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勘違いの初恋(2)
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僕がオメガだとわかったのは、小学校六年生の時に体調を崩して通院したのがきっかけだった。
中学校ではなるべくそれを隠そうとしたけど、努力も虚しくすぐにバレてしまった。
二年生のとき、彼女持ちのアルファ男子のフェロモンに当てられてしまったのだ。興奮した彼にキスされ、それを運悪く交際中の彼女の友人に目撃されていた。当然のごとく周囲に吹聴され――そこからは僕だけが誹謗中傷の的だ。話したこともないアルファ男子は知らん顔で、学校の中に僕の居場所は無くなっていった。
思春期真っ只中の中学生たちにとって、未知の性的な出来事は恰好の餌食。ストレスに満ちた日々を過ごす生徒たちは、オメガという手頃な標的を見つけたのだ。僕は彼らの歪んだ正義感によって「アルファを誘惑するオメガ」というレッテルを貼られ、後ろ指をさされながらなんとか中学を卒業するまで耐えた。
その後も「大人しそうな顔をしていやらしい奴」と言われていじめられた記憶が頭から離れず、暗い高校生活を送った。
どこを歩いていても誰かに批判されるような気がして、なるべくマスクを着けて匂いを感じないように、感じさせないように過ごした。
そんな中、親戚の山岸家に行くと何故か楽に呼吸が出来た。一歩屋内に入るといい匂いがして、マスクなんて付けなくてもリラックスできる。それがベータである総太郎の匂いなんじゃないかと当時は思っていた。
アルファの匂いは、嗅ぐと気持ち悪くなったり体が火照って苦しくなる。だけど山岸家では室内にいても庭にいるみたいな清々しい気分で過ごせた。
総太郎は僕にも、年の離れた弟である隆之介にもあまり興味が無さそうだった。父親と同じく弁護士を目指して大学は法学部に通っており、一人暮らしをしていたので集まりに顔を見せないこともしばしばだった。
そして、僕が山岸家に行くたびに隣にやって来たのが隆之介だ。
彼は僕が学校でどんなふうに見られているかなど知らないし、なんと言われているかも知らない。小学生らしく快活な彼が、自分の兄に相手をしてもらえない寂しさを僕にぶつけていたんだと思う。僕にとっては、こちらに無関心な総太郎も、無邪気に甘えてくる弟の隆之介もどちらも心のオアシスみたいなものだった。常に息苦しさを感じていた僕が山岸家にいる間は「オメガ」だということは忘れてただの「小島澄人」という親戚の顔をしていれば良い。
しかし、そんな僕の心の拠り所へも訪れることができなくなる日が来た。
それは僕が十六歳の時で、ちょうどお正月の集まりに行く前日のことだった。翌日また隆之介たちに会えることを楽しみにしていた僕は、その夜夢を見た。
夢の中で僕は隆之介を追いかけて山岸家の廊下を歩いていた。しかし、角を曲がるとそこは卒業したはずの中学校の校舎の中だった。もう二度と訪れたくない場所の一つだったし、僕は引き返そうとした。しかし当時の記憶そのままに肩を捕まれ、ぼんやりして顔も見えないアルファに無理やり唇を奪われる。すると全身が火に包まれたように熱くなり、苦しみながらもがいていると、目が覚めた。
実際に熱が出ていて、枕は涙に濡れていた。
そしてそれはただの風邪ではなく、僕の初めての発情期だった。
僕を置いて山岸家に行った兄から後日「隆之介くんが怒ってたぞ」と笑いながら伝えられた。遊ぼうって言ったのに、と残念がっていたという。
――僕だって行きたかった。
なんともないことのように軽く言うベータの兄が無性に腹立たしくて、部屋に隠れて僕は悔し涙を流した。
それ以来僕は山岸家へは行くことができなくなった。僕の唯一の安息の地である山岸家――その家の夢を見ながら発情してしまったのだ。もう、恐ろしくて近寄れそうもない。現実にあの家で僕が変な気分にでもなってしまったら、僕の居場所は本当にどこにも無くなってしまうような気がしていた。
中学校ではなるべくそれを隠そうとしたけど、努力も虚しくすぐにバレてしまった。
二年生のとき、彼女持ちのアルファ男子のフェロモンに当てられてしまったのだ。興奮した彼にキスされ、それを運悪く交際中の彼女の友人に目撃されていた。当然のごとく周囲に吹聴され――そこからは僕だけが誹謗中傷の的だ。話したこともないアルファ男子は知らん顔で、学校の中に僕の居場所は無くなっていった。
思春期真っ只中の中学生たちにとって、未知の性的な出来事は恰好の餌食。ストレスに満ちた日々を過ごす生徒たちは、オメガという手頃な標的を見つけたのだ。僕は彼らの歪んだ正義感によって「アルファを誘惑するオメガ」というレッテルを貼られ、後ろ指をさされながらなんとか中学を卒業するまで耐えた。
その後も「大人しそうな顔をしていやらしい奴」と言われていじめられた記憶が頭から離れず、暗い高校生活を送った。
どこを歩いていても誰かに批判されるような気がして、なるべくマスクを着けて匂いを感じないように、感じさせないように過ごした。
そんな中、親戚の山岸家に行くと何故か楽に呼吸が出来た。一歩屋内に入るといい匂いがして、マスクなんて付けなくてもリラックスできる。それがベータである総太郎の匂いなんじゃないかと当時は思っていた。
アルファの匂いは、嗅ぐと気持ち悪くなったり体が火照って苦しくなる。だけど山岸家では室内にいても庭にいるみたいな清々しい気分で過ごせた。
総太郎は僕にも、年の離れた弟である隆之介にもあまり興味が無さそうだった。父親と同じく弁護士を目指して大学は法学部に通っており、一人暮らしをしていたので集まりに顔を見せないこともしばしばだった。
そして、僕が山岸家に行くたびに隣にやって来たのが隆之介だ。
彼は僕が学校でどんなふうに見られているかなど知らないし、なんと言われているかも知らない。小学生らしく快活な彼が、自分の兄に相手をしてもらえない寂しさを僕にぶつけていたんだと思う。僕にとっては、こちらに無関心な総太郎も、無邪気に甘えてくる弟の隆之介もどちらも心のオアシスみたいなものだった。常に息苦しさを感じていた僕が山岸家にいる間は「オメガ」だということは忘れてただの「小島澄人」という親戚の顔をしていれば良い。
しかし、そんな僕の心の拠り所へも訪れることができなくなる日が来た。
それは僕が十六歳の時で、ちょうどお正月の集まりに行く前日のことだった。翌日また隆之介たちに会えることを楽しみにしていた僕は、その夜夢を見た。
夢の中で僕は隆之介を追いかけて山岸家の廊下を歩いていた。しかし、角を曲がるとそこは卒業したはずの中学校の校舎の中だった。もう二度と訪れたくない場所の一つだったし、僕は引き返そうとした。しかし当時の記憶そのままに肩を捕まれ、ぼんやりして顔も見えないアルファに無理やり唇を奪われる。すると全身が火に包まれたように熱くなり、苦しみながらもがいていると、目が覚めた。
実際に熱が出ていて、枕は涙に濡れていた。
そしてそれはただの風邪ではなく、僕の初めての発情期だった。
僕を置いて山岸家に行った兄から後日「隆之介くんが怒ってたぞ」と笑いながら伝えられた。遊ぼうって言ったのに、と残念がっていたという。
――僕だって行きたかった。
なんともないことのように軽く言うベータの兄が無性に腹立たしくて、部屋に隠れて僕は悔し涙を流した。
それ以来僕は山岸家へは行くことができなくなった。僕の唯一の安息の地である山岸家――その家の夢を見ながら発情してしまったのだ。もう、恐ろしくて近寄れそうもない。現実にあの家で僕が変な気分にでもなってしまったら、僕の居場所は本当にどこにも無くなってしまうような気がしていた。
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