪めた。
鳳瞬さんに言われたことは、あまりにも的確な正論パンチだったからだ。
「確かに鳳瞬どののおっしゃるとおり。私はあまりにも死を強く意識したことで、色々と誤解を生む発言をしてしまったようです。大変に申し訳ありません」
私は素直に謝罪する。
「いえ、お気になさらず。わたくしも風心さまのお心の一旦が知れて嬉しい限りです。どうでしょう? 医術を教えることはできませんが、せっかく養心殿に足を運んでいただいたのです。わたくしたち医官の仕事場を見学していかれますか?」
これはどうなの?
話の流れから破滅フラグは回避されたんじゃない?
少なくとも鳳瞬さんの全身からは剣呑な雰囲気は放たれていない。
むしろ春風のような心地よさが漂ってくる。
(うん、これはひとまず最悪な事態は回避したわよね)
私は胸の奥で大きく安堵の息を吐くと、「それはぜひとも見学させてください」とにこやかな笑みを浮かべた。
そのときである。
ブルブルブル。
腰帯に差していた手鏡が震えたのだ。
この震えはまさか――。
私はそっと手鏡の中を覗き込む。
手鏡には以下の文字が浮かんでいた。
『心のケア度・30/100』。
あなたにおすすめの小説
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました
ほーみ
恋愛
春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。
制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。
「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」
送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。
――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く
魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」
帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。
混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。
ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。
これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。