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雌伏する大毒
1 艦での一夜-4-
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「お腹いっぱい……」
シェイドは腹をさすった。
「あれだけなのに?」
皇帝だからという理由で他の誰より量も内容も充実したものを出され、どちらかといえば少食の彼にはかえって負担になっている。
こういうところから分け隔てをなくしていきたい、と彼は思った。
「はい、ちょっと残そうかなって思ってました」
それができないのは親の教えもあったが、それ以上に食物が充分ではない環境で育ったからだ。
プラトウに限らず、多くの民は重税を課されて飢えと戦っている。
その日の食を逃せば、次はいつ食えるか分からない――。
そんな生活を強いられているのだ。
「ふーん……」
反対に活動的なライネは食欲旺盛だ。
好き嫌いなく、なんでも食べる。
そうでなければ体がもたない。
「これからどうする? って、別にやることないか。もう夜だし」
彼女の役目は護衛だが、さすがに艦内で一日中シェイドに張り付くのはやりすぎだ。
彼には彼だけの時間も必要だから……。
もしひとりになりたがっているのなら、邪魔しないでおこうとライネは思った。
「部屋で本を読もうかと思ってるんです。しばらく読んでなかったから」
「へえ、なんかお気に入りとかあんの?」
「特には……あるものを適当に読んでる感じです。ライネさんはどうするんですか?」
「食後の運動、かな」
「……? ダイエットですか……?」
「――女の子にそういうこと言うのはどうかと思う」
ライネはわざとらしく口をとがらせた。
「あ、あのっ、そうじゃなくて……!」
彼女の反応に敏感になっているシェイドは慌てて弁解した。
「ダイエットなんてしなくても太ってないですよ、って言いたかったんです……!」
「…………」
あてつけがましくため息をつく。
事前に聞いていたとおり、この少年は相当な世間知らずのようである。
「そんなんじゃフェルに嫌われるぜ?」
困惑するばかりのシェイドの頭を乱暴に撫で、ライネはドアの向こうへ消えた。
残されたシェイドは、
(なんでフェルノーラさんが出てくるんだろう……?)
とずっと考えていた。
冗談めかしてシェイドと別れた彼女は、背後のドアが閉じられた瞬間にすっと顔つきが変わった。
凛々しく、そして少女特有の幼さと輝くような瞳が作り出す、頼りない力強さ。
何でもできてしまいそうな万能感に、しょせんは子どものたかが知れた限界が入り混じる。
呼吸を整え、ライネはドア横のパネルに触れた。
ランプが灯り、カメラが起動する。
「なんだ? 皇帝の付き人じゃないか……オレに何か用か?」
スピーカーから威圧的な男の声が流れてくる。
睡眠をさまたげられたような、不快そうな声だった。
「ああ、えっと……ちょっと付き合ってほしいかなって思いまして……」
お願いをする立場だからライネは下手に出る。
これでも彼女なりに言葉を選んでいるつもりだ。
「10年後に来な。ちょっとは色気も出るだろ」
「そうじゃなくて! 特訓に付き合ってほしいって意味で!」
ヘンな噂が広がっても困る。
ライネは慌てて否定した。
「ちょっと待ってろ」
男は言い終わる前に通話を切った。
それから数秒もしないうちにドアが開いた。
「特訓ってのはどういうこった?」
出てきたのは恰幅のいい男だった。
鍛え上げた肉体は制服の上からでもよく分かる。
室内だというのにサングラスをかけている彼は、その意図はなくとも目の前にいる少女を畏怖させる。
「えと……そのままの意味なんだけど……」
察してくれ、とライネは思った。
「うん? 今からか?」
どうやら察してくれたらしい。
男はわざとらしく関節を鳴らした。
「そう……できれば」
「他の奴はいないのか? 誰だ……付き人のイエ……」
「イエレドさんのこと?」
「そう、そいつだ。あいつもかなりのやり手だぞ。それに他にもいるだろう」
「他の人はみんな忙しくて――」
「なんだ? つまりオレなら暇だからちょうどいいって言いたいのか?」
サングラス越しに射貫くような目で睨んでいる……ように彼女は感じた。
「じゃな……! じゃなくて、グラムさんに教わりたいかなーって、はは……」
鋭い視線を受け流すようにライネはふっと横を向いた。
(ってかこの人、絶対何人か殺ってるよな……)
口調といい、風貌といい、殺し屋にしか見えない彼と相対して、彼女はここに来たことを後悔し始めた。
「――冗談だ。暇だからな。お前の相手くらいならしてやれるぞ」
サングラスの奥で寡黙な男――グラムは笑った。
シェイドは腹をさすった。
「あれだけなのに?」
皇帝だからという理由で他の誰より量も内容も充実したものを出され、どちらかといえば少食の彼にはかえって負担になっている。
こういうところから分け隔てをなくしていきたい、と彼は思った。
「はい、ちょっと残そうかなって思ってました」
それができないのは親の教えもあったが、それ以上に食物が充分ではない環境で育ったからだ。
プラトウに限らず、多くの民は重税を課されて飢えと戦っている。
その日の食を逃せば、次はいつ食えるか分からない――。
そんな生活を強いられているのだ。
「ふーん……」
反対に活動的なライネは食欲旺盛だ。
好き嫌いなく、なんでも食べる。
そうでなければ体がもたない。
「これからどうする? って、別にやることないか。もう夜だし」
彼女の役目は護衛だが、さすがに艦内で一日中シェイドに張り付くのはやりすぎだ。
彼には彼だけの時間も必要だから……。
もしひとりになりたがっているのなら、邪魔しないでおこうとライネは思った。
「部屋で本を読もうかと思ってるんです。しばらく読んでなかったから」
「へえ、なんかお気に入りとかあんの?」
「特には……あるものを適当に読んでる感じです。ライネさんはどうするんですか?」
「食後の運動、かな」
「……? ダイエットですか……?」
「――女の子にそういうこと言うのはどうかと思う」
ライネはわざとらしく口をとがらせた。
「あ、あのっ、そうじゃなくて……!」
彼女の反応に敏感になっているシェイドは慌てて弁解した。
「ダイエットなんてしなくても太ってないですよ、って言いたかったんです……!」
「…………」
あてつけがましくため息をつく。
事前に聞いていたとおり、この少年は相当な世間知らずのようである。
「そんなんじゃフェルに嫌われるぜ?」
困惑するばかりのシェイドの頭を乱暴に撫で、ライネはドアの向こうへ消えた。
残されたシェイドは、
(なんでフェルノーラさんが出てくるんだろう……?)
とずっと考えていた。
冗談めかしてシェイドと別れた彼女は、背後のドアが閉じられた瞬間にすっと顔つきが変わった。
凛々しく、そして少女特有の幼さと輝くような瞳が作り出す、頼りない力強さ。
何でもできてしまいそうな万能感に、しょせんは子どものたかが知れた限界が入り混じる。
呼吸を整え、ライネはドア横のパネルに触れた。
ランプが灯り、カメラが起動する。
「なんだ? 皇帝の付き人じゃないか……オレに何か用か?」
スピーカーから威圧的な男の声が流れてくる。
睡眠をさまたげられたような、不快そうな声だった。
「ああ、えっと……ちょっと付き合ってほしいかなって思いまして……」
お願いをする立場だからライネは下手に出る。
これでも彼女なりに言葉を選んでいるつもりだ。
「10年後に来な。ちょっとは色気も出るだろ」
「そうじゃなくて! 特訓に付き合ってほしいって意味で!」
ヘンな噂が広がっても困る。
ライネは慌てて否定した。
「ちょっと待ってろ」
男は言い終わる前に通話を切った。
それから数秒もしないうちにドアが開いた。
「特訓ってのはどういうこった?」
出てきたのは恰幅のいい男だった。
鍛え上げた肉体は制服の上からでもよく分かる。
室内だというのにサングラスをかけている彼は、その意図はなくとも目の前にいる少女を畏怖させる。
「えと……そのままの意味なんだけど……」
察してくれ、とライネは思った。
「うん? 今からか?」
どうやら察してくれたらしい。
男はわざとらしく関節を鳴らした。
「そう……できれば」
「他の奴はいないのか? 誰だ……付き人のイエ……」
「イエレドさんのこと?」
「そう、そいつだ。あいつもかなりのやり手だぞ。それに他にもいるだろう」
「他の人はみんな忙しくて――」
「なんだ? つまりオレなら暇だからちょうどいいって言いたいのか?」
サングラス越しに射貫くような目で睨んでいる……ように彼女は感じた。
「じゃな……! じゃなくて、グラムさんに教わりたいかなーって、はは……」
鋭い視線を受け流すようにライネはふっと横を向いた。
(ってかこの人、絶対何人か殺ってるよな……)
口調といい、風貌といい、殺し屋にしか見えない彼と相対して、彼女はここに来たことを後悔し始めた。
「――冗談だ。暇だからな。お前の相手くらいならしてやれるぞ」
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