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63-二度目のやり直し
しおりを挟む目を開けると、俺は実家の自室に立っていた。
日付を確認すると、高校3年生の時の4月。俺が最初にアプリを使って人生をやり直した―――そのスタートラインに再び立っていた。
鏡を見ると、そこには懐かしい姿が映っていた。
デブで、髪はボサボサで、眉毛も伸び放題。
あまりにも冴えない自分の姿に、俺は溜息が出た。
念のためポケットを確認すると、そこには例のスマホが入っていた。
もう―――高根と星宮には会えないのか。
あまりの寂しさに、俺は嗚咽する程泣き崩れた。
だが―――これがすべての元凶なんだ。
このアプリを使って、俺はすべてを手にした気になっていた。
だが、いくら時間をやり直したところで、心に残る後悔は消えない。
俺が一生背負わなければならない十字架なのだ。
中山さんは―――元気にしているだろうか。
時間を戻したため、例の事件はなくなっている。
つまり今日学校に行けば、中山さんの元気な姿を見れる。
俺は居ても立っても居られなくなり、すぐに身支度に取り掛かった。
長い髪が邪魔で仕方がない。
伸び放題の眉毛が醜くて仕方がない。
俺は当時よりかなり時間をかけて身なりを整える。そして―――
「これはもう……締まっておこう」
俺はポケットに入ったスマホを取り出し、机の奥深くへと放り込んだ。
アプリを使えば、高根や星宮と再び出会えるかもしれない。
だがそれをする気にはもうなれなかった。
どれだけ理想の自分を手にしたとしても、どれだけ自分に都合のいい人生を歩んだとしても、自分自身を許せなくなってしまったらおしまいだ。
そんな自分は、理想でもなんでもない。
ただ単に自分に都合よく欲求を満たし、身勝手に他人を巻き込んでいただけだ。
アプリを使って、誰かを俺の欲望の道連れにするような人生を送るのは、もうやめにしよう。
そう決意し、俺は勢いよく玄関の扉を開けた―――
逸る気持ちに急ぎ足となり、学校に着く頃には汗だくとなっていた。
まったく―――贅肉に包まれた肉体が憎々しい。
俺は今日からダイエットに励むことを決意し、教室の扉を開ける。
すると早く来すぎたのか、そこには誰もいない―――いや、一人だけいた。
「あ―――おはようっ。満保君今日は早いねっ」
聞き慣れた可愛らしい声が耳を貫く。
そこには―――天使のような笑顔で俺に手を振る中山さんの姿があった。
よかった―――無事だった。
当たり前のことだが、元気な中山さんの姿を見て、俺は思わず涙ぐんでしまう。
「ど、どうしたの満保君っ!?」
急に涙ぐんだ俺を見て、中山さんがあたふたと慌てる。
「い、いや、その……ゴミが目に入っちゃって」
俺は言い訳を述べながら、必死に涙を拭う。
「そ、そっか……あ! よかったらこれ使って!」
すると中山さんは鞄からハンカチを取り出し、俺に差し出してくれた。
「あ―――ありがとう!」
中山さんの優しさに触れ、俺は再び涙ぐむ目を中山さんのハンカチで拭う。
だがそこで―――ハッと気付き、俺はハンカチを顔から遠ざけた。
しまった―――こんなキモい奴が、中山さんのハンカチに触れるなんて……
「こ、ごめん! ハンカチは弁償するよ!」
中山さんと付き合っている時の感覚で、つい当たり前のようにハンカチを受け取ってしまったことを後悔した。
このまま返してもキモいし、家で洗って返すのだってキモい。
ならば弁償するしかない。
俺は当時の見た目に戻ったことで、すっかり根暗な性格を取り戻してしまった。
だが中山さんは驚いた表情を見せ―――
「そんな、全然気にしないでっ!
もう目は大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫だよっ」
俺から汚れたハンカチを笑顔で受け取ると、綺麗にたたんで鞄に仕舞う。
中山さんは、相変わらずの天使だった。
中山さんと―――もう一度付き合うことはできるだろうか……
中山さんの可愛らしい顔を見つめながら、自分の体を見下ろす。
こんな体じゃ―――無理だ。
中山さんは筋肉フェチだった。
こんな俺の体など、理想から一番かけ離れているに違いない。
アプリを使えば簡単に痩せられる。だがそれはもう使わないと決意した。
ならばすべて自分の力だけで、理想的な肉体になることなど―――果たしてできるだろうか。
中山さんは、他の男子達に理想的な肉体を持つ者はおらず、俺だけが理想の肉体だったと言っていた。
現にあの時の俺は、運動部の奴らよりも引き締まったシックスパックを有していた。
単なるダイエットだけならなんとかなるかもしれないが、自力で運動部にも勝る肉体を得る―――その道程はあまりにも険しい。
それができなければ、お互いの歩む人生は交わることなく、中山さんは地元の国立大学へ通い、俺は名もない大学へと進む。
コミュ力は身に付いたし、痩せて身なりを整えれば、それなりに楽しい大学生活を送れるだろう。
だがそこに―――中山さんはいない。
嫌だ……
中山さんと、離れるなんて―――嫌だっ!
もう一度―――中山さんに見合う男になりたい。
たとえ東大生にはなれなくとも、せめて中山さんと同じ大学に行き、中山さんの隣に立ちたい。
俺は―――決意に心を燃やした。
その日から俺は、勉強と筋トレにひたすら励んだ。
アプリで増やした経験はすべて消してしまったため、教科書を見てもどこか見覚えがあるだけで、単語の意味や公式など、ほとんど忘れてしまっていた。
俺の地頭はよくない。物覚えが悪く、通常の勉強時間だけではすぐに忘れてしまう。
その度に俺は、自分の頭を叩いて悔しさを滲ませた。
筋トレの方も困難を極めた。
腕立て伏せは5回で限界。ランニングも5分で息切れ。
だらしない体が俺の足を引っ張り、道の険しさを思い知らされた。
勉強も上手くいかない。筋トレも上手くいかない。
今の俺にとっては目指す理想があまりにも高く、何度も心が折れそうになる。
だが、毎日中山さんの顔を見るたびに、俺の心は奮い立たされた。
負けるもんか―――絶対にっ、中山さんのっ、彼氏になるんだっ……!
俺は情けない程に才能のない自分に涙を溢しながら、昼夜勉強と運動に明け暮れた。すると―――
「―――あれ? 満保君……最近痩せたよね?」
「ああ、ちょっとダイエットに目覚めたんだよね」
中山さんが俺の体の変化に気付き、驚いた表情を見せた。
痩せたとはいっても、スリムにはまだほど遠い。だがそれでも俺の体型の変化に気付いてくれたことを、俺は心から喜んだ。
「ふふっ、ひょっとして好きな子でもできたのかな?」
「いやいや、単に健康のためだよ」
中山さんが毎朝一番に登校していることを知った俺は毎朝早起きをして、こうやって中山さんと二人きりの時間を過ごしている。
かつて中山さんから聞いた好きな本の話を振ってみたり、中山さんの好きなアイドルの話をしてみたりと、仲良くなりたい一心で中山さんに話しかけた。もちろん適切な距離感を保ちつつではあるが。
こんなキモい奴と話しているところを見られたら、中山さんのイメージを悪くしてしまう。
だから控えめに、少しだけ会話をし、誰かが登校してくれば自分の机に付き、ひたすら勉強する。
本当は―――君のことが好きだと、言いたくて仕方がなかった。
でも―――俺みたいな奴が中山さんのことを好きだなんて、知られるわけにはいかない。
胸が張り裂けそうな程の痛みと、堂々と会話できない自分の惨めさに、参考書を眺める目が潤む。
ただでさえ頭に入ってこない文章が、余計に読めなくなってしまう。
畜生、畜生っ……!
本にボタボタと涙がこぼれる。
俺は必死に目を拭い、自分に鞭打つ思いでノートを書きなぐった。
そんな生活がふた月程過ぎた。
成績は多少の成長が見られ、クラスでは真ん中程に位置していた。
見た目に関しては腹が多少へこんできたといったところだが、まだまだスリムと呼ぶには到底及ばない。
だが、その頃から俺の環境は少しずつ変化していった。
「ちょっと時生~、あんたまた勉強してんのー?
バカが勉強したって無駄無駄~」
「うるせぇ、お前に言われたくねーよバーカ」
「おい時生! お前が貸してくれた漫画すっげー面白いじゃん!」
「だろ? 次の巻はもっと面白いぞ」
俺はクラスのリア充軍団と、仲良く会話できるようになっていた。
前回人生をやり直した時に、皆の性格はあらかた知っている。そのためコミュニケーションを取るのには苦労しなかった。
イケてる見た目の秀才には遠く及ばないが、それでも小綺麗に見た目を整え、明るく振る舞えば皆も仲良く接してくれた。
人は理想の自分を得られずとも、多少の努力で環境を変えられることを知り、俺の気持ちは以前の前向きさを取り戻していった。
そして俺が和気あいあいと話すその和には―――中山さんの姿もあった。
俺の発したジョークに、クスクスと笑みを浮かべる中山さん。
それだけで、俺の心が満たされる思いがした。
それから更に2ヶ月も経つと、俺はかつて人生をやり直した時のような見た目にグッと近付いていた。
成績も中の上程には向上し、もう誰も俺のことを馬鹿にすることはなくなった。それどころか―――
「つかさー、最近の時生めっちゃ痩せたよね!?
あんた痩せると結構イケてんじゃん!」
「フッ……葵もようやく俺の魅力に気が付いたか」
「こら、調子に乗んなっつーの。とはいえ―――その服どこで買ったんだよ! 俺にもその店教えろよ!」
「ああ、今度一緒に行こうぜ孝宏。でも結構お高いぜ~?」
皆と休日にカラオケへ足を運ぶようにまでなり、俺はとうとうリア充の仲間入りを果たした。
前にやり直した時もこのような機会はあったが、俺は前回よりも充実した気持ちに満たされていた。
今回はすべて俺の努力によって得たものだ。だから毎日が濃厚で、自分の人生を歩んでいる実感が大きい。
俺は一人ひとりの人間と向き合い、一つ一つの思い出を大切に、一歩ずつ前に進んでいた。
「ねーねー、美玖は最近の時生のことどう思うー?」
すると葵が隣の中山さんにも、俺への印象を訊ねた。
葵め―――余計なことを聞きやがって。
俺は心の中で頭を抱えた。すると―――
「私は時生君が頑張ってるの、前から知ってたから」
中山さんは笑顔で、あの時と同じ言葉を述べた。
いや―――当時とは異なる点がある。
それは、付き合っている間も苗字で呼び合っていた中山さんが、俺のことを下の名前で呼んでいることだ。
あの時は、ある日突然始まった二人の関係。
はじめからぎこちなく、不器用に――――そしてやや暴走気味に互いの関係を深めていった。
だが今は、お互いに愛し合う前の状態から、仲の良い関係を築いている。
以前の俺も中山さんのことは心から愛していたし、中山さんのことは隅から隅まで見て、知って、味わってきた。
今の俺は、中山さんの姿の表面しか見ることができない。だがその分、内面から徐々に中山さんに近付いていく心地がした。
それはそれで、当時とはまた違った喜びを感じさせてくれた。
中山さんが再び俺のことを見てくれていたこと、そして未だ慣れない名前呼びに、俺は照れ臭く視線を逸らした。
「ちょっと時生~、なに赤くなってんのよーっ。
あんたひょっとして美玖のこと好きなんじゃないのー?」
すると俺のあからさまな反応に、葵がニヤニヤと茶化してくる。
「そりゃあ……成績優秀な美玖に褒められた方が嬉しいに決まってるだろ」
「なにそれーっ」
「ハハッ、確かに時生の言うとおりだな」
俺は照れる気持ちを抑えながら、名前呼びを返す。
まだ中山さんの理想には程遠いが、中山さんと少しずつ関係を深め、今までと違った間柄で接する日々に、小さな喜びを噛み締めていた―――
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