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第八章 ~華やかで煌びやかな地下の世界・裏闘技場の闇試合編~

道場訓 七十九   黒道着の空手家

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 俺の視界に飛び込んできた女は、どう見ても普通の女ではなかった。

 屈強くっきょうな体格をした護衛を何人も付きしたがえているということは、黒髪の女が特別な地位にいることを明確に示している。

 それだけではない。

 170センチを超える、女にしては高い身長と長い手足。

 光沢のある黒髪は背中まで伸びていて、着ていた和服も生地きじ刺繍ししゅうにまでこだわった高級品だ。

 顔立ちも間違いなく美形の中でも最上級に入るだろう。

 しかし――。

 どこの誰かは知らないが、あまり好きな顔じゃないな。

 美形か不細工かは関係ない。

 俺には黒髪の女の、人を見下すことに慣れた双眸そうぼうが気に入らなかった。

 自分が叶えたい欲望なら必ず叶う、というような感じが強く伝わってくる。

 などと考えていると、黒髪の女はハッと気づくような顔をした。

「あら、そう言えば自己紹介がまだだったわね」

 豪勢な椅子に座っていた黒髪の女は、ふところから取り出した『唯我独尊ゆいがどくそん』と筆書きされた扇子せんすで自分をあおぎ始める。

「私の名前はマコト・ハザマ。覚えておいて損はないわよ」

 マコト・ハザマ?

 コジローから事前に聞いていた情報の中には、闇試合ダーク・バトルを主催している〈鬼神会きじんかい〉の頭領ボスの名前もあった。

 確か〈鬼神会きじんかい〉の頭領ボスの名前はカイエン・だったはず。

 だとすると、このマコトと名乗った黒髪の女はカイエンの身内なのだろうか。

 俺が顔色を変えずに思考をめぐらせていると、マコトは「立ち話も何だから、どうぞ座りなさい」と空いている席に座るよううながしてきた。

「その前に聞いておきたい。アンタは何者で、どうして俺たちをこんな場所に呼び寄せた?」

 俺の質問に対してマコトは小首をかしげる。

「私が誰なのか名前を聞いても分からないの?」

「闇試合の胴元オーナー――〈鬼神会きじんかい〉の頭領ボスがカイエン・ハザマなのは知っている。そして、ハザマという名字からしてアンタがカイエン・ハザマにとって近しい存在なのもな……見た目と年齢から推測するに孫娘か?」

 これもコジローから聞いていたことなのだが、カイエン・ハザマは70歳を過ぎているにもかかわらず、頭も肉体もおとろえた様子がない怪物なのだという。

「残念、私はカイエン・ハザマの娘よ……とはいえ、別に若作りしているわけではないわ。これでも今年で22になるんだから」

 これには俺も目を丸くさせた。

 そうなると、マコト・ハザマと名乗った女はカイエンが50歳を過ぎて出来た子供なのか。

「まあ、私の年齢はともかく……これで私が何者なのか理解したわね」

「ああ。だが、肝心なもう1つのことが分からないな」

 俺はマコトに鋭い視線を突きつける。

「〈鬼神会きじんかい〉の頭領ボスの娘が俺に何の用だ? わざわざ、どこの馬の骨か分からない人間に激励げきれいするほどアンタの立場は軽くないだろ?」

 マコトは「確かに」とうなずいた。

「だけど、あなたの1回戦の闘いぶりを見てどうしても会いたくなったの。なので光栄に思いなさい。私が直々に会いに来るなんて滅多めったにないことなんだから」

 そんなことを言われても、俺にとっては何の感慨かんがいいてこない。

 正直なところ、思わず「だから何だ?」と言いそうになった。

 だが、俺は相手の反感を買うようなことは言わなかった。

 その代わり、顔を振り向かせて後ろにいたエミリアに声をかける。

「エミリア、行くぞ。こんなところにいても時間の無駄だ」

 俺の言葉に「え?」と頓狂とんきょうな声を発したのはマコトだった。

「ちょっと待ちなさい! まだ、私の話は終わってないわよ!」

「聞かなくても分かる。どうせろくなことでもないだろうからな」

 俺は過去にもマコトのような人間に会ったことがある。

 マコトは金とひまと権力を持てあます、性質たちの悪い権力者たちと同じだ。

 そして、そういった人間の口から出る言葉はろくなものではなかった。

 だったら、さっさとこんな場所から立ち去るに限る。

「ふ~ん、わざわざ闇試合ダーク・バトルに参加してくるだけあって大した度胸ね……でも、簡単にここから帰られるとでも思ってるの?」

 マコトの意味深な言葉を皮切りに、大勢の人間が一斉に動く気配があった。

 この部屋にいる護衛の人間たちもそうだが、部屋の外でも10人以上が動く気配が感じられたのだ。

「やっぱり、アンタは典型的な上流階級の人間だな。これ見よがしに権力を見せつければ、大抵の人間は自分の言うことを聞くと思ってるんだろ?」

「あら、あなたは違うとでも言いたげね」

「全然、違うさ」

 俺は即答した瞬間、目の前のテーブルに向かって手刀しゅとうを振り下ろした。

 バアンッ!

 けたたましい音とともに、料理が並べられたテーブルが真っ二つに割れる。

 このとき、マコトの表情がかすかに揺らめいた。

 もちろん護衛の人間たちはマコト以上に驚きをあらわにすると、腰に差していた大刀を一斉に抜き放つ。

 護衛の人間たちも〈鬼神会きじんかい〉の任侠団ヤクザなのだろうが、マコトと同じ朱色の着流しの上から漆黒の外套コート羽織はおっており、左腰に大刀と小刀を差しているサムライのような人間たちだった。

 そして室内に殺気が充満したとき、マコトはキッと俺をにらみつけてくる。

「あくまでも私の話を聞くつもりはないということね……それに、どんなことをされようと自分なら力でそれをけられるという意思表示のつもり?」

「そう受け取ってもらえたなら助かる。まさか、ここまでやっても俺の気持ちが分からない奴の相手なんて本当にごめんだからな」

 ただし、それでもマコトが数に物を言わせるつもりなら話は別だ。

 そのときは俺も無抵抗をつらぬくつもりはない。

 やがて、マコトは大きなため息を吐いて「よく分かったわ」と言った。

 俺は頭上に疑問符を浮かべながら眉根まゆねを寄せる。

 一体、何が分かったのだろうか。

 そう思った直後、

「手に入れる前にも少々しつけが必要ね」

 と、マコトは広げていた扇子を勢いよく閉じた。

「来なさい、カムイ!」

 マコトが怒りをふくんだ声を張り上げると、俺たちが入ってきた出入り口の扉が開いて1人の男が入ってくる。

「お嬢はん、何ぞワイのこと呼びはりましたか?」

 現れたのは、マコトと同じぐらいの年齢とおぼしき若い男だった。

 背丈は190センチは軽く超えている。

 そして白と見間違うほどの銀髪に、日焼けしたような赤銅しゃくどうの肌色をしていた。

 しかし、俺が気になったのは男の髪色や肌色ではない。

 こいつも俺たちと同じ空手家からてかか……。

 カムイと呼ばれた男は、漆黒の空手着からてぎに白の帯を巻いていたのだ。

 ヤマト国でもをてらって本来は白の道着を様々な色に塗る流派もあったが、そういった流派の人間は実力がないことがほとんどだった。

 では、黒道着を着ていたカムイという男もそうなのだろうか。

 答えはいなだ。

 この男は間違いなく強い。

 素の状態で俺の肌が軽く粟立あわだつほどとてつもなく。

 俺はそんなカムイと視線を交錯こうさくさせる。

 カムイは「ニッ」と白い歯をき出しにして笑った。
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