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第十三章
90・薔薇の指輪
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橡の目論見は消え去り、あっという間に軍に制圧され、あっけなく幕を閉じた。
キイロは朧と共に薄氷の屋敷へ戻ると、朧の母に指示を仰いだ。
「ほう、再び卵に戻ったと」
朧の母は、驚いているようだった。
「はい。りんさまは、わたしの呪いをほどくために力を使ったのではないかと」
「成程、元々、呪いで命を失うはずだった朧を救ったは良いが、龍神に戻る能力も使ってしまった、と。そんなところじゃろう」
「りんちゃんは、このまま卵の姿なんでしょうか?」
キイロが尋ねると、朧の母は頷く。
「いつ孵るかはわからんな。前回は社の中の卵にひび割れができておって、それで気づいた」
「そう、ですか……」
卵は静かに眠っているようで、あたたかく大人しい。
キイロはずっと卵を抱えたままだった。
「いつまでそうしてお前が抱いておくわけにもいくまい」
「でも……」
「社に戻せば、龍神の泉でやがてまた力を溜め、卵も孵るであろう」
なんとなく、卵と離れがたく、キイロは卵を撫でた。
「そうなんでしょうけど」
「おまえがそのまま抱いておると、お前のほうへ卵の力が流れてしまう。お前は力が増すが、卵の孵る力が溜まらなくなる」
そう言われ、キイロは仕方なく卵を手放す。
「ちょっとお待ちください」
籠の中に入れられそうな卵に、キイロは自分のショールを外し、籠の中に敷いた。
「りんちゃんが寒かったらいけないから」
そういうキイロに、朧は目を細めた。
(龍神に対して、寒い、などという発想は、これまで誰もしなかったのに)
優しい人だ、と知ってはいたが、やはり彼女を選んでよかった、と朧は思った。
薄氷家の守護する龍神の泉の真ん中、その島の社にりんの眠っている卵は安置されることとなった。
「これまでも時折、美しい龍が現れては卵になり、更に強い龍となった、という伝説がありました。我々の世代で、その僥倖にあやかれたのは幸福でしたが」
「……卵になっちゃうと、次はいつ、会えるのかわかりませんものね」
残念そうにキイロが言う。
「とっても可愛かったのに」
「ええ、あなたによく懐いていて」
でもその懐いていた理由が判る。
朧の魂と、りんの魂は深く結びついていた。
(だからあんなにも)
赤ん坊のりんを救ったからだと思っていた。
だが、そうではなく、むしろ彼女を求めたからこそ、朧と深い結びつきを持っているりんは生まれて来たのじゃないのか、と朧は思う。
「でもきっと、また目覚めてくれますよね」
「勿論です。あんなにもあなたに懐いていたのですから、多分いますぐにだって、生まれたくて仕方がないと思いますよ」
龍神の扱いとしては、多分いろいおかしいのだろう。
実際、いまも本来なら箱の中に厳重に保管される龍の卵は、キイロのショールに柔らかく包まれ、赤ん坊のように大事に見守られている。
「この泉には、長年にわたって龍神への信仰心と力がこもっています。きっと、遠くない未来にあなたに会いに帰ってきますよ」
「そう、ですよね」
朧には判っていた。
自分の強い想いが、この龍神の泉でりんを呼び覚ましたのだと。
「わたしもりんさまの気持ちが判ります。毎日毎日、ずっとあなたに会いたかった」
「朧様?」
「あなたに会いたくて、でも、どうすればいいのか判らなかった。随分と思には言われました。そんな幻みたいなものを求めてどうするんだと。それでも私は諦める事ができなかった」
朧は静かに、懐かしむように、泉を見て呟いた。
「でもその理由がわかりました。私はただ、あなたにずっと恋をしていただけだったんです」
おかしいでしょう、と朧は苦笑した。
「幼い頃の自分が、ずっと私を急かすんです。彼女をみつけろ、彼女しかいないって。一度も諦めようと思えなかった」
「なぜですか?」
キイロには不思議だった。
きっと朧には似合いの女性なんかいくらでも傍に居ただろうに、どうしてこんなキイロを求め続けていたのかと。
「僕に薔薇をくれたのは、あなた一人しかいなかったからです。傷ついた時に、自分が傷ついても、僕の為に花をくれた。あなただけだったし、そのやさしさこそが、僕に必要なものだった」
手を、と言われキイロは朧に手を差し伸べた。
朧はキイロの左手薬指に、そっと銀色の指輪をはめた。
美しい、薔薇のような刻印が入っていた。
キイロは朧と共に薄氷の屋敷へ戻ると、朧の母に指示を仰いだ。
「ほう、再び卵に戻ったと」
朧の母は、驚いているようだった。
「はい。りんさまは、わたしの呪いをほどくために力を使ったのではないかと」
「成程、元々、呪いで命を失うはずだった朧を救ったは良いが、龍神に戻る能力も使ってしまった、と。そんなところじゃろう」
「りんちゃんは、このまま卵の姿なんでしょうか?」
キイロが尋ねると、朧の母は頷く。
「いつ孵るかはわからんな。前回は社の中の卵にひび割れができておって、それで気づいた」
「そう、ですか……」
卵は静かに眠っているようで、あたたかく大人しい。
キイロはずっと卵を抱えたままだった。
「いつまでそうしてお前が抱いておくわけにもいくまい」
「でも……」
「社に戻せば、龍神の泉でやがてまた力を溜め、卵も孵るであろう」
なんとなく、卵と離れがたく、キイロは卵を撫でた。
「そうなんでしょうけど」
「おまえがそのまま抱いておると、お前のほうへ卵の力が流れてしまう。お前は力が増すが、卵の孵る力が溜まらなくなる」
そう言われ、キイロは仕方なく卵を手放す。
「ちょっとお待ちください」
籠の中に入れられそうな卵に、キイロは自分のショールを外し、籠の中に敷いた。
「りんちゃんが寒かったらいけないから」
そういうキイロに、朧は目を細めた。
(龍神に対して、寒い、などという発想は、これまで誰もしなかったのに)
優しい人だ、と知ってはいたが、やはり彼女を選んでよかった、と朧は思った。
薄氷家の守護する龍神の泉の真ん中、その島の社にりんの眠っている卵は安置されることとなった。
「これまでも時折、美しい龍が現れては卵になり、更に強い龍となった、という伝説がありました。我々の世代で、その僥倖にあやかれたのは幸福でしたが」
「……卵になっちゃうと、次はいつ、会えるのかわかりませんものね」
残念そうにキイロが言う。
「とっても可愛かったのに」
「ええ、あなたによく懐いていて」
でもその懐いていた理由が判る。
朧の魂と、りんの魂は深く結びついていた。
(だからあんなにも)
赤ん坊のりんを救ったからだと思っていた。
だが、そうではなく、むしろ彼女を求めたからこそ、朧と深い結びつきを持っているりんは生まれて来たのじゃないのか、と朧は思う。
「でもきっと、また目覚めてくれますよね」
「勿論です。あんなにもあなたに懐いていたのですから、多分いますぐにだって、生まれたくて仕方がないと思いますよ」
龍神の扱いとしては、多分いろいおかしいのだろう。
実際、いまも本来なら箱の中に厳重に保管される龍の卵は、キイロのショールに柔らかく包まれ、赤ん坊のように大事に見守られている。
「この泉には、長年にわたって龍神への信仰心と力がこもっています。きっと、遠くない未来にあなたに会いに帰ってきますよ」
「そう、ですよね」
朧には判っていた。
自分の強い想いが、この龍神の泉でりんを呼び覚ましたのだと。
「わたしもりんさまの気持ちが判ります。毎日毎日、ずっとあなたに会いたかった」
「朧様?」
「あなたに会いたくて、でも、どうすればいいのか判らなかった。随分と思には言われました。そんな幻みたいなものを求めてどうするんだと。それでも私は諦める事ができなかった」
朧は静かに、懐かしむように、泉を見て呟いた。
「でもその理由がわかりました。私はただ、あなたにずっと恋をしていただけだったんです」
おかしいでしょう、と朧は苦笑した。
「幼い頃の自分が、ずっと私を急かすんです。彼女をみつけろ、彼女しかいないって。一度も諦めようと思えなかった」
「なぜですか?」
キイロには不思議だった。
きっと朧には似合いの女性なんかいくらでも傍に居ただろうに、どうしてこんなキイロを求め続けていたのかと。
「僕に薔薇をくれたのは、あなた一人しかいなかったからです。傷ついた時に、自分が傷ついても、僕の為に花をくれた。あなただけだったし、そのやさしさこそが、僕に必要なものだった」
手を、と言われキイロは朧に手を差し伸べた。
朧はキイロの左手薬指に、そっと銀色の指輪をはめた。
美しい、薔薇のような刻印が入っていた。
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