アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

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新たなる脅威篇

4 暗躍-7-

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 食事会は和やかな雰囲気だった。

「あ、それは皮を外さずにそのまま食べるんですよ」

 施設奥に設けられた大食堂。

 大急ぎで用意された円テーブルにつくシェイドは、さながら貴賓のようだった。

「これも、ですか?」

「そうです。そのソースをつけて――」

 エルドランでは見ないような料理が次々に出され、従者たちはそのたびに戸惑った。

 特に大きなエビのような甲殻類を大皿に盛られたときには、彼らもさすがに失礼を承知で遠慮しようと思ったほどだ。

「しっかし、まさかプラトウから皇帝とはなあ!」

 同じテーブルにいた者たちが口々にはやし立てる。

 石が採れること以外には何の特色もない辺境からすれば、出身者が一国の支配者となったことは歴史的な快挙だ。

 もちろんシェイドを持ち上げる者の中には、ここで媚びておけばあとで便宜を図ってもらえるかもしれないと画策する者もいる。

 これまでさんざん官には苦しめられてきたのだから、これを利用しない手はない。

 ――そう考える向きもあった。

「たまたまですよ、僕は……運が――」

 賓客として扱われていることにくすぐったさを感じながら、シェイドは苦笑いを浮かべた。

(よかった、みんな明るくて……)

 彼は安堵した。

 避難所での生活ということでもっと陰鬱な様子を想像していたが、プラトウの人々はたくましいようである。

「これ、どうやって食べるんだ?」

 ライネは茹でた巻き貝を持ち上げ、隣に座るフェルノーラに訊いた。

「中の殻を取るの。この串を使ってこうやって――」

 木製の串を差し込み、器用に殻を取り外す手さばきを見てライネはため息をつく。

「ん……!」

 彼女もいま見たとおりにやってみるが、力加減のせいか角度のせいか思うようにいかない。

 巻き貝相手に悪戦苦闘する様子をしばらく眺めていたフェルノーラは、微苦笑しつつ自分によこすように言う。

 代わりに殻を取り去って食べられる状態にしたものを差し出した。

「あ、ああ、サンキュ……」

 なんとなくばつが悪くなって俯くライネに、

「その……さっきは、ありがと……」

 フェルノーラは囁くように言った。

「さっき?」

「助けてくれて――」

 ああ、とライネは笑った。

「たいしたことじゃねえよ。ああいうときは咄嗟に体が動くんだ」

 だから気にしなくていいと言う彼女に、フェルノーラは不思議そうな顔をした。

「っていうかフェルだって援護してくれたじゃん。ほんとに助かったよ」

 護身用にと渡しておいた銃に救われた恰好だ。

 あれがなければシェイドたちへの援護は遅れていたにちがいない。

「あなたたちは彼を守るためだけにいるのかと思ってた」

 彼女が漠然と抱えていた不安のひとつはこれだった。

 彼らが考えているのは常にシェイドの安全についてだけで、この町の惨状には特に何も感じていないのではないかと。

「まあ、間違いじゃないけどな」

 差し出された身を食べながらライネは小声で言った。

「アタシの任務はシェイド君の護衛だからな」

 小さく息を吐いて彼女は続けた。

「だからもしシェイド君とフェルのどっちかしか助けられない、って状況だったら迷いなくあの子を助けるよ」

 そう言い切るライネの表情には後ろめたさのようなものが覗く。

 しかし任務が最優先である。

 辺境の娘の命と、担がれて皇帝になったばかりの少年の命とでは重さが違いすぎる。

「それならどうしてあの時、私を助けたの?」

 意地悪などではなく、彼女は率直にその理由が知りたくなった。

「彼の傍にいたほうがよかったと思うけど」

 たしかにあの時、シェイドの傍には数名の従者がいた。

 だが敵の正体も数も不明である以上、彼の元を離れたのは賢いとはいえない。

「友達として、かな」

 フェルノーラの手が止まった。

「道案内もしてもらってるしさ。ここまで関わったヤツを放っておけねえって」

 それに、と少し恥ずかしそうに付け足す。

「あの子ならそうしてくれって言いそうだしね」

 フェルノーラは何も言えなくなってしまった。

 言葉遣いは荒っぽいがライネの言は力強く、頼もしく、そして不器用な優しさがあった。

 だから彼女は複雑だった。

 シェイドとのつながりは同じ町の出身であること。

 2人とも両親を失ったこと。

 そして一緒に戦ったことだ。

 表には出さないものの、これだけの共通点があるのだからとどこか親近感を抱いていた。

 しかし彼は皇帝という最上の位に就き、遠く離れたエルドランに行ってしまった。

 傍にはボディガードが何人もついている。

 その隔たりにフェルノーラは言い表せない寂しさを感じていた。

「………………」

 あのまま、エルドランに残っていたほうがよかったのかもしれない――。

 彼女は一度だけ、そう思ってしまった。
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