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第六章 サラダ
42.兄の思い
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その後笹原が紹介してくれた雑誌の編集長と会う日程も決まった。会社の仕事の引き継ぎも終えて有給消化のため休みに入り、夕希はひとまずほっとしていた。
相変わらず隼一は会えばスキンシップしてくるし、まるで恋人かのように夕希を扱う。しかし、夕希はそれを適当にあしらうのにも慣れつつあった。期間限定のビジネスだと割り切れば気も楽だ。お互い必要だから一緒にいるだけのドライな関係――それもあと少しの辛抱だ。
夕希の誕生日に彼が何やらはりきって準備をしているのは気づいていた。なので、それを最後にしようと決めた。そんなもてなしは受けなくていいと思っていたけど、先日見合い相手の北山からディナーに誘われて気が変わった。
自由でいられる最後の誕生日なんだ。写真でしか見たことのない北山と一緒に過ごすより、美食家の隼一に間違いのない食事を御馳走になる方が良い。我ながらこざかしい天秤のかけ方だと思う。
――別に、最後に隼一さんと誕生日を過ごしたいとか、そういうわけじゃないし……。
するとそのときスマホに着信が入った。表示を確認すると、兄の亜希からの電話だった。
「もしもし? アキくん久しぶり」
『夕希、今良い?』
「うん。どうしたの?」
『今から会えないかな』
兄が息子の竜樹を幼稚園に行かせている間にランチすることになった。お迎えの時間までということなので、夕希がお台場に出向く。
地上三階のウッドデッキに面した、東京湾が見渡せるイタリアンのお店に入る。屋内の席とオープンテラス席があって、夕希たちはテラス席を選んだ。メニューを見て夕希がボンゴレビアンコを、兄はペスカトーレを頼む。
「どうしたの、急に」
「うん……。夕希が有給休暇に入ったって母さんから聞いてね」
「ああ、そういうこと」
きっと母からの電話に出ない夕希に対して、兄経由で話しを伝えようということだろう。実は母からしょっちゅう着信が入っていて、夕希は多忙を理由に無視していた。
「ゴメンね、アキくんに迷惑かけて。母さんなんて?」
「あ、母さんから何か言われたわけじゃないんだ。僕からお願いがあって」
「お願い? どうしたの?」
すると、兄が悲壮な顔をして夕希に頭を下げた。
「夕希、お願い。母さんに孫の顔を見せてあげて」
「アキくん……」
兄がこの件で夕希に頭を下げるのは初めてではなかった。彼の一人息子の竜樹は兄とは血が繋がっていない。今でこそ彼らは穏やかに親子として暮らしているが、こうなるまでにはいくつかの修羅場をくぐっていた。
兄は美しい顔を苦しげに歪める。目からは今にも涙がこぼれそうになっていた。
「お兄ちゃんなのに、僕がこんなで本当にごめんね。夕希はオメガでいるのが嫌なのはよくわかってるんだ。それなのに、こんなこと頼むなんて酷いよね」
「そんなこと――」
「でもね、自分でもよくわかるんだ。母さんの気持ちが……」
店員が二人分のパスタを持ってきた。夕希と兄はしばらく無言で食事をした。
店の前のウッドデッキは平日の昼間でも犬を連れた人や観光客などが行き交っている。食後も黙ったまま二人でしばらく東京湾を眺めていた。
兄の焦燥しきった顔を見ていたら夕希は黙っていられなくなって口を開く。
「アキくん。心配しないで、僕は北山さんとちゃんと結婚するつもりだから」
兄は長いまつ毛に縁取られた大きな目を見開いた。
「本当?」
「うん。ちゃんと約束通り仕事も辞めただろう?」
「でも、母さんから聞いたんだけど北山さん以外の男性の家に入り浸ってるって」
「え……?」
――どうして母さんがそんなこと知ってるんだ?
「母さん、結婚前に夕希の身の回りのことを調べさせてたんだ」
「え、ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
相変わらず隼一は会えばスキンシップしてくるし、まるで恋人かのように夕希を扱う。しかし、夕希はそれを適当にあしらうのにも慣れつつあった。期間限定のビジネスだと割り切れば気も楽だ。お互い必要だから一緒にいるだけのドライな関係――それもあと少しの辛抱だ。
夕希の誕生日に彼が何やらはりきって準備をしているのは気づいていた。なので、それを最後にしようと決めた。そんなもてなしは受けなくていいと思っていたけど、先日見合い相手の北山からディナーに誘われて気が変わった。
自由でいられる最後の誕生日なんだ。写真でしか見たことのない北山と一緒に過ごすより、美食家の隼一に間違いのない食事を御馳走になる方が良い。我ながらこざかしい天秤のかけ方だと思う。
――別に、最後に隼一さんと誕生日を過ごしたいとか、そういうわけじゃないし……。
するとそのときスマホに着信が入った。表示を確認すると、兄の亜希からの電話だった。
「もしもし? アキくん久しぶり」
『夕希、今良い?』
「うん。どうしたの?」
『今から会えないかな』
兄が息子の竜樹を幼稚園に行かせている間にランチすることになった。お迎えの時間までということなので、夕希がお台場に出向く。
地上三階のウッドデッキに面した、東京湾が見渡せるイタリアンのお店に入る。屋内の席とオープンテラス席があって、夕希たちはテラス席を選んだ。メニューを見て夕希がボンゴレビアンコを、兄はペスカトーレを頼む。
「どうしたの、急に」
「うん……。夕希が有給休暇に入ったって母さんから聞いてね」
「ああ、そういうこと」
きっと母からの電話に出ない夕希に対して、兄経由で話しを伝えようということだろう。実は母からしょっちゅう着信が入っていて、夕希は多忙を理由に無視していた。
「ゴメンね、アキくんに迷惑かけて。母さんなんて?」
「あ、母さんから何か言われたわけじゃないんだ。僕からお願いがあって」
「お願い? どうしたの?」
すると、兄が悲壮な顔をして夕希に頭を下げた。
「夕希、お願い。母さんに孫の顔を見せてあげて」
「アキくん……」
兄がこの件で夕希に頭を下げるのは初めてではなかった。彼の一人息子の竜樹は兄とは血が繋がっていない。今でこそ彼らは穏やかに親子として暮らしているが、こうなるまでにはいくつかの修羅場をくぐっていた。
兄は美しい顔を苦しげに歪める。目からは今にも涙がこぼれそうになっていた。
「お兄ちゃんなのに、僕がこんなで本当にごめんね。夕希はオメガでいるのが嫌なのはよくわかってるんだ。それなのに、こんなこと頼むなんて酷いよね」
「そんなこと――」
「でもね、自分でもよくわかるんだ。母さんの気持ちが……」
店員が二人分のパスタを持ってきた。夕希と兄はしばらく無言で食事をした。
店の前のウッドデッキは平日の昼間でも犬を連れた人や観光客などが行き交っている。食後も黙ったまま二人でしばらく東京湾を眺めていた。
兄の焦燥しきった顔を見ていたら夕希は黙っていられなくなって口を開く。
「アキくん。心配しないで、僕は北山さんとちゃんと結婚するつもりだから」
兄は長いまつ毛に縁取られた大きな目を見開いた。
「本当?」
「うん。ちゃんと約束通り仕事も辞めただろう?」
「でも、母さんから聞いたんだけど北山さん以外の男性の家に入り浸ってるって」
「え……?」
――どうして母さんがそんなこと知ってるんだ?
「母さん、結婚前に夕希の身の回りのことを調べさせてたんだ」
「え、ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
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