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一章
1-死
しおりを挟む「人は死ねば無である」とは実に馬鹿げた話である。
本来そのような断言は死んだ者にしか出来ない。
だが科学の発展した昨今において、死後の世界を信じる者こそが馬鹿げた狂信者。
あるいは人生に何の希望も見出せない不幸気取りの人間が、最期の望みを死んだ後に託す思考停止状態以外にない。
周りの人間は大体こんな風に思いながら生きているし、俺もそう思って生きてきた。
だが、しょせんそれは今自分が死ぬなどとはこれっぽっちも思っていない故の慢心であったことを、俺は死に際に知らされることとなった―――
死後が無であるならば、生まれる前も無の筈だ。
ならば、自分という存在はある日突然母親の腹の中で意識を持ち、ある日を境に他人ではなく自分を自分として認識―――つまり「無」から「有」となったと言える。
ならばここでいつか自分が死んで有が無に帰すことを想定しよう。
それはつまり他の存在が永続的な生死を繰り返す中、自分は無としてただ何も変化せず、関わらず、虚空を漂う無の煙霧として一切の有象から離れる訳である。
だが地球か、または別の星か、はたまた異次元か、あるいは別の生き物か―――何の因果か、再び何らかの姿形によってまた自分を自分として認識し、無から有となる可能性は果たしてゼロか。
否。
少なくともゼロではないことを、無から有となった今の自分自身の存在が証明していることに、当時の俺は気付きもしなかった。
考えてみれば当然のことなのだが。
たとえ限りなく低い確率、小数点以下ゼロが無限に続くような途方も無い確率だとしても、その末尾はゼロではない。
なぜなら現に今の自分は、無から有となって生まれたのだから。
今回はたまたま無から有となり、死んで無となるが、もう一度有となることは100%不可能である、という理屈は今自分が存在する事実が完全にそれを否定出来てしまう。
人はなぜかこの「今の自分が自分として認識し存在している」という事実を忘れて、死ねば再びそのように自我を持って生まれる時は永続的にやってこない、と考えてしまう。
あくまで自分の自我はこの肉体の脳によってのみ存在し得る、と考えがちだ。
だが仮に脳が無ければ自己を認識できないとしても、それが他人であるか、自分であるかは別の問題であり、生まれ変わりの否定要因とはなり得ない。
何かしらの要因によってこの肉体に他人ではなく自分の認識が宿った以上、肉体を失った後また別の何かに自分の認識が宿る可能性はゼロではないのだ。
それが魂とやらによるものなのか、あるいは別の科学的に解明し得る身体の仕組みによるものなのかは不明だが……
ただ一つ言えることは、もしそれでも死んだら永久的に無であると断言するなら、それは最早「無だと思いたい」というただの信仰に成り果てる。
そして、たとえ自分が無から有と再び成し得るまでにかかる年数が途方もない無限の時を刻もうとも……自分という主観的視点からはその無限の時間経過もまたゼロに等しいのだ。
なぜなら―――
無の世界において時間の経過は体感し得ないのだから。
もし死後が無であるなら、それはつまり自分にとっては死んだ後瞬く間にまた何かとして生まれ変わることを意味するのだ。
永遠にやってこない程の長い時というのは、その時の流れを認識出来る状態であって初めて、那由他の時として意味を成す。
自分が無であるならば、無間の時も、また無なのだ―――
俺、比留川 游助(ひるかわ ゆうすけ)は、高校2年生の男だった。
だった、と過去形なのは俺がかつて不慮の事故によって死んだことを、今この瞬間に思い出したからだ。
では今の俺は何なのか―――
それについては、また後ほど回想するとしよう。
学校の帰り道。俺は逸る気持ちを抑えきれず、錆び付いた自転車を全速力で漕いでいた。
家に帰ればそこには、先日Omazonで注文したオナホールが届いているのだから、それはもう必死に漕いだ。
今日は教室を出る際に邪魔が入り帰宅が遅れてしまったため、俺は非常に焦っていた。
誰か家族が先に帰って不躾にも俺宛の荷物を勝手に開封する前に、何としても確保しなくてはならない。
そしてTENGU軍曹と無事合流した暁には、この股関部に暴れる暴君をチン圧する為、新しい相棒と共に初陣へと駆り出さねばならない。
たとえ今日が月曜日だろうと、いつものようにコンビニに立ち寄り少年ジャンピオンを開いて、最近滅法ハマっているお色気ラブコメなどにうつつを抜かしている暇などないのだ。
~~~
「―――ちょっとヒル男、今朝言ったこと覚えてる?」
早足で教室を去ろうとする俺の前に、最初の関門が立ちはだかった。
声の主は灰川 乙葉(はいかわ おとは)。よくある家が隣同士の幼馴染でも何でもない。
単に小学校の集団登下校が同じ班で、中学校の図書委員が同じで、高校の出席番号が俺の一つ前というだけの腐れ縁だ。
切れ長で大きな目と、グラビアアイドル並みに大きな胸とくびれた腰。スポーツに勉強も出来る秀才肌。
公務員の両親譲りの真面目人間で、腰まである黒髪がサラサラと美しくなびく。
いかにも周りの注目を集めがちな才色兼備といったところだが、小学生の時からスケベ丸出しの俺に昔からやたらと突っかかってくる、面倒くさい女だ。
昔ちょっと胸を触ったりスカートをめくったりしただけで怒り狂い、そのことを未だに根に持っているのか、俺のことは性犯罪者予備軍扱いで見下してくる。
「なんだよパイ乙。残念ながら今日の俺はお前に構っている暇はないぞ」
俺は仁王立ちする乙葉に対し軽く手を払い、すぐさま鞄を担いで席を立ち上がった。
「ちょっと! その呼び方いい加減やめてよセクハラ男!」
「お前が最初に人の名前をもじって来たんだろ」
こんなやり取りももう10年近くになる。乙葉はフェミニストの気があり、男や性的なものを毛嫌いしている。ゆえに俺のパイ乙というあだ名はこの上なく嫌悪しており、いつも顔を真っ赤にして怒り狂う。
最初こそ面白くて何度もからかったものだが、いつもヒステリックにわめく乙葉とのやり取りにはとうの昔に飽き飽きしている。
俺はなおもギャーギャー声を上げる乙葉を無視し、教室の外へと向かった。
「―――ちょっ!? 待ちなさいよ! あんた今日日直でしょ!? 日誌書いて先生のとこ持っていきなさいよ!」
さっさと帰ろうとする俺のシャツを強引につかみ、乙葉が厄介なものを突き出してくる。
「悪いが今日は用事がある。お前がやっといてくれ」
「はぁ!? あんたの用事なんてどうせスケベなことでしょ! あんたみたいなのと出席番号が隣なせいで、あんたと一緒に日直やらされる私の身にもなりなさいよ!」
「う、うるせー! お前に関係ねーだろ!」
乙葉に痛いところを突かれ、思わずうろたえる。
「ほーら焦ってる。どうやら図星みたいね。ほんと最っっ低!
ここ置いとくからちゃんとやんなさいよね。あー不潔、気持ち悪っ!」
そう吐き捨てると乙葉は日誌を教卓に起き、先ほど俺をつかんだ手を払いながらサッサと教室から出ていった。
「だーっクソッ! ……あの雌牛め!」
一人教室に残された俺は、怨めしい日誌を『バンッ!』と叩いた―――
~~~
そんなこんなで遅れを取った俺は、ようやく日直の仕事を終えたあと、家に向かって脇目も振らず自転車を漕いだ。そう―――
脇道から飛び出すトラックにも気付かぬ程に……
突如視界に現れた大型トラックに自転車ごと空中にふっ飛ばされ、世界がぐるぐるとゆっくり回転していく中、俺は―――
あ、死ぬんだ。
自分の儚い結末を悟った。
全てがコマ送りのように過ぎ去っていく中、俺の脳裏には様々な思いが駆け巡った。
TENGU、回収出来なかったな。
家族はどんな顔するんだろうな。
こんな事なら、焦らずにいつも通りジャンピオンでも買っておけば良かった。
女どころかオナホールすら味わえずに死ぬとか、なんて悲しい人生だったんだ、俺。
ああ、どうせ死ぬのならば……
死ぬほど女とヤりたかったなぁ……
どうかもし生まれ変わることが出来るのならば……
女の人に寄ってたかって押し倒されるような……
ただヤリまくるだけの人生を……送り……
『ドサッ』
そこで俺の短い人生がプツリと途切れた―――
10
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