3 / 10
第三話 天才と苦悩
しおりを挟む
数日後。大きめのキャンバスと共に屋敷を訪れた私は、再び仏頂面のライセ様と向き合っていた。
相変わらず気まずい。ここにレネーさんがいたら、ちょっとはましになるかもしれないのに。
ライセ様は呪いに関する質問を繰り返した。誰に呪われたのか、それから、日常生活に支障はないか。
彼の真意が分からないまま、時間ばかりが過ぎていった。
一時間ほど経ったとき、不意に扉が開かれる。
入ってきたのは数人の召使たちで、みな一様に不満げな表情を浮かべている。
「ライセ様、その画家は呪われているのですよ。そんな者にライセ様の素晴らしい肖像を任せるなど、私たちは賛同できません!」
「もっと相応しい画家がいるはずです!なんと言っても魔法の天才なのですから」
どことなく、彼らの言葉には下心が透けて見えた。大きな身振り手振りや、わざとらしい声は私にでも目につく。
「――やめろ。僕に媚びるな」
ライセ様はそう一言残して、彼らとは目を合わせようとしなかった。召使たちは目論見が失敗したのか、そそくさと部屋をあとにする。
「……どう思った」
彼は再び静まり返った空間に、その言葉を一つ投げた。
「こう言ったら申し訳ないですけれど――彼らが尊敬しているのは、ライセ様の魔法じゃなくて立場なのではないか、と思いました。仲良く話せるような感じでもないですし」
言い終わってから、あ、と声が漏れる。最後の一言は余計だった。これは彼の逆鱗に触れるに違いない、どうしよう……。
恐る恐る顔を上げると、彼は少しだけ口角を上げて――楽しそうな表情を浮かべていた。
「画家。お前は失礼だな。……あの医者もそうやって僕に文句をつけた」
「……レネーさんですか」
「ああ。この地位にいると、どうしても周囲のおだてが煩わしい。――でもお前たちは違うんだな」
こんな顔をするんだ、と一瞬面食らってしまうくらいには、あたたかい微笑みだった。彼は体勢を変え、こちらに向き直る。
「あいつがこの屋敷に初めて来たとき、悪趣味だと真顔で言われたな。本当に変な奴だ」
「……彼らしいと言えばそうかもしれませんね」
「画家。お前の描く肖像だが、来月の式に間に合わせることはできるか?」
「式?」
知らないのか、とライセ様は冷ややかな目でこちらを見る。
「僕が今年の『国で最も優秀な魔法使い』に選ばれた。お前の絵をそこで発表させてほしい」
「……わかりました、ありがとうございます」
願ってもみない申し出に目を丸くする。
ライセ様は不意に席を立ち、私の隣でキャンバスを覗き込んだ。まだ完成には程遠い、陰影がざっくりと描かれたもの。しばらくの緊張のあと、彼は静かな声でこう口にした。
「……いい絵だな。感謝する」
その横顔は、思ったよりずっと幼かった。
屋敷を出ようとすると、先ほど目にした召使たちがこちらを見ていた。そのうち一人がつかつかと私に近づき、静かに口を開く。
「ライセ様に気に入られたみたいですね。羨ましい限りです」
「……いや、そんな」
その声には羨望とは違う――なにかもっとむごいものが含まれている気がした。
「彼みたいに自分勝手な方に気に入られるなんて、どんな手を使ったのですか?ぜひ教えていただきたいです……彼の弱みでも握ったのでは?」
明確な悪意、それから策略。指先が少しだけ冷たくなる。
「あの医者の話も聞きましたか?なぜ呪術専門の彼がここにいるのか――」
「僕からコツを一つ教えてあげましょう。――そのような姑息な真似をしないこと、ですよ」
静かで、でも空気を瞬く間に変える声。私が振り返ると、白衣の男性が歩いてくるのが見えた。
「レネーさん!」
「門までご案内しますよ、ルリネさん」
屋敷の広大な庭を、彼と共に歩く。
「怖い思いをさせてしまいすみません。うちはいつも陰謀が飛び交っていますから」
「いえ。……立場が上というのも、なかなか大変なものなんですね」
そうですね、とゆっくり口にして、レネーさんは私に視線を向ける。
「ライセ様から、彼の話は聞きましたか?」
「――どういうことですか」
「その反応だとまだのようですね。……僕も医者の端くれなので、患者の秘密を口にはできないのですが」
――患者?
レネーさんは軽く片目を閉じ、「失礼しました」と笑いかける。
「ライセ様は僕の大切な方です。ルリネさんに頼もうとしていたことも、そこに関係がある――少し座りましょうか」
レネーさんは庭の端にある椅子に目をやる。
そこに腰掛けた私は、彼の話に耳を傾けた。
相変わらず気まずい。ここにレネーさんがいたら、ちょっとはましになるかもしれないのに。
ライセ様は呪いに関する質問を繰り返した。誰に呪われたのか、それから、日常生活に支障はないか。
彼の真意が分からないまま、時間ばかりが過ぎていった。
一時間ほど経ったとき、不意に扉が開かれる。
入ってきたのは数人の召使たちで、みな一様に不満げな表情を浮かべている。
「ライセ様、その画家は呪われているのですよ。そんな者にライセ様の素晴らしい肖像を任せるなど、私たちは賛同できません!」
「もっと相応しい画家がいるはずです!なんと言っても魔法の天才なのですから」
どことなく、彼らの言葉には下心が透けて見えた。大きな身振り手振りや、わざとらしい声は私にでも目につく。
「――やめろ。僕に媚びるな」
ライセ様はそう一言残して、彼らとは目を合わせようとしなかった。召使たちは目論見が失敗したのか、そそくさと部屋をあとにする。
「……どう思った」
彼は再び静まり返った空間に、その言葉を一つ投げた。
「こう言ったら申し訳ないですけれど――彼らが尊敬しているのは、ライセ様の魔法じゃなくて立場なのではないか、と思いました。仲良く話せるような感じでもないですし」
言い終わってから、あ、と声が漏れる。最後の一言は余計だった。これは彼の逆鱗に触れるに違いない、どうしよう……。
恐る恐る顔を上げると、彼は少しだけ口角を上げて――楽しそうな表情を浮かべていた。
「画家。お前は失礼だな。……あの医者もそうやって僕に文句をつけた」
「……レネーさんですか」
「ああ。この地位にいると、どうしても周囲のおだてが煩わしい。――でもお前たちは違うんだな」
こんな顔をするんだ、と一瞬面食らってしまうくらいには、あたたかい微笑みだった。彼は体勢を変え、こちらに向き直る。
「あいつがこの屋敷に初めて来たとき、悪趣味だと真顔で言われたな。本当に変な奴だ」
「……彼らしいと言えばそうかもしれませんね」
「画家。お前の描く肖像だが、来月の式に間に合わせることはできるか?」
「式?」
知らないのか、とライセ様は冷ややかな目でこちらを見る。
「僕が今年の『国で最も優秀な魔法使い』に選ばれた。お前の絵をそこで発表させてほしい」
「……わかりました、ありがとうございます」
願ってもみない申し出に目を丸くする。
ライセ様は不意に席を立ち、私の隣でキャンバスを覗き込んだ。まだ完成には程遠い、陰影がざっくりと描かれたもの。しばらくの緊張のあと、彼は静かな声でこう口にした。
「……いい絵だな。感謝する」
その横顔は、思ったよりずっと幼かった。
屋敷を出ようとすると、先ほど目にした召使たちがこちらを見ていた。そのうち一人がつかつかと私に近づき、静かに口を開く。
「ライセ様に気に入られたみたいですね。羨ましい限りです」
「……いや、そんな」
その声には羨望とは違う――なにかもっとむごいものが含まれている気がした。
「彼みたいに自分勝手な方に気に入られるなんて、どんな手を使ったのですか?ぜひ教えていただきたいです……彼の弱みでも握ったのでは?」
明確な悪意、それから策略。指先が少しだけ冷たくなる。
「あの医者の話も聞きましたか?なぜ呪術専門の彼がここにいるのか――」
「僕からコツを一つ教えてあげましょう。――そのような姑息な真似をしないこと、ですよ」
静かで、でも空気を瞬く間に変える声。私が振り返ると、白衣の男性が歩いてくるのが見えた。
「レネーさん!」
「門までご案内しますよ、ルリネさん」
屋敷の広大な庭を、彼と共に歩く。
「怖い思いをさせてしまいすみません。うちはいつも陰謀が飛び交っていますから」
「いえ。……立場が上というのも、なかなか大変なものなんですね」
そうですね、とゆっくり口にして、レネーさんは私に視線を向ける。
「ライセ様から、彼の話は聞きましたか?」
「――どういうことですか」
「その反応だとまだのようですね。……僕も医者の端くれなので、患者の秘密を口にはできないのですが」
――患者?
レネーさんは軽く片目を閉じ、「失礼しました」と笑いかける。
「ライセ様は僕の大切な方です。ルリネさんに頼もうとしていたことも、そこに関係がある――少し座りましょうか」
レネーさんは庭の端にある椅子に目をやる。
そこに腰掛けた私は、彼の話に耳を傾けた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる