BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

35.5つ目の捧げ物

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 ピットがその場に映し出した映像。
 それはゲイツの顔だった。
 はっきりと顔が映ったのはほんの一瞬だったが、ディララ村の住人なら見間違うはずもないだろう。
 多くの住人が、毎朝村から出て行くときと夕方になって村に帰ってくるとき、門の入口に突っ立っているゲイツと顔を会わせていたはずなのだから。
 ただ、はっきりと顔が映ったのはほんの一瞬で、その後すぐにすべて消えてしまい、それ以降は何も見えなくなっていた。

 中にはその一瞬で事態が呑み込めた住人も居ただろうが、ほとんどの住人が何が起きているのか、いまだに理解していない様子。
 ただ、そんな中ひそひそと囁く声があちこちで上がっており、ゲイツの名前を口にする住人がどんどん増えていく様子も見受けられた。

「ゲイツ、てめえ!」

 ピットがジャックの手を離れ、バームの上から転がり落ちる。
 映像が消えてしまった場所を無言で見続けるゲイツに、立ち上がったジャックが近付き、あと一歩で掴みかかりそうになっていたからだ。
 俺のすぐそばではコルトが腰の短刀を抜きそうな雰囲気もあり、その場に険呑とした空気が流れ始める。

「待て、ジャック!」

 と、咄嗟にジャックの肩に手を伸ばしてその行動を遮るダン。

「邪魔だ! ダンの兄貴。あれはゲイツの野郎に間違いない!」
「ジャックさん、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか! みんなだって今のを見たはずだろ?」
「ええ。でも決定的な場面が映っていたわけじゃないわ。今わかっているのは、バームさんがゲイツさんのことをどこかで見た記憶があるというだけよ」

 ジャックにはラウフローラの発言がゲイツをかばっているように聞こえたのかも知れない。
 瞬間的に真っ赤に染まったその顔に、納得がいかないといった表情がありありと浮かんでいた。

「だけど、さっき見えた風景は間違いなくバームが殺された場所の近くだ。それに印象深かったってことは、あれはバームが死ぬ前に見た記憶ってことだろ?」
「もちろん、あれが印象深く残っていた記憶だってことに間違いはないわ。だけど、どういう理由で印象深かったかなんて、当人にしかわからないことでしょ? それと兄さんの言い方が誤解を招いたのかも知れないけど、あれが絶対に今日起きた出来事だとは限らないのよ」
「すまんがローラの言うとおりだ。直近の出来事が現れやすいってのは確かだが、ごく稀に昔の記憶が現れてしまうことがあるとは聞いている。特に今回はキュプロークスの瞳を使った対象が死者ということもあった。俺もそういう場合どうなるのか、わからないんだ」

 むろん、どうなるかなんて俺にはわかり切っていたことだ。
 だが、先にこれはこうなるとすべて予想してしまうと、あまりにも出来過ぎていて逆に疑われかねない。多少、イレギュラーな場面を作っておいたほうがより真実味が増すはずだと、ラウフローラとの話し合い合により前もって決めておいた筋書きどおりの言葉だった。

「ジャック、それにコルトも一旦冷静になれ」
「ジャックはともかく俺は元々冷静だがな」
「それならいいが。だがな、ゲイツがいったい何故バームをと思わないか? 俺とゲイツは古くからの知り合いだ。その俺からすれば、ゲイツがバームを殺ったなんて言われても、にわかには信じがたい話でしかない。それに、それだとサシャ婆さんや、ルーディーの件もゲイツの仕業ってことになってしまうだろ? ゲイツがそのすべてに関わっていたと言うのか?」
「ダンの兄貴、だけど……」
「ともかくだ。少なくともゲイツに話を聞いてからでないと話にならん」

 ゲイツのことを擁護するふたりの言葉が効いたのか、何とか落ち着きを取り戻した様子のジャックとコルト。 
 ただ、ラウフローラの言葉はゲイツを擁護しているように見えて、その実単なる言い訳に過ぎなかった。
 というのも、さきほど現れたものが、おそらくこういう場面があったに違いないという憶測の元に作られた、ねつ造記憶に過ぎなかったからだ。

 さんざん汚いことにも手を染めてきた俺が、多少証拠をねつ造した程度で今さら罪悪感を覚えたとかそういう話ではない。
 ゲイツの仕業だということはほぼ確実なのだから、なおさらの話だ。
 問題はこれがでっち上げられたものだとゲイツにバレること。

 バームが刺されたのは背後からだ。
 バームが何らかの理由でドレイクの監視を放棄し、自らの意思で移動したのち、そこでこっそり忍び寄ったゲイツに不意を突かれた可能性がないわけではない。
 その場合、バームがゲイツの姿を絶対に見ているとは言いきれなくなってくる。
 あるいは、ゲイツが犯行時顔を隠していたとかで、映像と一致しない可能性だってあり得る。
 そういう破綻する可能性を、過去の映像の可能性もあると言って潰しておくことで、キュプロークスの瞳そのものの信憑性が疑われることを避けたってわけだ。

 あきらかに映像がおかしいと思えば、ゲイツだって開き直って白を切るだけだろう。
 それだけならまだしも、キュプロークスの瞳がインチキだと指摘されてしまったら元も子もない。
 といっても、俺たちだって根拠もなくこんなことをしているわけではないのだが。

 酒場にジャックが駆け込んできたとき、ゲイツの心拍数だけがずっと高かったことから、ラウフローラはゲイツが犯人ではないかと当たりを付けたらしい。
 そのあと村長に報告しにいったゲイツの隙を見て、ラウフローラがゲイツの家周辺でピットを使って金属反応を探したところ、屋外の物置の天井裏に隠してあったダガーを発見。
 そのダガーからはゲイツの指紋しか検出されておらず、少なくともここ一か月ぐらいはゲイツしかそのダガーを触っていないはずだ。
 そしてバームの刺し傷跡とダガーの形状が一致したことと、微かに残された血痕からバームのDNAが検出されたことで、ラウフローラは99%ゲイツが犯人だと考えているらしい。

 地球でならほぼ有罪に持っていけるだけの物証が揃っていた。
 可能性として、誰かがゲイツを犯人に仕立て上げようとしていることも考えたが、この世界では凶器に残された指紋やDNAを偽装することにまるで意味がない。
 ラウフローラの99%ゲイツの犯行だという推理も、俺には充分納得のいくもののように思えた。
 だが、そんな主張をしたところで、この世界の人間にはけっして理解してもらえないだろう。
 
 それに俺としては、何が何でもゲイツの仕業だと暴き立ててやろうという気持ちはない。
 元々はこちらに被害が及ばないのなら黙っていようと思っていたぐらいだ。
 肝心なのは俺たちがバームを殺していないと、ディララ村の住人たちに納得させること。
 そのついでに、多少でも村人にゲイツに対する疑いの視線を向けさせることができれば、それで充分だろうと俺は考えていた。
 その後、どうするかはディララ村の問題。部外者であるこの俺がとやかく言う問題ではない、と。
 ただし、もう一押しぐらいする予定ではあったが。

「ゲイツ。お主の顔が映っていたようだが、これはいったいどういうことだね?」

 久しぶりに口を開いた村長のラカムがゲイツにそう尋ねる。

「これは何かの間違いだよな、ゲイツ……?」
「……」

 ラカムだけではなく、続けてダンが問いかけた確認する言葉にも答えず、目をつむり無言を貫くゲイツ。
 その態度に業を煮やしたコルトがゲイツに詰め寄っていく。

「ゲイツのおっさんよ。黙ってないで何とか言ったらどうなんだ? そんなんじゃあ都合が悪くなって、何も言えなくなったと受け取られても仕方ねえぞ」
「いや……。違うのだ。俺にも何故あんな記憶が映ったのかがわからなくて、考え込んでいただけだ。ただ、よくよく思い返してみれば、いつだったかは忘れたが最近湿地帯の近くでバームと会ったような気はする」
「あれはそのときの記憶だと?」
「ああ、だろうな。それ以外には考えられん」
「待てよ……。そういや、あんた今日は門番の仕事をドーソンのおっさんに代わってもらったって言ってたよな。昼間はいったいどこに居たんだ?」

 重要なことを思い出したかのように、途中でジャックが口を挟む。
 さきほどよりも幾分か冷静になったようだが、それでもその顔は疑いの眼差しで一杯だった。

「それは、アリアの具合が悪くなったからだと言ったはずだが」
「昼間の間、ずっと家で娘さんの看病をしてたって言うのか?」
「そりゃあちょっとは村の外にも出掛けたりはしたが……。薪が残り少なくなっていたのでな。その証拠に、物置の前にまだ乾燥していない原木が置いてあるはずだ」
「それじゃあ今日は湿地帯方面には行ってないんだな?」

 ゲイツに助け船を出すかのようにダンが言葉を繋げる。

「ああ、行ってない」
「ふむ。それが本当ならゲイツが言っている内容にそこまでおかしな点はなさそうだが……」

 なかなか尻尾を掴ませないゲイツに、コルトとジャックは苛立ちの表情を見せ始めていた。
 その様子からしてもコルトとジャックのふたりが、犯人はゲイツではないかと疑っているのは間違いなさそう。
 ただし、ダンだけはゲイツのことをいまだに信じている様子があった。

「こうなってくると、事の次第をはっきりさせるためにも、ゲイツさんにキュプロークスの瞳を使ってもらうしかないわね」

 不意にラウフローラの口からそんな提案が持ち出される。
 俺にとってはあらかじめ聞かされていた提案だ。
 ただし、その結果どういう成り行きになろうとも俺たちが余計な口を出すのはここまでと決めていたが。

 十中八九、キュプロークスの瞳を使うことに同意しないだろうとは予想している。
 が、どういう意図があるにせよ、もしゲイツが同意した場合はこれ以上証拠をねつ造する気がこちらにはないということだ。
 こちらはブラフを使いゲイツをひっかけて、自ら口を割らせようとしているだけ。
 決定的な証拠までねつ造してしまったら、俺たちの勝手な判断でゲイツを犯人だと決めつけてしまったことになる。

 卑怯なようだが、無関係のディララ村のためにそこまでの責任を負いたくはないという気持ちが大きい。
 なのでその場合はラウフローラがゲイツの家に忍び込んだとき、こっそり記録しておいたアリアという少女の映像でも用い、娘との記憶が印象深かったことにしてお茶を濁す予定になっていた。
 その結果、ゲイツが上手いこと言い逃れたとしても、俺たちは口を噤んだまま村を離れようと。

「そうだな。こうなってしまったら、そうするしかないだろうな」
「だけどよ、さっきだって結局のところ、決定的な場面が現れなかっただろ。ゲイツのおっさんに使った結果だって何も証明できなかったってことになり兼ねないんじゃねえのか?」
「正直その可能性はあるわね。でも、記憶というものは頭のどこかに隠れているものらしいの。今のように話の中に出てきたことで、その隠された記憶が浮かび上がってきやすいとは言われているわ」
「なるほど。では、決定的な証拠が映らなかった場合、ゲイツはやっていないと思っていいんだな?」
「それはあくまでその可能性が高いと言うだけ。絶対にゲイツさんが関与していないとまでは言い切れないわ」
「けっ! 何をグダグダと七面倒な言葉を並べてやがんだ。ゲイツの野郎が怪しいと言うのなら、さっさとこのキュプロークスとやらを使ってみりゃ済む話だろうがよお」

 いつの間に気を取り直したのか、いつもの調子を取り戻したジルが俺たちの会話に加わってくる。
 額に近付けなければ反応しないとわかって安心したのだろう。
 ジルは何の断りもなくバームのそばに転がっていたピットを拾い上げると、それを持ってゲイツのところまでのそのそと歩いていく。
 そして、ゲイツにピットを手渡すかと思いきや、ジル自身の手でゲイツの額へと勝手に押し当てようとしていた。

「止めろ!!!」

 瞬間、怒気の籠った声を上げ、ジルの腕を振り払うゲイツ。

「くっ! 何しやがんだ! ゲイツ、てめえ……」
「ゲイツ、お前の無実を証明するためなんだ。こんな晒しもののような真似など俺だって本当はしたくないが、ここは我慢して協力してくれ」

 ダンのその言葉には、一切の裏表が感じられなかった。
 本当にゲイツのためを思っての言葉だとこの俺にも伝わってくる。
 だが――。

「断る」
「なっ……、ゲイツ」
「ゲイツのおっさんよ。それは、そういうことだと受け取っていいんだな?」

 頭から拒絶するゲイツの答えを聞き、今度は本当に腰の短刀に手をかけたコルト。
 コルトは体勢を低く構えると、今にもゲイツに飛び掛かりそうになっていた。

「ゲイツよ。このままこの件を有耶無耶にしては、村の住人たちだって到底納得しまい。すまぬがお前が嫌がっても、村長命令で無理やりにでもその魔道具を使ってもらうことになるぞ」
「……」
「おいおい。まさか本当にこいつがやりやがったのかよ。ってこたあ、実はこいつが邪教徒だったってことか?」

 ラカムの厳しい言葉を受け、再び無言になってしまうゲイツ。
 それを見て、ゲイツが犯人だと確信したのかも知れない。ニヤけ顔のジルがゲイツのことを挑発し始める。

 が、そのとき。
 ピクリとラウフローラが反応を示したかと思うと、不意に動いたゲイツがジルの首に自分の腕を回していた。
 そして、腰に吊るした剣帯から片手で剣を抜くと、そのままジルの首へと突き付ける。
 そのせいでジルの手を離れたピットがポトリと地面に落ちる。

「うっ」

 進退が極まったゲイツが荒っぽい手段に出ることも当然予想のうちにあった。
 そういう場合の対処はラウフローラに任せてある。
 だが、今回はジルが不用意に近付いたせいで、位置取りがマズかったのかも知れない。
 ラウフローラが優先して守るのは基本的にこの俺だ。
 ゲイツを挟んで反対側に居るジルのことまで守れなかったとしても、ラウフローラのことは責められないだろう。

 コルトやジャックだって咄嗟のことで動けない様子だったし、ダンも驚いた表情を浮かべただけで微動だにしていない。
 そういうことになるかも知れないと身構えていた俺ですら、瞬間的なことで思考が追い付かなかったぐらいだ。

「ゲイツ、てめえ!」
「近寄るなっ! 少しでも近寄ったらこいつを殺す」
「馬鹿な真似は止めろ、ゲイツ」

 ダンの言葉を無視し、ずるずるとジルの身体を引きずるようにしながら後退していくゲイツ。
 まるでその動きに合わせるように人混みの輪が広がっていき、周囲に居た村人たちが巻き添えにならないよう、その場から遠ざかっていく姿が見えた。

「何やってんだ! は、はやく助けてくれ!!!」
「うるさい、黙れ!」
「ぎゃっ!」

 ジルの助けを求める声に激高したゲイツが、剣先をジルの太ももへと突き刺す。
 その行動を見た冒険者たちは皆、動きがピタリと止まっていた。
 いとも簡単にゲイツがジルを刺すところを見て、本気でヤバいことを感じ取ったのだろう。 

「くっ……。どうする、ダンの兄貴? ジルの野郎なんざあどうなっても構わねえからやっちまうか?」
「駄目だ、コルト。もはやゲイツを庇うつもりはないが、出来得るかぎり平穏のうちに収めたい」
「だが、どうするよ?」
「わからん。俺だって混乱しているんだ。いったい何故ゲイツが……」
「しっかりしてくれ。今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ。ゲイツのやつ、多分これまで最低3人は殺ってるんだぞ」
「あ、ああ。だが、今ゲイツを刺激したら死体がひとつ増えるだけだ。それにあいつはあれでけっこう腕が立つ。下手に手出しもできん」

 冒険者たちが堂々巡りの会話を続けているうちにも、ゲイツはジルを引きずったまま、その場から遠ざかっていく。
 ただ、点々と続くジルの血の跡がふたりの行方をはっきりと指し示していた。

「自分の家のほうへ向かったようだぞ」
「どうします、村長?」
「まさか治安の責任者であるゲイツがこんな事を仕出かすとはな。最悪の場合、ダンたちに非情な決断を頼むことになるが、出来るかね?」
「それは……」
「もうやるしかねえぞ、兄貴。村長、ジルの野郎は見捨てることになるかも知れねえが、それで構わねえよな?」
「ああ。これ以上、被害が広がるよりかはマシだろう。できれば助けてやってほしいが、たとえどうなったとしても責任はこの私が持つ」

 ラカムの言葉にコルトとジャックが黙って頷く。
 ダンだけはいまだに迷っている様子も見られたが、即座に行動には移していた。コルトには先行して裏側に回り込むように指示し、ジャックとダンが前方からゲイツへと近付く気らしい。

 こうなってしまった責任の一端は俺たちにもある。 
 内心少しだけバツが悪い想いを抱えながらも、冒険者たちが動きだすのを見て、俺たちもその後へ続いていった。

 ◇

「ぎゃああああああああああああ!!!」

 ゲイツが逃げ込んだ家の物置を冒険者たちが囲った瞬間。
 中から聞こえてきたおぞましい絶叫に、皆が顔を見合わしていた。
 ジルの救出が間に合わなかったことをその場に居た全員が悟ったからだ。
 村の外へ逃がしたら、そういうことになるだろうとは予想していたが、まさか逃げ場のない村の中で実行に移すとは……。

「ゲイツ、大人しく出て来い!」

 そう叫ぶダンの声には悲痛さが混じっているようにも思える。
 古くからの知り合いと言っていたので、もしかしたら昔から仲がよかったのかも知れない。

「もうちょっとだけ待ってくれ、ダン。あと少しですべて方が付くんだ」
「は? 方が付くだと……。いったい何を言っている? お前が今、何をしているのか自分でわかっているのか?」
「ああ、わかってるさ。あとひとりだけザルサスの生贄に捧げればいいこともな」
「あとひとり、だと……?」

 ガタンと物置の扉が開き、中から上半身裸のゲイツが出てくる。
 その顔に半分返り血を浴びたようで、真っ赤に血塗られた表情にはどことなく安堵したような様子も見受けられた。
 ただ、その右胸あたりに見えたのはバームにあったものと同じ印。

「ああ、そうだ。それでお終いだから、安心してくれ。ルーディー、サシャ婆さん、そしてバームにジル。亜人でも他の誰でもない。全員この俺が殺したのが真実だ。詫びてどうこうなる問題ではないが、俺はあっちでその責めを受けるつもりだ」
「やっぱりてめえがやりやがったのか!」
「ゲイツ、何故だ。いったいどうして、お前がそんな真似を……」
「そうだな。ダンには頼み事がある。すべてを話しておかなければならないだろうな……」
「ダンの兄貴、ジャック、やるぞ。自分からバームをやったと白状したんだ。それだけではなく、ほかの3人のこともな。捕まえたって、どうせ縛り首になるだけだ」
「ああ。バームの仇だ」
「すまんが待ってくれ。コルト、それにジャックも。少しだけ俺に時間をくれないか? ゲイツに逃げ出す気はなさそうだ。俺はどうしてゲイツがこんな真似を仕出かしたのか知りたいんだ」

 そう言ってダンがほかのふたりのことを制止する。
 それを見たゲイツは訥々とダンに向けて語り始めていた。
 
「ダン。去年の夏頃、旅のまじない師がディララ村に立ち寄ったのを覚えているか?」
「ん? ああ、そんなことがあったかも知れん。それが?」
「そいつが病気にも詳しいという話だったので、アリアのことを診てもらったのさ。最初はどうも胡散臭い男だとは思っていたが、藁にもすがる思いでな。そしたらそいつは何て言ったと思う? アリアの病気がいっこうに治らないのは、邪神ザルサスに呪われているせいなんだと」
「馬鹿なっ。お前、そんな話を信じたのか?」
「いや。俺もそのときはカンカンに怒って、その呪い師をすぐに家から追い出したぐらいだ」
「だったら――」
「だけど、その呪い師がディララ村から去る前にもう一度だけ俺の家を訪ねてきてな。もし、アリアの命を助けたければ、ザルサスの標的をほかの人間に変えるしか手がない。アリアと近しい人間に印を付けて、ザルサスの元へ5人ほど送ればアリアだけは助かると言って、このダガーを俺に手渡してきたんだ」
「なんだ、それは……。まさかその話を真に受けて村人を殺してまわっていたと言うのか?」
「ああ、そうだ。いや、さすがに俺も最初は信じていなかったさ。だけど色々考えているうちに、もしかしたら本当のことなのかも知れないと思い始めてな。だってそうだろ? 俺はアリアのことを助けてくれとイシュテオール様に毎日必死に願っていたんだ。だが、イシュテオール様がいっこうに聞き届けて下さらないのは何故だ?」
「それは……」
「結局俺にはその呪い師の言うとおり、アリアがザルサスの呪いを受けているとしか思えなかったんだ」
「けっ。邪教徒の言いそうなこった。あいつらあの手この手を使って、他人を陥れるって聞くからよ」

 コルトの口からはそんな言葉が漏れていた。
 黙ってダンとゲイツのやり取りを聞いていたコルトだが、つい本音が漏れてしまったのだろう。

「そうかも知れん。俺だってそれが邪教徒の口車じゃないかということはいつも頭の中にあった。だが、ほかにどうしろと? 日に日に弱っていく娘の姿を前にして、何も助けてやれない父親にほかに何ができると言うのだ?」
「クソがっ! だからって、他人を犠牲にしていいことにはならねえだろうがよお!」
「ああ、そのとおりだろうな。別に言い訳をしたいわけじゃない。自分の娘のために4人も知り合いを殺した罪深さも一応は理解しているつもりだ。だから俺はどんな目に遭ってもいい。娘のアリアさえ助かってくれればな」
「ゲイツ……」
「だからな、ダン。アリアのことを頼む。こんなお願いを出来る立場でないのは重々承知しているつもりだ。だが、娘には何の罪もない。お前のところのマーサさんだって、よく子供が欲しいと言っていたはずだろ?」
「ゲイツ、お前まさか……」
「ラァラにも感謝していると伝えておいてくれ。採ってきてくれたミアンゼ草のおかげで、アリアも多少は苦しそうにする日が減ったからな」
「止めろ! そんなことをしても無意味なことぐらい、お前だってわかっているはずだろ!」
「いや、大丈夫だ。お前らにもすぐにわかる。邪神ザルサスが魂を連れていく瞬間をその肌で感じればな」
「待てっ!!!」

 ダンがゲイツの行動を止めようとする。
 だが、一瞬遅かった。

 印と重なるよう自らの胸にダガーを突き立てたゲイツが、その場で膝から崩れ落ちていく。

「ぐっ! ダン、お願いだ。ア、アリアのことを……た、頼む」

 そのまま倒れそうになったゲイツの身体を、駆け寄って支えるダン。

「わかった……。アリアちゃんのことは心配するな」
「す、すまない。ア、アリアには父親は急な仕事で、た、旅に出たとでも……ごふっ」
「ゲイツ!」

 ゲイツの口からまともな言葉が発せられたのはそこまでだった。
 ゲイツの口元からはヒューヒューと苦しそうな息が漏れ聞こえてきただけ。
 しっかりと心臓に付きたてられたダガーに、もう手の施しようがないことが一目でわかった。
 ゲイツの目から光が失われていく様子を、皆がただ黙って見ていることしかできなかった。

 が――、
 ゲイツが逝った瞬間、ゾクゾクとする背筋の感覚とともに、ぶわっと目に見えぬ何かが俺のすぐそばを通り過ぎていくような感覚を覚えていた。
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