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15.いつわりの新婚生活
それからしばらくの入院生活を終え、俺はやっと退院することとなった。
礼央が病院に迎えにきてくれて午前中のうちに家に着いた。
都内の閑静な住宅街に建つ一軒家だった。
これまで暫くの間イギリスで暮らしていた礼央が、たまに日本に帰ってきたときに過ごすために買った家だと言うがそれにしては大きくて庭まで付いている。
大学時代は医学部生でそれなりに裕福な家庭の出だろうとは思っていたけど、今は想像以上にリッチなんだな…
俺の実家も資産家ではあるが、自分自身の稼ぎがそこまであるわけではなかったので、若いのにこんな家を持てるのが純粋に凄いなと思った。
「さぁ、入って。これからはここが美耶さんの家だよ」
「お邪魔します」
「だーかーら、美耶さんの家なんだからそんな挨拶要らないよ!」
「そっか、つい…」
礼央に続いてリビングに入る。
「うわー、良い眺めだね」
家は傾斜地を利用して建てられており、窓からは都内のビル群を見下ろせるようになっていた。この住宅は正面玄関側から見ると2階建てだが、裏の斜面側から見ると地下1階も外に面しているため3階建てに見えるつくりだ。
俺はあの日からずっと入院していてそのまま来たので荷物は何も無かった。
でも、ここに越してくるのがわかってから礼央が身の周り品は全てあらかじめ揃えておいてくれた。
雨に濡れた鞄は捨てたし、スマートフォンもあの日濡れて使えなくなっていたから処分した。するとこの間礼央が新しいスマホを買ってきてくれた。
俺はもう誰とも連絡を取ることもないし1人では出掛けられないから必要ないと言ったけど、礼央が外出してる時に連絡が取れないと寂しいと言うので受け取った。
そう、俺は1人で出掛けられなくなっていた。
1人で歩いていてまた誰かにぶつかったら怖い目に遭う気がして、どこへ行くにも誰かと一緒じゃないと嫌だった。
病院の敷地内の庭ですら、1人では歩けなくなっていた。
室内に1人でいるのは全くなんともない。ただ、外に出掛けたくないのだ。
この家に住むにあたって俺もできることをしたいと言うと、礼央が答える。
「買い物は僕がしますし、今はデリバリーで何でも頼めますからね」
「ごめん。仕事もせず家にいるのに俺、買い物すらできないなんて…」
「美耶さん。何度も言ったけど、僕は家政婦が欲しくて来てもらった訳じゃないからね。本気で何もしなくていいの。掃除も洗濯も料理も今までだって外注してたんだから」
「うん」
「わかってないでしょその顔。僕は家に帰ってきた時美耶さんが家に居て、”おかえり”って言ってくれるだけでもう、最高に幸せなの。わかる?」
「………うん」
「あ、嘘ついたね?」
礼央は笑った。俺も苦笑する。
「だってそんなこと言われてもわかんないよ。今まで同居してた桐谷には、俺の顔見たくないって言われてたんだもん。しかも家で人のこと待ってたことなんて無いし…何してたらいいのか…」
忙しく働いていて夜中に帰ることが多かった。桐谷が先に帰っていても、自室に篭って出ても来ないから少なくとも社会人になってからただいまとかおかえりなんて言った記憶も言われた記憶も無い。
「うーん。何も出来なくて不安なんですね」
礼央はちょっと考え込んでから思いついたように言った。
「じゃあお願いがあります。僕が出かける時と帰ってきた時、いってらっしゃいとお帰りなさいのキスをして下さい」
「え!キス!?」
俺はこの前病院で発情してしまった時のことを思い出して急激に顔が熱くなった。
「あ、美耶さん今えっちなこと考えたでしょ?この間みたいな熱烈なキスじゃなくていいです。朝から出掛けられなくする気ですか?」
「ち、違う!」
「あはは、冗談です。チュッと触れるだけのキスで良いので」
「……わかった」
「練習してみますか?」
礼央の目が優しく細められる。
これは本気?冗談?
そう思って迷っていると礼央の手が優しく俺の頬を包んで、唇が触れるだけの軽いキスをされた。
「こういうキスです」
「は、はい」
俺はそれだけでドキドキしてしまい、裏返った声で返事をして恥をかいた。
更に顔が火照るのをなんとか鎮めたいと思っていると、そのまま抱きしめられた。
「美耶さん可愛い…好きです。これからよろしくお願いします」
「こっちこそ…よろしく」
「美耶さんは桐谷さんと付き合う前に別の彼氏がいましたか?」
礼央が少し腕を緩めて顔を覗き込んでくる。
「え?急になんだよ。そんなの居ない。桐谷は俺が子供の頃から決まってた許嫁だったから」
「そう…じゃあ桐谷さんに感謝しないと」
「感謝?」
あいつに感謝することなんて何かあったっけ?
「はい。美耶さんを恋人として大切にするのは僕がはじめてってことですよね」
「それは…まあそうなるか」
俺、32歳にもなって誰にも大切にしてもらったことがないって今認識しちゃったよ。
恥ずかしい…
「美耶さんが何も不安を感じなくてもいいように、大事にします」
「ありがとう…」
俺は気恥ずかしくてうつむいた。
「美耶さんが俺のこと今はなんとも思ってないのわかってますから。好きになってくれるまでおかえりのキス以外無理に恋人のフリしなくてもいいです。でも婚姻届だけは出したいです」
「え?それは出すんだ!?」
びっくりして礼央の顔を見上げた。
「はい。誰にも取られたくないから…。俺焦ってるんです。桐谷さんは絶対まだあなたのこと諦めてないはずですし」
「そうかなぁ?」
俺はそのことはやっぱり納得がいかなかった。
桐谷が俺を好きなんて、何かの間違いじゃないかと未だに思っている。
「それで、今度美耶さんのご家族にご挨拶したいなと思ってるんですけどだめですか?」
「え…俺の親に会うってこと?」
「はい。だって結婚するんだし挨拶くらいした方が良いですよね」
たしかにそれもそうか…
怪我をしてすぐのときは絶対に家族に会いたくなかった。
でも、今は体調も良い日が多いし、なんと言っても礼央が付いている。
家族に会ってみてもいいかな…
「わかった。じゃあ俺から日程聞いてみるよ」
「ありがとう美耶さん!」
本当は当主である母に連絡すべきなんだろう。
でも、気が引けて俺は父に電話を掛けた。
俺の声を聞いて父は無事を喜んでくれた。
そして、礼央とのことを話して一度会いに行きたいと言ったら日程を調整してまた連絡すると言われた。
父さんは何があっても俺の味方をしてくれると思える。
母はどう思うかな…
不妊とわかって、婚約破棄された期待はずれの息子。
出戻ったけど、すぐに仕事を辞めて別のα男性の妻になるのを母は喜ぶかもしれない。
もうどこにも貰い手はないと思っていただろうから。
数時間後に父から折返しの電話が来て、来週末実家に帰ることになった。
礼央が病院に迎えにきてくれて午前中のうちに家に着いた。
都内の閑静な住宅街に建つ一軒家だった。
これまで暫くの間イギリスで暮らしていた礼央が、たまに日本に帰ってきたときに過ごすために買った家だと言うがそれにしては大きくて庭まで付いている。
大学時代は医学部生でそれなりに裕福な家庭の出だろうとは思っていたけど、今は想像以上にリッチなんだな…
俺の実家も資産家ではあるが、自分自身の稼ぎがそこまであるわけではなかったので、若いのにこんな家を持てるのが純粋に凄いなと思った。
「さぁ、入って。これからはここが美耶さんの家だよ」
「お邪魔します」
「だーかーら、美耶さんの家なんだからそんな挨拶要らないよ!」
「そっか、つい…」
礼央に続いてリビングに入る。
「うわー、良い眺めだね」
家は傾斜地を利用して建てられており、窓からは都内のビル群を見下ろせるようになっていた。この住宅は正面玄関側から見ると2階建てだが、裏の斜面側から見ると地下1階も外に面しているため3階建てに見えるつくりだ。
俺はあの日からずっと入院していてそのまま来たので荷物は何も無かった。
でも、ここに越してくるのがわかってから礼央が身の周り品は全てあらかじめ揃えておいてくれた。
雨に濡れた鞄は捨てたし、スマートフォンもあの日濡れて使えなくなっていたから処分した。するとこの間礼央が新しいスマホを買ってきてくれた。
俺はもう誰とも連絡を取ることもないし1人では出掛けられないから必要ないと言ったけど、礼央が外出してる時に連絡が取れないと寂しいと言うので受け取った。
そう、俺は1人で出掛けられなくなっていた。
1人で歩いていてまた誰かにぶつかったら怖い目に遭う気がして、どこへ行くにも誰かと一緒じゃないと嫌だった。
病院の敷地内の庭ですら、1人では歩けなくなっていた。
室内に1人でいるのは全くなんともない。ただ、外に出掛けたくないのだ。
この家に住むにあたって俺もできることをしたいと言うと、礼央が答える。
「買い物は僕がしますし、今はデリバリーで何でも頼めますからね」
「ごめん。仕事もせず家にいるのに俺、買い物すらできないなんて…」
「美耶さん。何度も言ったけど、僕は家政婦が欲しくて来てもらった訳じゃないからね。本気で何もしなくていいの。掃除も洗濯も料理も今までだって外注してたんだから」
「うん」
「わかってないでしょその顔。僕は家に帰ってきた時美耶さんが家に居て、”おかえり”って言ってくれるだけでもう、最高に幸せなの。わかる?」
「………うん」
「あ、嘘ついたね?」
礼央は笑った。俺も苦笑する。
「だってそんなこと言われてもわかんないよ。今まで同居してた桐谷には、俺の顔見たくないって言われてたんだもん。しかも家で人のこと待ってたことなんて無いし…何してたらいいのか…」
忙しく働いていて夜中に帰ることが多かった。桐谷が先に帰っていても、自室に篭って出ても来ないから少なくとも社会人になってからただいまとかおかえりなんて言った記憶も言われた記憶も無い。
「うーん。何も出来なくて不安なんですね」
礼央はちょっと考え込んでから思いついたように言った。
「じゃあお願いがあります。僕が出かける時と帰ってきた時、いってらっしゃいとお帰りなさいのキスをして下さい」
「え!キス!?」
俺はこの前病院で発情してしまった時のことを思い出して急激に顔が熱くなった。
「あ、美耶さん今えっちなこと考えたでしょ?この間みたいな熱烈なキスじゃなくていいです。朝から出掛けられなくする気ですか?」
「ち、違う!」
「あはは、冗談です。チュッと触れるだけのキスで良いので」
「……わかった」
「練習してみますか?」
礼央の目が優しく細められる。
これは本気?冗談?
そう思って迷っていると礼央の手が優しく俺の頬を包んで、唇が触れるだけの軽いキスをされた。
「こういうキスです」
「は、はい」
俺はそれだけでドキドキしてしまい、裏返った声で返事をして恥をかいた。
更に顔が火照るのをなんとか鎮めたいと思っていると、そのまま抱きしめられた。
「美耶さん可愛い…好きです。これからよろしくお願いします」
「こっちこそ…よろしく」
「美耶さんは桐谷さんと付き合う前に別の彼氏がいましたか?」
礼央が少し腕を緩めて顔を覗き込んでくる。
「え?急になんだよ。そんなの居ない。桐谷は俺が子供の頃から決まってた許嫁だったから」
「そう…じゃあ桐谷さんに感謝しないと」
「感謝?」
あいつに感謝することなんて何かあったっけ?
「はい。美耶さんを恋人として大切にするのは僕がはじめてってことですよね」
「それは…まあそうなるか」
俺、32歳にもなって誰にも大切にしてもらったことがないって今認識しちゃったよ。
恥ずかしい…
「美耶さんが何も不安を感じなくてもいいように、大事にします」
「ありがとう…」
俺は気恥ずかしくてうつむいた。
「美耶さんが俺のこと今はなんとも思ってないのわかってますから。好きになってくれるまでおかえりのキス以外無理に恋人のフリしなくてもいいです。でも婚姻届だけは出したいです」
「え?それは出すんだ!?」
びっくりして礼央の顔を見上げた。
「はい。誰にも取られたくないから…。俺焦ってるんです。桐谷さんは絶対まだあなたのこと諦めてないはずですし」
「そうかなぁ?」
俺はそのことはやっぱり納得がいかなかった。
桐谷が俺を好きなんて、何かの間違いじゃないかと未だに思っている。
「それで、今度美耶さんのご家族にご挨拶したいなと思ってるんですけどだめですか?」
「え…俺の親に会うってこと?」
「はい。だって結婚するんだし挨拶くらいした方が良いですよね」
たしかにそれもそうか…
怪我をしてすぐのときは絶対に家族に会いたくなかった。
でも、今は体調も良い日が多いし、なんと言っても礼央が付いている。
家族に会ってみてもいいかな…
「わかった。じゃあ俺から日程聞いてみるよ」
「ありがとう美耶さん!」
本当は当主である母に連絡すべきなんだろう。
でも、気が引けて俺は父に電話を掛けた。
俺の声を聞いて父は無事を喜んでくれた。
そして、礼央とのことを話して一度会いに行きたいと言ったら日程を調整してまた連絡すると言われた。
父さんは何があっても俺の味方をしてくれると思える。
母はどう思うかな…
不妊とわかって、婚約破棄された期待はずれの息子。
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