百鬼淫行

其の四 恥肉（ちにく）

其の四 恥肉（ちにく）の六

　……其れは、一人の男の、思い付きから始まったと云う。
　……其の男は、高名な美食家で、然（しか）も自分の飯店まで持っている腕の良い料理人で、更に調理に使う食材を自分で世界中から収集する優秀な食材狩人でも有った。
　……そんな男が、生涯のテーマとして特に熱心に研究していたのが、自身の大好物でも有る肉料理だった。

　……処で、実は男には、もう一つ密かに研究していたテーマが有った。其れは、西洋の魔術や錬金術、東洋の仙術や陰陽道などのオカルトだったんだ。
　……男は唯、美味しい料理を調理する事に満足出来ずに、其の先を探し求めたんだ。つまり、食べられる魔法の完成だ。

　……大陸には医食同源と云う考え方が有った。男は、其の思想を更に進化させて、食べた人間を神に進化させる魔料理を創ろうとしたんだ。
　……つまり、美味と云う、味覚の快楽のビッグバンの衝撃波で、人間の脳を刺激して覚醒させ、一気に脳を進化させる料理を。
　……其の後、完成した男の魔料理は、涅槃料理（ニルヴァーナ）と呼ばれる様になったんだ。


　……或る時、男は偶然に、自分の長年探し求めていた食材が何なのかに気付いた。
　……其の食材こそが、視肉（しにく）と呼ばれる妖怪の体の肉だったんだ。
　……妖怪視肉は、のっぺら坊の仲間とされる妖怪で、歩き回る肉塊の様な、正体不明の妖怪だった。
　……処が、そんな妖怪の肉は非常に美味で、然も食べた人間の能力を大きく引き上げる、不思議な力が有ったんだ。
　……丁度、食べると不老不死になれる、人魚の肉や、不死鳥の血の様に。