【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです

grotta

文字の大きさ
60 / 62
第八章 デセール&カフェ

60.プロポーズは甘いキスの味

しおりを挟む
 夕希は隼一のベッドにうつ伏せに寝転がり、貫かれた部分の甘い痛みと、全身の心地良い気だるさを味わっていた。彼の嗅覚はこれでしばらく回復するだろう。

 以前このマンションに部屋を用意してもらっていた間、隼一の部屋に入ったことは一度もなかった。キングサイズのベッドが部屋の中央に置かれていて、壁には青みがかったグレーの抽象画が飾られている。
 隣に寝そべっている隼一が夕希の髪の毛をもてあそびながら「匂いがわからなくなってはじめて、食べるのが怖くなった」と話し始めた。

「もう人生なんてどうでも良いと思った時、君が現れた。最初は何かの間違いだと思ったが、どういうわけか君の匂いだけ感じられた」

 はじめてホテルで彼を見た時のことを思い返す。美しいけれど素っ気無い態度で、話しかけるだけでもものすごく勇気が必要だった。まさかその半年後にはこうやって同じベッドで寝ているなんて――嘘みたいだ。
 隼一が身体を起こし、ベッドを降りた。彫刻のように均整の取れた肉体に見惚れていると、彼はチェストの引き出しから何かを取って戻ってきた。

「夕希、これからも君の好きなように仕事をしてくれて良いし、何もかも自由で構わない。コラムニストになる夢も応援する。できれば子どもも欲しいけど、君が望まないなら無理にとは言わない。とにかく、もう離れたくないんだ。料理や家事はまだ自信ないけど俺がちゃんとやるから。だからずっと一緒に暮らそう」
「え……ずっと?」

――待って、家事を隼一さんがする……?

「そ、そんなことさせられません!」

 夕希は思わずその場に起き上がった。

「いいんだ。君は俺をとことんまで利用すればいいんだよ」
「隼一さんを利用する……?」
「もし少しでも気に食わないことがあったら実家に帰ってくれて構わない。君がいなかったら俺は生きていけないんだ。何度でも迎えに行って必死でご機嫌取りをするさ」
「でも――」
「悪くない話だろ? 仕事のことでも、家庭でも俺を好きに使ってくれ。君が望むなら何だってしてあげたいんだ」

 隼一が持っていたのは夕希が誕生日のときに突き返した黒いリングケースだった。彼が蓋を開けると、ローズゴールドの指輪がルームライトに照らされ煌めいた。

「俺と結婚して欲しい。今度こそ受け取ってくれるね?」

 夕希はてっきり、彼が旅行先で産出された宝石でも買ってきてくれたんだと思っていた。たまたま誕生日が近いからそれをプレゼントにしてくれたのかと――。

「僕が、結婚するの……? 隼一さんと?」

 まさかプロポーズされるとは思っていなかった。夕希が呆然とリングを見つめていたら、彼が指輪を夕希の左手の薬指につけてくれた。それはぴったりとは言えず、少し緩かった。夕希がサイズを聞かれて答えられなかったからだ。

「そう、結婚する。それだけオーケーしてくれたら、あとは全部夕希の自由。どう? メリットしかないだろ?」
「そ、それはそうだけど……でも、そんなの僕からは何も返せないし――」
「そんなことは無い。夕希は一緒にいてくれるだけで俺をいつも最高の状態にしてくれるんだ」

 隼一は自信満々に言い切った。

「そんな……でもそれだと僕、何もできないのに隼一さんからなんでも奪おうとする欲張りな詐欺師みたい」

 夕希は自分からおかしなフェロモンでも出ていて彼が騙されているんじゃないかと不安になった。
 たしかに、と彼は笑う。

「君は色々と俺に嘘をついていたからある意味で詐欺師かもな。だけど、そもそもある程度の見込みがなければゴーストライターの依頼なんてしてないよ。君の舌には食べ物をきちんと味わう才能があるし、それを文章で伝える能力も備わっている。何もできないなんてことはない」
「……本当に?」
「もちろん。その機会が訪れただけだ。それを受け入れる覚悟さえ出来ればきみは何にでもなれる」 

 今まで夕希にこんなことを言ってくれる人はいなかった。アルファでも、ベータでも、オメガでもなくただ夕希を才能ある一人の人間として認めてくれる人なんて、家族の中にすらいなかったのに。

「本当の本当?」
「ああ、間違いない」

 それから夕希はベッドの中でぽつりぽつりと過去のことを彼に語って聞かせた。そもそも夕希がどうしてベータのふりをしていたのか、なぜ無理やりお見合い結婚させられそうになっていたのかということまで全て話した。過去に夕希を裏切ったアルファのことは、これまで家族にすら話したことがなかった。でも、彼の腕の中なら、つらい過去を思い出すのも怖くなかった。

「なるほど……そういうことだったんだな」
「あ、でも不思議だけど隼一さんのことはアルファなのにはじめから嫌じゃなかったんです」

 隼一が優しい目で夕希の顔を覗き込んだ。

「ねえ夕希、そういう事情があったなら君がアルファを嫌悪するのも無理はない。だけど、アルファの力はオメガを守るためにあるって俺は思ってる。すぐには理解してもらえないかもしれないけど、いつかわかってほしい」

 夕希は彼の大きな身体にすっぽりと包まれた。

「一生君を守りたいんだ」と耳元で言われ、安心感で全身の力が抜けていく。今までずっとオメガであることが嫌で、アルファに頼りたくないという一心で気を張って生きてきた。だけどもうそんな必要はないんだ。
 彼の言葉が胸に落ちて夕希は頷いた。

「はい」

 隼一の胸元で息を吸い込むと優しいサンダルウッドのような香りがし、夕希を穏やかな気分にさせてくれる。これまでずっとオメガとアルファのフェロモンは単に生殖行動を促すためのものだと思い込んでいた。だけどそうじゃなない。違う性質を持つオメガとアルファが深く理解し合うため、お互いが心を通わせるために大切なものだったんだ――。
――どうして僕は今までこんな性別なんて要らないと思い込んで隠してきたんだろう?
 馬鹿だった。ひとりで傷ついて、自分だけがかわいそうだと思い込んで――家族にも結局迷惑をかけた。

「嬉しいです」
「今まで俺は味覚の妨げになるからってオメガに近寄らないようにしてた。でももう、美味いものなんて食べなくてもいいんだ。夕希が幸せそうに笑ってるならそれで満足」

 彼が額と額をこすり合わせた。こんなこと、今までなんでわからなかったんだろうな? と言われ夕希は頷いた。

「僕、隼一さんが二度とあんな酷い料理を作ることがないように一生そばで見張りますね」
「あ、おい! 今それを蒸し返すのか?」
「ふふ……隼一さん大好き」

 夕希は笑いながら彼に抱きついた。それを隼一はまんざらでもない様子で受け止めた。

「ふん、すっかり俺の扱いを心得たみたいだな」

 限られた人生の中で、オメガとアルファが必ずしも結ばれるとは限らない。もちろんオメガ同士だったり、アルファ同士だったり、アルファやオメガがベータと結ばれることもある。でもどんな性別の相手と結ばれたとしても、その相手と深く理解し合えているならそれでいいんだ。
 自分が何者であっても、そのままで構わないと言ってくれる人がいてくれたらそれでいい。

――回り道をしたけど、僕はやっと自分の性別オメガも、そして彼の性別アルファも愛しいと思うことが出来るようになれたんだ――……。
 隼一は目を細めて夕希に口づけした。
 彼の香りと自分の香りが混ざり合い、そのキスは今まで食べたどんなスイーツよりも甘い味がした。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう
BL
四宮晴臣 × 石崎千秋 多くの美しいオメガを生み出す石崎家の中で、特に美しい容姿もしておらず、その上、フェロモン異常で発情の兆しもなく、そのフェロモンはアルファを引きつけることのない体質らしい千秋は落ちこぼれだった。もはやベータだと言ったほうが妥当な体だったけれど、血液検査ではオメガだと診断された。 石崎家のオメガと縁談を望む名門のアルファ家系は多い。けれど、その中の誰も当然の事のように千秋を選ぶことはなく、20歳になった今日、ついに家を追い出されてしまった千秋は、寒い中、街を目指して歩いていた。 かつてベータに恋をしていたらしいアルファの四宮に拾われ、その屋敷で働くことになる ※話のつながりは特にありませんが、「俺を好きになってよ!」にてこちらのお話に出てくる泉先生の話を書き始めました。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。 そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。 あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。 そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。 「お前がずっと、好きだ」 甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。 ※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています

人気者の幼馴染が俺の番

蒸しケーキ
BL
佐伯淳太は、中学生の時、自分がオメガだと判明するが、ある日幼馴染である成瀬恭弥はオメガが苦手という事実を耳にしてしまう。そこから淳太は恭弥と距離を置き始めるが、実は恭弥は淳太のことがずっと好きで、、、 ※「二人で過ごす発情期の話」の二人が高校生のときのお話です。どちらから読んでも問題なくお読みいただけます。二人のことが書きたくなったのでだらだらと書いていきます。お付き合い頂けましたら幸いです。

処理中です...