アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

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雌伏する大毒

2 ウィンタナへ-5-

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「ああ、もうっ!」

 瓦礫を踏み越えながらライネはうなった。

 どうしてあの子は急に走りだすんだ。

 どこかへ行くならまず行き先を言え、と念押ししたのに。

 シェイドの悪いくせだ、と彼女は思った。

(あとで文句言ってやる!)

 シェイドが消えたビルの手前まで来た。

 彼はこの角を曲がったハズだ。

「シェイドく――」

 急いで追いつこうと勢いよく角を曲がったライネは声を失った。

 そこには数人がいた。

 奇妙な仮面を着け、薄汚れた布を羽織った者たちが。

「も、もうひとりいたぞ……!」

 仮面のひとりがくぐもった声で言った。

「なん――?」

 ライネが状況を理解しようとするその前に、

「う、動くんじゃないぞ! 動くなよ!」

 冷たく固い何かが背中と首筋に押し当てられた。

「お、おい! いったいなにを……!?」

 その時、ライネは見た。

 数メートル先で頭から麻袋を被せられたシェイドがいる。

 両手は後ろ手に縛られていた。

「シェイド君!」

 助けようとしたが思いとどまる。

 彼をはさむように立つ仮面は、その背中にしっかりと銃を押しつけている。

 状況的にどう頑張っても連中が発砲するほうが早い。

(クソ……!!)

 それでもどうにか切り抜ける方法はないか、と考える彼女の視界を、ふっと闇が覆った。

「おら、歩け。みょ、妙な真似をしたら撃つぞ……撃つぞ!」

 麻袋を被せられたライネは、ひとまず従うふりをしてシェイドを助け出す機会をうかがうことにした。















 ライネたちは四方を押さえられ、言われるままに歩き続けた。

「アタシたちをどこに連れていくつもりだ!?」

「うるさい。だ、だまって歩きゃいいんだよ!」

 上ずった声は後ろから聞こえた。

(傍には三……いや、四人いるのか……)

 たかだか数時間程度の訓練では、グラムの言うように気配を感じ取ることはできない。

 が、彼女なりに五感を研ぎ澄ませて少しでも周囲の状況を探ろうとした。

(ひょっとして同じところを行ったり来たりしてる?)

 道程を知られないようにか、不要な回り道をしているように彼女は感じた。

「もうすぐ階段だ。降りるから転ばないようにしろ」

 今度は前から聞こえた。

 仮面越しなのでハッキリとは分からなかったが、ライネには若い男の声に聞こえた。

 それはひとりだけではない。

 拉致という荒事に出るわりには、誰の声も高い。

 こういうときはドスの利いた声で威圧するものだと思っていた彼女は、まずそこを不審に思った。

「ここからだ。一歩ずつ降りろ」

「ずいぶん親切なんだな」

 ライネは皮肉まじりに言った。

「悪いか?」

 すると前から意外な言葉が返ってくる。

「――べつに」

 促されて階段を降りる。

(地下か……厄介だな……!)

 場所が分からないうえに地下に連れ込まれれば、味方と合流するのは難しくなる。

(せめてここがどのあたりか分かれば――)

 と彼女は思うのだが、そもそもミュラシティに来たばかりで右も左も分からない状態だ。

 ここに来る前に地図は見たものの、戦場付近の様子しか記憶に残っていない。

 ひやり、と空気が冷たくなる。

 足音が反響して耳に戻ってくる。

 シェイドたちが前を歩いているのが分かった。

(これは建物の下って感じか……)

 靴底から伝わる感触や返ってくる音の様子から、洞窟の類ではないらしい。

 その証拠に土っぽい匂いもしない。

「…………」

 ライネは気づいた。

 背中に押し当てられていた感覚がなくなっている。

 ここまで連れてきたことで安心しているのか?

 目隠しをしているから油断しているのか?

 チャンスだ、と彼女は思った。

 銃口を突きつけられていないのなら、あとは速さで自分の勝ちだ。

 今なら拘束をふりほどき、被せられた袋を脱ぎつつ、連中を蹴散らすのも不可能ではない。

 両手は縛られているが、自慢の脚力がそれを補ってくれる。

(……いや、ダメだ)

 考えなおす。

 それは彼女ひとりの場合だけだ。

 前を行くシェイドの置かれている状況が分からなければ手は出せない。

(あせるな……!)

 ライネは深呼吸した。

 少なくとも今は大人しくしていれば、危害を加えられることはなさそうだ。

 あくまでシェイドを守ることが任務なのだから、賭けに出て彼を危険な目に遭わせるのは間違いだ。

「着いたぞ」

 仮面に言われた瞬間、麻袋がはぎ取られた。

 突然注いだ光に目が順応するのにわずかな時間を要した。

「…………!!」

 周囲の状況を確かめる暇もなく、背中を押される。

「ライネさんっ!」

 シェイドもそこにいた。

 相変わらずの不安げな目で彼女を見上げている。

 その悲壮感は鉄格子の中ではなおさら際立っていた。

 鉄扉が大きな音を立てて閉じられた。

 数人の仮面が無表情で二人を見ている。

「大丈夫か?」

 この状況を不安に思うよりも、何者かに怒りをぶつけるよりも先に、ライネは彼を気遣った。

「はい……大丈夫、です」

 取り乱す様子もなく――ただ、見た目にはすっかり憔悴しょうすいしている――シェイドは静かにそう返す。

 こんなときでも健気だな、と彼女は思った。

 こうしてひとまず無事であることが分かると、ライネはいったん忘れていた怒りを再燃させる。

「お前ら、何のつもりだ!? アタシたちをどうしようってんだよ!!」

 突然の怒声に仮面たちはびくりと体を震わせた。

「う、うるせえぞ。とにかく大人しくしてろよ」

「この女、さっきから怖いね……。怒鳴ってばかりなんだもん」

「いちいちビビるな。どうせすぐに静かになるんだからよ」

 その言葉を証明するように、ひとりが銃口をライネに向けた。

「…………」

 そんな脅しには屈しない、とばかりに彼女は無言で睨みつける。

「安心しろよ。殺しはしないさ。へンな気を起こさなければな」

 あざ笑うでもなく、憐れむでもなく。

 何を考えているのか分からない口調で言い、仮面たちは階段を上っていった。
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