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第二編 第一章 レジナルドの鉄腕
第12話: 黒狼の牙、忠臣たちの黄昏 (後編)
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王宮の奥深く、老騎士バルトロメオ質素な私室。窓の外は、既に夜の闇が支配し、冷たい風が不気味な音を立てて吹き抜けていた。バルトロメオは、自らの周囲に、摂政レジナルド公爵の放った密偵の影が、蜘蛛の糸のように張り巡らされているのを、その長年の経験から敏感に感じ取っていた。
彼は、震える手で、羊皮紙の上にペンを走らせていた。それは、国王ギヨームへの、最後の、そしておそらくは届くことのないであろう諫言の言葉。そしてもう一つは、アキテーヌに残された最後の良心ともいえる、ヴァロワ家の当主アンリ公爵への、警告の言葉だった。
(陛下…この老いぼれの、最後の言葉、どうかお聞き届けくださいませ。摂政レジナルド公は、アキテーヌの栄光を蝕む、恐るべき毒蛇にございます。彼の甘言に惑わされ、その底なしの野心を、これ以上許してはなりませぬ。どうか、先王アルベリク陛下の、あの民を愛された高潔なる御遺志を継ぎ、真のアキテーヌの王として、お立ちくださいませ…!)
(そして、アンリ・ド・ヴァロワ公爵閣下。あなた様こそが、今のアキテーヌに残された、最後の、そして最も頼りになる希望かもしれませぬ。どうか、レジナルドの奸計には、くれぐれも用心されよ…決して、あの男を信じてはなりませぬぞ。奴は、目的のためなら、どんな卑劣な手段も厭わぬ、悪魔のような男です。このバルトロメオ、あなた様の、そしてヴァロワ家の武運を、心よりお祈り申し上げております…)
彼は、書き終えた二通の手紙に、彼が密かに連絡を取り合っていた、信頼できる数少ない従者だけが識別できる印を記した。そして、従者の一人、若き騎士エドゥアールを呼び寄せ、静かに命じた。
「エドゥアール、この手紙を、必ずやギヨーム陛下と、そしてアンリ・ド・ヴァロワ公爵閣下のお手元へ届けてくれ。何があっても、だ。これは、このバルトロメオからの、最後の頼みだ」
エドゥアールは、主君のそのただならぬ様子と、その瞳に宿る悲壮な覚悟を察し、涙を堪えながら、しかし力強く頷いた。
*
翌朝、バルトロメオは、死を覚悟した者の静けさと、その胸の奥に秘めた最後の炎を燃やし、王宮の貴族たちが朝議へと向かうために行き交う、壮麗な回廊へと一人向かった。彼は、そこで、摂政レジナルド公爵のこれまでの非道な行いと、国王ギヨームを傀儡とし、アキテーヌを私物化しようとしているその恐るべき陰謀を、公然と告発しようと試みたのだ。
「聞け! アキテーヌの誇り高き貴族たちよ! いつまで、摂政レジナルドのその恐るべき圧政に沈黙し続けるつもりなのだ! あの男こそが、我らが敬愛した先王アルベリク陛下を弑逆《しいぎゃく》し、この聖なるアキテーヌ王国を、自らの欲望のままに弄ばんとしている張本人ではないか! 今こそ、我らが勇気を持って立ち上がり、真の正義を、そしてアキテーヌの未来を取り戻す時ぞ!」
バルトロメオのその老いたものの、力強い声は、静まり返った回廊に響き渡った。しかし、その声に足を止める貴族は、一人もいなかった。彼らは、バルトロメオの姿を、まるで疫病神でも見るかのように避け、あるいは冷ややかな嘲笑を浮かべて通り過ぎていくだけだった。彼らは皆、レジナルドの怒りを買うことを恐れていたのだ。
そして、その場には「偶然」、腹心のギルバート男爵が、数名の屈強な黒狼兵団の兵士たちを伴って、悠然と姿を現した。
「これはこれは、バルトロメオ・ド・クレルモン卿。朝から随分とご威勢がよろしいようですな。ですが、何を血迷われたか。そのような不敬極まりないお言葉、国王ギヨーム陛下への、そしてこのアキテーヌ王国に対する、明白なる反逆と見なされても、致し方ございませぬぞ。大人しく、我々とご同行願おうか」
ギルバート男爵のその声は、冷たく、そして粘りつくような悪意に満ちていた。
彼は、正義を訴えるための告発の場ではなく、反逆者として断罪されるための、血塗られた舞台に、自ら愚かにも上がってしまったのだ。
「反逆者だと…? このバルトロメオが…? 笑わせるな、ギルバート! 真の反逆者は、貴様たちの主人、レジナルド・ド・ヴァランスであろうが!」
バルトロメオは、それでも臆することなく、長年その腰に佩びてきた、先王アルベリク陛下から下賜されたという、愛剣を抜き放ち、迫りくる黒狼兵団の兵士たちに敢然と立ち向かった。
老いてなお、その剣技は鋭く、その動きには一切の無駄がなかった。彼は、次々と襲いかかってくる兵士たちを、まるで熟練の舞でも舞うかのように捌き、時にはその刃で薙ぎ払い、時にはその柄で打ち据え、数名の兵士を打ち倒した。その姿は、まさに手負いの老獅子の最後の咆哮であり、その場にいた者たちに、老騎士の、最後の意地と誇りを見せつけた。
しかし、敵の数はあまりにも多く、そして何よりも、彼の心は、アキテーヌの未来への深い絶望と、そして自らの無力さへの痛烈な後悔に、打ちひしがれていた。
ギルバート男爵は、そのバルトロメオの必死の戦いを、まるで面白い見世物でも見るかのように、腕を組み、その薄い唇に冷酷な笑みを浮かべて眺めていた。
「見苦しいですな、バルトロメオ卿。そのお年で、まだそのような無駄な足掻きをなさるとは。まるで、打ち上げられた魚が、最後の力を振り絞って跳ねているかのようですぞ。ですが、ご安心めされい。あなたのその揺るぎない忠義心は、このギルバートが、摂政レジナルド公爵閣下を通じて、ヴァロワ家のあの頑固なアンリ公に、懇切丁寧に『お伝え』して差し上げましょう。あなたが、いかに無謀で、そしていかに愚かで哀れな最期を遂げたかを、な。それが、あなたにできる、アキテーヌへの、そしてヴァロワへの、最後の、そして最大の『奉公』というわけですな。くくく…!」
ギルバートのその言葉は、人間の心を持たぬ悪魔の囁きそのものであり、バルトロメオの最後の誇りさえも、容赦なく踏みにじろうとする、残忍な悪意に満ちていた。
ついに、バルトロメオの動きが鈍った。一瞬の隙を突かれ、黒狼兵団の一人の兵士が振り下ろした長剣が、彼の肩を深く切り裂いた。鮮血が、まるで噴水のように吹き出し、王宮の冷たい大理石の床を赤黒く染めていく。
「ぐうっ…!」
バルトロメオは、苦悶の声を上げ、片膝をついた。それでも、彼は決して愛剣を手放そうとはしなかった。その瞳は、最後までギルバート男爵を、そしてその背後にいるであろうレジナルド公爵を、燃えるような怒りを込めて睨みつけていた。
その最後の瞬間、彼の脳裏に鮮やかに蘇ったのは、先王アルベリク・レグルス陛下の、あの慈愛に満ちた、笑顔と、そしてまだ若く、何も知らずに玉座に座らされている、哀れな国王ギヨームの、怯えたような瞳だった。
(陛下…申し訳ございません…この老いぼれには…これが、限界でございました…どうか…どうか、アキテーヌの未来に、神のご加護があらんことを…アンリ公…ヴァロワよ…どうか…このアキテーヌを…お頼み申します…!)
ギルバート男爵の、冷酷な刃が、バルトロメオの心臓めがけて、無慈悲に振り下ろされた。
老騎士バルトロメオ・ド・クレルモンの、忠義に満ちた魂は、こうして、アキテーヌの血塗られた歴史の闇へと、静かに消えていった。
彼の体から流れ出た血が、王宮の冷たい石畳の上に、まるでアキテーヌの失われた正義を象徴するかのように、大きく、そして悲しく広がっていった。それは、アキテーヌの、そしてヴァロワ家への、悲痛な警鐘となった。
摂政レジナルド公爵は、バルトロメオの死の報告を、ギルバート男爵から執務室で受け、まるで些細な虫でも潰したかのように、冷ややかに頷いた。
「これで、目障りな老害は、また一人消えたというわけか。さて、ギルバートよ、次はヴァロワの番だな…あの頑固な老獅子も、そろそろ檻から引きずり出し、その首に縄をかける頃合いか…バルトロメオのあの無様な死に様を、アンリ公に『親切に』伝えてやれ。それが、あの男への、我らからの最後通牒となるであろうよ」
*
老騎士バルトロメオの死は、国王ギヨームを、さらなる絶望の淵へと突き落とした。彼に残されていた、ほんの僅かな王としての誇りも、そして人間としての尊厳さえも、レジナルドのその非道な行為によって、完全に打ち砕かれてしまったのだ。彼の精神は、もはや崩壊寸前だった。
そして、バルトロメオが死の直前に、若き騎士エドゥアールに託した最後の手紙は、レジナルドの張り巡らせた監視の網をかいくぐり、数日後、密かにヴァロワ家の当主アンリ公爵の元へと届けられた。
アンリ公は、その手紙を、震える手で読んだ。そこには、長年の盟友であったバルトロメオの、血を吐くようなアキテーヌへの憂いと、レジナルドへの怒り、そしてヴァロワ家への最後の願いが、切々と綴られていた。
「レジナルドの魔の手は、確実にヴァロワ家にも迫っている。決して油断してはならない。これは、アキテーヌの最後の忠臣バルトロメオ・ド・クレルモンからの、血の遺言である…」
アンリ公爵は、その手紙を読み終えると、声を上げて慟哭した。長年の盟友の、あまりにも無念な死。そして、アキテーヌのあまりにも絶望的な現状。
しかし、その深い悲しみの中から、彼の心に、新たな、そしてより強固な決意の炎が燃え上がった。
「バルトロメオ…! お前の死、決して無駄にはせぬぞ…! このアンリ・ド・ヴァロワ。ヴァロワ家の全てを賭けて、必ずやレジナルドのあの悪逆非道な野望を打ち砕き、アキテーヌに真の正義を取り戻してみせる!」
レジナルドの冷酷な策略は、ヴァロワ家を恐怖で屈服させるどころか、逆に彼らの、そしてアンリ公爵の、最後の抵抗の炎を、より一層激しく燃え上がらせる結果となった。
彼は、震える手で、羊皮紙の上にペンを走らせていた。それは、国王ギヨームへの、最後の、そしておそらくは届くことのないであろう諫言の言葉。そしてもう一つは、アキテーヌに残された最後の良心ともいえる、ヴァロワ家の当主アンリ公爵への、警告の言葉だった。
(陛下…この老いぼれの、最後の言葉、どうかお聞き届けくださいませ。摂政レジナルド公は、アキテーヌの栄光を蝕む、恐るべき毒蛇にございます。彼の甘言に惑わされ、その底なしの野心を、これ以上許してはなりませぬ。どうか、先王アルベリク陛下の、あの民を愛された高潔なる御遺志を継ぎ、真のアキテーヌの王として、お立ちくださいませ…!)
(そして、アンリ・ド・ヴァロワ公爵閣下。あなた様こそが、今のアキテーヌに残された、最後の、そして最も頼りになる希望かもしれませぬ。どうか、レジナルドの奸計には、くれぐれも用心されよ…決して、あの男を信じてはなりませぬぞ。奴は、目的のためなら、どんな卑劣な手段も厭わぬ、悪魔のような男です。このバルトロメオ、あなた様の、そしてヴァロワ家の武運を、心よりお祈り申し上げております…)
彼は、書き終えた二通の手紙に、彼が密かに連絡を取り合っていた、信頼できる数少ない従者だけが識別できる印を記した。そして、従者の一人、若き騎士エドゥアールを呼び寄せ、静かに命じた。
「エドゥアール、この手紙を、必ずやギヨーム陛下と、そしてアンリ・ド・ヴァロワ公爵閣下のお手元へ届けてくれ。何があっても、だ。これは、このバルトロメオからの、最後の頼みだ」
エドゥアールは、主君のそのただならぬ様子と、その瞳に宿る悲壮な覚悟を察し、涙を堪えながら、しかし力強く頷いた。
*
翌朝、バルトロメオは、死を覚悟した者の静けさと、その胸の奥に秘めた最後の炎を燃やし、王宮の貴族たちが朝議へと向かうために行き交う、壮麗な回廊へと一人向かった。彼は、そこで、摂政レジナルド公爵のこれまでの非道な行いと、国王ギヨームを傀儡とし、アキテーヌを私物化しようとしているその恐るべき陰謀を、公然と告発しようと試みたのだ。
「聞け! アキテーヌの誇り高き貴族たちよ! いつまで、摂政レジナルドのその恐るべき圧政に沈黙し続けるつもりなのだ! あの男こそが、我らが敬愛した先王アルベリク陛下を弑逆《しいぎゃく》し、この聖なるアキテーヌ王国を、自らの欲望のままに弄ばんとしている張本人ではないか! 今こそ、我らが勇気を持って立ち上がり、真の正義を、そしてアキテーヌの未来を取り戻す時ぞ!」
バルトロメオのその老いたものの、力強い声は、静まり返った回廊に響き渡った。しかし、その声に足を止める貴族は、一人もいなかった。彼らは、バルトロメオの姿を、まるで疫病神でも見るかのように避け、あるいは冷ややかな嘲笑を浮かべて通り過ぎていくだけだった。彼らは皆、レジナルドの怒りを買うことを恐れていたのだ。
そして、その場には「偶然」、腹心のギルバート男爵が、数名の屈強な黒狼兵団の兵士たちを伴って、悠然と姿を現した。
「これはこれは、バルトロメオ・ド・クレルモン卿。朝から随分とご威勢がよろしいようですな。ですが、何を血迷われたか。そのような不敬極まりないお言葉、国王ギヨーム陛下への、そしてこのアキテーヌ王国に対する、明白なる反逆と見なされても、致し方ございませぬぞ。大人しく、我々とご同行願おうか」
ギルバート男爵のその声は、冷たく、そして粘りつくような悪意に満ちていた。
彼は、正義を訴えるための告発の場ではなく、反逆者として断罪されるための、血塗られた舞台に、自ら愚かにも上がってしまったのだ。
「反逆者だと…? このバルトロメオが…? 笑わせるな、ギルバート! 真の反逆者は、貴様たちの主人、レジナルド・ド・ヴァランスであろうが!」
バルトロメオは、それでも臆することなく、長年その腰に佩びてきた、先王アルベリク陛下から下賜されたという、愛剣を抜き放ち、迫りくる黒狼兵団の兵士たちに敢然と立ち向かった。
老いてなお、その剣技は鋭く、その動きには一切の無駄がなかった。彼は、次々と襲いかかってくる兵士たちを、まるで熟練の舞でも舞うかのように捌き、時にはその刃で薙ぎ払い、時にはその柄で打ち据え、数名の兵士を打ち倒した。その姿は、まさに手負いの老獅子の最後の咆哮であり、その場にいた者たちに、老騎士の、最後の意地と誇りを見せつけた。
しかし、敵の数はあまりにも多く、そして何よりも、彼の心は、アキテーヌの未来への深い絶望と、そして自らの無力さへの痛烈な後悔に、打ちひしがれていた。
ギルバート男爵は、そのバルトロメオの必死の戦いを、まるで面白い見世物でも見るかのように、腕を組み、その薄い唇に冷酷な笑みを浮かべて眺めていた。
「見苦しいですな、バルトロメオ卿。そのお年で、まだそのような無駄な足掻きをなさるとは。まるで、打ち上げられた魚が、最後の力を振り絞って跳ねているかのようですぞ。ですが、ご安心めされい。あなたのその揺るぎない忠義心は、このギルバートが、摂政レジナルド公爵閣下を通じて、ヴァロワ家のあの頑固なアンリ公に、懇切丁寧に『お伝え』して差し上げましょう。あなたが、いかに無謀で、そしていかに愚かで哀れな最期を遂げたかを、な。それが、あなたにできる、アキテーヌへの、そしてヴァロワへの、最後の、そして最大の『奉公』というわけですな。くくく…!」
ギルバートのその言葉は、人間の心を持たぬ悪魔の囁きそのものであり、バルトロメオの最後の誇りさえも、容赦なく踏みにじろうとする、残忍な悪意に満ちていた。
ついに、バルトロメオの動きが鈍った。一瞬の隙を突かれ、黒狼兵団の一人の兵士が振り下ろした長剣が、彼の肩を深く切り裂いた。鮮血が、まるで噴水のように吹き出し、王宮の冷たい大理石の床を赤黒く染めていく。
「ぐうっ…!」
バルトロメオは、苦悶の声を上げ、片膝をついた。それでも、彼は決して愛剣を手放そうとはしなかった。その瞳は、最後までギルバート男爵を、そしてその背後にいるであろうレジナルド公爵を、燃えるような怒りを込めて睨みつけていた。
その最後の瞬間、彼の脳裏に鮮やかに蘇ったのは、先王アルベリク・レグルス陛下の、あの慈愛に満ちた、笑顔と、そしてまだ若く、何も知らずに玉座に座らされている、哀れな国王ギヨームの、怯えたような瞳だった。
(陛下…申し訳ございません…この老いぼれには…これが、限界でございました…どうか…どうか、アキテーヌの未来に、神のご加護があらんことを…アンリ公…ヴァロワよ…どうか…このアキテーヌを…お頼み申します…!)
ギルバート男爵の、冷酷な刃が、バルトロメオの心臓めがけて、無慈悲に振り下ろされた。
老騎士バルトロメオ・ド・クレルモンの、忠義に満ちた魂は、こうして、アキテーヌの血塗られた歴史の闇へと、静かに消えていった。
彼の体から流れ出た血が、王宮の冷たい石畳の上に、まるでアキテーヌの失われた正義を象徴するかのように、大きく、そして悲しく広がっていった。それは、アキテーヌの、そしてヴァロワ家への、悲痛な警鐘となった。
摂政レジナルド公爵は、バルトロメオの死の報告を、ギルバート男爵から執務室で受け、まるで些細な虫でも潰したかのように、冷ややかに頷いた。
「これで、目障りな老害は、また一人消えたというわけか。さて、ギルバートよ、次はヴァロワの番だな…あの頑固な老獅子も、そろそろ檻から引きずり出し、その首に縄をかける頃合いか…バルトロメオのあの無様な死に様を、アンリ公に『親切に』伝えてやれ。それが、あの男への、我らからの最後通牒となるであろうよ」
*
老騎士バルトロメオの死は、国王ギヨームを、さらなる絶望の淵へと突き落とした。彼に残されていた、ほんの僅かな王としての誇りも、そして人間としての尊厳さえも、レジナルドのその非道な行為によって、完全に打ち砕かれてしまったのだ。彼の精神は、もはや崩壊寸前だった。
そして、バルトロメオが死の直前に、若き騎士エドゥアールに託した最後の手紙は、レジナルドの張り巡らせた監視の網をかいくぐり、数日後、密かにヴァロワ家の当主アンリ公爵の元へと届けられた。
アンリ公は、その手紙を、震える手で読んだ。そこには、長年の盟友であったバルトロメオの、血を吐くようなアキテーヌへの憂いと、レジナルドへの怒り、そしてヴァロワ家への最後の願いが、切々と綴られていた。
「レジナルドの魔の手は、確実にヴァロワ家にも迫っている。決して油断してはならない。これは、アキテーヌの最後の忠臣バルトロメオ・ド・クレルモンからの、血の遺言である…」
アンリ公爵は、その手紙を読み終えると、声を上げて慟哭した。長年の盟友の、あまりにも無念な死。そして、アキテーヌのあまりにも絶望的な現状。
しかし、その深い悲しみの中から、彼の心に、新たな、そしてより強固な決意の炎が燃え上がった。
「バルトロメオ…! お前の死、決して無駄にはせぬぞ…! このアンリ・ド・ヴァロワ。ヴァロワ家の全てを賭けて、必ずやレジナルドのあの悪逆非道な野望を打ち砕き、アキテーヌに真の正義を取り戻してみせる!」
レジナルドの冷酷な策略は、ヴァロワ家を恐怖で屈服させるどころか、逆に彼らの、そしてアンリ公爵の、最後の抵抗の炎を、より一層激しく燃え上がらせる結果となった。
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