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19.夏帆の助言
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最後に京介の部屋を訪れてから数週間が過ぎた。
柊一は何も考えたくなくてここ最近は残業ばかりしている。結果的に、時間外労働が増えて上司に注意され、調整のための休みを取る羽目になった。
自宅の室内は荒れ放題だ。本当は掃除をしなければならないのに、やる気が出なかった。
(こんなこと今までなかったのに……)
珍しく自炊もせずコンビニの弁当を食べてみた。しかしそれも胃が受け付けず、最近は素麺ばかり食べている。
休日に出掛ける先もなくて、京介と観たドラマの続きを視聴するため動画配信サービスに登録した。だけど、画面を見ていたらどうしても涙が出そうになってだめだった。あんなに熱中していたドラマなのに、見ているだけで彼のことを思い出して息苦しくなる。
自分にもこんなに感傷的な一面があるとは驚きだった。京介に会ってから、自分が自分でなくなるような感覚を何度も味わっている。
人付き合いで落ち込んで、日々の生活にまで支障が出ることなんて今まで一度もなかったのに――。
これまではドラマや映画の中で恋愛にのめり込んで泣いたり怒ったりする登場人物を不思議な気持ちで見ていた。だけど、今なら彼らの気持ちがわかる。
「はぁ……。いっそのこと恋愛映画でも見るか」
SFドラマを見ても涙が出てくるんだから、どうせなら泣ける恋愛映画でも見てすっきりしよう。
映画を見終えて涙を拭いていたら、夏帆から電話が掛かってきた。
『ちょっと柊一くん! どうなってるの?』
そういえば、ショックすぎて夏帆に相談することすら失念していた。ざっと話し終えると、夏帆の大きなため息が聞こえてきた。
『お兄ちゃんたち最近どうしてるかなってちょっと話を聞いてみたんだ。そしたら、”お前と柊一くんが付き合えばいい” だなんて言われてびっくりしちゃって』
「うん……俺もそう言われたよ」
夏帆と付き合えと言われたのに、彼女に連絡することを思いつかないくらい柊一は打ちのめされていたわけだ。
『もう、何考えてるんだか! ごめんね柊一くん。お兄ちゃんって強引な割に自信なくして急に自分の気持を隠すようなところがあるんだ』
「京介さんが……?」
いつも自信たっぷりで余裕そうに見えるのに、とつぶやくと彼女が言う。
『私とお兄ちゃんの上にもう一人兄がいるって聞いてる?』
初耳だった。夏帆によると彼女は三人兄妹で、京介は次男だそうだ。
『一番上の兄はすごくできる人で……もちろん京介お兄ちゃんも成績は優秀なんだけど、上の兄は別格っていうかね』
とにかく弟は常に兄と比べられて、劣った存在だと見られがちだった。ずっとそういう評価を受けて生きてきたため、京介は劣等感の強い性格に育っていった。一時期不登校になっていたこともあるという。
『京介お兄ちゃんは男の人が好きで――といっても今時そんなのよくあることじゃない? だけどそれが家族に知られて……父も上の兄も頭が固くてね。そんなの病気だって入院までさせたのよ』
「そんな、嘘だろ……」
『お母さんも私も猛反対したんだよ。でもうちは父が絶対ってとこがあって』
京介は父の会社に勤めることはせず、夏帆と共に母方の伯父の会社で働いているという。
『母も私も京介お兄ちゃんの味方なの。それで母は父とは別居中なんだよね。私は今母と暮らしてる』
そんな事情があったとは。京介は夏帆の話はよくするが、上に兄がいるなんて一言も聞いたことがなかった。
『お兄ちゃんすごく優しいんだ。いつだって私のことを優先してくれてね。私もほら、背の高い人が良いとか言ってるじゃない? それって結局兄みたいな人を基準にしちゃってるんだよね』
なるほど、そういうことか。京介が基準ともなれば相手がなかなか見つからないのも頷ける。
『お兄ちゃんは家族がうまく行かなくなったのは自分のせいだって未だに思ってるの。だから、自分のことなんてそっちのけで、私に幸せになって欲しいって考えなんだ。だから――きっと自分が身を引けば柊一くんと私で幸せになれるって思ったんじゃないかな。それで柊一くんにきつい言い方したんだと思う』
京介が突然よそよそしくなった理由はこれでなんとなくわかった。
「俺……もちろん最初は夏帆ちゃんのこといいなって思ったよ。だけと、京介さんと過ごしてみてわかったんだ。俺は夏帆ちゃんのことを好きなわけじゃないって」
彼女は「うん、わかってる」と相槌を打った。
『だって柊一くんわかりやすいんだもん。お兄ちゃんもだけどね。だってこの間うちに来た時のこと覚えてる?』
「この間?」
『もし怪我したのが柊一くんじゃなかったら、その人に向かって怒鳴ってるところだよ。夏帆が危ないだろって。なのに、お兄ちゃんったら来るなり私に向かって柊一くんに何をさせた? だもん。私のせいで柊一くんに怪我させたって血相変えてるんだよ。思わず笑いそうになっちゃった』
そうだったのか――。その時は焦っていてそんなことまで気が付かなかった。
「うちは両親が離婚してて、俺ずっと女家族の中で育ってきたから……なんとなく女性と結婚するのが当然と思ってたんだ。だからまだ自分がゲイなのかはわからない。でも、京介さんのことは諦めたくないっていうか……」
『うん。柊一くんは素直になれば良いと思うな。お兄ちゃんに対しても、気を遣いすぎなくていいよ。二人して遠慮してたら上手くいくものもいかなうなっちゃう』
夏帆の言うことは最もだ。柊一に勇気さえあれば、まだ京介とやり直せるかもしれない。
『欲を言えばお兄ちゃんを助けてほしいんだ。本気の恋はしないなんて言ってるけどそんなの嘘。もうね、私が結婚しないとお兄ちゃんいつまでも自己犠牲やってないといけないじゃない? それで私婚活頑張ってるんだけど、さすがに疲れちゃったんだよね~。これだ! と思った人は既婚者だったし』
彼女の明るい声音が柊一の気分を和ませてくれた。
「そうだね。夏帆ちゃんは頑張りすぎだ」
『そう思うなら、お兄ちゃんのことよろしくお願いね!』
恋愛映画を観てセンチメンタルな気分に浸るのも良いが、このまま終わりにしたくない。鑑賞した作品の主人公たちより今の自分の方がずっと女々しい。こんなことくらいで落ち込んでる場合じゃない。
柊一はまず部屋を掃除して、まともな料理を作って食べた。腹が満たされたら、次に睡眠だ。
そうやって人間らしい生活にサイクルを戻すと、徐々に気分が上昇してきたのだった。
柊一は何も考えたくなくてここ最近は残業ばかりしている。結果的に、時間外労働が増えて上司に注意され、調整のための休みを取る羽目になった。
自宅の室内は荒れ放題だ。本当は掃除をしなければならないのに、やる気が出なかった。
(こんなこと今までなかったのに……)
珍しく自炊もせずコンビニの弁当を食べてみた。しかしそれも胃が受け付けず、最近は素麺ばかり食べている。
休日に出掛ける先もなくて、京介と観たドラマの続きを視聴するため動画配信サービスに登録した。だけど、画面を見ていたらどうしても涙が出そうになってだめだった。あんなに熱中していたドラマなのに、見ているだけで彼のことを思い出して息苦しくなる。
自分にもこんなに感傷的な一面があるとは驚きだった。京介に会ってから、自分が自分でなくなるような感覚を何度も味わっている。
人付き合いで落ち込んで、日々の生活にまで支障が出ることなんて今まで一度もなかったのに――。
これまではドラマや映画の中で恋愛にのめり込んで泣いたり怒ったりする登場人物を不思議な気持ちで見ていた。だけど、今なら彼らの気持ちがわかる。
「はぁ……。いっそのこと恋愛映画でも見るか」
SFドラマを見ても涙が出てくるんだから、どうせなら泣ける恋愛映画でも見てすっきりしよう。
映画を見終えて涙を拭いていたら、夏帆から電話が掛かってきた。
『ちょっと柊一くん! どうなってるの?』
そういえば、ショックすぎて夏帆に相談することすら失念していた。ざっと話し終えると、夏帆の大きなため息が聞こえてきた。
『お兄ちゃんたち最近どうしてるかなってちょっと話を聞いてみたんだ。そしたら、”お前と柊一くんが付き合えばいい” だなんて言われてびっくりしちゃって』
「うん……俺もそう言われたよ」
夏帆と付き合えと言われたのに、彼女に連絡することを思いつかないくらい柊一は打ちのめされていたわけだ。
『もう、何考えてるんだか! ごめんね柊一くん。お兄ちゃんって強引な割に自信なくして急に自分の気持を隠すようなところがあるんだ』
「京介さんが……?」
いつも自信たっぷりで余裕そうに見えるのに、とつぶやくと彼女が言う。
『私とお兄ちゃんの上にもう一人兄がいるって聞いてる?』
初耳だった。夏帆によると彼女は三人兄妹で、京介は次男だそうだ。
『一番上の兄はすごくできる人で……もちろん京介お兄ちゃんも成績は優秀なんだけど、上の兄は別格っていうかね』
とにかく弟は常に兄と比べられて、劣った存在だと見られがちだった。ずっとそういう評価を受けて生きてきたため、京介は劣等感の強い性格に育っていった。一時期不登校になっていたこともあるという。
『京介お兄ちゃんは男の人が好きで――といっても今時そんなのよくあることじゃない? だけどそれが家族に知られて……父も上の兄も頭が固くてね。そんなの病気だって入院までさせたのよ』
「そんな、嘘だろ……」
『お母さんも私も猛反対したんだよ。でもうちは父が絶対ってとこがあって』
京介は父の会社に勤めることはせず、夏帆と共に母方の伯父の会社で働いているという。
『母も私も京介お兄ちゃんの味方なの。それで母は父とは別居中なんだよね。私は今母と暮らしてる』
そんな事情があったとは。京介は夏帆の話はよくするが、上に兄がいるなんて一言も聞いたことがなかった。
『お兄ちゃんすごく優しいんだ。いつだって私のことを優先してくれてね。私もほら、背の高い人が良いとか言ってるじゃない? それって結局兄みたいな人を基準にしちゃってるんだよね』
なるほど、そういうことか。京介が基準ともなれば相手がなかなか見つからないのも頷ける。
『お兄ちゃんは家族がうまく行かなくなったのは自分のせいだって未だに思ってるの。だから、自分のことなんてそっちのけで、私に幸せになって欲しいって考えなんだ。だから――きっと自分が身を引けば柊一くんと私で幸せになれるって思ったんじゃないかな。それで柊一くんにきつい言い方したんだと思う』
京介が突然よそよそしくなった理由はこれでなんとなくわかった。
「俺……もちろん最初は夏帆ちゃんのこといいなって思ったよ。だけと、京介さんと過ごしてみてわかったんだ。俺は夏帆ちゃんのことを好きなわけじゃないって」
彼女は「うん、わかってる」と相槌を打った。
『だって柊一くんわかりやすいんだもん。お兄ちゃんもだけどね。だってこの間うちに来た時のこと覚えてる?』
「この間?」
『もし怪我したのが柊一くんじゃなかったら、その人に向かって怒鳴ってるところだよ。夏帆が危ないだろって。なのに、お兄ちゃんったら来るなり私に向かって柊一くんに何をさせた? だもん。私のせいで柊一くんに怪我させたって血相変えてるんだよ。思わず笑いそうになっちゃった』
そうだったのか――。その時は焦っていてそんなことまで気が付かなかった。
「うちは両親が離婚してて、俺ずっと女家族の中で育ってきたから……なんとなく女性と結婚するのが当然と思ってたんだ。だからまだ自分がゲイなのかはわからない。でも、京介さんのことは諦めたくないっていうか……」
『うん。柊一くんは素直になれば良いと思うな。お兄ちゃんに対しても、気を遣いすぎなくていいよ。二人して遠慮してたら上手くいくものもいかなうなっちゃう』
夏帆の言うことは最もだ。柊一に勇気さえあれば、まだ京介とやり直せるかもしれない。
『欲を言えばお兄ちゃんを助けてほしいんだ。本気の恋はしないなんて言ってるけどそんなの嘘。もうね、私が結婚しないとお兄ちゃんいつまでも自己犠牲やってないといけないじゃない? それで私婚活頑張ってるんだけど、さすがに疲れちゃったんだよね~。これだ! と思った人は既婚者だったし』
彼女の明るい声音が柊一の気分を和ませてくれた。
「そうだね。夏帆ちゃんは頑張りすぎだ」
『そう思うなら、お兄ちゃんのことよろしくお願いね!』
恋愛映画を観てセンチメンタルな気分に浸るのも良いが、このまま終わりにしたくない。鑑賞した作品の主人公たちより今の自分の方がずっと女々しい。こんなことくらいで落ち込んでる場合じゃない。
柊一はまず部屋を掃除して、まともな料理を作って食べた。腹が満たされたら、次に睡眠だ。
そうやって人間らしい生活にサイクルを戻すと、徐々に気分が上昇してきたのだった。
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