呪われた画家は筆を折らない

柚乃うと

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第四話 舞台の前に

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 「僕がライセ様と出会ったのは、呪術専門に転向してすぐのことでした」
 春の日差しに照らされながら、レネーさんは優しい微笑みで言葉を紡ぐ。
 「自分で言うのもなんですが、僕はなかなか優秀で。でも生計を立てるのは大変でした……そんな中、彼が診てくれと言い出したんです。開業できるくらいのお金をいただきました。――同年代だからというのもあるかもしれませんね」
 
 「ライセ様とは仲がいいのですね。レネーさんのことを話しているとき、とても楽しそうで」
 「あはは、そうですか?嬉しいですね」
 レネーさんは口元を隠して笑った。目じりが下がり、柔らかい印象が増す。
 「あの人は、ルリネさんに対してちょっと特別な感情を持っているんだと思います」
 彼はふっと睫毛を伏せる。風が少しだけ肌を撫でて、冷たいと思った。

 「……同じように、他人からの期待を背負っていた者同士、ですか」
 「そうとも言えるし、違うとも言えます。――彼はきっと、ルリネさんにあこがれているのでしょうね」
 レネーさんは音もなく席を立って、最後にこう付け加えた。
 ――あなたは、自分が思っているよりずっと強いんです。

 ***

 結局レネーさんは詳しいことを話さなかったし、私も特に聞くことはできなかった。ただ――ライセ様が私に呪いの話をよく聞いてきたことが、少しだけ寂しいと思う。
 
 そのあと――肖像画を描きに来い、という言葉は一切届かなかった。
 代わりにアウリス様からもらったのは、一枚の招待状だった。

 ***

 完成した肖像画を会場に搬入してもらい、私の大仕事はやっと終わり。
 暗い灰の背景に、強いコントラストのライティング。ライセ様の金髪が映えるよう、服は黒い絵の具を多く使って対比を際立たせた。

 「今年一番の魔法使い」を表彰するために開かれる式典。有名な貴族や魔法学者、それからライセ様の関係者……会場はこれでもかというほどにぎわい、そのきらびやかな光景に目が霞みそうになる。
 慣れないヒールに、こちらも慣れない長い裾のドレス。ふらつく足元に視線を落としながら歩いていると、不意に「こんにちは、ルリネさん」と声がかかる。その包み込むような響きに顔を向けると、黒い貴族服に身を包んだレネーさんが立っていた。

 「あはは、僕が白衣じゃないのがそんなに可笑しいですか?驚いているのが分かりやすいですね」
 「いつもと違っているので意外で。――ライセ様はどちらに?」
 「今頃は身支度や段取りで大変でしょうからね。僕も詳しいことは――」

 「ルリネ様、レネー様!――ライセ様にお会いしませんでしたか……!」
 彼の屋敷で顔を目にした数人の召使たちだ。髪や服装が乱れた彼らは、細い光をたたえた目で私たち二人を見た。
 「ライセ様が失踪してしまわれて――!」
 
 さっきまで彼がいたはずだという部屋は、静寂以外何も落ちていなかった。着る予定だったという衣装や、式典の順序の書かれた紙も忽然と消えている。
 ……レネーさんの言っていた大切な話って。

 「レネーさん、大丈夫ですか」
 「僕は平気です。……こうなるかもしれないとは思っていたので」
 言葉とは裏腹に、彼の拳は小さく震えている。
 「……レネーさん。今回の授賞式、ライセ様は病欠ということにできませんか。私の肖像画を発表するという目玉を作れば、お客さんたちもどうにか満足させられるかもしれません」
 「分かりました。僕は彼を探します――肖像画はステージ右端にあります。本来ルリネさんが渡すという計画ですが、舞台の中央に運んでください」
 「――はい」

 廊下を早歩きで進みながら、私はぼんやりとライセ様のことを考えた。
 私は、彼のことを何も知らない。彼は結局私に弱みを見せなかったし、最後まで私の話を聞くばかりだった。
 ……ライセ様のことを、もっと知ろうとすればよかった。

 舞台はまだ真っ暗で、遠近感の分からない片目では歩くのも怖くなるくらいだ。重いカーテンの向こう側で、たくさんの人の笑い声が耳を惑わせる。
 ……照明の位置を聞き忘れた。あの騒動ではしょうがない、と自分に言い聞かせる。
 慎重に進み続けて、少し闇に目が慣れてきた。神経を集中させて目を凝らし――ほっとする。舞台の壁に、四角いものがかかっている。
 
 でも――どうして。
 歩いてきたはずの距離を確認する。ここは、絶対に「ステージの真ん中」だ。
 誰かが計らってくれたのかもしれないし、もともとあったのかもしれない。なのに、心臓の鼓動がいつもより大きくなる。

 「――!」
 突然、目の前に明るい朱が現れる。小さい明かりだが、暗闇に慣れた私の右目を驚かせるには十分だった。
 炎……でも火事じゃない。――魔力の炎だ。

 「肖像ならかけておいた。――お節介だったか?」

 久しぶりに聞く、よく通る澄んだ声。
 赤い光は、それを生み出した主の手元で揺れる。
 ――ライセ様は、私に向かって微笑んだ。
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