【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです

grotta

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第八章 デセール&カフェ

60.プロポーズは甘いキスの味

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 夕希は隼一のベッドにうつ伏せに寝転がり、貫かれた部分の甘い痛みと、全身の心地良い気だるさを味わっていた。彼の嗅覚はこれでしばらく回復するだろう。

 以前このマンションに部屋を用意してもらっていた間、隼一の部屋に入ったことは一度もなかった。キングサイズのベッドが部屋の中央に置かれていて、壁には青みがかったグレーの抽象画が飾られている。
 隣に寝そべっている隼一が夕希の髪の毛をもてあそびながら「匂いがわからなくなってはじめて、食べるのが怖くなった」と話し始めた。

「もう人生なんてどうでも良いと思った時、君が現れた。最初は何かの間違いだと思ったが、どういうわけか君の匂いだけ感じられた」

 はじめてホテルで彼を見た時のことを思い返す。美しいけれど素っ気無い態度で、話しかけるだけでもものすごく勇気が必要だった。まさかその半年後にはこうやって同じベッドで寝ているなんて――嘘みたいだ。
 隼一が身体を起こし、ベッドを降りた。彫刻のように均整の取れた肉体に見惚れていると、彼はチェストの引き出しから何かを取って戻ってきた。

「夕希、これからも君の好きなように仕事をしてくれて良いし、何もかも自由で構わない。コラムニストになる夢も応援する。できれば子どもも欲しいけど、君が望まないなら無理にとは言わない。とにかく、もう離れたくないんだ。料理や家事はまだ自信ないけど俺がちゃんとやるから。だからずっと一緒に暮らそう」
「え……ずっと?」

――待って、家事を隼一さんがする……?

「そ、そんなことさせられません!」

 夕希は思わずその場に起き上がった。

「いいんだ。君は俺をとことんまで利用すればいいんだよ」
「隼一さんを利用する……?」
「もし少しでも気に食わないことがあったら実家に帰ってくれて構わない。君がいなかったら俺は生きていけないんだ。何度でも迎えに行って必死でご機嫌取りをするさ」
「でも――」
「悪くない話だろ? 仕事のことでも、家庭でも俺を好きに使ってくれ。君が望むなら何だってしてあげたいんだ」

 隼一が持っていたのは夕希が誕生日のときに突き返した黒いリングケースだった。彼が蓋を開けると、ローズゴールドの指輪がルームライトに照らされ煌めいた。

「俺と結婚して欲しい。今度こそ受け取ってくれるね?」

 夕希はてっきり、彼が旅行先で産出された宝石でも買ってきてくれたんだと思っていた。たまたま誕生日が近いからそれをプレゼントにしてくれたのかと――。

「僕が、結婚するの……? 隼一さんと?」

 まさかプロポーズされるとは思っていなかった。夕希が呆然とリングを見つめていたら、彼が指輪を夕希の左手の薬指につけてくれた。それはぴったりとは言えず、少し緩かった。夕希がサイズを聞かれて答えられなかったからだ。

「そう、結婚する。それだけオーケーしてくれたら、あとは全部夕希の自由。どう? メリットしかないだろ?」
「そ、それはそうだけど……でも、そんなの僕からは何も返せないし――」
「そんなことは無い。夕希は一緒にいてくれるだけで俺をいつも最高の状態にしてくれるんだ」

 隼一は自信満々に言い切った。

「そんな……でもそれだと僕、何もできないのに隼一さんからなんでも奪おうとする欲張りな詐欺師みたい」

 夕希は自分からおかしなフェロモンでも出ていて彼が騙されているんじゃないかと不安になった。
 たしかに、と彼は笑う。

「君は色々と俺に嘘をついていたからある意味で詐欺師かもな。だけど、そもそもある程度の見込みがなければゴーストライターの依頼なんてしてないよ。君の舌には食べ物をきちんと味わう才能があるし、それを文章で伝える能力も備わっている。何もできないなんてことはない」
「……本当に?」
「もちろん。その機会が訪れただけだ。それを受け入れる覚悟さえ出来ればきみは何にでもなれる」 

 今まで夕希にこんなことを言ってくれる人はいなかった。アルファでも、ベータでも、オメガでもなくただ夕希を才能ある一人の人間として認めてくれる人なんて、家族の中にすらいなかったのに。

「本当の本当?」
「ああ、間違いない」

 それから夕希はベッドの中でぽつりぽつりと過去のことを彼に語って聞かせた。そもそも夕希がどうしてベータのふりをしていたのか、なぜ無理やりお見合い結婚させられそうになっていたのかということまで全て話した。過去に夕希を裏切ったアルファのことは、これまで家族にすら話したことがなかった。でも、彼の腕の中なら、つらい過去を思い出すのも怖くなかった。

「なるほど……そういうことだったんだな」
「あ、でも不思議だけど隼一さんのことはアルファなのにはじめから嫌じゃなかったんです」

 隼一が優しい目で夕希の顔を覗き込んだ。

「ねえ夕希、そういう事情があったなら君がアルファを嫌悪するのも無理はない。だけど、アルファの力はオメガを守るためにあるって俺は思ってる。すぐには理解してもらえないかもしれないけど、いつかわかってほしい」

 夕希は彼の大きな身体にすっぽりと包まれた。

「一生君を守りたいんだ」と耳元で言われ、安心感で全身の力が抜けていく。今までずっとオメガであることが嫌で、アルファに頼りたくないという一心で気を張って生きてきた。だけどもうそんな必要はないんだ。
 彼の言葉が胸に落ちて夕希は頷いた。

「はい」

 隼一の胸元で息を吸い込むと優しいサンダルウッドのような香りがし、夕希を穏やかな気分にさせてくれる。これまでずっとオメガとアルファのフェロモンは単に生殖行動を促すためのものだと思い込んでいた。だけどそうじゃなない。違う性質を持つオメガとアルファが深く理解し合うため、お互いが心を通わせるために大切なものだったんだ――。
――どうして僕は今までこんな性別なんて要らないと思い込んで隠してきたんだろう?
 馬鹿だった。ひとりで傷ついて、自分だけがかわいそうだと思い込んで――家族にも結局迷惑をかけた。

「嬉しいです」
「今まで俺は味覚の妨げになるからってオメガに近寄らないようにしてた。でももう、美味いものなんて食べなくてもいいんだ。夕希が幸せそうに笑ってるならそれで満足」

 彼が額と額をこすり合わせた。こんなこと、今までなんでわからなかったんだろうな? と言われ夕希は頷いた。

「僕、隼一さんが二度とあんな酷い料理を作ることがないように一生そばで見張りますね」
「あ、おい! 今それを蒸し返すのか?」
「ふふ……隼一さん大好き」

 夕希は笑いながら彼に抱きついた。それを隼一はまんざらでもない様子で受け止めた。

「ふん、すっかり俺の扱いを心得たみたいだな」

 限られた人生の中で、オメガとアルファが必ずしも結ばれるとは限らない。もちろんオメガ同士だったり、アルファ同士だったり、アルファやオメガがベータと結ばれることもある。でもどんな性別の相手と結ばれたとしても、その相手と深く理解し合えているならそれでいいんだ。
 自分が何者であっても、そのままで構わないと言ってくれる人がいてくれたらそれでいい。

――回り道をしたけど、僕はやっと自分の性別オメガも、そして彼の性別アルファも愛しいと思うことが出来るようになれたんだ――……。
 隼一は目を細めて夕希に口づけした。
 彼の香りと自分の香りが混ざり合い、そのキスは今まで食べたどんなスイーツよりも甘い味がした。
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