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第三編:王都の蜘蛛の巣、偽りの庇護と運命の奔流
第34話:師の最後の剣閃、血染めの脱出行
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カイルとリアナが、エルミートの言葉を受け王都ボルドーへの、そして自らの過酷な運命への旅立ちの準備を、悲しみを押し殺し決意を胸に急いでいたまさにその時だった。
エルミートの庵の周囲の、静まり返っていた黒森がにわかに騒がしくなった。複数の松明の赤い光が木々の間からちらつき、武装した男たちの獣のような荒々しい怒声と、猟犬の不気味な唸り声が、地獄の軍勢の到来を告げるかのように、徐々に、しかし確実に庵へと近づいてくるのが感じられた。
「…くそっ! やはり、奴らめ、このエルミートの最後の隠れ処を嗅ぎつけおったか…! しかも、思ったよりも早い…! アレクシオス! リアナ! もはや一刻の猶予もないぞ!」
エルミートの声は、病で弱ってはいたが、賢者の揺るぎない覚悟が込められていた。
彼は、もはや立つことも覚束ないであろうその病床から、最後の力を振り絞るように立ち上がり、よろめきながらも書斎の壁際に長年隠されていた、古びた樫の木の箱へと向かった。そして、その中から、獅子の紋章が微かに刻まれた、一振りの見事な両刃の長剣を取り出した。
それは、彼がかつてアキテーヌの宮廷で役職にあった頃に、先王アルベリク・レグルス陛下から下賜されたものを密かに隠し持っていたものだった。その刀身は、庵の薄暗い蝋燭の光を反射し、どこか神聖な光を放っていた。
「わしのことは構うな! お前たちは庵の裏手にある、あの森の奥深くへと続く裏口の扉から、一刻も早く逃げるのじゃ! わしが、この命を盾としてここで奴らを引きつけ、お前たちのための時間を稼ぐ!」
エルミートは、その長剣を抜き放ちながら、カイルとリアナに有無を言わせぬ力強さで命じた。
「エルミート様! そんな…! そのお体で、一体何を…! 私たちと、一緒に逃げましょう! お願いです!」
カイルは、涙ながらに叫び、エルミートの腕に必死にしがみつこうとした。
「そうですわ、エルミート様! エルミート様を見捨ててなど、私たち、到底行けません! 私たちも、ここで一緒に戦います!」
リアナもまた、その瞳に涙を溜めながら、しかし強い決意を込めてエルミートに懇願した。
「馬鹿を申せっ!!」
エルミートの、まるで雷鳴のような一喝が、庵の狭い空間に響き渡った。
「わしの命運は、もはや風前の灯火。じゃが、お前たちの未来はまだ始まったばかりなのじゃぞ! アレクシオスよ、リアナよ、アキテーヌの、いや、この世界の最後の希望の光が、お前たちのその若き双肩にかかっておるということを、片時も忘れるでないぞ! 行けっ!! そして、必ず生き延びるのじゃ!」
その言葉には、師としての、そして彼らの未来を心から願う者の、悲痛なまでの愛情が込められていた。
*
エルミートは、もはや抵抗する力もないカイルとリアナの背中を、その震える手で力強く押し、庵の裏手にある森の奥深くへと続く、目立たない小さな裏口の扉へと、強引に導いた。そして、その扉を固く閉ざすと、自らは正面の入り口で、抜き身の長剣を古の英雄のように堂々と構え、雪崩を打って庵へと押し寄せてくる追っ手たちの前に、ただ一人静かに立ちはだかった。
その姿は、痩せこけ、病に蝕まれてはいたが、かつてアキテーヌの宮廷でその知略と弁舌を恐れられた賢者の威厳と、そして今まさに死地へと赴こうとする者の、悲壮なまでの気迫に満ち溢れていた。
追っ手の指揮官――それは、ギルバート男爵から特命を受け、エルミートと「獅子の印を持つ少年」を捕縛、あるいは抹殺するために派遣された、黒狼兵団の中でも特に冷酷非道で知られる騎士隊長、ヴォルフラムだった――は、エルミートのそのただならぬ姿を見て、一瞬だけ獣のような目に警戒の色を浮かべたが、すぐに嘲るような獰猛な笑みを浮かべた。
「ほう、見つけたぞ、ドブネズミのように隠れ潜んでいた、老いぼれのエルミートめが! そして、あの忌まわしき『獅子の印』を持つという反逆の血を引く小僧はどこだ! 大人しくその首を我らが摂政レジナルド公爵閣下の御前へ差し出せば、無駄な血を流さずに、楽に死なせてやらんでもないぞ!」
エルミートは、そのヴォルフラムの言葉を、まるで汚物でも見るかのような、冷たい侮蔑の眼差しで見返した。
「愚か者どもめが。お前たちのような魂を売り渡した犬畜生にも劣る者どもに、あの子らを渡すわけにはいかぬわ! このエルミート、アキテーヌの地に生きる最後の賢者の名にかけて、この場所を一歩たりとも通さんぞ!」
エルミートは、長年その鞘の中で眠っていたとは思えぬほどの、鋭くそして流麗な太刀筋で、庵の狭い入り口めがけて、我先にと襲いかかってくる追っ手たちに応戦した。彼の剣技は、若い頃の力こそ衰えてはいたが、その動きには一切の無駄がなく、長年の経験と、相手の動きを瞬時に読み切る、老獪なまでの知略が込められていた。
庵の狭い入り口という地形を巧みに利用し、時には書棚を倒して敵の足を止め、時には床に隠された小さな罠を作動させ、一人、また一人と、屈強な黒狼兵団の兵士たちを、まるで枯れ葉を散らすかのように斬り伏せていく。
しかし、敵の数はあまりにも多く、そして何よりも、エルミートの体力は限界に近づいていた。彼の体には次々と新たな、そして深い傷が刻まれ、その質素な灰色のローブは、おびただしい量の鮮血で、見るも無残に赤黒く染まっていく。庵の内部は、剣戟の金属音と、男たちの獣のような怒号、そして鼻を突く生臭い血の匂いが充満する修羅場と化していた。
*
一方、カイルとリアナは、エルミートの最後の魂からの叫びと、庵の正面から絶え間なく聞こえてくる激しい剣戟の音を背に、庵の裏口から続く、黒森の最も奥深くへと通じる、暗く狭い獣道を涙で視界を霞ませながら、ただ必死に、そして無我夢中で走り続けていた。背後からは、エルミートの、苦しげな声や、そして追っ手たちの、勝利を確信したかのような卑劣な罵声が、風に乗って微かに聞こえてくる。
(エルミート様…! ごめんなさい…本当に、ごめんなさい…! 僕が…僕がもっと早く、自分の運命を、アレクシオスとしての宿命を受け入れていれば…! 僕が、もっと、もっと強ければ…! あなたを、こんな風に死なせることなんて、決してなかったはずなのに…!)
深い悔恨と、そして自らのあまりの無力さへの絶望が彼の心を容赦なく打ちのめす。
「カイル!今は前へ進むしかないの! 後ろを振り返っては駄目! エルミート様の、あの壮絶な覚悟を、そして私たちに託された想いを、決して、決して無駄にしてはいけないわ!」
リアナは、カイルのその震える手を、自らの小さな手で力強く握りしめ、彼を励まし、そして引きずるようにして、月明かりさえも届かない、黒森の深い闇の中へと、ただひたすらに、当てもなく走り続ける。
恐怖と、深い悲しみ。そしてエルミートへの限りない感謝と、彼を見捨ててしまったかのような、耐え難いほどの罪悪感が、彼らのまだ幼い胸の中で、激しく、そして痛切に渦巻いていた。
*
どれほどの時間、彼らは走り続けたのだろうか。もはや、方向感覚も時間の感覚さえも失い、ただ本能だけが、彼らの疲弊しきった足を前へと進ませていた。やがて、二人が黒森の奥深く、少しだけ視界の開けた、小さな岩場まで命からがら逃げ延びた頃だった。
遠く、彼らが逃げ出してきたエルミートの庵の方角の空が、禍々しいまでに赤く染まり、そして大量の黒煙が、まるで巨大な蛇のように、天へと昇っていくのが見えた。エルミートの庵が、追っ手たちの手によって、無残にも炎上しているのだ。
カイルは、そのあまりにも絶望的な光景を見て、ついにその場に膝から崩れ落ち、もはや声にならない慟哭を上げた。リアナもまた、その場にへたり込み、溢れ出る涙を止めることができなかった。
彼らの師であり、父であり、そして唯一無二の導き手であった賢者エルミートは、もうこの世にはいない…。その残酷なまでの現実が、容赦なく彼らに突きつけられた。
その時だった。
カイルの耳に、風に乗って、燃え盛る炎の音と、木々のざわめきの中に混じって、エルミートの最後の力強く、そして温かい声が、はっきりと聞こえてきたような気がした。それは、ただの幻聴だったのかもしれない。だが、カイルには、そしてリアナにも、確かにそう聞こえたのだ。
(アレクシオスよ…リアナよ…決して、決して絶望の闇に囚われてはならぬ…。そして、いかなる時も、その胸に宿る、愛と慈悲の心を、決して忘れるでないぞ…それこそが、この世界のどんな深き闇をも打ち払う、最も強く、そして最も美しい、希望の光となるのじゃ…! 必ず…必ず、生き延びよ…そして、いつか必ず…!)
その声は、そこで途切れた。だが、その最後の言葉の奥に込められた師の魂からの願いは、二人の心に、深く、そして永遠に刻み込まれた。
*
燃え盛る師の庵を、そしてそこに眠るであろう師の魂を、遠く背にしながら、カイルとリアナは深い悲しみを、そしてエルミートの最後の言葉を、その胸の奥底に固く刻みつけ、王都ボルドーへと向かう決意を、とめどなく流れる涙の中で、改めて、そして強く新たにする。
彼らの前途には、想像を絶するほどの困難と、そしてアキテーヌを覆い尽くす血塗られた深い闇が、容赦なく待ち受けている。師の尊い犠牲を決して無駄にはしないために、彼らは生き延び、そして自らの、そして世界の運命に、敢然と立ち向かわなければならない。
しかし、彼らはまだ知らない。このアキテーヌの深い混乱と、人心の荒廃の背後で、古の忌まわしき災厄、ヘルマーチャーの黒い影が既にそのおぞましい活動を本格化させようとしていることを…。
そして、エルミートがその命を賭してまで守り抜こうとした、「禁断の扉」の秘密が、やがて彼らの運命を、そしてこの世界の未来を、さらに大きく揺るがすことになるということを…。
エルミートの庵の周囲の、静まり返っていた黒森がにわかに騒がしくなった。複数の松明の赤い光が木々の間からちらつき、武装した男たちの獣のような荒々しい怒声と、猟犬の不気味な唸り声が、地獄の軍勢の到来を告げるかのように、徐々に、しかし確実に庵へと近づいてくるのが感じられた。
「…くそっ! やはり、奴らめ、このエルミートの最後の隠れ処を嗅ぎつけおったか…! しかも、思ったよりも早い…! アレクシオス! リアナ! もはや一刻の猶予もないぞ!」
エルミートの声は、病で弱ってはいたが、賢者の揺るぎない覚悟が込められていた。
彼は、もはや立つことも覚束ないであろうその病床から、最後の力を振り絞るように立ち上がり、よろめきながらも書斎の壁際に長年隠されていた、古びた樫の木の箱へと向かった。そして、その中から、獅子の紋章が微かに刻まれた、一振りの見事な両刃の長剣を取り出した。
それは、彼がかつてアキテーヌの宮廷で役職にあった頃に、先王アルベリク・レグルス陛下から下賜されたものを密かに隠し持っていたものだった。その刀身は、庵の薄暗い蝋燭の光を反射し、どこか神聖な光を放っていた。
「わしのことは構うな! お前たちは庵の裏手にある、あの森の奥深くへと続く裏口の扉から、一刻も早く逃げるのじゃ! わしが、この命を盾としてここで奴らを引きつけ、お前たちのための時間を稼ぐ!」
エルミートは、その長剣を抜き放ちながら、カイルとリアナに有無を言わせぬ力強さで命じた。
「エルミート様! そんな…! そのお体で、一体何を…! 私たちと、一緒に逃げましょう! お願いです!」
カイルは、涙ながらに叫び、エルミートの腕に必死にしがみつこうとした。
「そうですわ、エルミート様! エルミート様を見捨ててなど、私たち、到底行けません! 私たちも、ここで一緒に戦います!」
リアナもまた、その瞳に涙を溜めながら、しかし強い決意を込めてエルミートに懇願した。
「馬鹿を申せっ!!」
エルミートの、まるで雷鳴のような一喝が、庵の狭い空間に響き渡った。
「わしの命運は、もはや風前の灯火。じゃが、お前たちの未来はまだ始まったばかりなのじゃぞ! アレクシオスよ、リアナよ、アキテーヌの、いや、この世界の最後の希望の光が、お前たちのその若き双肩にかかっておるということを、片時も忘れるでないぞ! 行けっ!! そして、必ず生き延びるのじゃ!」
その言葉には、師としての、そして彼らの未来を心から願う者の、悲痛なまでの愛情が込められていた。
*
エルミートは、もはや抵抗する力もないカイルとリアナの背中を、その震える手で力強く押し、庵の裏手にある森の奥深くへと続く、目立たない小さな裏口の扉へと、強引に導いた。そして、その扉を固く閉ざすと、自らは正面の入り口で、抜き身の長剣を古の英雄のように堂々と構え、雪崩を打って庵へと押し寄せてくる追っ手たちの前に、ただ一人静かに立ちはだかった。
その姿は、痩せこけ、病に蝕まれてはいたが、かつてアキテーヌの宮廷でその知略と弁舌を恐れられた賢者の威厳と、そして今まさに死地へと赴こうとする者の、悲壮なまでの気迫に満ち溢れていた。
追っ手の指揮官――それは、ギルバート男爵から特命を受け、エルミートと「獅子の印を持つ少年」を捕縛、あるいは抹殺するために派遣された、黒狼兵団の中でも特に冷酷非道で知られる騎士隊長、ヴォルフラムだった――は、エルミートのそのただならぬ姿を見て、一瞬だけ獣のような目に警戒の色を浮かべたが、すぐに嘲るような獰猛な笑みを浮かべた。
「ほう、見つけたぞ、ドブネズミのように隠れ潜んでいた、老いぼれのエルミートめが! そして、あの忌まわしき『獅子の印』を持つという反逆の血を引く小僧はどこだ! 大人しくその首を我らが摂政レジナルド公爵閣下の御前へ差し出せば、無駄な血を流さずに、楽に死なせてやらんでもないぞ!」
エルミートは、そのヴォルフラムの言葉を、まるで汚物でも見るかのような、冷たい侮蔑の眼差しで見返した。
「愚か者どもめが。お前たちのような魂を売り渡した犬畜生にも劣る者どもに、あの子らを渡すわけにはいかぬわ! このエルミート、アキテーヌの地に生きる最後の賢者の名にかけて、この場所を一歩たりとも通さんぞ!」
エルミートは、長年その鞘の中で眠っていたとは思えぬほどの、鋭くそして流麗な太刀筋で、庵の狭い入り口めがけて、我先にと襲いかかってくる追っ手たちに応戦した。彼の剣技は、若い頃の力こそ衰えてはいたが、その動きには一切の無駄がなく、長年の経験と、相手の動きを瞬時に読み切る、老獪なまでの知略が込められていた。
庵の狭い入り口という地形を巧みに利用し、時には書棚を倒して敵の足を止め、時には床に隠された小さな罠を作動させ、一人、また一人と、屈強な黒狼兵団の兵士たちを、まるで枯れ葉を散らすかのように斬り伏せていく。
しかし、敵の数はあまりにも多く、そして何よりも、エルミートの体力は限界に近づいていた。彼の体には次々と新たな、そして深い傷が刻まれ、その質素な灰色のローブは、おびただしい量の鮮血で、見るも無残に赤黒く染まっていく。庵の内部は、剣戟の金属音と、男たちの獣のような怒号、そして鼻を突く生臭い血の匂いが充満する修羅場と化していた。
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一方、カイルとリアナは、エルミートの最後の魂からの叫びと、庵の正面から絶え間なく聞こえてくる激しい剣戟の音を背に、庵の裏口から続く、黒森の最も奥深くへと通じる、暗く狭い獣道を涙で視界を霞ませながら、ただ必死に、そして無我夢中で走り続けていた。背後からは、エルミートの、苦しげな声や、そして追っ手たちの、勝利を確信したかのような卑劣な罵声が、風に乗って微かに聞こえてくる。
(エルミート様…! ごめんなさい…本当に、ごめんなさい…! 僕が…僕がもっと早く、自分の運命を、アレクシオスとしての宿命を受け入れていれば…! 僕が、もっと、もっと強ければ…! あなたを、こんな風に死なせることなんて、決してなかったはずなのに…!)
深い悔恨と、そして自らのあまりの無力さへの絶望が彼の心を容赦なく打ちのめす。
「カイル!今は前へ進むしかないの! 後ろを振り返っては駄目! エルミート様の、あの壮絶な覚悟を、そして私たちに託された想いを、決して、決して無駄にしてはいけないわ!」
リアナは、カイルのその震える手を、自らの小さな手で力強く握りしめ、彼を励まし、そして引きずるようにして、月明かりさえも届かない、黒森の深い闇の中へと、ただひたすらに、当てもなく走り続ける。
恐怖と、深い悲しみ。そしてエルミートへの限りない感謝と、彼を見捨ててしまったかのような、耐え難いほどの罪悪感が、彼らのまだ幼い胸の中で、激しく、そして痛切に渦巻いていた。
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どれほどの時間、彼らは走り続けたのだろうか。もはや、方向感覚も時間の感覚さえも失い、ただ本能だけが、彼らの疲弊しきった足を前へと進ませていた。やがて、二人が黒森の奥深く、少しだけ視界の開けた、小さな岩場まで命からがら逃げ延びた頃だった。
遠く、彼らが逃げ出してきたエルミートの庵の方角の空が、禍々しいまでに赤く染まり、そして大量の黒煙が、まるで巨大な蛇のように、天へと昇っていくのが見えた。エルミートの庵が、追っ手たちの手によって、無残にも炎上しているのだ。
カイルは、そのあまりにも絶望的な光景を見て、ついにその場に膝から崩れ落ち、もはや声にならない慟哭を上げた。リアナもまた、その場にへたり込み、溢れ出る涙を止めることができなかった。
彼らの師であり、父であり、そして唯一無二の導き手であった賢者エルミートは、もうこの世にはいない…。その残酷なまでの現実が、容赦なく彼らに突きつけられた。
その時だった。
カイルの耳に、風に乗って、燃え盛る炎の音と、木々のざわめきの中に混じって、エルミートの最後の力強く、そして温かい声が、はっきりと聞こえてきたような気がした。それは、ただの幻聴だったのかもしれない。だが、カイルには、そしてリアナにも、確かにそう聞こえたのだ。
(アレクシオスよ…リアナよ…決して、決して絶望の闇に囚われてはならぬ…。そして、いかなる時も、その胸に宿る、愛と慈悲の心を、決して忘れるでないぞ…それこそが、この世界のどんな深き闇をも打ち払う、最も強く、そして最も美しい、希望の光となるのじゃ…! 必ず…必ず、生き延びよ…そして、いつか必ず…!)
その声は、そこで途切れた。だが、その最後の言葉の奥に込められた師の魂からの願いは、二人の心に、深く、そして永遠に刻み込まれた。
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燃え盛る師の庵を、そしてそこに眠るであろう師の魂を、遠く背にしながら、カイルとリアナは深い悲しみを、そしてエルミートの最後の言葉を、その胸の奥底に固く刻みつけ、王都ボルドーへと向かう決意を、とめどなく流れる涙の中で、改めて、そして強く新たにする。
彼らの前途には、想像を絶するほどの困難と、そしてアキテーヌを覆い尽くす血塗られた深い闇が、容赦なく待ち受けている。師の尊い犠牲を決して無駄にはしないために、彼らは生き延び、そして自らの、そして世界の運命に、敢然と立ち向かわなければならない。
しかし、彼らはまだ知らない。このアキテーヌの深い混乱と、人心の荒廃の背後で、古の忌まわしき災厄、ヘルマーチャーの黒い影が既にそのおぞましい活動を本格化させようとしていることを…。
そして、エルミートがその命を賭してまで守り抜こうとした、「禁断の扉」の秘密が、やがて彼らの運命を、そしてこの世界の未来を、さらに大きく揺るがすことになるということを…。
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