4 / 10
第四話 舞台の前に
しおりを挟む
「僕がライセ様と出会ったのは、呪術専門に転向してすぐのことでした」
春の日差しに照らされながら、レネーさんは優しい微笑みで言葉を紡ぐ。
「自分で言うのもなんですが、僕はなかなか優秀で。でも生計を立てるのは大変でした……そんな中、彼が診てくれと言い出したんです。開業できるくらいのお金をいただきました。――同年代だからというのもあるかもしれませんね」
「ライセ様とは仲がいいのですね。レネーさんのことを話しているとき、とても楽しそうで」
「あはは、そうですか?嬉しいですね」
レネーさんは口元を隠して笑った。目じりが下がり、柔らかい印象が増す。
「あの人は、ルリネさんに対してちょっと特別な感情を持っているんだと思います」
彼はふっと睫毛を伏せる。風が少しだけ肌を撫でて、冷たいと思った。
「……同じように、他人からの期待を背負っていた者同士、ですか」
「そうとも言えるし、違うとも言えます。――彼はきっと、ルリネさんにあこがれているのでしょうね」
レネーさんは音もなく席を立って、最後にこう付け加えた。
――あなたは、自分が思っているよりずっと強いんです。
***
結局レネーさんは詳しいことを話さなかったし、私も特に聞くことはできなかった。ただ――ライセ様が私に呪いの話をよく聞いてきたことが、少しだけ寂しいと思う。
そのあと――肖像画を描きに来い、という言葉は一切届かなかった。
代わりにアウリス様からもらったのは、一枚の招待状だった。
***
完成した肖像画を会場に搬入してもらい、私の大仕事はやっと終わり。
暗い灰の背景に、強いコントラストのライティング。ライセ様の金髪が映えるよう、服は黒い絵の具を多く使って対比を際立たせた。
「今年一番の魔法使い」を表彰するために開かれる式典。有名な貴族や魔法学者、それからライセ様の関係者……会場はこれでもかというほどにぎわい、そのきらびやかな光景に目が霞みそうになる。
慣れないヒールに、こちらも慣れない長い裾のドレス。ふらつく足元に視線を落としながら歩いていると、不意に「こんにちは、ルリネさん」と声がかかる。その包み込むような響きに顔を向けると、黒い貴族服に身を包んだレネーさんが立っていた。
「あはは、僕が白衣じゃないのがそんなに可笑しいですか?驚いているのが分かりやすいですね」
「いつもと違っているので意外で。――ライセ様はどちらに?」
「今頃は身支度や段取りで大変でしょうからね。僕も詳しいことは――」
「ルリネ様、レネー様!――ライセ様にお会いしませんでしたか……!」
彼の屋敷で顔を目にした数人の召使たちだ。髪や服装が乱れた彼らは、細い光をたたえた目で私たち二人を見た。
「ライセ様が失踪してしまわれて――!」
さっきまで彼がいたはずだという部屋は、静寂以外何も落ちていなかった。着る予定だったという衣装や、式典の順序の書かれた紙も忽然と消えている。
……レネーさんの言っていた大切な話って。
「レネーさん、大丈夫ですか」
「僕は平気です。……こうなるかもしれないとは思っていたので」
言葉とは裏腹に、彼の拳は小さく震えている。
「……レネーさん。今回の授賞式、ライセ様は病欠ということにできませんか。私の肖像画を発表するという目玉を作れば、お客さんたちもどうにか満足させられるかもしれません」
「分かりました。僕は彼を探します――肖像画はステージ右端にあります。本来ルリネさんが渡すという計画ですが、舞台の中央に運んでください」
「――はい」
廊下を早歩きで進みながら、私はぼんやりとライセ様のことを考えた。
私は、彼のことを何も知らない。彼は結局私に弱みを見せなかったし、最後まで私の話を聞くばかりだった。
……ライセ様のことを、もっと知ろうとすればよかった。
舞台はまだ真っ暗で、遠近感の分からない片目では歩くのも怖くなるくらいだ。重いカーテンの向こう側で、たくさんの人の笑い声が耳を惑わせる。
……照明の位置を聞き忘れた。あの騒動ではしょうがない、と自分に言い聞かせる。
慎重に進み続けて、少し闇に目が慣れてきた。神経を集中させて目を凝らし――ほっとする。舞台の壁に、四角いものがかかっている。
でも――どうして。
歩いてきたはずの距離を確認する。ここは、絶対に「ステージの真ん中」だ。
誰かが計らってくれたのかもしれないし、もともとあったのかもしれない。なのに、心臓の鼓動がいつもより大きくなる。
「――!」
突然、目の前に明るい朱が現れる。小さい明かりだが、暗闇に慣れた私の右目を驚かせるには十分だった。
炎……でも火事じゃない。――魔力の炎だ。
「肖像ならかけておいた。――お節介だったか?」
久しぶりに聞く、よく通る澄んだ声。
赤い光は、それを生み出した主の手元で揺れる。
――ライセ様は、私に向かって微笑んだ。
春の日差しに照らされながら、レネーさんは優しい微笑みで言葉を紡ぐ。
「自分で言うのもなんですが、僕はなかなか優秀で。でも生計を立てるのは大変でした……そんな中、彼が診てくれと言い出したんです。開業できるくらいのお金をいただきました。――同年代だからというのもあるかもしれませんね」
「ライセ様とは仲がいいのですね。レネーさんのことを話しているとき、とても楽しそうで」
「あはは、そうですか?嬉しいですね」
レネーさんは口元を隠して笑った。目じりが下がり、柔らかい印象が増す。
「あの人は、ルリネさんに対してちょっと特別な感情を持っているんだと思います」
彼はふっと睫毛を伏せる。風が少しだけ肌を撫でて、冷たいと思った。
「……同じように、他人からの期待を背負っていた者同士、ですか」
「そうとも言えるし、違うとも言えます。――彼はきっと、ルリネさんにあこがれているのでしょうね」
レネーさんは音もなく席を立って、最後にこう付け加えた。
――あなたは、自分が思っているよりずっと強いんです。
***
結局レネーさんは詳しいことを話さなかったし、私も特に聞くことはできなかった。ただ――ライセ様が私に呪いの話をよく聞いてきたことが、少しだけ寂しいと思う。
そのあと――肖像画を描きに来い、という言葉は一切届かなかった。
代わりにアウリス様からもらったのは、一枚の招待状だった。
***
完成した肖像画を会場に搬入してもらい、私の大仕事はやっと終わり。
暗い灰の背景に、強いコントラストのライティング。ライセ様の金髪が映えるよう、服は黒い絵の具を多く使って対比を際立たせた。
「今年一番の魔法使い」を表彰するために開かれる式典。有名な貴族や魔法学者、それからライセ様の関係者……会場はこれでもかというほどにぎわい、そのきらびやかな光景に目が霞みそうになる。
慣れないヒールに、こちらも慣れない長い裾のドレス。ふらつく足元に視線を落としながら歩いていると、不意に「こんにちは、ルリネさん」と声がかかる。その包み込むような響きに顔を向けると、黒い貴族服に身を包んだレネーさんが立っていた。
「あはは、僕が白衣じゃないのがそんなに可笑しいですか?驚いているのが分かりやすいですね」
「いつもと違っているので意外で。――ライセ様はどちらに?」
「今頃は身支度や段取りで大変でしょうからね。僕も詳しいことは――」
「ルリネ様、レネー様!――ライセ様にお会いしませんでしたか……!」
彼の屋敷で顔を目にした数人の召使たちだ。髪や服装が乱れた彼らは、細い光をたたえた目で私たち二人を見た。
「ライセ様が失踪してしまわれて――!」
さっきまで彼がいたはずだという部屋は、静寂以外何も落ちていなかった。着る予定だったという衣装や、式典の順序の書かれた紙も忽然と消えている。
……レネーさんの言っていた大切な話って。
「レネーさん、大丈夫ですか」
「僕は平気です。……こうなるかもしれないとは思っていたので」
言葉とは裏腹に、彼の拳は小さく震えている。
「……レネーさん。今回の授賞式、ライセ様は病欠ということにできませんか。私の肖像画を発表するという目玉を作れば、お客さんたちもどうにか満足させられるかもしれません」
「分かりました。僕は彼を探します――肖像画はステージ右端にあります。本来ルリネさんが渡すという計画ですが、舞台の中央に運んでください」
「――はい」
廊下を早歩きで進みながら、私はぼんやりとライセ様のことを考えた。
私は、彼のことを何も知らない。彼は結局私に弱みを見せなかったし、最後まで私の話を聞くばかりだった。
……ライセ様のことを、もっと知ろうとすればよかった。
舞台はまだ真っ暗で、遠近感の分からない片目では歩くのも怖くなるくらいだ。重いカーテンの向こう側で、たくさんの人の笑い声が耳を惑わせる。
……照明の位置を聞き忘れた。あの騒動ではしょうがない、と自分に言い聞かせる。
慎重に進み続けて、少し闇に目が慣れてきた。神経を集中させて目を凝らし――ほっとする。舞台の壁に、四角いものがかかっている。
でも――どうして。
歩いてきたはずの距離を確認する。ここは、絶対に「ステージの真ん中」だ。
誰かが計らってくれたのかもしれないし、もともとあったのかもしれない。なのに、心臓の鼓動がいつもより大きくなる。
「――!」
突然、目の前に明るい朱が現れる。小さい明かりだが、暗闇に慣れた私の右目を驚かせるには十分だった。
炎……でも火事じゃない。――魔力の炎だ。
「肖像ならかけておいた。――お節介だったか?」
久しぶりに聞く、よく通る澄んだ声。
赤い光は、それを生み出した主の手元で揺れる。
――ライセ様は、私に向かって微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる