悪役毒妃の後宮心理術 ~現代日本で心理士だった私、後宮乙女ゲームの悪役に転生しましたが、原作知識とカウンセリングで破滅フラグを回避します~

ともボン

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第20話   公衆の面前での化顔

 妃位封賜ひいほうしの会場は、豪華絢爛という言葉に相応しい場となっていた。

 たった数日で広大な庭の中央には舞や演武を行える特設舞台が建設され、北側の席に皇帝と皇后の席が設けられている。

 一方、私を含めた四夫人の席は皇帝と皇后の真横にあった。

 正確には空席だった皇后の横に貴妃きひ淑妃しゅくひの席があり、皇帝の横に徳妃とくひである私の席と賢妃けんひの席があったのだ。

 このとき、私は初めて他の三夫人の顔を見た。

 普通だった。

 驚くほど他の三夫人たちの顔は一般庶民の顔つきをしていたのである。

 可愛くもなければ美人でもなく、不細工でもないから良くも悪くもない。

(……これもゲームの仕様なのかな)

 そう思えてしまうほど私――蘇風心と倭魅美の顔立ちが整い過ぎている。

 ……まあ、それはともかく。

 私は自分の席に座ると、皇帝と皇后の席に顔を向けた。

 皇后はいないので空席なのは当然だったが、同時に皇帝の席にも誰も座ってはいなかった。

(これはあれかな? 本当に偉い人は最後に登場するってやつ?)

 実際にそうなのかはわからなかった。

 皇帝なので身なりを整えるのに相当な時間が掛かっているのかもしれない。

 私は皇帝たちの席から視線を外し、続いて他の宴席に座っている人たちを見回す。

 皇帝と皇后の座席から南側を向くようにして特設舞台があり、その特設舞台を挟むようにして左右に別の宴席が存在している。

 右側の宴席にはこれまた偉そうな人たちが勢ぞろいしていた。

 間違いなく華秦国の政務に携わるお偉いさんたちだ。

 年齢は五十代から六十代の人たちが多いだろうか。

 その中にはひときわ目立つ人たちがいて、身なりからして他の人たちと存在感がまるで違う。

 きっと宰相や将軍といった国の中枢を担う人物たちだ。

 ただ、『後宮遊戯』のイベントには関係なさそうなので私は特に気にしない。

 私が気になったのは反対の宴席に座っている人たちだった。

 見るからに若手のエリートな武官や文官たちが座っていて、当然ながら大部分は宦官たちで占められている。

(あれがリアルな三才人たちね)

 若手の宴席の最前席には鳳瞬さんの姿があり、両隣には『後宮遊戯』のパッケージに描かれていた二人の攻略対象者が座っていた。

 一人は少年っぽさを感じる顔と虎のように勇ましい身体つきの趙虎月さん。

 もう一人は背が低くかなりの童顔で、この国では珍しい眼鏡をかけている陳燕青さんだ。

 三人とも身長も体型もタイプもバラバラでありながら、全員とも不思議なほど女性の目を引きつける魅力と雰囲気を醸し出している。

 実際に遠くの席に控えている下級妃や侍女たちは、三才人たちをちらちらと眺めていた。

 彼らが本当は宦官でないことを私は知っているが、それを知らなくても下級妃や侍女たちは三才人に魅了されているのだろう。

 気持ちはわかる。

 確かに三才人たちはそれぞれ属性の異なる魅力を持った人たちだ。

 でも、私からすれば安仁さんの魅力には及ばない。

 私が転生した風心の視力はとても良いので、その視力で若手の宦官の席を中心に安仁さんの姿を探した。

 帝の側仕えの宦官ならば、きっと今回のイベントにも参加しているはずだ。

 などと思いながら安仁さんを探したのだが、彼の姿は若手の宦官の席にはどこにもなかった。

 念のため他の席や警備の人の中も探してみたものの、似たような背格好や顔の人はいたが安仁さん本人ではなかった。

(もしかして怪我をしたのかな? それともイベントにも参加できないほどの病気になったの?)

 どちらにせよ、私は安仁さんのことが急に心配になった。

 怪我をして痛々しい思いをしている安仁さん。

 病気でベッドから出られず寂しく寝ている安仁さん。

 最悪、この両方ということもあり得る。

 その場合、養心殿で治療している可能性が高い。

 だとしたら、こんなイベントに参加している暇はなかった。

 すぐにでも養心殿に行って安仁さんをお見舞いしたい……というのが今の私の本音である。

 しかし、現実に安仁さんのお見舞いに行けるかと言われればノーだ。

 今の私は四夫人という皇后に次ぐ権力の持ち主の一人。

 イベント前だったならいざ知らず、こうして妃位封賜の始まる直前になって会場から抜け出ることはまず不可能だ。

 下手に仮病を使っても絶対にバレるし、何より周囲をざわつかせるほどの大事になる。

 そうなるとどうなるか?

 決まっている。

 妃位封賜のイベント自体が中止になる可能性が高い。

 そうして妃位封賜のイベントが中止ということにでもなったら、それこそ私に大砲級の破滅フラグが飛んでくるだろう。

 この妃位封賜は倭魅美と攻略対象者たちの邂逅イベントだ。

 その邂逅イベントをご破算にでもしたら目も当てられない。

 私はブルッと身体を小さく震わせた。

 やはり今はじっと我慢だ。

 少なくとも妃位封賜が無事に終わるまではじっとして、終わったらすぐに適当な言い訳を作って養心殿へ向かおう。

 理由は妃位封賜の最中に気分が悪くなったとでも言えば大丈夫なはず。

 そして養心殿で治療を受ける形を装って安仁さんを探し、もしも本当に養心殿に安仁さんがいたら見知った仲ということでお見舞いをする。

 そんな妄想を膨らませていたときだ。

 ドオオオン、と空気を震わせる銅鑼どらの音が安政園全体に轟いた。

 同時に宴席会場にいた全員が一斉に立ち上がる。

 私も条件反射で慌てて立ち上がり、音のしたほうに顔を向けた。

 すると天幕の裏から何人もの護衛を連れた一人の人物が現れた。

「皇帝陛下の御成~り~」

 全員の視線が一気にその人物へと集中する。

 華秦国の頂点である皇帝の登場だった。

(あの人が『後宮遊戯』のメイン中のメイン攻略者の華龍瑛ね)

 私は食い入るように華龍瑛を見つめる。

 華龍瑛の身長は鳳瞬さんほどの背丈で、頭には冕冠べんかんと呼ばれる無数の小玉や装飾品がついた特徴的な帽子をかぶっていた。

 黒色の上衣には見事なほどの龍のデザインが施され、赤色の下衣には太陽や月を模した様々な模様が刺繍されている。

 そして爪先が少し上に反った靴を履いていることと、地面に触れているほど下衣の裾が長いため、華龍瑛の歩く速度はかなり遅い。

 ゆっくりと、それでいて慎重に自分の席へと護衛たちと向かっていく。

 だから私は華龍瑛の全身を余すことなく見ることができた。

 でも、肝心の顔がほぼ見えない。

 ただでさえ冕冠という顔が見にくい帽子をかぶっている上に、その下にある顔は目元だけを出すような黒い頭巾で隠されていたのだ。

 そんな悠然と歩を進める皇帝を見て、私は小首をかしげた。

 この『後宮遊戯』の世界に転生してから、メイン中のメイン攻略対象者の華龍瑛を見るのは初めてのはずだ。

 それは間違いない。

 けれど、華龍瑛を見れば見るほど初対面という感じが湧いてこなかった。

 何でだろう、と疑問に駆られても答えは出てこない。

(……きっと私の勘違いね)

 そもそも華龍瑛は三才人と同じで倭魅美と恋仲になるかもしれない攻略対象者だ。

 私のような破滅フラグ満載の蘇風心と接点があるはずもなかった。

 あるとしたら、それは最悪な破滅フラグが立つときである。

 確実に私の死が決定するほどの超ド級の破滅フラグ。

 だとしたら、これ以上の詮索はやめておいたほうがいい。

『後宮遊戯』という世界に愛されている倭魅美と違って、私は少しでも周囲に悪意をまき散らせば簡単に命が散る悪役妃。

 今はただ自分の――蘇風心として幸せな人生を掴むことに全力を注ぐべきだ。

 やがて華龍瑛は自分の席に到着し、優雅な所作で腰を下ろした。

 華龍瑛が着席したあと、続いて他の三夫人が腰を下ろしたので私もすかさず着席する。

 その後は国の要職に就いているお偉いさんたちが着席し、鳳瞬さんたちも座ったことで妃位封賜が本格的に幕を開けた。

 宮廷楽士たちによる特設舞台でのきん琵琶びわ箜篌くご(ハープ)などの弦楽器による演奏が流れる。

 それだけではない。

 笛やしょうの管楽器の音色に合わせ、技芸で選抜された侍女たちによる歌や舞いが披露されていく。

 これには私も胸が躍った。

 うららかな春の日差しと微風に乗りながら、心地の良い様々な歌と音が安政園の中に響き渡る。

 私は破滅フラグのことなど忘れ、前座である歌と雅楽を大いに目と耳で楽しんだ。

 しかし、前座は歌と雅楽だけではなかった。

 特設舞台から宮廷楽士や侍女たちがいなくなると、虎月さんたち武官の人たちの武術による型演武が始まったのだ。

「「「「「「「ッ!」」」」」」」

 裂帛の気合が放たれ、特設舞台の上に集まった武官たちが一斉に動き出す。

 私は先ほどの歌や雅楽以上の胸の高鳴りを感じた。

 十人以上の武官たちが一切乱れることなく同じ動きをするのは圧巻だった。

 しかも動き自体が凄まじく正確で速い。

 私の席から二十メートル以上離れているのに、彼らの突きや蹴りの風圧がこちらまで届くような力強さがあった。

 中でも一番目立っていたのは虎月さんだ。

 その名から想像できるように、まるで二本足で立っている虎が演武をしているような堂々たる迫力に満ちている。

 さすが攻略対象者の一人だ。

 あの演武を見たら倭魅美も男性的な強さを心の底から感じるだろう。

 前座はまだ続く。

 虎月さんたち武官の演武が終わると、次に燕青さんたち文官が特設舞台の上にやってくる。

 そして先頭にいる燕青さんは何も持っていなかったが、その後ろからついてきていた他の文官たちは布を被せられた四角形の何かを総出で持っていた。

「陛下、こたびは遠国より新たなる妃をお迎え遊ばされ、まこと慶賀に堪えませぬ。そこでわたくし陳燕青は、ここに綾書殿を代表して倭国の妃を迎え入れた華秦国の繁栄を願う詩を献上したいと存じます」

 燕青さんが高らかに告げると、他の文官が布をバサッと勢いよく剥ぎ取った。

 おおおおお、と周囲から感嘆の声が轟く。

 額縁に収まった縦横二、三メートルの薄いクリーム色の紙には、以下の詩が達筆で書かれていた。

 ――――――――――――――――

 天光降臨春風暖

 百花爭放映麗姬

 倭國遠來今入宮

 華秦山川倭融和

 喜慶祥瑞遍四海

 禮樂輝映滿天地

 ――――――――――――――――

 完全な中国語だったが、今の私には内容が不思議と読み取れた。

 あの詩の内容はこうだ。

 ――――――――――――――――

 天の光が降り注ぎ、春風が暖かく吹く

 百の花々が競うように咲き、麗姫を映し出す

 遠く倭国から麗姫が今、宮中に迎えられる

 華秦の山川と倭国の景色が、共に融和している

 喜びと祥瑞が四海に満ち広がる

 礼楽の輝きが天地を満たし、祝祭の雅やかさを示す

 ――――――――――――――――

 つまりは「遠くから来た倭国の妃――倭魅美妃を、春の祝福と両国の調和の象徴として宮中に迎え、喜びと祝祭が天地に広がる」という祝意の詩だった。

 私は心中で大きく拍手した。

 虎月さんの演武も素晴らしかったが、燕青さんの書いた詩も素晴らしい。

 華龍瑛は一言も喋らなかったが、軽く控えめに拍手した。

 おそらくこれは最大限の賛辞に違いない。

「この上なき栄誉にて、恐悦至極に存じ上げます」

 燕青さんは深々と礼をすると、再び他の文官たちと特設舞台を降りていく。

 きっとあの額縁に入った詩はのちに倭魅美に贈られるのだろう。

 私はあまりの凄さにため息しか出なかった。

 鳳瞬さんの卓越した医術。 

 虎月さんの剛腕なる武術。 

 燕青さんの才知ある文術。

 まさにタイプの異なる秀でた技術と魅力を持った男性たち。

 あんな男性たちならば、誰であろうと女なら恋愛をしてみたいと思う。

 下世話な言い方だが、世界に愛されている正ヒロインの倭魅美にとっては選び放題だ。

 きっと誰を選んでも倭魅美には幸せな人生が待っている。

(…………それでいいのよ)

 倭魅美が幸せになることは彼女の人生であって私とは関係なかった。

(そうよ……私は破滅フラグを回避して、私なりの幸せを手に入れればいい)

 そう考えれば考えるほど、安仁さんに会いたい思いが募ってくる。

 どれぐらいの時間が経っただろうか。

 このモヤモヤに耐え続けていると、ようやく妃位封賜の最大の見せ場でありイベントの終わりのときがやってきた。

「倭魅美妃の御成~り~」

 ついに新たな妃位を与えられる倭魅美の登場である。

 豪奢な衣服に身を包んだ倭魅美は、数人の侍女を連れながら顔を薄い布で隠しつつ特設舞台へと上がってくる。

 なるほど、と私は思った。

 特設舞台の中心に来たときに布を取り、文字通り大勢の前で顔見せをするという演出なのだろう。

 そして前もって聞かされていた段取りだと最後に華龍瑛も特設舞台に降り立ち、倭魅美に面と向かって宸妃《しんひ》という妃位を与えてイベント終了だ。

(長かったけど、終わりよければすべてよし……よね)

 ここまで来たらもう破滅フラグが立つこともないはずだ。

 あとはイベントが終わり次第、養心殿に向かって安仁さんを探そう。

 と、身体に残っていた緊張を解いたときだった。

「きゃああああああああ」

 安政園全体に下級妃や侍女たちの悲鳴が轟く。

 お偉いさんたちや若手の宴席からも不穏なざわめきが沸き起こった。

 一方の私は言葉を失い、特設舞台の中心で布を取っていた倭魅美の顔に目が釘付けになる。

 公衆の面前で晒した倭魅美の顔には、雪のように真っ白なおしろいが塗られていた。
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