小さな命たち

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
33 / 34
12 それから

12-2

しおりを挟む
説明会が終わった後、活動に反対する者たちで結成する、“地域猫追放の会”なるものに津田は誘われた。
質疑での理路整然とした追及で奈緒をたじろがせた実績を買われてのことだった。
彼自身は断固反対ではなく、無責任な餌やりに否定的だったに過ぎない。
それも奈緒や美子の熱心な訴えで活動の趣旨を理解した今、頭ごなしに反対するつもりはなかった。
ところが木部を中心に、野良猫がどれだけ近隣に迷惑をかけているか証拠を集めて突きつけよう、という流れになり、その尖兵を任されたのだった。
勘弁してくれ、というのが津田の本音である。
誰も彼も面倒な仕事を押し付けてくる。
そのくせ見返りは薄く、リスクばかりを背負わなければならない。
木部たちに協力するつもりはなかったが、証拠という言葉に津田は監視カメラの映像を確認することにした。
元々は事故や事件が起こった際の検証を目的にしていたものだが、当時は奈緒への嫌悪感もあって猫の虐待死については再生しなかったのだ。
日が沈み、辺りが橙色から濃紺に染まり始めた頃である。
利用者がいなくなり、静まりかえった公園に影が現れた。
手に持った袋は膨らんでいて、一見してそれなりの重さのものが入っていると分かる。
その何者かは録画されているとは思いもしなかったのだろう。
公園の隅で袋を逆さまにし、入っていたものを乱暴に落とした。
津田はよい買い物をした。
カメラははっきりとそれを映していたのだ。
捨てられたのが猫の遺骸で、それをしたのが谷井ヒロだという事実を。
彼は土を掘るように、理髪用のハサミで何度も何度も猫を突き刺した。
その反動で遺骸は微細動を繰り返すのだが、無数の刺し傷ができた頃には刃先が当たる場所がなくなったのか、一切の反応を示さなくなった。
ヒロはそれが面白くなかったようで、つま先で器用に持ち上げて遺骸をひっくり返すと、再び執拗に貫いた。
そうした行為は10分に及んだ。
満足した彼は最後に猫を思いっきり蹴り上げて、穴だらけになった遺骸をフェンスに叩きつけた。
津田は目の前が真っ暗になった。
今の彼には安価なカメラが映し出すよりも不鮮明な光景が、視界いっぱいに広がっている。
何かの間違いだと。
偽りだと。
手の込んだイタズラだと。
彼は何度もそう思うのだが、カメラを設置したのは誰あろう彼自身だ。
映るすべてのものは事実として、最後には受け止めなければならなかった。
孫同然に可愛がってきた谷井ヒロへは、裏切られたという想いが強い。
あれほど残酷な殺しをしておきながら、翌日には邪さをほんの僅かさえ感じさせない笑顔で慕ってきたのだ。
ああ、この子はこんな顔をしていたのか。
津田にはもう、ヒロの頭を撫でてやることはできなかった。
ゴミ拾いを手伝うと申し出た彼に、協力を願うこともできなくなった。
このままでは誰のためにもならない。
そう考え、彼はこう言うことにした。
「またこの公園で猫が殺されてしまったんだよ」
反応が見たかったのだ。
このたった一言でヒロが後ろめたさを感じている素振りを見せれば、まだまだ更生はできるだろう。
「恐いですよね。なんでそんなことをするんでしょう」
出来過ぎたカラクリ人形のように滔々と淀みなく、表情を変えずに述べる彼を見て、津田は希望を捨てた。
孫に似ているという欲目からまだ彼を庇いたいという気持ちがいくらかは残っていたが、これを見過ごせるほど盲目でもなかった。
「あの木、葉で隠れて見えないが、あの枝にカメラが取り付けてあるんだよ。分かるだろう? あれに何もかも映っていたんだよ」
ヒロの顔色が変わった。
撮影されていたという事実よりも、津田の妙に穏やかな口調に動揺してしまったのだ。
「僕がやったっていうんですか?」
「映っているんだよ」
どうやら言い逃れできないらしい、と分かったヒロはため息をついた。
「イライラしてたんです。この前のテスト、100点じゃなかったからお母さんに怒られて」
 彼はつまらなさそうに言った。
「そんな理由で――」
「はい?」
「そんな理由であんなことができるのか?」
怒っていいのか、呆れていいのか、津田には分からなかった。
この純真無垢を絵に描いたような少年が、つまみ食いを白状するときよりも軽々しく言ってのけたのが理解できない。
「別にいいじゃないですか。人じゃないし。それに飼い主もいなかったでしょ。管理人さん、大袈裟ですよ」
ヒロは笑っていた。
「おじさんはとんだ勘違いをしていたようだ……」
津田も笑っていた。
「きみが自分のしたことをきちんと反省できる子だったら、おじさんは映像を処分しようと思ってたんだ。カメラのことは誰も知らないからね」
「あ、じゃあ反省します。悪かったと思ってます……これでいいですか?」
「もう遅いよ」
白々しい反省など意味をなさない。
孫に似た悪魔のような子のあからさまな演技を信じてやるほど、彼は愚かではない。
「恐ろしい子だよ、きみは。良い子だと思っていたのに。このことは警察に知らせるからね」
警察の名を出した途端、ヒロの目つきが鋭くなった。
「無駄だよ。だって僕、まだ子どもだもん」
「なに?」
「子どもだから何をやっても逮捕されないんだよ。そんなことも知らないの?」
虚しい開き直りではない。
悪事がばれたから強がりを言っているのではなく、ヒロはそもそも自分がしたことが悪いとも思っていない。
彼にとってはガムの包み紙を道端に捨てた程度のもので、咎められる理由などない。
「他にもやったのか?」
口調を変えた彼に対し、津田もそうした。
「やってないよ」
即座に答える彼を信用できる材料はない。
長いこと周囲を欺き続けた少年の言葉を、どうしてこれだけは真実だといえようか。
「警察に任せれば分かることだ」
背を向け、津田は呟いた。
もう二度とこの顔を見たくはない。
彼が心から反省し、小さな命に対する慈愛を芽生えさせたとしても、津田がそれを信じることはない。
この男にできるのは根拠もなく少年を信じ、可愛がり、孫を重ねてしまった自身の軽率さを悔やむことだけである。
「やってみろよ、クソジジイ!」
甲高い罵倒を背中に受けながら、津田は必死に落涙を堪えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...