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一章
7-帰還者
しおりを挟む「ここは『帰還者』達の再教育や、現実での生活に適応するためのリハビリを行っている場所よ。
これからイズもここで皆と訓練するの」
テスが示す先には、大きな空間が広がっていた。
AIの補助を受けながら歩行練習を行う青年や、字を書く少女、ボールを使って遊ぶ中年の人々等、50人程の男女がAIの指導の元、様々な人間活動を行っていた。
「帰還……者?」
イズは彼等の行動を眺めながら、自分の知識にない言葉を聞き返した。
「ここには2種類の人間がいる。俺やテス、ザット、そしてオルフのように自らの意思でコクーンを出た『解放者』と、彼等のような『帰還者』。
俺達もコクーンからここに戻ってきたという意味では同じ帰還者だが、VR内の記憶を保持しながら自ら帰還した俺やテス、ザット、オルフはここでコロニーを作って、他の人間達をコクーンから解放するために仕事をしている。
故に俺達は自分達のことを解放者と呼んでいる。
そしてここにいる帰還者達は、俺達解放者が彼らのVR内にアクセスし、彼らがVRで過ごした記憶を消去した上でここに連れてきた者達だ」
テスに代わり、イトが説明を行った。
「そう。私達はコクーンの仲間を増やすため、そして彼等の人生に選択の自由を与えるため、私達が『蜘蛛の糸』と呼んでいるトラッキングシステムを使って、コクーンに囚われる人々のVR内に侵入する。そこで彼らの記憶をリセットする仕事をしてるの」
テスが更に説明を加えると、イズは再び帰還者達の方に視線を向け、ふと―――首を傾げた。
「私、は……解放、者? 帰還、者?」
「それは、ええと……どっちだろう」
先程テスが言った『2種類の人間』という言葉に、イズは自分がどちらに当てはまるのか疑問に思ったようだ。テスが返答に迷っていると―――
「イズはVRの記憶を持ったまま、イズの意思と関係なく、俺が連れて来た。
だから―――どちらでもない」
「そうね……しいて言うなら、浮浪者……あるいは拉致被害者?」
テスが冗談めかしてイトの言葉に続くと、場には無言が流れる。
完全に外してしまったテスは、恥ずかしそうに『コホン』と咳払いをした。
「どうして……解放、するの?」
すると沈黙を破るように、再びイズの口から質問が出る。
「それは、俺達がそうしたいからだ」
「そう、したい……帰還、者も?」
イズの質問は恐らく、帰還者が解放されることを望んでいるのかを尋ねているのだろう。
イトやテス達解放者は、自らの意思でコクーンを出たという。
だがイト達の話によると、帰還者達は解放者によってVR内の記憶をリセットされ、ここに連れて来られた。
つまり彼らが解放者でない時点で、自分の意思でないことは明白だ。
「―――いいえ、彼らの意思ではないわ。私達はコロニーの仲間を増やしたいという願望の元、仕事を行っているの。
過去より塔内で行われているマザーAIの教育は、人間の性衝動を喚起することに傾倒している。マザーAIの教育を受けた人間達は快楽を求めるよう促され、VRの中でセックスに没頭して生きるようになる。
だから私達はコクーンの中にいる人達の、VRで過ごした記憶を一旦リセットし、再教育を施しているの。
それが善だとか悪だとかについて、私達は考えない。ただ、私達がコロニーの仲間を増やしたいという願望に従って、人々に別の選択肢を与えている。
その結果、帰還者がどのような人生を歩もうと、例え―――再び快楽の道を選ぼうとも、彼らの自由よ」
AIに促されるまま無限に快楽を享受し続けることが自由か、はたまたコロニーで有限の現実世界を生きることが自由か。
その答えは誰にも分からない。
故に彼らは善悪を語らず、自分達の『こうしたい』という願望に従って生きているのだ。
「自、由……」
その広く不確かな言葉の意義を確かめるように、イズは小さく呟いた。
「―――テス、イト!」
不意に帰還者達の方から、2人を呼ぶ声がした。3人が振り向くと、一人の女性がにこやかな笑顔を浮かべながら、こちらの方へと走ってくる。
「どうも、リア」
テスが挨拶を返し、イトが軽く手を挙げる。
どうやら彼女は2人の仲間らしい。
栗色のショートヘアーが、活発な雰囲気を漂わせている。
「こんにちは! その子、新しい帰還者?」
リアと呼ばれた女性は、鼻のそばかすを擦りながら2人に問いかけた。
再び答えにくい質問が飛び出したことで、テスは苦笑いを浮かべる。
「この子はイズよ。帰還者ではなくて、物好きなイトが仕事を放棄して、コクーンから連れ出してきたの」
「へえ……これはまた、一体どういうおつもりなのかお聞かせ願えるかしら、ミスター・イト?」
リアからの鋭い視線がイトに向けられる。
「リア、余計な心配や詮索は控えておいた方が身のためよ。でないと恥を掻く羽目になるわ。さっきの私みたいに」
テスが先程ザットに窘められたことを思い出しながら、リアに忠告する。
未だ猜疑深い表情でイトを見上げているリアは、
「ま、いいわっ。イトが変なこと企むとも思えないし」
気が変わったようにサラリと流し、イトを尋問から解放した。
「私はリア。ここで再教育を受けた帰還者よ。よろしくね、イズ」
「リア……帰還、者……」
イトやテス達のような解放者ではなく、初めて帰還者に声をかけられ、イズはリアの顔をまじまじと見つめる。
「リアは私達がこのコロニーを立ち上げて、初めて解放に成功した子よ」
「そう。イトが私をコクーンの中から解放してくれて、その後皆が私を再教育してくれたの。
今は帰還者達の生活をサポートしたり、再教育施設の管理責任者の仕事をしているわ。
分からないことがあったら、私に何でも聞いて!」
イズとほぼ変わらない、随分と若々しい見た目のリアが、先輩として胸を張って自己紹介をする。すると―――
「リア、は……コクーンに、戻らないの?」
早速イズから質問を受け、リアの顔が固まる。
「―――戻らないわよ、あんなところ……」
先程までの明るい表情が消え、リアは神妙な面持ちで答えた。
「VRの記憶、が……ないから?」
再びイズが質問を重ねると、リアは目に力を込めて、イズを見つめた。
「違うわ。確かに……VRの中の記憶はイトが消してくれた。でも一度イトに頼んで、AIの記録に残っている映像を見せて貰ったことがあるの。私がVRでどんな夢を観ていたのか―――
そこに映っていた私の姿は……到底受け入れられるようなものではなかったわ。
現実の私みたいにそばかすも無ければ、胸も大きくて……外見は理想的だった。
でも……その理想の顔は快楽に醜く歪んで、狂ったように腰を振り続けていたわ。何十年もずっと。
帰還者となった今も、男女の交わりや快楽を否定する気持ちは全くない。
でも―――もう2度と、快楽に狂ったまま同じ動作を延々と繰り返すだけの存在には戻りたくない」
リアは拳を強く握りしめながら、そう語った。
「―――だからねっ! このそばかすは、私の決意の証なの!」
リアははにかんだ笑顔を見せながら、晴れやかに宣言した。
本来ならAIに頼めば、体のどの部位だろうと望むものを得られる。
だがリアは敢えて身体的コンプレックスを残すことで、理想や願望を満たすことばかりを求める過去の自分と決別したようだ。
リアの、過去と決別し前を向く姿に、イズは心に何かを感じ入ったのか、小さく胸に手を置いた―――
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