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魔王城にて(その4)

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 カリバデスが魔王に致命傷を与えた。
鍛え上げられたカリバデスの手刀が、魔王の胴体を貫通しているのだ……。
『人間とは分かり合えない』……そんな言葉を俺に残して動かなくなってしまった。

「ま、魔王……!? 何てこった……!! カリバデス……何てことをしてくれたんだ!!」

 俺はカリバデスに接近する。
彼女はその右腕を魔王の体から引き抜く。
傷口から青い血が大量に流れ出すとともに魔王がゆっくりと倒れる。
床に倒れた魔王は……やはり動かない……!!
 焦ったミアリが起き上がり、魔王の体に触れようとする。

「そんな! ま、魔王さまっ!? か、回復します……! あ……あぁっ……!?」

 ミアリが回復を試みる前に、魔王の体が灰になって消えてしまった……。
い、命が尽きたのか……!?
 ミアリは呆然としている。
続けて、スカーレンとサリーヌも起き上がった。
2人は魔王がいた箇所を見つめて動けないでいる。
状況を飲み込もうとしているのか、青い血溜まりをジッと見ているぞ。
本当に……殺されてしまったのか……!!
 そんな中、カリバデスが俺のほうを向いて口を開く。
その表情は自信で満ち溢れているぞ。

「これで魔王軍も終わりね! 勇者アキスト……あなたと魔王の会話はずっと聞いていたわ。……魔族と和解? 魔王軍に入る? 何を言ってるのよ!? 魔王と仲良く話し合いをするなんて能天気なことをして……! 裏切ったと判断されても仕方がないわよ!!」

「カ、カリバデス……なんてことをしてくれたんだ……」

 こ、こんなにあっさり殺されるなんて……!
たった1人だぞ!?
ここまで……実力差があったのか……。

「このぉっ!! よ、よくも魔王様を……!! 覚悟してください……!」

 ス、スカーレン!?
スカーレンの怒号だ!
その表情は怒りでいっぱいだ。
そして……き、消えたぞ!?
カリバデスの背後に瞬間移動したんだ……!!
刀を抜いている!

「待って!! スカーレン……!」

 間に合うか!?
カリバデスは強過ぎる!
た、助けないと……!

「……きゃああっ!」

 スカーレンの悲鳴だ!
カリバデスは半回転し、そのまま背後のスカーレンに裏拳を放った!
スカーレンの顔面にヒットし、そのまま吹っ飛ばされて壁に打ち付けられてしまった……!
ま、間に合わなかった!!

「……ここにいる魔族たちは四天王なのかしら? 私を倒すつもりなの? ……みくびらないでよ!」

 くっ!
カリバデスはスカーレン達も殺すつもりだな!?
ん? 今度はサリーヌが動き始めたぞ!
普段の冷めた彼女の様子とは異なり、鬼の形相だ……!!

「よくも魔王様を……! おい、人間!! 覚悟しろっ!!」

 両の手の平を広げるサリーヌ。
部屋の壁……全方位から鎖が出現した!
その数はもう……数え切れないほどだ!
100本を超えている!
こ、これでは俺もうかつに動けないぞ!?

「……四天王ごときが、私に敵うわけないでしょ!?」

 カリバデスは焦っていない!

「ぐうっ……!?」

 一瞬だった。
カリバデスは数え切れないほどの鎖を無理矢理くぐり、サリーヌに接近した。
そのまま渾身の右ストレートを放ち、サリーヌを後方に吹き飛ばした。
壁が壊れ、サリーヌは部屋の外まで吹っ飛んで見えなくなってしまったぞ!?
 張り巡らされた鎖が次々と消え、カリバデスの自信満々の顔が見えた。

「魔王を討ったのは……私の手柄てがらよ? さぁ、アキスト。今なら他の人間には何も言わないわよ。スワン王国に戻って私の活躍を証言してよ。あとは……そこにいる四天王も潰さないとね」

 カリバデスは動けないでいるミアリに視線を向ける。

「待つんだ、カリバデス。これ以上は何もせず……魔法陣で地上に帰ってくれ。俺は……ここに残る!」

 俺はカリバデスに言い放った。

「なによ? アキスト……あなた……本当に魔族側につくつもり? 操られているの? 魔王はもう殺したわよ」

「違う。魔族側につくわけではない」

「じゃあ、全員殺さないと。そこの魔族と、ぶっ飛ばした2人の魔族……まだ生きているわ」

「……殺さない。そんなことをしなくてもいいはずだ。俺が目指すのは和解だ……。しかし、お前が魔王を殺してしまった今……それはもう……」

 ……無理だ。
サリーヌもミアリも、そしてスカーレンも……人間を許さないだろう。

「い、いやいや……!! ダメでしょう! 何を言ってんのよ、勇者アキスト!? 目を覚ましなさいよ! そして一緒に帰るのよ! あなたの証言がないと、スワン王国は私を信用しない!」

「ゆ、勇者様……戦いますか? 微力ながら、私も援護します……!」

 ケーミーが玉座の後ろから話しかけてきた。
マインドを保護してくれている。
彼女の問いかけに俺は首を横に振る。
戦って勝てる相手ではないんだ……。
けど、まともにやり合えるのはもう俺しかいない。
覚悟を決めないと……!
俺はカリバデスをニラむ。
彼女も俺に鋭い視線を送る。

「……あくまでも私の邪魔するつもりなのね!? 少なくとも四天王は全員、殺すわよ! 私はスワン王国の人達をギャフンと言わせて前に進みたい! 大臣も、兵士達も! 師匠だって……!」

 師匠……だって?
ボルハルトのことか!
カリバデス……色々と思うところがあるんだな。
ただ……それは俺も同じだ。

「これ以上は殺させない。引くんだ……カリバデス!」

「な、なによ……。本気で言ってるの? 人間の私を止めるの!? 私が犯罪者だから? 魔王軍を倒すのが勇者の使命でしょ? 国王に言うわよ? 私の言うことなんて、誰も信じてくれないだろうけど……」

 カリバデスがゆっくりと移動し、呆然としているミアリに近づく。

「この水晶玉……何も映っていないみたいだけど……勇者アキストを見ていたものね? 勇者から水晶玉の話は聞いているわ」

「うぅっ! 魔王様の呪いと連動して勇者を映していたんだ! けど、お前が魔王様を殺したから……もう勇者は映らない!」

「貸して」

 カリバデスがミアリから水晶玉を取り上げた。

「あ、ちょっと!! く、くそぅ……」

「これ……魔力で操れるのね。私にも操れるのかしら?」

 水晶玉に先ほどの場面が映し出される。
カリバデスが魔王を殺し、俺がとがめているように見える。
そして映像は消えていった……。

「へぇ、ここに記録されている映像は私でも引き出せそうね。便利なアイテムね。魔界にはこんなのがあるのね? そりゃみんな、魔界のものを欲しがるわけよ」

 あの水晶玉を国王や大臣に見せれば……証拠としては充分だ。

「嘘……でしょ。一瞬で……私の特技を発動するなんて……」

 ミアリがショックを受けている。
あの水晶玉は、誰にでも使えるアイテムではないようだ。

「新たに映像を映し出すのは難しそうね。まぁ、証拠として使うには充分か。……ほら、勇者アキスト。このままだとあなたが裏切り者、もしかしたら犯罪者になっちゃうかもよ? 私は四天王を全員殺して国に帰るわ。協力してよ。魔王討伐を果たしたんだから、みんなをギャフンと言わせるわ!」

「……構わない」

「はぁっ!?」

「俺は犯罪者になっても構わない」

「ゆ、勇者様……!?」

 ケーミーの声が聞こえる。
俺の発言に動揺しているようだ。

「このままスワン王国に戻られたらマズいですよ! 止めましょうよ! 勇者様なら……! 私と、マインドさんも起こして援護……」

 そう言いかけて彼女は口を閉じる。
倒れ込んだスカーレン、そしてサリーヌが吹き飛ばされた場所を見ている。
……そうなんだよ。
とても勝てる相手ではない。
……カリバデスは俺と戦ったときよりも強くなっている気がするんだ。
牢屋を出てから、なまっていた体の感覚を取り戻したのだろうか?
少なくとも魔王が生きているうちは呪いをかけられていたはずなのに、圧倒的だった。
俺はカリバデスを低く見積もっていたのかもしれない……。

「……どうしても四天王を殺るというなら、俺1人で全力で止める」

 俺は聖剣に魔力を込め始めた。
……さっきの動きを見る限り、おそらく勝てないけど。
ただ、彼女の動きを目で捉えることはできた。
あとは俺の体が反応してくれるかどうか……。
そういえば、ミアリが回復魔法を使える感じだったな?
俺がカリバデスを引き止めている間に、スカーレンとサリーヌを回復してくれれば、もしかしたら……?
いや、それでも勝てる確率はとても低いな。
勝利するためには……カウンターが鍵になるな。
前回の戦いでは、そこに勝機があった。
俺のカウンターがヒットしたんだよね。
……全神経を集中するんだ、俺。
ここで踏ん張らなきゃ、さらに事態は悪いほうに向かう。

「勇者アキスト……本気みたいね。あなたには1度、大技を受けているからね。けど……覚えてる? 結局、私の勝ちだったのよね」

 そうだよ……カリバデスの勝ちだったよ。
でも、どうにか……どうにか勝機を見出したい!
 ……ん? なんだ!?
何か物音がする……。
あ! 部屋の入り口に魔族が集まってきたぞ!

「……そこまでだ!」
「そこの人間! 動くな!」
「ど、どういう状況だ!?」

 10人、20人……どんどん魔族の兵士達が集まってくるぞ!
すぐにミアリが叫ぶ。

「この人間の女が敵だよー! お願い! この女を殺って~!!」

 カリバデスは部屋の入り口を見つめながら、その表情を曇らせた。

「う~ん……すごい数ね。ここは引くわ。勇者アキスト、残念だわ。私はこのまま師匠の魔法陣で帰るわ」

 えっ?
よ、よかった……。
四天王を殺すことは諦めてくれるんだな?

「勇者アキスト……とんだ腰抜けだったのね。どうなっても知らないからね!」

 カリバデスは俺にそう言い残し、サリーヌを吹っ飛ばしたときに開けた壁の穴を通って部屋から出て行った。
本当に出て行ったな……。
やはり大人数を相手にするのがトラウマになっているのかもしれない。

「で、出て行きましたね……。どうしましょう? この魔族の群れ……やばいです。私たちも逃げますか? けど、スカーレンさんが……」

 ケーミーが不安そうだ。

「うん、早くスカーレンのケガをどうにかしないと……!」

 ……とか考えていると、壊れた壁からサリーヌが現れた。
頬が腫れていて、フラついているぞ。
それを見て、カリバデスを追いかけようとする兵士達が足を止める。

「お前達……いったん戦闘は中止だ。魔王様が人間に討たれた。今、逃げて行った奴が犯人だ」

 サリーヌが魔族の兵士達に告げた。
魔族の兵士達は部屋の中に20名ほど。
そのほとんどが屈強な肉体を持つ男の兵士だ!
部屋の外にはもっとたくさんいる。
魔王の訃報を聞いて、みんな一斉にザワつき始めた。

「勇者達は、まだこちらの仲間になる可能性がある。危害を加えるな。ミアリ……回復してくれ……」

 サリーヌはミアリに回復を頼んだ。
俺達を攻撃しないでいてくれるのは助かる。
仲間になるかどうかは分からないけどね。
魔王が死んで、状況が変わってしまった……。

「もちろん! ……ダークヒール!」

 ミアリがサリーヌを回復させる。

「……お願いだ! スカーレンのことも頼む!」

 俺はミアリにお願いした。
裏拳が顔面にモロに入ってしまったんだ……。

「……言われなくても分かってるよ。それより魔王様が……魔王様が……」

 そうなんだよね……。
魔王は……灰になってしまった。


---


 ミアリはスカーレンのことも回復してくれた。
回復を終えると、ミアリとサリーヌは部屋から出て行ってしまった。
2人とも魔王が死んだことにショックを受けていた。
サリーヌからは明らかに怒りの感情も見て取れた。
たくさんいた魔族の兵士達もサリーヌについて行った。
 スカーレンはこの部屋に残ったままだ。
彼女も魔王の死を受けて呆然としているぞ。
……話しかけたけど、『ちょっとだけ1人にしてください』と言われてしまった。
魔王が倒れていた場所を見つめている。
 部屋にはケーミーと、気絶中のマインドもいるという状況だ。

「……ケーミー、ごめんな。俺は地上で裏切り者にされてしまいそうだ。犯罪者になってしまうかも。カリバデスが、あの水晶玉を証拠として報告してしまっているだろう」

「そんな……謝らないでください。カリバデスはスワン王国で信頼されていませんし、勇者様が否定すれば、まだ何とかなるんじゃないですか?」

「ああ、それもそうだね。……どうなるか分からないけど、俺たちも地上に帰るか」

「はい、そうですね。勇者様を信頼してくれればいいんですけど」

「うん。ああ……俺も、カリバデスに『犯罪者になっても構わない』とか、思い切ったこと言っちゃったからな……。スカーレン達が殺されそうだったから、必死になって冷静じゃなかったよ……」

 自分の容量の悪さに嫌気が差すぜ。
もっと上手くカリバデスの士気を削げなかったもんかな……。
俺も動揺していたんだ。
魔王の死は、俺にとってもショックだった。
カリバデス……ターゲットである魔王への攻撃は容赦がなかったな……。

「まぁ、仕方がないですよ。スワン王国に捕まりそうになったら、逃げましょう! 私も協力します」

「そうだね。サリーヌ達がどう動くか分からないし、捕まっている場合じゃないよね。まずは……カリバデスの主張を否定する。俺は人間を裏切ったわけじゃないから。あくまでも和解協定を結ぶためだ」

 ああ、ごめん……魔王。
魔王と話し合って折り合いをつけたかった。
なんかもう魔王がいなくなった今、和解協定を結ぶなんて大仕事を達成できる自信がなくなってきたぞ。

「……私は勇者様の考えを分かっていますから、そんな不安そうな顔をしないでください。……私も魔族と戦うことは避けますよ。例えばスカーレンさんと戦えって言われたら、絶対に嫌ですし。もうお友達ですからね」

「そうか……そうだよね、ありがとう」

 ケーミー……嬉しいことを言ってくれるぜ。
……ん? そのスカーレンが俺のほうに歩いて来たぞ。
もう話しかけても大丈夫なのかな?

「スカーレン……大丈夫?」

「ええ……すみません、少しは落ち着きました。和解……できませんでしたね」

 ごめん、スカーレン。
人間と魔族が共存するのは不可能なのかもしれない。

「……魔族はこれからどうなるか分かりません。サリーヌとミアリが心配です。彼女達も、かなり取り乱しているようでしたし。無理もないですけど。もしかしたら、地上に捨て身の総攻撃を仕掛けるかもしれません。……私は魔界に残ります」

 確かに……それは俺も危惧している。
サリーヌには明らかに『怒り』の感情がまとっていた。

「ああ……わかった。今回、協力してくれてありがとう。こんなことになっちゃったのは……ごめん」

「そんな……謝らないでください。私も自分の無力さが情けないです。魔王様を救えなかった……」

「……」

「……」

「勇者様? もっとスカーレンさんと話してもいいんですよ? 話を聞いてあげてください」

「うん……そうだね。スカーレン、大丈夫? 魔王のことは……」

「いや、アキスト……また落ち着いたらにしましょう。ケーミーさんもありがとうございます」

「スカーレンさん……」

「……お互い、今はやるべきことがあるはずです。ケーミーさんとアキストの話も聞いていました。有罪にならないように、ちゃんと否定したほうが良いですよ。アキストは和解を望んでいただけなんですから。……落ち着いたら、必ず会いに行き来ます」

「……ありがとう、スカーレン」

 魔王が死んだ……。
なんとも言えない暗い空気が魔王城を包んでいるぞ。
これから……どうなってしまうんだろう?
 俺とケーミーは気絶しているマインドを連れて、地上に向かった。


---
(作者より↓)
完結まで、あと5話です!
是非よろしくお願いしますー!!
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