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魔界へ(その1)

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 俺は今、スワン王国の宿屋にいる。
泊まっていた部屋は破壊されてしまったので別の部屋で過ごしているぞ。
廊下に出ると、ケーミーが話しかけてきた。

「あ、勇者様。すっかり元気になりましたね。めっちゃ心配しましたよ。もう本当に大ダメージだったんですね」

 カリバデスに負けたのはもう3日も前のことだ。
元気に動けるようになるまで3日間もかかってしまったぞ。
カリバデスと本気で戦い切った……。
そして負けた。
明らかに格上の相手と戦うのは久しぶりだった。
あそこまでの実力者は初めてかもしれない。
俺は……疲れ切ってしまったのか。
短期間で2連敗したので精神的なダメージも大きい。
これまで射精ループばっかりしていて、精神的な疲労も溜まっていたのかも。

「結局、カリバデスは捕まらなかったみたいです」

「え? そうか……。あまりダメージを与えられていなかったのかな……?」

 う~ん、厳しいな。
フルパワーのホーリーバスターがヒットしたんだけどな。
まぁ、ヒットはしたけど半身はんみになって多少は受け流されていたんだっけ……。

「まさか勇者様が勝てないなんて……」

「彼女は強いよ。何の策もなしにまた挑んでも厳しいな。……とは言っても、良い作戦は思いついていない。カリバデスに深追いするのはやめた方がいいかも」

「え……勇者様!? めちゃめちゃ弱気ですね? サキュバス討伐に向けてゴリゴリ強気だった勇者様らしくないですね。もしかして……何度か挑みました? あの脱走者に負け続けて、何回か旅をやり直した……とか?」

 ケ、ケーミー……!
……鋭いな。

「ああ、よく分かったね。あの戦闘は2回目だ。とても敵わない」

「そ、そんな……! え、待ってください。じゃあ、また一時的に魔界に飛ばされて魔王と会ったんですよね? スカーレンさんは何をしてるんですか? 今回も協力してくれませんかね? 勇者様とスカーレンさんの2人がかりなら、脱走者に勝てるのでは……?」

「えっと、スカーレンは……なんか部屋に引きこもったり、散歩したりしてるらしい」

「ええぇっ!? なんですか、それ!? どうしちゃったんですか?」

「詳しくは分からないけど……。色々と向こうは向こうで大変みたいだぞ」

 人間関係……じゃなかった、魔族関係が上手くいっていないんだと思うけど。

「そ、そうなんですね……。じゃあ、お城で情報を収集しましょうよ。勃起おじさん……いや、ボルハルトのおじさんに、カリバデスのことを聞きに行きませんか? 弱点を知ってたらいいですよね」

「そうか、ボルハルトさんか! カリバデスの師匠だもんね! 彼女の弱点……あるのかなぁ? ……まぁ、聞くだけ聞いてみないと突破口は見つけられないか」

「そうですよ! 弱気になってても仕方がないです。さっそく行きましょう!」

「え、今から? ちょ、ちょっと待って……休ませて……」

「ゆ、勇者様……? だいぶお疲れですね。なんか……心が傷ついている感じですか?」

「……うん」

 そうなんだよね……。
俺は勇者になってからは負けなしだったんだよな。
あ、魔王たちには負けたけどね。
魔王は呪いでハメてきたからな……。
……スカーレンにも瞬間移動を駆使されて追い込まれたぞ。
デヴィルンヌには魅力に負けて平伏ひれふしてしまった……。
こうして思い返してみると、魔王軍の幹部以上は強かった。
けど、最初にカリバデスに負けたときも思ったけど、彼女に負けるのは何か意味合いが違うんだよ。
カリバデスは特殊な能力を使っていない。
純粋な力比べをした上で、俺は負けたんだ。
戦略とか関係なしに、純粋な戦闘力の差を感じてしまった。
く、悔しいぜ……。
言い訳が全くできない。
しかも、性的にもヤラれてしまったからね。
魔王に元気をもらいはしたが、2連敗してしまったのでやはりメンタルがズタボロだ……。
急いでいるケーミーには申し訳ないが、今日はゆっくりしよう。


---


 ゆっくり休んで翌日になった。
窓からは朝日が差し込んでいる。
おお……少しは気分が良くなったぞ。
やはり休養は大切だ。
 昨日約束した通り、今日はケーミーと一緒にお城に向かった。
地下牢にいるボルハルトのところに訪れることが目的である。

「……ということなんですよ、ボルハルトさん。カリバデスは圧倒的な強さでした」

 牢屋越しに、自分の敗戦を伝えた。
性的にもヤラれたことは言わないでおいた。
俺にもプライドがあるからね……!

「勇者アキスト……そうでしたか。カリバデスは2年ほどここに捕まっており、トレーニングは限られていたはずなのに。……その強さは顕在だったというわけですね」

 ああ……顕在だったよ。
スタミナが落ちているって本人は言っていたけどね。
それでも完敗した。

「カリバデスに……何があったんですか? 何やら、この国への憎しみを感じましたが」

「この国への憎しみ……。そうですよね……彼女の憎悪は簡単には消えませんよね」

 ボルハルトが俯いた。
なんか……暗い話になりそうだ。
彼は俺の方に視線を向けて口を開いた。

「あなたが体感したように……カリバデスは強い。強過ぎる。魔王軍を1人で壊滅させることができるのではないかと思われるほどの実力者です」

 ……その予想は当たっている。
実際に、魔王はかなり警戒していた。
ボルハルトが説明を続ける。

「……3年前、私は彼女の教育担当になりました。勇者として育成するために……です」

 勇者になるための教育……!
そうか、ボルハルトは元勇者だもんな。
その仕事は適任である。

「すでにデヴィルンヌに仕えていた私としては、カリバデスを育てたくはなかった。魔王軍を守るために……育成することはしたくなかったのです。だからカリバデスを精神的に追い込み、その才能を潰しておこうと考えたわけです」

 え、それは……とても嫌な話だぞ。
俺の横にいるケーミーも露骨ろこつに不快感を示している。

「ただ、彼女の教育をしないと王国から私が怪しまれてしまう。そこで私は、カリバデスの悪い噂を大臣と兵士達に流していたのです。……自分の手を汚さずに、他人を通して彼女の精神を追い込んだのです」

「なっ!? ボルハルトさん!? そ、そんなことを……!?」
「えっ……!? サイテーですね……」

 思わず声が出てしまった。
俺とケーミーはボルハルトの話を聴きながら、ただただ引いているぞ。

「……」

 ボルハルトが申し訳なさそうにしている。
後悔しているように見えるが……。

「……兵士達は男ばかりです。若く、そして女性に実力で負けていることを悔しがり、日頃からカリバデスを妬んでいました。私が漏らした悪い噂をもとに、兵士達は集団で彼女に陰湿なイジメを行なったのです。およそ2年前、彼女のストレスは限界に達しました。私が魔界に行っているとき、事件は起こりました。兵士達を激しくののしり、殴ったそうです。……全員もれなく重傷です。その数、およそ10人。止めに入った兵士までも叩きのめしたそうです。カリバデスは精神的に潰れたわけではありません。彼女なりに力でねじ伏せて状況を変えようとしたのだと思います。最終的に、騒ぎを聞いて駆けつけた大臣を殴り重傷に追い込むところまで被害は拡大しました。まぁ、その大臣もイジメに加担していたんですけどね……。この件で刑期無期限の牢屋行きになりました。それから先日までの約2年間……彼女は牢屋に入っていました。すでに被害者達のケガは回復していますが……刑期はまだ無期限のままになっています」

 あ、暴れ回ったんだな……。
実際にカリバデスに会っているので想像がつくぞ。
それにしても2年間も牢屋にいたのか。
若い時期の2年間……。
しかも無期限。
重傷を負わせたのは確かに罪だけどさ……。
これ……事の発端はボルハルトじゃないか……!

「ボルハルトさん……今は、どう思っているんですか? 自分のしたことに……」

 俺は思い切って聞いてみた。
彼の表情は暗いぞ。

「私は……ひどい事をしてしまったと思っています。申し訳ない……と。デヴィルンヌに魅了されていたとは言え、ひどい事をしてカリバデスの性格をねじ曲げてしまったのです。私は……愚か者です。あの子は……この城の人間を恨んでいるでしょう」

 魅了……か。
確かにデヴィルンヌの魅了には抗えない。
けど、だからと言って弟子にそんなことをするなんて……と、思ってしまう。
後悔と反省はしているみたいだから良かったけど……。
 ボルハルトさん……『この城の人間を恨んでいる』って言っているけど、彼女はこの国全体を憎んでいるって感じだったぞ?

「あの、ボルハルトさん? カリバデスは……町の人達のことも恨んでいましたよ。僕との戦いで、そう言っていました」

「……そうですよね。彼女は小さい頃から町で将来有望と、もてはやされていました。しかし、町民たちは彼女の暴力事件を聞いて手のひらを返しました……。そんな嫌な話が、牢屋にいるカリバデスの耳に入ったのかもしれません」

 説明しているボルハルトの目には、涙が溜まっている。
本当に……本当に自分のしたことを後悔しているようだ。

「私は……サキュバスに見惚れて、才能ある若者を、地上の平和を掴むための希望を潰してしまった……」

 あ……涙が流れた。
魅了中に犯した罪……これは……どうなるんだ……?
俺だったら……魅了されていたからと言って、嘘の噂を流してイジメられるように仕向ける……なんてしないと思うけどなぁ。
そう思えるのは、俺がスカーレンのおかげでデヴィルンヌに魅了されずに済んだからなのかもしれない。
他にちゃんと魅力的な人がいれば、サキュバスの魅了になんて打ち勝てるのかも。
ボルハルトさんの周りには、いなかったんだ……。
俺もスカーレンがいなかったらデヴィルンヌに堕ちていた可能性が高いから、強くは言えないや。
まぁ、けど……やっぱり魅了されていても、嘘の噂を流して追い詰めるなんてできないと思うけどなぁ。
……どうなんだろう?
そんな陰湿なことをしてはいけないという、スカーレン並の信念があるんだよ!
俺もとくにグリトラル王国では、嫌な目に合っていたからね!

「ボルハルトさん……経緯は分かりました。僕にできるのは、カリバデスを止めることです。そのために……」
「弱点があれば知りたいですねぇ」

 ケーミーがすぐさま質問した。
彼女はけっこうイライラしているぞ。
ボルハルトに敵意を向けている。
『魅了されて若い子をイジメてんじゃねーよ』って思っていそうな表情だ。

「……彼女の弱点は分かりません。私の知る限り、最強の人間です」

 ボルハルトは真剣に考えた後で、ケーミーと俺にそう答えた。

「……そうなんですね。ありがとうございます」

 ケーミーが冷たい感じで返事をする。
またボルハルトが口を開くぞ。
何かを思い出したようだ。

「あ……罪を犯した私の立場からは言いづらいんですけど、すぐに暴力に走ってしまうところは、弱点といえば弱点ですね。感情的というか……」

 ……そうか。
それもそうだな。
周りを考えずに暴走しそうな印象は受けた。
町中で広範囲の攻撃技をぶっ放していたからね。

「確かにそうですね。……ちなみに、2年前に彼女が暴走したときは、どうやって捕まえたんですか? そこに何かヒントがあるのかな……と」

「私は魔界にいたので見ていませんが、城の男たち全員で押さえ込んだそうです」

「な、なるほど。……数で圧倒したわけですね」

 城の男……全員か。
かなりの人数が必要だな。
一昨日は、大人数の兵士と賞金稼ぎが町から出て来た。
カリバデスはそれを見てすぐに逃げていた。
過去に捕まったときのことを思い出して、すぐに逃げたのかもしれない。
そんなに警戒されてしまっては、人数を費やしても捕獲は難しそうだ。

「ボルハルトのおじさん、まだ聞きたいことがあります」

 再びケーミーが質問する。

「……カリバデスの嘘の噂を兵士達に流したことを王国に言わないんですか?」

 ケーミー……怒っているな。 
自分の犯した罪をちゃんと償って欲しいのだろう。

「……もちろん国王と大臣達にお伝えしました。私の裁判はじきに始まるでしょう。しっかりと裁かれますよ」

 やはりボルハルトは反省しているようだぞ。
その裁判、どうなるんだ……?
サキュバス侵攻に協力した件も含めて、魅了中の犯行だからな。
『魅了されていたから仕方がない』となるのか、『魅了されていたからと言って、悪事を働いてはいけない』となるのか……。
そもそも『魅了されたのが悪い』になるのか……。
俺がそんなことを考えていると、ケーミーが口を開いた。

「裁判の結果がどうなるか分かりませんが、お弟子さんには直接謝った方が良いと思いますよ」

「はい、もちろんです。……私はヒドいことをしました」

 ボルハルトが反省している。
もうこの辺でいいだろう。

「ボルハルトさん、今日はありがとうございました。今は無理ですけど、いつかカリバデスを捕まえます」

 そのときに謝って欲しいな。
で、ボルハルトもカリバデスも、その才能を活かして活躍して欲しいと思うよ。


---


 俺とケーミーはボルハルトとの話を切り上げ、地下牢を後にした。
城の正面口に向かっているぞ。
これから、どうしようかな……?

「ボルハルトのおじさん……魅了されていたとは言え、やり方が汚いですね。陰湿な野郎は大っ嫌いです」

「あ、ああ。そこは……うん」

「サキュバスにメロメロになって、自分の手を下さずに弟子をイジメて、クソだと思いますよ。誘惑されちゃったボルハルトのおじさんが悪いですよ。そんな人の姑息こそくな罠にハメられたカリバデスに同情します」

「ケ、ケーミー……」

 ケーミーが怒っている。
ケーミー的には、『魅了されたのが悪い』……って感じか。
『魅了されていたからと言って、悪事を働いてはいけない』も少し入っているみたいだ。
いずれにせよ、ボルハルトに否定的だな。

「裁判で……どうなるかだな」

「そうですね……」

 ケーミーは返事をした後で、話を続ける。

「いやぁ、周りからの妬みも怖いですねぇ」

 妬み……。
カリバデスの才能に向けられた兵士達の妬みのことだな。

「……とは言っても、私も才能ある人間を妬む側ですけどね。私に妬まれるほどの力はないので。妬まれる気持ちはカリバデスに共感できませんけど」

「なるほど……」

「なるほどじゃないですよ。そこで『なるほど』は傷つきますよ」

「ご、ごめん……」
 
 ケーミーが可愛い感じでプリプリしている。
なんかケーミー……俺に懐いているな。
旅をやり直した後も懐いてくれて嬉しいよ。
 妬まれる気持ち……か。
俺は……そこもカリバデスに共感している。
以前のパーティでは妬まれてイジメられていたと思っているからね。
……イジメは最低だぞ。

「勇者様はカリバデスのことをどう思っているんですか?」

「俺は……カリバデスに共感しているし同情している」

 ケーミーが目を大きくする。

「そうですか……。カリバデスにボコボコにされたにも関わらず、そんな風に思えるんですね」

 ボ、ボコボコ……。
ケーミー……その言い方は傷つくよ。
あ……さっき俺が『なるほど』って言った仕返しか?

「……まぁ、なんとなくですけど勇者様とカリバデスの境遇は似てますもんね。グリトラル王国が、勇者様に対してなかなか厳しいのは知っています」

「そうなんだよね。まぁ、カリバデスに共感しているとは言え、2年前、城の人達に暴力を奮ってしまったのは良くないと思っているんだけどさ。しかも手加減なしで重傷にさせちゃってるからな」

 ……とは言ったものの、イジメられるのはつらいよね。
カリバデスの性格的に、我慢の限界を迎えて爆発しちゃったのだろう。
いや、ホント……共感しちゃうな。
俺の気持ち的に、カリバデスと戦いにくくなったぞ。

「ボルハルトのおじさんが、『カリバデスは感情的ですぐに人を殴っちゃうのが弱点』って言っていましたね」

「ああ」

「どうしますか? 弱点を突くやり方もありますよ? 感情的であることを利用して挑発するんです。大人数で罠を張って捕まえればいいと思いますけど」

「う~ん……カリバデスの捕獲は諦める。いったんね」

「……そうですか。って、勇者様……カリバデスと戦うモチベーションが落ちてますよね?」

「そうだね。弱点を突くやり方も、やっぱりカリバデスの心の傷を突くような感じがして嫌だなぁ。この前も大人数の兵士や賞金稼ぎが来たとき、すぐさま逃げて行ったし。彼女は好戦的なのに、あの判断は早くて意外だった。スタミナが心配だから逃げたのかなって思っていたけど、やっぱ過去のことがあって、すごく怖く感じたんじゃないかな。大人数から向けられる悪意が」

 複数の人たちから非難されるのは誰だって怖いけどね。
カリバデスの性格と実力にしては逃げ出す判断が早いように思えた。
少なからずこの国への恐怖があるんじゃないのかな。

「勇者様は優しいですね。弱点を突くようなマネをしたくない……って、スカーレンさんの考え方と似ています」

「……確かに」

「カリバデスの捕獲は諦めてグリトラル王国に行きましょうかね……?」

「そうだね。そうしよう」

「ああ、ボルハルトのおじさん、ムカつくなぁ……。本当に反省してるんですかねぇ?」

 ケーミーがイライラしている……。
女の子からしたら、『誘惑されてんじゃないわよ!』って思う気持ちが強いのかなぁ。
童貞の俺にはそこら辺の価値観の違いが分からん……。
ボルハルトは本当に反省しているように見えたけどな。
ただ、本当……裁判の結果がどうなるのか分からないし、ボルハルトには直接カリバデスに謝ってもらいたい。
とにかく俺は、カリバデスの過去を聞いて、彼女を捕まえるモチベーションが下がってしまった。
俺ではなく、スワン王国が蹴りをつけるべき問題なんじゃないかとも思ってきたぞ。

 ケーミーと話しながら正面口に向かっていると、大臣の1人が話しかけてきた。

「勇者アキスト、サキュバス討伐に続き、カリバデスの捜索……ご苦労だった」

「ああ、大臣さん。いえいえ、結局捕まえられませんでしたけど……」

 この大臣がカリバデスにボコボコにされたのかな?
大臣はいっぱいいるから、分からないな。

「我々の兵士達も、あと一歩というところでカリバデスには逃げられてしまった。今は一体、どこにいるのだろうか……? 絶対に見つけ出してやる! 私はあいつに殴られたんだ! 絶対に許さん……!!」

 あ、この大臣だ。
2年も経過しているけど、めっちゃ恨んでいる。
重傷を負ったそうだからな。
けど、この人もカリバデスをイジメていたんでしょ?
あと、ボルハルトの嘘の噂が事の発端だったということが伝わっているはずなのに。
 殴られたことを思い出したようで、大臣は興奮状態だ。

「実際に戦ってみて、彼女が規格外の戦闘力を持つことが分かりました。どこに逃げたんでしょうね……?」

 たぶん俺が運ばれた小屋だと思うけどね。
あの小屋の具体的な場所は分からないな……。
あ、けど……小屋の場所はボルハルトも知っているよな。
ボルハルトには聞いていないのかな?
う~ん……いずれにせよ、とにかく俺は彼女の情報をチクりたくはないんだよね。
共感しちゃってるから……。

「大臣さん! ボルハルトさんの魔法陣の件はどうなってますかー?」

 ケーミーが元気よく質問した。
そう、俺たちの次の目的はそれだ。
魔界にダイレクトに行きたい!
ズバズバ聞いてくれて、ありがとう……!
ちょっと大臣が興奮気味で怖いから、聞きにくかったんだ!

「……その件か。すでにグリトラル王国に使者を送った。国同士の決定は時間が掛かると思うが、進んではいるぞ」

「ありがとうございます」

 俺は大臣に頭を下げた。
もう使者を送ってくれたとは、早いじゃないか!
 あ……誰かが近づいて来た。
あの人は……国王様だな?
国王様も会話に参加してきたぞ。

「……大臣から話があったようだな。その件は向こうの出方次第というわけだ。急ぎたいのであれば、勇者アキスト自身がグリトラル王国に直接打診してくれると助かる」

「国王様! ありがとうございます、わかりました」

 俺は国王様にもお礼を言った。
この件について、スワン王国はけっこう前向きだね。
サキュバスの恐怖を目の当たりにし、早く魔王軍を倒したいのだろう。
魔王討伐の報酬を分けて欲しいってのもあるんだろうけど。

「勇者様……じゃあ一度、グリトラル王国に帰りますか?」
「そうだね」

 俺とケーミーがそう話していると、国王様が話し始めた。

「勇者アキストよ、お主はサキュバス討伐に続いてカリバデスの捜索も行ない、探し出してくれた。何か礼をしよう」

「れ、礼ですか……?」

 その夜、城の中で豪華な食事を振舞ってくれた。
国王、王女様達、大臣達……メンバーも豪華である。
この国は……ちゃんと俺を評価してくれて嬉しい。
けど、彼らがカリバデスにしたことはすごい引っかかっている。
ボルハルトから真実を聞いても、なんかカリバデスは悪者にされたままだしな。
まぁ、暴力事件の被害が大き過ぎたからな……。
とは言っても、ボルハルト、兵士、大臣、国民……そして全てを束ねる国王。
なんか闇深いところもあるよね……。
 そんなことを考えてモヤモヤしていたので、食事会で俺の笑顔は引きつっていたかもしれない。
そんなスワン王国だけど、グリトラル王国と違って俺のことを勇者としてちゃんと認めてくれる。
……なんか世の中わからないな。
カリバデスだって他の国に行けば、もしかしたら優遇されるかもしれない。
俺なんかより遥かに若いんだから、今からだって遅くはないはずだぞ。
戦闘力も人間で1番だろうし。
……って彼女に直接言いたいんだけどなぁ。
捕まえられないし、捕まえたら勇者として、この国に差し出さなきゃいけないだろうし。
そんなマネしたくないんだよなぁ。
2年も閉じ込められていたんだから、もう許してあげてよ……って思ってしまうのだが。
 よし……とにかく一度、グリトラル王国に行こう!
魔法陣の話を進めるために……!
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