【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです

grotta

文字の大きさ
39 / 62
第五章 ヴィアンド

39.すれ違う二人の思惑

しおりを挟む
 それからというものの、タガが外れたように隼一は夕希を甘やかし始めた。これまでもまめに車で送迎をしてくれていたが、乗るときにドアまで開けられてさすがに「それはやめて」とお願いした。
 外食するときもエスコートの仕方が今までと違って、周りの人から見てこんな平凡な男がなぜこのような扱いを受けているのか? と思われそうで恥ずかしい。

 彼の家に居る時はほとんど常時身体のどこかが触れていないと気がすまないようでぴったりはりつかれる。彼曰くそれでストレスが軽減し、徐々に匂いが戻る時間が長くなってきているそうだ。真偽の程は確かではない。
 文章を書くのには非常に邪魔だが、近々ここに来られなくなる事実を隠している後ろめたさから、何も言えなかった。

 そんなわけで、最近の隼一は今までになく絶好調で生き生きとしていた。嗅覚を失ってから夕希と会う前まで自宅にこもってろくに食事もせずにいたなんて想像もつかない程、エネルギッシュに活動し始めた。
 味の判断が出来なくなってしばらく控えていたテレビ出演も再開し、たまに二人でテレビを見ているときに彼の顔が映って驚くということもあった。
 夕希が仕事の日はプライベートジェットで国内外問わず、あちこちに足を伸ばしている。彼はその都度現地で食材を買ってきてくれたり、その他にもお土産として色々な物を買ってきてくれた。ネックガードこそ贈られなかったけれど、旅先で買った高価な洋服やバッグやお揃いのキーケース(もちろん彼の自宅の鍵入り)を次から次へとプレゼントされた。
 受け取らなければキスの時間を三倍に増やすと言われたので、夕希は渋々受け取った。

 彼に優しくされればされるほど、夕希の罪悪感はつのっていった。彼とする五分間のキスに感じて身体が反応し「もっと」と思ってしまう度、自分のずるさにうんざりする。
 今なら美耶に指摘された「夕希が心の中でついている嘘」がなんだったのかわかる。蓋をして気付かぬふりをしていた魅力的なアルファ男性――つまり隼一への「触れたい、触れられたい」という願望だ。
――でも発情フェロモンを利用してその願望を叶えるなんて卑怯すぎる。

 夕希は今やネックガードを送りつけてきた北山を責めることはできなかった。更に言えば、高校時代に夕希に対して「ヤッたら捨てる」と言ったアルファの同級生のことさえも責める資格が無いような気がした。

 見合いを控えている身で他の男性と寝るなんて間違いだった。たとえ他のアルファのものになるのが嫌だったという理由があっても――。だって隼一にはそんな夕希の事情は関係が無いのだから。

 夕希が悶々と考えている間、彼は隣で夕希の肩を抱きながら古いサスペンス映画を見ていた。今夜は一本記事を書き上げた後、リビングでカヴァを飲んでくつろいでいる。カヴァとはスペインのカタルーニャ地方で生産されているスパークリングワインで、今飲んでいるのは先日隼一がバルセロナ土産として買ってきたものだ。味覚が戻り、最近は彼もお酒やコーヒーを美味しそうに飲んでいる。

「ねえ、夕希」
「はい」
「宝石なら何が好き?」
「宝石? 特にないですけど」
 
 なんの脈絡もなくいきなり聞かれて一体何なのかと首をひねる。 
――あ、わかったぞ。きっと中東かインドかアフリカか知らないけれど、どこか宝石の産地にでも行くんだな。

「じゃあさ、強いて言うなら何色? 何色の石が好き?」
「ですから僕、石の色になんて興味無いので」

 下手なことを言ったら何か買って来ようとするだろうから、うかつなことは言えない。すると彼は夕希の手を取って指を撫でさすった。

「じゃあ指輪のサイズ教えて」
「指輪なんて付ける習慣ないし知りません!」

 隼一は呆れたというように肩をすくめる。

「はぁ、全く欲が無いよね君は……」
「男がこの宝石が好きあの宝石が好きなんて言ってたらおかしいでしょう」
「え、なんで男が宝石好きじゃだめなの? 頭が固いな夕希は」
「いきなりなんなんですか。ケンカ売ってます?」
「そんなわけないだろ、怒るなよ。それより今日はまだキスしてもらってないよ」

 隼一が夕希の顎を持ち上げた。実を言うとそのことには気づいていたけど、夕希は密かにこのまま忘れてくれないかな、なんて思っていたのだった。

「でも最近鼻の調子も良いみたいですし、毎日キスしなくてもいいんじゃないですか?」
「やれやれ、本当に冷たいよね君って。次の発情期が待ち遠しいよ」

――ごめんなさい。そのときには僕、もうここに居ないです。

「ほら、それ貸して」
「はい……」

 夕希が左手を差し出すと彼が勝手に腕時計のタイマーを五分にセットする。夕希がおもちゃみたいな安物の腕時計を付けていたら彼が「仕事の連絡に必要だから」とスマートウォッチを買ってくれたのだ。

 一秒でも惜しいというように彼の大きな両手が夕希の頭を包み、唇をついばまれる。開かされた口の中に侵入してきた彼の舌は、土を思わせるカヴァの独特な香りに染まっていた。お互いの唾液が混じり合い、それを飲み込む彼の喉の音を聞く度、自分が少しずつ食べられているような感じがする。
 こうやって時間を計ってキスしてみると五分のキスは長いようで短い。最初の一分くらいまでは、恥ずかしくてまだ終わらないのかと思う。だけどその後キスに夢中になってしまい、終了を知らせるタイマーが鳴ってみると「もう終わりか」と内心落胆するのだ。

 ピピピピ……
 無機質なタイマーの音に、彼がそっと唇を離す。少し掠れた甘い声で彼が夕希の耳元に囁いた。

「今夜こそ俺の部屋で寝てくれる?」
「いいえ……お断りです」
「ちっ、引っかからなかったか」
「何度言っても同じですよ」
「いいや、俺は諦めないね」

 最近ここに泊まる度、彼はこうやってふざけて誘ってくるのだ。夕希は胸の奥でくすぶる欲望を押し隠し、澄ました態度でグラスをキッチンに片付けた。

「おやすみなさい」
「おやすみ夕希」
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう
BL
四宮晴臣 × 石崎千秋 多くの美しいオメガを生み出す石崎家の中で、特に美しい容姿もしておらず、その上、フェロモン異常で発情の兆しもなく、そのフェロモンはアルファを引きつけることのない体質らしい千秋は落ちこぼれだった。もはやベータだと言ったほうが妥当な体だったけれど、血液検査ではオメガだと診断された。 石崎家のオメガと縁談を望む名門のアルファ家系は多い。けれど、その中の誰も当然の事のように千秋を選ぶことはなく、20歳になった今日、ついに家を追い出されてしまった千秋は、寒い中、街を目指して歩いていた。 かつてベータに恋をしていたらしいアルファの四宮に拾われ、その屋敷で働くことになる ※話のつながりは特にありませんが、「俺を好きになってよ!」にてこちらのお話に出てくる泉先生の話を書き始めました。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。 そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。 あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。 そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。 「お前がずっと、好きだ」 甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。 ※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています

人気者の幼馴染が俺の番

蒸しケーキ
BL
佐伯淳太は、中学生の時、自分がオメガだと判明するが、ある日幼馴染である成瀬恭弥はオメガが苦手という事実を耳にしてしまう。そこから淳太は恭弥と距離を置き始めるが、実は恭弥は淳太のことがずっと好きで、、、 ※「二人で過ごす発情期の話」の二人が高校生のときのお話です。どちらから読んでも問題なくお読みいただけます。二人のことが書きたくなったのでだらだらと書いていきます。お付き合い頂けましたら幸いです。

処理中です...