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第6章 エリィ始動

ケンジの休日

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 昨日はSM専門店の女王様とプレイをした。
今日は土曜日なのでお休みだ。
ちなみに、俺は学校で部活の顧問をしているが、活動に積極的な部活の顧問というわけではない。
したがって、基本的に土日はオフである。
 現在、午前10時を回ったところだ。
俺は今、今後どのようにして人生を歩んでいこうか悩んでいる……。
 昨日、女王様が胸の紋章を指摘してくれたおかげで、マリエーヌ達の世界は夢の中の話ではないことが分かった。
俺は実際に異世界に行って、戻ってきたというわけだ。
マリエーヌ達は実在するということなので、とても嬉しいのだが、気になる点がある。
俺はこっちの世界で眠りに着いて、地球から異世界に召喚されたわけだが、地球に戻って来たら日数が全然経過していないんだよね。
たしか異世界に10日間ぐらいはいたはずなんだけどな。
こちらでの睡眠時間は6時間ぐらいしかなかったはずだ。
……これは一体どういうことだろうか?
さては、『あっちの世界の10日間は、地球での6時間に相当する』……ということなのか!?
そうだよね、状況的にきっとそういうことなんだろうな……。
 その問題はさておき、俺があっちの世界に戻る手段はないのだろうか?
昨日、あの異世界はリアルだったんだ……と認識してから、マリエーヌ達のことが気になって仕方がない。
マリエーヌの魔王探しの旅は、その後どうなっているのだろうか?
勝ち目がないのに魔王エリィにケンカを売っていないよね?
ミルフィーヌも俺のことを気にかけてくれていたので、彼女が今なにをしているのかも気になるぞ。
ただ、現在の俺の気持ちは完全にマリエーヌ>ミルフィーヌになっている。
俺にかけられたミルフィーヌの魅了はもう解けているのだろう。
魔法使いの村で飲まされた『万能薬』とやらのおかげだろうな。
そうだ……あの村で俺はミルフィーヌとエッチをしてしまい、マリエーヌに見捨てられた感じで終わってしまったよな……。
いや、けど……マリエーヌは村長を蘇生して俺を助けようとしていたからな……。
完全に見捨てられたわけではない!
もちろん、確信はないけども。
……う~ん、こんな中途半端な状態は嫌だな。
向こうの世界に戻っても、俺にできることはイドウスルーとシラベール、そして荷物持ちぐらいしかない。
けど、マリエーヌの現在の状況がとっても気になってしまい、協力したいと強く思うんだ……。
そんなことを強く思っていたとしても、俺があっちの世界に戻る手段なんて、ないよなぁ……。
そうなんだよ、もう一度異世界に行く手段があるはずないから、俺は日本社会と向き合うしかないんだよ……!
 う~ん……カフェで来週の授業の準備でもするか。
マリエーヌやミルフィーヌに笑われないように……というほど気持ちの切り替えができているわけではないが、仕事に集中していれば気が紛れるだろう。
よし……意識高めの授業にしなくては!
 商店街から少し離れた通りに俺がよく行くカフェがあるので、ブランチがてら新しい小話を取り入れた授業の準備をしよう。 
俺はシャツにジーンズ、寒くなってきたのでアウターも羽織り、出かける準備をした。
私服は久しぶりだぜ。
仕事をするので机に置いてあるノートパソコンを手にしてから、アパートを出た。

 カフェに入り、1階でホットコーヒーとトーストを注文して、受け取った。
肌寒くなってきたからホットじゃないとね。
本当はココアにチョコレートを自分で入れて飲むチョコココアを頼みたいが、なんか恥ずかしいのでやめておこう。
外の眺めが良いので2階の席に向かった。
見渡してみると、若者が数人、同じテーブルで勉強をしていた。
予備校のテキストを広げているな……。
彼らは受験生だろう。
また、ノートパソコンを凝視しながら、高速タイピングを行なっているノマドワーカーっぽい男性もいた。
仕事ができそうだなぁ……。
あとは、彼氏のグチで盛り上がっている若い女性の皆さんだ。
おぉ……なんか日常に戻ってきた感じがめっちゃあるぞ。
地球に戻って来たことを実感する。
そんな日常を感じながら、外がよく見える席に座り2時間ほど作業した。
俺は町並みや人通りがよく見えると、なんとなくやる気が出るのだ。

 現在、カフェを出て、アパートに帰る途中である。
商店街を通っているので、ついでに夕食でも買っておこうかな……と思いながら、周りのお店を眺めているところだ。
……ん? 花屋で、トレンチコートに身を包んだ色男が花を選んでいるな。
まとめて花束にして買うようだな。
……なんか素敵だな。
俺は花束を買ったことがないぞ。
あれは彼女の誕生日のためなのか、もしくはプロポーズのためなのか……。
母や姉妹へのプレゼントという可能性もあるな。
シュッとしている20代後半であろうイケメンがそんなことをしていると、なんだか思うところがあるぜ。
青春しているなぁ……というか、ちゃんと今を生きているなぁ……という印象を受ける。
彼は今、周りにいる大切な人のことを考えて行動しているのだ。
う~ん……それに対して俺は、何をしているのだろうか!?
久しぶりの地球というわけだが、やはり後悔の念がなかなか強い。
全然、気持ちが切り替えられないぞ!
……マリエーヌのことが気になって仕方がないんだよな……。
なんだかんだで2人で旅をしていた時、楽しかったなぁ。
あんな中途半端な状態で戻って来ちゃったからなぁ。
あっちの世界に戻る手段は本当にないのかな……?
そういえば、【テンイスルー】という魔法が使えれば、異世界に移動ができる……って、いつだかミルフィーヌが言っていたな。
いかにも高度そうな魔法なので、俺に使えるはずはないが。
そもそも、俺は地球で魔法を使えるのだろうか……?
胸にあるエリィの紋章が存在したままだから、魔法は使えそうな気がするけどね。
この紋章は、魔力を込めて刻まれたわけだもんね。
さらに言えば、【言語統一】の特性が残っているわけだしね。
あの世界で得た能力は俺に残っているはずだ。
だが、地球上で魔法を試すのはやめておこう。
俺の攻撃魔法は派手だから、目立つし被害が出るだろう。
イドウスルーを使えたら便利だが、飛行人間として騒がれてしまう。
……飛行機と衝突してしまうかもしれないし。
使うならシラベールだが、街中で他人を見つめながら手をかざして【シラベール】とか言っていたら、ヤバい奴だろう。
コッソリやってみたいが、このご時世、個人情報の盗み見はちょっと躊躇ためらってしまうぞ。
名前や職業、資格とかも見ることができるかもしれない。
SMプレイを楽しみつつも俺は教職なので、けっこう真面目なのだ。
まぁ、自分でケガをしてヒールレインを唱えるという手もあるな。
ただ……この検証方法は痛いし、もし魔法が使えなくて治らなかったら嫌なので却下だな。
今度、ケガをすることがあったら密かに試してみよう。
まぁ……いずれにせよテンイスルーは使えないので、魔法が使えたところで仕方がない……って感じだ。
 さて……自分の現実を見つめ直すとするか。
学校の授業を改善するというのは当面の目標である。
もっと人生単位でプランを考えると、果たして、このまま中学校で働いていくだけの人生で本当に良いのだろうか……?
異世界に行ったことにより、そういう気持ちが強く現れてしまった。
マリエーヌやミルフィーヌに影響を受けてしまったのだろうか……?
……う~ん、久々に賢い友人にでも会って話してみるか!
友人から何かヒントが得られるかもしれない。
何より、異世界に行ったときに家族や友達が恋しくなってしまったことがあったから、久し振りに会っておきたいんだよね。


---


 翌日、大学時代の同級生と会うことになった。
優秀な友人なので、人生のヒントが得られるかもしれないぞ。
家族にも会いに行こうかな……と思っているけど、なんか照れ臭いし、実家は遠い。
とりあえず友達と優先的に会うことにしたのだ。
 そんな友人の名前はリョウ。
彼は俺が昨日訪れたカフェまで来てくれた。
リョウも理系のフツメンだが、俺より遥かに頭が良くて優秀だ。
身長は俺より高くて175cmぐらいで、体は細い。
黒髪短髪でオシャレメガネをしており、清潔感がある。
2階にある、窓から外がよく見えるいつもの席に座って話し始めた。

「ケンジ、久しぶりだね。急にどうしたの?」

 大学卒業後、彼は大学院に進学し、現在はそのまま大学の教員として教育と研究を行なっている。
ちなみに、リョウは化学を専攻していたが、俺は生物であった。
学科は違うが、大学1年生のときは共通の講義が多く、よく一緒に勉強をしていた。
現在、リョウが住んでいる場所は、俺が住んでいる地域からそう遠くはない。
今でも仲が良いが、大学の若手教員はとくに研究が忙しいらしく、年1回程度しか会っていない。

「……まぁ、人生相談かな。あと、こっちまで来てくれてありがとう」

「僕はいつも研究室にばかりいるからね。違う場所に行ってみたくなるんだ。だから、気にしなくていいよ。……って、人生相談?」

「うん、人生相談。リョウは研究で大変そうだね。どう? 大学の教員は? 1年目だよね?」

 始めから俺の人生相談をするのは気が重いので、彼の近況を聞いてみた。
なお、彼も俺と同様で今年度28歳になる。
28歳で大学の教員1年目というのは、大学院で5年間、研究を行なっていたからだ。
この22歳+5年のルートは、大学の教員になるためには普通のことである。

「う~ん、微妙。教員って言っても5年契約だし、教授のやりたい研究をやらされているだけだしね。まぁ、大学に就職できただけでも幸せなのかもしれないけど。そっちは?」

 あれ……そこまで順調じゃないのか。
たしかに、彼は大学生のときから『こんな研究をやりたい』とけっこう具体的に言っていた。
めちゃめちゃ先のことまで考えているな……と俺は驚かされたものだ。
しかし、大学院の学生から教員という立場になっても、自分のやりたいことはできていないようだ。

「研究者って言っても、サラリーマンみたいなもんなんだな……。俺も学年主任の言うことを聞かなきゃいけないし、学生に教えるのも色々と大変だけど……なんていうかそれよりもさ……なんか物足りないんだよな、最近。俺の人生はこのままで良いのかな……って」

「……物足りない? ふ~ん……ケンジって、そつなくこなすタイプだから、そんな風に思い始めたのは意外だな。順調そうに見えていたよ」

 え、マジで?
意外だ……リョウからはそう見られていたのか。
大学3年生の夏に俺も大学院を目指そうと思ったけど、お金がなくて諦めた。
それからは何かにチャレンジしようとは考えていなかった。
たしかに、リョウほどの努力はせずに、そつなく生きてきた感じはあるな……。
ちなみに、俺が大学院を目指そうと思っていた件を、リョウには言っていなかった。
彼は大学院に進むと早くから決めていたから、お金の件で進学を諦めたことをリョウに言っても、彼はリアクションに困っただろう。
変な空気になってしまいそうだったので、言っていなかった。
そのことを言っていれば、『そつなくこなす男』なんてイメージにはなっていなかったかもしれない。

「……俺のこと、そんな風に思っていたんだ? まぁ……リョウみたいに明確にやりたいことがない毎日だったかな。中学校の先生になったのも、教員免許を取ったから受けてみようと思っただけだし」

 当時、大学院に進学したいとは思っていたけど、リョウみたいに明確に『この研究をやりたい! 研究者になりたい!』って感じではなかったんだよな、俺は。

「そんなノリで中学校の先生が勤まっているから、そつなくこなしている……って思うんだよね。中学校の先生の業務内容はハードだって世間では言われているしさ。ケンジは忙しい部活の顧問じゃないけど、それでも忙しいでしょ。そもそも、採用試験の倍率だって少なくとも数倍だろうし。ケンジはコミュ力があるというか、器用な感じがするというか……結果として印象が良くなるんだよね。まぁ、その点は僕より優れていると思うよ。研究者って研究に夢中なっちゃって、コミュ力とか気にしない人が多いし」

 なんか褒められてんのか微妙にディスられているのか分からない発言だな。
暗に『頭は俺の方が良いけどね』……って言われている気もするな。
俺の被害妄想だろうか……。
まぁ、いずれにせよ、リョウの方が頭が良いということは事実だから良いんだけど。
リョウがこんな感じのことを言うときは、褒められているところだけを真摯に受け取っておこう。
俺がそんなことを考えていると、彼が続けて喋り出した。

「で、自分の人生がこのままで良いのかな……って、ケンジがそう思い始めたきっかけは何だったの?」

 うっ! リョウ……核心を突いてくるな……。
そう、お察しの通り、きっかけがあったんだ……。
マリエーヌやミルフィーヌと一緒にいたことにより、俺の価値観が変わったんだ……!
『俺はこのままダラダラと生きていてもダメだ』……って思い始めたんだぜ!
異世界に行ってすぐにエリィの城に囚われたときも、『奴隷として一生を終えるなら、大学院に行ってチャレンジしてやる!』……とも思った。
ただ、リョウを見ていると、具体的な研究プランもないのに今から大学院に行ってもな……って気がしてくる。
この年齢になった俺がやっていけるのか……ってのもあるし。
研究者として、俺には大学院の分の5年……いや、もう今年度を入れたら6年ものハンデがあるわけだ。

「まぁ、ちょっとね。意識が高過ぎる人達と会う機会があって、俺の人生はこのままでいいのかな……って思い始めたんだ」

「へぇ! ケンジが心を動かされるなんて! その人達、すごいじゃん!」

 俺の言葉を聞いて、リョウが驚きの表情を浮かべた。

「え……そう?」

 そんなに俺がマイペースもしくは堅物かたぶつに見えるのか……。
いずれにせよ、他人から影響を受けない人に見られていたわけね。
つくづく周りからはどう見られているのか、分からないものだな。

「あ、もしかして……彼女ができたとか? 意識が高過ぎる人って、女の子でしょ?」

「い……いやぁ!? 彼女じゃないよ! 女の子だけどさ!!」

 すげぇな……よく分かったな!!
まぁ、俺は意識が高過ぎなリョウと仲が良かったのに、これまで彼に大きな影響は受けていなかったわけだ。
意識が高い男に影響を受けないのであれば、女なのだろう……と、推測は可能か。
実は大学時代、大学院に行こうと思い始めたのは、リョウの影響も少なからずあったけどね。
男から全く影響を受けていなかったわけじゃないよ!
……これは何か恥ずかしいので言わないでおこう。

「やっぱり女の子なのか……。意識が高い女の子を陥落させたいってわけね」

 たしかに……マリエーヌに会いたいというか、認められたいというか……そういうことなんだろうな、今の俺の気持ちの根本にあるものは。
……結局、そこなのか!?
なんか分かって来たぞ……!
俺が思考していると、リョウが喋り始めた。

「……じゃあ、転職するのはどうかな?」

「え!? て、転職……!?」

「もっと自分がやりたいこと、燃えることを職業にして、仕事のモチベーションを上げるんだよ。28歳ぐらいだったら、転職するにはベストなタイミングじゃないかな? これ以上、中学校の先生を長く続けたら民間企業で働くのは難しくなってきそうだし。まぁ、起業するっていう手もあるけど」

「……き、起業!? い、いや、起業はともかくとして転職は……まぁ、確かにアリかも」

「……これから先の時代、転職は普通でしょ? 僕だって今の仕事、契約の残り4年が経過したら、他の大学とか研究所に移らないといけないし。というか、移らざるを得ないし。研究結果を出せずに次の研究場所を見つけられないのであれば、別の道を探さなきゃいけないんだ」

 な、なに……!?
すでにリョウはそんなプランを考えていたのか……。
というか、研究の結果次第では、もう研究ができなくなるのか……!
厳しい世界だな……。
う~ん……転職って言っても、特別にやりたい仕事なんてないんだよな。
正直、俺が今一番気になっていることは、マリエーヌ達のことだということが分かってきた。
異世界に戻って色々なことに決着をつけてスッキリしたい……っていうのが俺の正直な気持ちなんだと思ってきたぞ。
……これが今、俺が一番やりたいことだ!
とは言っても、異世界のことはリョウに相談できないな。

「まぁ、ケンジが悩むのも分かるよ。公務員の職を手放すってのは勇気がいるよね。なんだかんだ言っても、まだまだ安定しているし、学生たちの教育はやりがいがあると思うのは俺も同じだしさ。目当ての女の子に振り向いて欲しいなら、何かを変えなきゃいけないと思っているんなら応援したいけど……。別に転職しなくったって、変わることはできると思うんだよね。とりあえず、今の学校で意識が高くてバリバリ仕事ができる先生を目指してみれば? 具体的に何をしたらいいのか僕には分からないんだけどさ」

 お……合理的な回答を出してくれたぞ。
さすがリョウだ。
う~ん、俺はマリエーヌに振り向いて欲しいのか!?
単純に……会いたいと思っているけどさ。
これはもう好きってことなのかなぁ……。
うん、そうだろう! 好きなんだ!
分かっていたさ! 認めよう! 好きなんだ!
……と、粋がったところで、もう会えないからマリエーヌと結ばれることは絶対にないんだよな。
もし結ばれたとしても、魔女法によって幸せにはなれないんだ。
奴隷or別居の運命なのだ……。
い、いやいや……思考が逸れていっているぞ。
俺とマリエーヌが男と女の関係になる話は重要ではない。
俺がこの先、どう生きて行くべきなのか……が問題だ。
俺が抱えている問題をもっと正確に言えば、マリエーヌと会うことが不可能になってモヤモヤしたこの状態で、これから先、俺は地球でどう生きて行くべきなのか……だ。
よし……リョウと話したおかげで自分が抱えている問題がハッキリとしてきたぞ。
解決策は見出せていないが……。
まずは、この異世界との関係が断たれて生じたモヤモヤした気持ちを受け入れて、心の整理をしなくてはならないのだろう。
これには時間がかかりそうだ。

 その後、リョウは『仕事ができる先生とはどんなものか』とか、『できる女の口説き方』などについて持論を述べていた。
リョウ……めちゃめちゃ説明してくれてるけど、本当のことを言えなくて、なんかごめん。
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