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第1章
7.嵌合体
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「もしかしてこいつの仲間か? ウーラ、対象の姿は確認したか?」
『今、ピットBを移動させ確認中。確認でき次第、マルチプルデバイスに映像を送信致します』
すぐにマルチプルデバイスから光が投射され、何もない空間にホログラム映像を形作っていく。
ここと似たような風景。
いや、ここよりも少し草深いだろうか?
人工物と思われる物体はどこにも見当たらず、相も変わらず続く鬱蒼とした森の中。
しかし、その中央に唯一周囲とは異なる存在が映しだされていた。
周囲の風景と比較するとあきらかに巨大だとわかる体躯。その巨体の主がのそりと四つ足で動いていた。
その動きは鈍重そうとも、はたまた悠然な歩調とも見て取れる。だが同時に、肉食獣特有の捕食者然とした不穏な雰囲気もこいつからは感じられた。
『猛禽類のような姿をしていますが、肩甲骨のやや後ろ側に大きな双翼を所持。外見的には哺乳類と鳥類の特徴をあわせ持った生物ですね。体長360センチメートルほど、体高が約120センチメートル前後と見受けられます。下顎周辺にいまだ鮮血跡が残っていることから見て、肉食獣の可能性あり。ご注意下さい』
「なんだこれ……ライオン? いやキメラってやつか?」
『はい。キメラ、いわゆる嵌合体だと考えるのが妥当かと。嵌合体とは、ひとつの個体の中に複数の遺伝子情報が交ざっている状態を指します。ただし、雌雄嵌合体のように同種、あるいは極めて例外的に近い種の間に起こるのが常とされていて、このようにまったく異なる種でのキメラは理論上あり得ないはずなのですが』
「まあ、地球の常識で考えたらあり得ないってことだろうな。だいたいだな、あの重そうな体じゃあ、たとえ翼があったとしても空を飛べないんじゃないのか?」
『普通に考えれば飛行はまず無理でしょう。外見全体の骨格から想定しても、飛行にはまるで向いていません。耐寒や誇示行動のために形骸化した翼が残った鳥類も存在しますが、この種の場合最初から翼としての機能を担っていたのかさえ疑問です』
そのときだった。
まるでこちらの会話を聞いていたかのように、キメラが翼を大きくはためかせた。すると、その巨体が地上を離れ、何もない空中へゆっくりと浮かんでいく。
鳥のような比較的体が軽い生物でさえ、離陸するためには前方への推進力や高所からの落下エネルギーを揚力に変換する必要がある。
だというのに、こいつはそんな予備動作など一切なく、ただ数度翼をはためかせただけ。
驚くべきことにその場で垂直上昇を開始したキメラの姿を見て、俺は今までの常識なんか通用しないことを痛感した。
「どうやらその常識とやらは捨てたほうがよさそうだな。なんかヤバそうな雰囲気だ」
頭の中で危険信号が鳴る。
俺の2倍近くありそうな体躯の持ち主であるという点も多分に影響しているだろう。ただ、それだけではない何か――ある意味、本能的な嫌悪感とでもいうべきか――とにかく、こいつはどこか気に入らないという直感がする。
おそらく相手にはまだ気付かれてはいないはず。
いまだピットに気付いた様子がないことから、索敵能力のほうは常識の範疇と考えてよさそうだ。とはいえ、この場に留まり続ければ、いずれ気付かれてしまう可能性はある。
M-56のように対話を試みるのは危険な気がする。ひとまず距離を取り、様子を見てどうするか判断すべきか……。
「ん? 移動を始めたな。どちらに向かってる?」
『ほぼ真北へと移動しています。このままだとこの近辺を通過するのは確実でしょう』
「やはりこっちに来たか。もしかして何かを追っているのか? ウーラ、あいつをどう見る? M-56とは比べ物にならないくらいヤバそうな気がする。好戦的な雰囲気がするという意味合いでだが」
『あの飛翔能力は正直異常としかいいようがありません。好戦的な生物かどうかの判断は付きませんが、肉食獣の可能性が高いうえ、未知の能力を有している以上、撤退したほうが賢明です』
「だろうな。撤退したほうがいいという意見にはおおむね賛成だ。ただな、あんなのがわんさか居るとなると、今後こちらの行動も制限されかねない。できればどんな生物かぐらいは確認して置きたいところだ。アケイオスを囮にして、反応を調べるのも有りだと思うんだが」
『それについては異論ありません。相手の能力がわかれば、万が一のときにこちらも対策の取りようがありますので』
アケイオスならばどんな状況下に陥っても対処できるだろう。
なにせ人工皮膚の下は分厚い強化装甲の塊のようなものだ。
今では弾道ミサイルが突っ込んできてもビクともしないほどの強度を持たせてある。
まあ、俺もNBSに守られているうえ防御シールドもあるので、滅多なことでは被害を受けないと思うが、相手は未知の生物。用心するに越したことはないだろう。
「よし。アケイオスはこの場で待機。キメラを引き付けて相手の反応を探ってくれ。俺が別の指示を出すまでは、キメラが攻撃してきてもひとまず回避や防御に徹しろ。俺は一旦エアバイクのところまで戻る」
『艦長、M-56が覚醒したようです。たった今、こちらの存在に気付き逃げ出しましたが、ピットBで追跡しますか? このままだとピットBの生体反応探査範囲内から外れます』
「いや、いい。そいつは逃がしてやれ。そこまで危険を感じない相手だ。それにあの短い足じゃあ活動範囲もそう広くない。棲み処らしき場所も特定済みだし、探せばまた見つかるはずだ。とにかく一旦ここから離れるぞ」
本来ピットは資源調査が目的。
補助的な役割として周辺の状況を映像で確認したり、センサーで探知することにより周囲100メートル圏内の生体反応を調べられるに過ぎない。現在それが大いに役立っているが。
とはいえ、現状この付近を調査しているピットはこれ一機だけ。
他のピットはそれぞれ違う方向へと調査に向かわせているため、今から呼び寄せたところで間に合わず、結果的にこの一機に頼るしかないということになる。
まあ、DNAを採取したことで目的の半分以上は達したといっていい。あとはゲノム解析の結果で何かわかってくるはずだ。
問題なのはあとからやってきたキメラのほうだった。
「こっちはエアバイクの地点まで戻った。そっちはどうだ?」
『キメラは現在、高度約13.5メートルで接近中。まもなくアケイオスからも視認できる位置に到達するものと思われます』
「3Dホログラムの映像だと移動の際、妨げになる。エアバイクのモニターに切り替えてくれ」
『了解しました。たった今アケイオス視点からもキメラを確認。キメラのほうもアケイオスに気付いた模様です。高度を下げ、接近中』
「さて、相手がどう出るかだな」
俺はエアバイクに跨ったまま、モニターでじっと状況を見守っていた。
映像の中心にはキメラ。そして、遠い地上に小さくアケイオスの姿も見える。
キメラのほうに進路を変える気はないらしく、だんだんと両者の距離が狭まっていくのがわかる。
むしろ一直線にアケイオスへと向かっていく大胆な様子からすると、餌を発見したとでも思っているかのようだった。
少なくともそこに怯えへや警戒心といった感情は見受けられない。俺からは、自分のことを絶対的な強者だと盲信しているかのような動きに見えた。
しかし、ある程度まで接近したところで急にキメラが降下を始め、地上へと降りたった。
「けっこう手前で降下したぞ。いったい何をする気だ?」
そう疑問に思ったのも束の間。
キメラの口が大きく開かれたかと思うと、口の中から何かが放たれていた。その何かは放射状に拡散しつつも、狙いは一直線にアケイオスの居る場所へと。
アケイオスがそれを躱す。
その姿を追いかけるようにキメラから二度、三度、続けざまに同じものが放たれたが、アケイオスは横への跳躍だけで、その攻撃を難なく躱していく。
「ウーラ、アケイオスにあいつの体内構造をスキャンさせろ」
いきなり襲い掛かってきたことに驚きはない。なかば予期していたことだ。だが、その方法がいささか予想外だった。まるで口から拡散ビームでも発射しているように見える。
そのことから俺は、動物型のバイオロイドではないのかと怪しんでいた。
バイオロイドなら垂直上昇したことにも頷ける。地球では野生動物保護や生態調査という目的のため、こういった動物型のバイオロイドが紛れ込んでいることも珍しくなかったからだ。
『スキャニング完了。エアバイクのモニターにキメラの体内構造を表示致します』
モニターの映像が別画面へと切り替わる。
そこから得られた情報ではキメラの体内構造におかしな点は見られなかった。
骨があり、普通に臓器も見られる。
バイオロイドのように中身が機械なのではなく、どうみても通常の生物でしかない。
前後の足の他に、背中の部分にもう一対の腕にあたる翼が生えているという点を除けばだが。
「一応は生物の範疇だと言えるな。脳や心臓、肺など……主要な臓器類は地球上の野生動物とまったく変わらずか……」
『大気中に微量のペプシンを検出しました。どうやら口から噴出している物質内に消化液が混ざっているのものと思われます。その消化液をどのような形で噴出しているかは謎ですが、思いのほか酸性が強いようで相手を弱体化させるだけの効果はあるものと思われます』
「なんとまあ器用な真似を。ただ、あれを見る限りそれだけじゃないような気もするが。それで万が一俺があれを食らった場合、どれくらいの被害が想定される?」
『現在のように防御シールドを展開できる状況下にあるのならば、あの攻撃自体はまるで問題になりません』
「なるほど。まあ、手品の種はわからなくとも、どうってことない攻撃か。それなら俺でも充分対処可能だな。さすがにあの体格は厄介だろうが」
攻撃が当たらないとわかったからか、それとも体内の消化液が尽きたのか。キメラは一旦態勢を整えたあと、不意に攻撃方法を変えてきた。
一気にアケイオスへ向かって跳躍したかと思うと、前足の爪を袈裟懸けに振るうキメラ。
ガキン。
辺りの静寂を打ち破る硬い金属音。
キメラの爪撃がアケイオスの体を完全に捉えていた。
あの重そうな巨体から繰り出す一撃だ。おそらく体重300kgは下らないはず。そんな生き物が跳躍して襲い掛かってきたら、並大抵の生物ではひとたまりもないだろう。
しかし。
キメラの爪撃はアケイオスの疑似人口皮膚を多少傷つけただけ。
肩から斜めに胸部を抉るはずであった攻撃は、肩口で止まるとそのまま反射的に跳ね返されていた。
なかば確信に近いものを抱いていたとはいえ、実際に強化装甲を抜けるほどの攻撃力がないのだとわかり、俺としてはひと安心。
おそらくアケイオスも情報収集のため、あえて攻撃を受けてみせたのだろう。キメラの攻撃に対し、微動だにせず、防御する素振りさえ見せていない。
『今、ピットBを移動させ確認中。確認でき次第、マルチプルデバイスに映像を送信致します』
すぐにマルチプルデバイスから光が投射され、何もない空間にホログラム映像を形作っていく。
ここと似たような風景。
いや、ここよりも少し草深いだろうか?
人工物と思われる物体はどこにも見当たらず、相も変わらず続く鬱蒼とした森の中。
しかし、その中央に唯一周囲とは異なる存在が映しだされていた。
周囲の風景と比較するとあきらかに巨大だとわかる体躯。その巨体の主がのそりと四つ足で動いていた。
その動きは鈍重そうとも、はたまた悠然な歩調とも見て取れる。だが同時に、肉食獣特有の捕食者然とした不穏な雰囲気もこいつからは感じられた。
『猛禽類のような姿をしていますが、肩甲骨のやや後ろ側に大きな双翼を所持。外見的には哺乳類と鳥類の特徴をあわせ持った生物ですね。体長360センチメートルほど、体高が約120センチメートル前後と見受けられます。下顎周辺にいまだ鮮血跡が残っていることから見て、肉食獣の可能性あり。ご注意下さい』
「なんだこれ……ライオン? いやキメラってやつか?」
『はい。キメラ、いわゆる嵌合体だと考えるのが妥当かと。嵌合体とは、ひとつの個体の中に複数の遺伝子情報が交ざっている状態を指します。ただし、雌雄嵌合体のように同種、あるいは極めて例外的に近い種の間に起こるのが常とされていて、このようにまったく異なる種でのキメラは理論上あり得ないはずなのですが』
「まあ、地球の常識で考えたらあり得ないってことだろうな。だいたいだな、あの重そうな体じゃあ、たとえ翼があったとしても空を飛べないんじゃないのか?」
『普通に考えれば飛行はまず無理でしょう。外見全体の骨格から想定しても、飛行にはまるで向いていません。耐寒や誇示行動のために形骸化した翼が残った鳥類も存在しますが、この種の場合最初から翼としての機能を担っていたのかさえ疑問です』
そのときだった。
まるでこちらの会話を聞いていたかのように、キメラが翼を大きくはためかせた。すると、その巨体が地上を離れ、何もない空中へゆっくりと浮かんでいく。
鳥のような比較的体が軽い生物でさえ、離陸するためには前方への推進力や高所からの落下エネルギーを揚力に変換する必要がある。
だというのに、こいつはそんな予備動作など一切なく、ただ数度翼をはためかせただけ。
驚くべきことにその場で垂直上昇を開始したキメラの姿を見て、俺は今までの常識なんか通用しないことを痛感した。
「どうやらその常識とやらは捨てたほうがよさそうだな。なんかヤバそうな雰囲気だ」
頭の中で危険信号が鳴る。
俺の2倍近くありそうな体躯の持ち主であるという点も多分に影響しているだろう。ただ、それだけではない何か――ある意味、本能的な嫌悪感とでもいうべきか――とにかく、こいつはどこか気に入らないという直感がする。
おそらく相手にはまだ気付かれてはいないはず。
いまだピットに気付いた様子がないことから、索敵能力のほうは常識の範疇と考えてよさそうだ。とはいえ、この場に留まり続ければ、いずれ気付かれてしまう可能性はある。
M-56のように対話を試みるのは危険な気がする。ひとまず距離を取り、様子を見てどうするか判断すべきか……。
「ん? 移動を始めたな。どちらに向かってる?」
『ほぼ真北へと移動しています。このままだとこの近辺を通過するのは確実でしょう』
「やはりこっちに来たか。もしかして何かを追っているのか? ウーラ、あいつをどう見る? M-56とは比べ物にならないくらいヤバそうな気がする。好戦的な雰囲気がするという意味合いでだが」
『あの飛翔能力は正直異常としかいいようがありません。好戦的な生物かどうかの判断は付きませんが、肉食獣の可能性が高いうえ、未知の能力を有している以上、撤退したほうが賢明です』
「だろうな。撤退したほうがいいという意見にはおおむね賛成だ。ただな、あんなのがわんさか居るとなると、今後こちらの行動も制限されかねない。できればどんな生物かぐらいは確認して置きたいところだ。アケイオスを囮にして、反応を調べるのも有りだと思うんだが」
『それについては異論ありません。相手の能力がわかれば、万が一のときにこちらも対策の取りようがありますので』
アケイオスならばどんな状況下に陥っても対処できるだろう。
なにせ人工皮膚の下は分厚い強化装甲の塊のようなものだ。
今では弾道ミサイルが突っ込んできてもビクともしないほどの強度を持たせてある。
まあ、俺もNBSに守られているうえ防御シールドもあるので、滅多なことでは被害を受けないと思うが、相手は未知の生物。用心するに越したことはないだろう。
「よし。アケイオスはこの場で待機。キメラを引き付けて相手の反応を探ってくれ。俺が別の指示を出すまでは、キメラが攻撃してきてもひとまず回避や防御に徹しろ。俺は一旦エアバイクのところまで戻る」
『艦長、M-56が覚醒したようです。たった今、こちらの存在に気付き逃げ出しましたが、ピットBで追跡しますか? このままだとピットBの生体反応探査範囲内から外れます』
「いや、いい。そいつは逃がしてやれ。そこまで危険を感じない相手だ。それにあの短い足じゃあ活動範囲もそう広くない。棲み処らしき場所も特定済みだし、探せばまた見つかるはずだ。とにかく一旦ここから離れるぞ」
本来ピットは資源調査が目的。
補助的な役割として周辺の状況を映像で確認したり、センサーで探知することにより周囲100メートル圏内の生体反応を調べられるに過ぎない。現在それが大いに役立っているが。
とはいえ、現状この付近を調査しているピットはこれ一機だけ。
他のピットはそれぞれ違う方向へと調査に向かわせているため、今から呼び寄せたところで間に合わず、結果的にこの一機に頼るしかないということになる。
まあ、DNAを採取したことで目的の半分以上は達したといっていい。あとはゲノム解析の結果で何かわかってくるはずだ。
問題なのはあとからやってきたキメラのほうだった。
「こっちはエアバイクの地点まで戻った。そっちはどうだ?」
『キメラは現在、高度約13.5メートルで接近中。まもなくアケイオスからも視認できる位置に到達するものと思われます』
「3Dホログラムの映像だと移動の際、妨げになる。エアバイクのモニターに切り替えてくれ」
『了解しました。たった今アケイオス視点からもキメラを確認。キメラのほうもアケイオスに気付いた模様です。高度を下げ、接近中』
「さて、相手がどう出るかだな」
俺はエアバイクに跨ったまま、モニターでじっと状況を見守っていた。
映像の中心にはキメラ。そして、遠い地上に小さくアケイオスの姿も見える。
キメラのほうに進路を変える気はないらしく、だんだんと両者の距離が狭まっていくのがわかる。
むしろ一直線にアケイオスへと向かっていく大胆な様子からすると、餌を発見したとでも思っているかのようだった。
少なくともそこに怯えへや警戒心といった感情は見受けられない。俺からは、自分のことを絶対的な強者だと盲信しているかのような動きに見えた。
しかし、ある程度まで接近したところで急にキメラが降下を始め、地上へと降りたった。
「けっこう手前で降下したぞ。いったい何をする気だ?」
そう疑問に思ったのも束の間。
キメラの口が大きく開かれたかと思うと、口の中から何かが放たれていた。その何かは放射状に拡散しつつも、狙いは一直線にアケイオスの居る場所へと。
アケイオスがそれを躱す。
その姿を追いかけるようにキメラから二度、三度、続けざまに同じものが放たれたが、アケイオスは横への跳躍だけで、その攻撃を難なく躱していく。
「ウーラ、アケイオスにあいつの体内構造をスキャンさせろ」
いきなり襲い掛かってきたことに驚きはない。なかば予期していたことだ。だが、その方法がいささか予想外だった。まるで口から拡散ビームでも発射しているように見える。
そのことから俺は、動物型のバイオロイドではないのかと怪しんでいた。
バイオロイドなら垂直上昇したことにも頷ける。地球では野生動物保護や生態調査という目的のため、こういった動物型のバイオロイドが紛れ込んでいることも珍しくなかったからだ。
『スキャニング完了。エアバイクのモニターにキメラの体内構造を表示致します』
モニターの映像が別画面へと切り替わる。
そこから得られた情報ではキメラの体内構造におかしな点は見られなかった。
骨があり、普通に臓器も見られる。
バイオロイドのように中身が機械なのではなく、どうみても通常の生物でしかない。
前後の足の他に、背中の部分にもう一対の腕にあたる翼が生えているという点を除けばだが。
「一応は生物の範疇だと言えるな。脳や心臓、肺など……主要な臓器類は地球上の野生動物とまったく変わらずか……」
『大気中に微量のペプシンを検出しました。どうやら口から噴出している物質内に消化液が混ざっているのものと思われます。その消化液をどのような形で噴出しているかは謎ですが、思いのほか酸性が強いようで相手を弱体化させるだけの効果はあるものと思われます』
「なんとまあ器用な真似を。ただ、あれを見る限りそれだけじゃないような気もするが。それで万が一俺があれを食らった場合、どれくらいの被害が想定される?」
『現在のように防御シールドを展開できる状況下にあるのならば、あの攻撃自体はまるで問題になりません』
「なるほど。まあ、手品の種はわからなくとも、どうってことない攻撃か。それなら俺でも充分対処可能だな。さすがにあの体格は厄介だろうが」
攻撃が当たらないとわかったからか、それとも体内の消化液が尽きたのか。キメラは一旦態勢を整えたあと、不意に攻撃方法を変えてきた。
一気にアケイオスへ向かって跳躍したかと思うと、前足の爪を袈裟懸けに振るうキメラ。
ガキン。
辺りの静寂を打ち破る硬い金属音。
キメラの爪撃がアケイオスの体を完全に捉えていた。
あの重そうな巨体から繰り出す一撃だ。おそらく体重300kgは下らないはず。そんな生き物が跳躍して襲い掛かってきたら、並大抵の生物ではひとたまりもないだろう。
しかし。
キメラの爪撃はアケイオスの疑似人口皮膚を多少傷つけただけ。
肩から斜めに胸部を抉るはずであった攻撃は、肩口で止まるとそのまま反射的に跳ね返されていた。
なかば確信に近いものを抱いていたとはいえ、実際に強化装甲を抜けるほどの攻撃力がないのだとわかり、俺としてはひと安心。
おそらくアケイオスも情報収集のため、あえて攻撃を受けてみせたのだろう。キメラの攻撃に対し、微動だにせず、防御する素振りさえ見せていない。
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