BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

66.遠くから伝わる風聞

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「なんだ、貴様! まさか歯向かうつもりか?」

 そう言ってデニウスが腰の剣に手をかける。
 どうやらデニウスは目の前の亜人が変異種の魔物を倒し、ジェネットの町を救った人物であることを知らないらしい。それどころか、周りの兵士たちが及び腰になっていることにもまるで気付かなかい様子だった。

「いや、こちらにその気はない。かといって、無抵抗に殺されるつもりもないがな。いずれにせよ、さきほどのゴルドンの非礼は詫びよう。少しばかり行き違いがあったようだが、あれが我らの総意だと受け取られても困る。それに真実を確かめもせず、いきなり皆殺しにしろとはいくらなんでも無法過ぎやしないか?」
「あん? すいぶんと生意気な口を叩く亜人ではないか。貴様は誰に対して口を開いているのか、理解していないようだな。最初の犠牲者になりたいというのなら、望みどおり貴様から成敗してくれるぞ」

 居丈高にそう話し、手にした剣をイオスの首元へと向けるデニウス。
 が、そんな脅しなどまるで意に介さない様子のイオスは、白刃に自らの首を差し出すように一歩前へと足を運んでいた。

「話し方が気に障ったのなら申し訳ない。冒険者稼業が長かったせいで、少々礼儀作法に疎くてな。といっても、俺はたまたまこの地に立ち寄っただけだ。避難民でもマガルムークの国民でもない。そちらの横暴に付き合わなければならない道理もないのでな」
「ふんっ。他国人だというのならば、貴様には関係ない話であろう。余計な真似をせず、後ろに引っ込んでいればよかろうが」
「そうもいかん。そちらが無法な行為を止める気にならないかぎりはな」

 そんなイオスの言葉にデニウスが少しだけ眉をひそめる。
 イオスの言葉を頭から信じたわけでもなさそうだが、相手の素性がわからない以上下手に手を出していいものか、迷いがあったのかも知れない。
 だが、そんな逡巡も一瞬のこと。
 結局のところ亜人に過ぎないと侮ったのからなのか、デニウスの口から出たのは少しばかり傲慢な言葉だった。

「ならば構わん。エルセリア人なのかドゥワイゼ人なのかは知らぬが、ほかの亜人どもと一緒にこの場で斬り捨ててしまえば同じことよ。のちのち問題になったところで素知らぬフリをし、とぼけてしまえば済む話だ」
「どうしても剣を納めてもらえぬか?」
「なんだ? 今さら臆したところでもう遅いぞ」
「いや。これだけの人数だ。殺すつもりはないが、手加減はできそうにない。俺としても降りかかる火の粉は払わねばならんのでな。その結果、怪我をする兵士が気の毒だと思ってな」
「イオス様……」

 自信満々にそう言い放つイオス。
 そんなイオスの言葉に呼応するかのように後ろに控えていたラオもぎゅっと武器を握りしめていた。
 だが、ラプラールの顔に浮かんだのは不安混じりの困惑した表情。
 むろんラプラールとてラオと同じくイオスの言葉には何があっても従うつもりでいる。そえにイオスが避難民のために矢面に立っていることも理解しているはずだ。
 が、身分制度の厳しい世界。城の兵士に歯向かうことなど、ラプラールには思いも寄らなかったに違いない。

「ほほう、やる気か。亜人ごときが身の程知らずにも」
「お待ちください、デニウス様」
「なんだ、ロイド隊長。まだ何か問題でも?」
「いえ。この亜人がくだんの……。少なくとも相当に腕が立つことだけは確かです。万が一にもこやつの申すことが本当だった場合、大事になってしまわないかと」
「何だと? こやつが例の……」

 そんなロイドの言葉を聞いたデニウスが、胡散臭そうにじろりとイオスのことを眺める。
 だが、デニウスはロイドの忠告を都合よく受け取ったのか、我が意を得たりとばかりにほくそ笑むと、再びイオスに向かって話し始めていた。

「何でも貴様はアグランソルの名を騙ったそうだな。ならば貴様がエルセリア人であろうと、ドゥワイゼ人であろうと問題ない。裏切者の名を騙り、亜人どもをそそのかす不届き者を処分したという話であれば、その者が他国の人間であろうと誰からも文句が上がらないはずだ」
「アグランソルの話なら周りの連中が勝手に勘違いして騒いだだけだ。俺はその場できっぱりと否定している」

 この世界で広く信奉されているイシュティール教において、アグラは裏切者という立ち位置。
 その従者であるアグランソルも似たような認識でしかない。その名を騙ったとあらば、デニウスの言うとおり反逆者だと受けとめられても仕方がない。
 そういったわけで、デニウスからすれば避難民の亜人と一緒に処分する良い口実が出来ただけの話だった。

「デニウス様。その件に関してはこの者の申すとおりにございます。おそらく伝令がきちんと話を伝えていなかったのかと」
「ぐっ……。が、結局は同じことよ。アグランソルと呼ばれたのは間違いないのだろう? もし教国の人間がこの事実を知れば、異端者として弾劾されるだけの話」
「しかしながら、町の住人も一部始終を目撃しているはずです。すべてこの亜人のせいにするのはいささか無理があるかと」
「ロイドよ、お前はいったいどちらの味方なのだ」
「デニウス様がどうしてもこの亜人と戦えと仰られるのならば、私どもはその言葉に従うのみ。ですが、この者とやり合えば、こちらも相当な被害を被ることを覚悟しなければなりませんので」
「それがそなたたちに与えられた任務のはずだ。犠牲を厭うからといって、目の前に居る敵を避けようとするなど、グラン兵の風上にも置けぬぞ」
「犠牲も覚悟で我々が必死に戦えるのは、大義名分があってこその話。実際のところ、この亜人のおかげでジェネットの町が助かったと考える住人も少なくありません。兵士たちだってそんな相手に剣を向けたくはないはずです」

 イオスに対して挑発的な態度を崩さないなデニウスに比べ、ロイド隊長の顔にはあまり戦いたくない様子がありありと浮かんでいた。
 その様子を見て、デニウスの顔に驚きの表情が浮かぶ。
 まさかデニウス直属の部下であるロイドに反対されるとは思ってもみなかったのだろう。

 そうはいっても、兵士たちはさきほど魔物の群れと激しい戦闘を繰り広げたばかりだ。
 怪我を負わなかった兵士ですら、ずいぶんと疲弊している状態。それにすぐ間近でイオスの活躍を目の当たりにしたことも関係しているはず。
 ロイド隊長からすれば、いくら上役の命令といえども素直に頷けなかったに違いない。
 ただ、ロイド隊長という男は、元々亜人に対してけっして好意的ではなかったはずだ。それがいったいどういった心境の変化か。今は亜人たちの味方をしているようにも思えた。

 と、その場がしばしの沈黙に包まれる中、兵士たちの陰からデニウスに声を掛ける者が居た。

「デニウス様、こんなところにおられたのですか。ずいぶんと探しましたぞ」
「むっ……。かようなときにいったい誰だ?」

 不意にかけられた声に気付き、デニウスが後ろを振り向く。

「グランベルにございます。ついさきほど城のほうに伺ったのですが、行き違いで町に赴かれたという話でしたので」
「おお、これはこれは。どなたかと思えばグランベル殿でしたか。それは申し訳なかったですな。騒ぎ自体は収まったのですが、色々な場所で被害出ているとの話。自ら住民の様子を見回ろうと思い、こうして出向いてるところですよ」
「さすが領民思いであらせられる。魔物騒動もだいぶ落ち着いた様子。首尾よく大型の魔物が退治されたのも、すべてデニウス様の見事な采配のおかげだと聞き及んでおります」
「ははは。なに、当たり前のことをしただけですよ」
「それにしても、いかがなされましたかな? なにやら不穏な空気が漂っているようにも感じられますが……」
「いや。たった今反逆者どもを始末するところです。たいした問題ではありませんのでご心配なさらずに。すぐに片付きますので」

 どうやらこのふたりは面識がある様子だ。
 それまで揉めていたイオスやロイド隊長など、デニウスはまるっきり無視してグランベルと話し始める始末。
 そればかりか、今のデニウスの口ぶりからすると対等かそれに近い者として遇していることが察せられた。

「反逆者ですと? もしやこの亜人たちが?」
「ええ。此度の騒動、どうやらこの亜人たちが元凶だったらしく。こやつらが大断崖地帯で暴れまわったせいで、魔物の群れがジェネットの町まで押し寄せてきたようなのです」
「なるほど。亜人という連中はいつだって考えが足りませんからな」
「まさしく。グランベル殿の祖国エルセリア王国のように、マガルムークも亜人をもう少し厳しく扱うべきなのでしょう」
「うーむ。ですが、本当にこの亜人たちをお手にかけるつもりですか?」
「ん? それが何か?」
「いえ。私は商売人ゆえ、どうしても損か得かで考えがちでして。見ればけっこうな人数。これだけの数となると死体の処理も大変でしょうし、腐臭は魔物を呼び寄せるため、そのまま野ざらしにするわけにもいかないはず。私だったら大断崖地帯のほうへ追い払い、魔物の餌になってくれたほうが得策だと考えますけどね」
「私も初めはそう考えたのですが……」
「それにこやつら亜人のせいで魔物が押し寄せたのならば、残りの魔物も亜人どもの後を追いかけるかと」
「ふーむ、確かに」
「まあ私ごときがとやかく言うべき問題でもないのでしょうが。ただ、下手にこの場で成敗してしまうよりも、この亜人たちを囮などに使ってみるのも一考かと愚考した次第です」

 と、グランベルがそこまで言って、意味ありげな笑みを浮かべる。
 一方、言われ放題の亜人たちはといえば、さきほどからずっと押し黙ったまま。イオスですら余計な口を挟もうとはせず、事の成り行きをじっと見守っている様子だった。
 
「それよりもデニウス様。ついさきほどエルセリアから食料を積んだ新しい荷が届きましてな。この食料をデニウス様の名で、被害に遭われた領民の方々にお配りになられてはいかがでしょうか? むろん此度は緊急の事態。無償で提供させていただきたく存じ上げます」
「おお、それは有難い。領民たちもさぞや喜ぶことでしょう。まことグランベル殿には頭が上がりませんな。先日も数多くの献上品を頂いたばかりだというのに」
「いえいえ。こうしてベルナルド商会がマガルムーク国内で商売ができるようになったのも、すべてアンドリュース伯爵様とデニウス様のおかげかと。むろんルメロ殿下のお口添えにも感謝しておりますが」
「一時的な塩不足により、エルセリア商人の来訪が少なくなっておりましたからな。グランベル殿のようなやり手の商売人の方が我が領に来ていただけるのなら、いつでも大歓迎ですよ」

 本来はエルセリアから食料品などの荷を運んできて、帰りに岩塩を持ち帰る商人が多い。
 が、内乱が起きたせいで塩の国外へ流出がほとんどなくなっている状況。
 そうなってくると下手をすれば帰りは空荷ということになってしまうため、エルセリア商人も自然と足が遠のいていた。
 
「そうそう。そのエルセリア王国のことなのですが、デニウス様にどうしてもお伝えしたい話がございましてな」
「どうしても伝えたい話ですと? それはエルセリアに関することですか?」
「はい。そしてこちらのほうが重要な話ではないかと。つい先日のこと、エルセリア王国との国交を求めて、セレネ公国と名乗る謎の一団がエルセリア北東部の港町ポートラルゴに現れたらしいのです」
「……セレネ公国? はて? そのような国、今まで聞いたこともありませんが?」
「ええ。私も同じく初耳で、そのような国は一度も聞いたことがありませんでした。というか、何でも東の深き海を越えた先に存在する国だとか。何十艘もの大船団を組んで遥々海を越えてやってきたらしいのです」
「大船団ですと? それは本当ですか?」
「はい。港町ポートラルゴの湾内を埋め尽くさんばかりの物凄い数の船だったそうです。といっても、この情報を持ってきたベルナルド商会の部下も又聞きでしかないため、真実のほどはわかりかねますが。ただ、現在エルセリア王国は上へ下への大騒ぎだという話らしく、交渉がなかなか捗らないことに業を煮やしたセレネ公国側が魔導砲なる武器を使って脅してきたなんていう話も中にはございましたね」
「いきなりですか。なんたる野蛮な国……。それでエルセリア王国側は?」

 その言葉にデニウスの顔が苦々しげに歪む。
 エルセリア王国がいくらマガルムークと友好的だと言ってもデニウスからすれば所詮はよその国でしかない。
 が、セレネ公国などという名も聞いたこともないような国よりかは、ずいぶんと親しみを感じている様子。
 もちろんグラン領がマガルムーク国内ではエルセリアの一番近くに位置するため、歴史的に何かと関係が深かったこともあるのだろうが。

「その後どうなったのかわかりませんが、今のところ戦争には至っていない様子。いずれにせよ、もしこの話が真実ならばそのセレネ公国が次にやってくるのは、ここマガルムークではないかと」
「それが本当ならこうしてはおれん。すぐ父上にお伝えしなければ。申し訳ないが、グランベル殿も一緒に付いてきていただきたいのだが」
「ええ。もちろんにございます。ですが、亜人どもの処遇をお決めにならなくてよろしいので?」
「ロイド隊長!」
「はっ」
「2日だけ亜人たちに猶予を与える。それまでにこの地から立ち去らぬ者は、すべて処分致せ。これ以上の反論は許さぬからな」
「くっ、了解致しました」

 それだけ言い放ったデニウスは亜人たちに背を向けると、グランベルとともに城のほうへと去っていく。
 と、どこからかほっと安堵のため息が聞こえてきた。
 そんな後ろ姿を眺めていた亜人たちの顔には、何とか平和裏に済んだことへの安心感と、明日への不安が同時に浮かんでいる様子だった。
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