呪われた画家は筆を折らない

柚乃うと

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第八話 青い波乱

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「文化祭が中止?なんで!」
手を止める生徒たちと、それに気付いたのか廊下から飛んでくるマレ先生。
 ――そういえば、文化祭ってかなり大きなイベントだったな。……確か、人混みがあまりにも億劫で休んだんだっけ。
 昔の記憶に浸っていた私だったけれど、みんなの慌てる様を見ていたら、やっぱり他人事ではない気がしてくる。
 言葉の飛び交う美術室の空気に負けないよう、私は少し声を張ってこう聞いた。
「エーシャさんはどこから聞いたんですか?中止だって」
「校長室にデッサンしに行ったら、カイヤ校長の奴が誰かに話してるのを聞いちゃったんです!ああもうどうしよう!」
 カイヤ――聞いたことのない名前、私とモネアの時代にはいなかった先生だ。

 校長という響きに、生徒たちは再び動きを止める。……そんなに厳しい先生なのだろうか。
「文化祭が無くなったら、私たちのライブドローイングができなくなるんです――!」
 エーシャさんの悲痛な叫びに、胸がちくりと痛む。教室の後ろに立てかけられたキャンバスには、描きかけの油絵や水彩画が置いてある……これももしかしたら、文化祭という日を待っていたものなのかもしれない。

「――決まったことなのだから仕方ありません。それにエーシャ、貴方は部外者です。何度も言わせないでください」
 はっとして入口に目をやると、ソメノさんがこちらに視線を投げていた。どことなく温度を感じさせない、そんな視線。
「……なに?なんであんたはそんなすぐに諦められるの?――いつものソメノならそんなこと言わない!」
 エーシャさんと熱をぶつけるような声と、その熱をも砕くようなソメノさんの冷たい目。
 美術室に、肌がピリピリするような緊張が流れる。

 それを破ったのは、あまりにも間延びした声だった。
「何してるの?みんな……え、なんか邪魔したかな?」
「いいんだよ、寧ろありがとう、モネアちゃん」
 後ろで腕を組んでいたマレ先生は、あわあわとしているモネアに笑いかける。
「いいかな、君たち。僕らにできることは限られている――ここは生徒の自主性に任せるよ」
 先生!という叫び声にひらひらと手を振り、先生はそのまま教室をあとにした。

 静寂が流れる部屋に、ただエーシャさんだけが震えていた。彼女はふっと顔をあげ、涙目で教室を見渡す。
「信じないなら信じないで良い、あたしは諦めない!着いてきてください――ルリネ先生!」
 え、と声を溢した私の手首は、彼女の細い指に強く掴まれる。そのまま引っ張られるようにして廊下を駆け――気がついたら、重厚な扉の前まで来ていた。

「私、学生時代もここに来たことないんですけど……」
 校長室の前は人通りも少なく、二人だけで来るには少しハードルが高い。
「そうですか?あたしはあります!お説教が二回!」
 さあ行きますよ、とまた私の手を取ると、コンコンコンコン!とものすごい勢いでノックが耳にこだました。
「――入りなさい、エーシャ・ナレス、それからルリネ・プリュネル」
 げっ、バレてた、と舌を出し、彼女は金髪をはためかせて扉の向こうに進む。その姿がなんだかかっこよくて、私はふらりと部屋の中に迷い込んだ。
「エーシャ、先ほどの話を聞いていたのは貴方で間違いありませんね?」
 部屋の中央に腰掛けていたのは、紺色の髪を長く伸ばした男性だった。

「そうですけど。なんですか、文化祭中止って!」
「まだ公式に発表したわけではありません。それから……人の話を盗み聞きするのは、褒められた行動とは言えませんね」
「理由になってません!」
 睨みつけるエーシャさんと、微動だにしない校長先生。彼は、ふっとこちらを向いてこう声をかけた。
「それから貴方はどうしてここに?ルリネさん。――私が雇ったのは間違いでしたかね」
 片眼鏡越しに見える光は鋭くて、一瞬だけ動きを止めてしまう。
「……理由もなしに中止というのは、生徒たちも納得いかないのではないかと」
 精一杯真面目に答えたつもりだったが、彼は微笑をたたえてこちらに目をやる。
「そうですか、そんなに軽薄な教師がいるとは思いませんでした――下がりなさい。貴方がたに話すことはありません」

 舌打ちしながらも背中を向けたエーシャさんは、くるりと振り返った。
「校長先生――たくさんの人の期待を裏切るんですか」
 あまりに痛々しくて、胸に突き刺さるような声。
 ――それでも、彼の表情は動かないままだ。
「さあ。その話ができるのは、貴方が期待されるような振る舞いをしてからではないですかね、エーシャ」

 ***

 閉められた扉を背に、私たちは肩を落として美術室に戻る。教室にはみんなが揃っていた。ただ一人――ソメノを除いて。
「認めてくれませんでしたね……」
「ですね。でも――これからも認めないなんて言ってない」
 エーシャさんはガタッと音を立てて立ち上がり、手を胸に当てた。教室中に轟く声で、こう宣言する。
「あたしたちが、絶対あのクソ校長に認めさせる!」

 その顔はあまりにも自信に満ちていて――彼女と会ったばかりの私も、とても綺麗だと思った。
 生徒の一人が小さな声で「そんな適当な……」と呟く。すると、エーシャさんは彼女を指差し、「そこ!」と声を飛ばした。
「――案がないなんて、あたしは言ってないよ?」

 ざわめく教室と、胸を張った彼女の表情。この騒動――波乱の予感がする。
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