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19.体調不良と思わぬ出来事
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「何もすることがないならやってみたら?」と礼央が楽譜や練習曲の教本をたくさん用意してくれて、俺は久しぶりにピアノを弾いていた。
習っていたのはもう10年以上前だから指は全然動かなかったが、何となく楽しくて夢中で鍵盤を叩いていたら気付かぬうちに辺りが暗くなっていた。
ドアが開いて礼央が入ってきてハッとする。
「ただいま」
「あ、おかえり」
「弾いてくれてたんだね」
「うん、気付いたら2時間も経ってた」
俺はピアノの蓋を閉じて立ち上がった。
「ごめん、ご飯これから作るね」
ほとんどの食事はハウスキーパーが作ってくれるが、俺も毎日1~2品作って付け加えるようにしていた。
慌ててキッチンに向かおうとすると礼央が拗ねたように言う。
「美耶さんまた忘れてます」
「え?」
「おかえりのキス」
あ…そうだった。
早く夫婦らしくなれるように、行ってきますとおかえりの時俺からキスをするんだった。
俺は礼央に近寄り、少し背伸びをしてキスした。
「礼央、外の匂いがする」
「それは外から帰ってきましたからね」
礼央の腕が腰に周りホールドされる。
「離してくれないとご飯作れないんだけど…」
首筋に鼻先を埋めてクンクン匂いを嗅がれる。
くすぐったい。
「んー、この匂い嗅いだら疲れが取れます。ずっとこうしてたい…」
「はいはい、ほら離してって」
俺は胸を押しやって身体を離した。
顔が熱い。
あんまりくっつかれると恥ずかしいし変な気分になりそうだ。
だって礼央はすごくいい匂いがするから。
さっき外の匂いなんて言ってごまかしたけど、本当は礼央自身の香りに包まれると発情期でもないのに身体が反応しそうになるのだ。
退院してこの家に来てから2度目のヒートでも俺はPTSDの症状に苦しむことなくセックスが出来た。
しかし未だにヒートの時以外で挿入するのは遠慮してもらっている。
それでも礼央に対して性的に興奮することはある。運命の番だからなのかとにかく礼央の匂いが俺は好きで、それは場合によっては性欲を掻き立てることもあった。
そんな俺は礼央の近すぎる距離感に戸惑っている。
桐谷はヒートの時以外は俺に触れようともしなかったから、礼央と暮らすようになって半年近く経った今でもスキンシップの多さに慣れることができないでいた。
「えー。もっとギュッとしたいです」
礼央は口を尖らせた。
この年下の夫は、一緒にいたら常にくっついてくる。
まるで昔実家で飼っていたゴールデンレトリバーのように。
「ご飯を食べてからだ。礼央は手も洗ってないだろ?」
ぶーぶー言う声が背後で聞こえたが俺はキッチンに向かった。
食卓にハウスキーパーの作った料理と自分が用意した料理を並べて礼央と2人で食べる。
礼央は忙しくてもなるべく夕飯の時間までには帰って来てくれ、仕事が残っている場合はその後書斎で作業している。
「これ美味しい。美耶さん作ったの?」
「あ、それ?そうそう。初めて作ったんだけど口に合って良かった」
「あれ…美耶さん今日食欲無い?」
俺の皿の料理が減っていないことに気付かれてしまった。
「え?ああ…」
「また隠し事?体調悪いんじゃないの?」
「うーん、言うほどでもないんだけど…ちょっとお腹痛くて食欲無い…かな」
「無理しないで、病院で診て貰えば?」
「うん。もう少し様子見てダメなら行くよ。今日はご飯これでやめておく。ごちそうさま」
礼央に言われた通りここ数日食欲が無い。そして、下っているわけでもなく下腹部がたまにちくちくと痛んだ。
まだ病院に行くには早いと思ったが、その後トイレに行ってびっくりした。
後ろから血が出ている。
俺はちょっと焦った。入院中に肛門の傷用に買った生理用ナプキンの残りが捨てずに取ってあったのでそれを付ける。
ーーーどうしよう。変な病気だったら…性病とかじゃないよね?
礼央とは2回のヒートでどちらも避妊具を着けずにセックスしてしまった。
もしあの男に変な病気を移されてて、それを礼央に移してしまってたらどうしよう…!
そう考えて俺は青ざめた。
病院で診てもらわないと!
俺はトイレから出てすぐに、礼央に事情を話した。
俺が不安そうなので明日病院に付き添うと言ってくれたが礼央は仕事なので断った。代わりに大迫に連絡したら送迎してくれると言うのでお願いした。
最近俺は人出の多い賑やかな場所や、前に行ったことのある場所なら1人でも出掛けられるようになっていた。
家の周りも何度か礼央と出掛けたので、今では1人で散歩もできる。
しかも明日は大迫の車なので安心だ。
そして俺は出血した翌日、Ω専門のクリニックに来ていた。
嫌な思い出しかない以前のかかりつけ医ではなく、引っ越してから初めて訪問するクリニックだ。
パステルカラーの内装で静かなオルゴールの音楽が流れている。
事情を話すと、尿検査と血液検査、エコーもやってもらうことになった。
検査が済んで問診室に呼ばれ、緊張しながら先生の話を聞く。
そこで聞かされた内容の意外さに、俺は一瞬何を言われたかわからなかった。
「残念ですが、今回は妊娠が継続できず化学流産となってしまったようです」
「…はい?」
「ええ、わかります。なかなかすぐには受け入れられないですよね」
妊娠が…継続できず…?
「今日検査した血中hCGの値が9.5なんです。最後の性行為から計算して、日数的に妊娠が継続していれば最低でも1000は欲しいところなんです。ですから、今回は残念ですが…出血があったのは流産と関係あるかもしれないしないかもしれないし、何とも言えないです。が、他にポリープなどの異常は無く綺麗な子宮でしたからまた次頑張りましょう」
「いえ、そうじゃなくて…hcなんとかってなんですか?私が妊娠して流産したってことなんですか?」
「はい。あれ?その検査では?」
医師はカルテを見直す。
「いいえ。別のクリニックで検査して実は不妊と言われていたので妊娠することはないと思っていたんです」
「え?ああ本当だ、初診なんですね。てっきりタイミングの結果を見に来たのかと…すみません」
「昨日急に出血したので、病気かなって不安になって」
「なるほど、でも妊娠出来てますね。不妊の検査結果も100%正確じゃないですから」
そう言って若い男性医師は笑顔を見せた。
「今回は残念でしたが、一度着床出来たのでまた妊娠できる可能性はとても高いですよ。もし妊娠を希望されてるんでしたら今回のことは喜んで良いと思います」
「そ、そうですか」
「もし良ければ、次回はご主人と一緒にどうぞ。不妊と言われた原因の治療も一緒にしてあげればきっといい成果が出ますよ」
「ありがとうございます…」
俺は呆然と部屋を出て会計を済ませ、やっと実感が湧いて来た。
ーーー俺、妊娠できるんだ…!
流産したのは悲しいことだけど、そもそも妊娠出来なきゃ流産もできないのだ。
先生も、またできる可能性が高いって言ってた!
「そうだ、礼央に…」
俺は嬉しくてスマホを取り出し、礼央に電話しかけて通話ボタンを押す寸前で手を止めた。
待て待て。今日は会議だって言ってたっけ。帰ってから直接話そう。
礼央ももしかして妊娠出来るかもって聞いたら喜んでくれるかな…
俺は来る時とは打って変わって明るい気持ちで大迫の待つ車に乗り込んだ。
ミラー越しに俺の顔を見た大迫はこう言った。
「どうやら大丈夫みたいですね。いいことでもありましたか?」
「いや。いいことではないんだけど…あ!そうだ。ここまで来たから○○ホテルに寄ってくれない?シュークリーム買って帰りたい」
「わかりました」
俺は鼻歌混じりに車窓を眺めた。
習っていたのはもう10年以上前だから指は全然動かなかったが、何となく楽しくて夢中で鍵盤を叩いていたら気付かぬうちに辺りが暗くなっていた。
ドアが開いて礼央が入ってきてハッとする。
「ただいま」
「あ、おかえり」
「弾いてくれてたんだね」
「うん、気付いたら2時間も経ってた」
俺はピアノの蓋を閉じて立ち上がった。
「ごめん、ご飯これから作るね」
ほとんどの食事はハウスキーパーが作ってくれるが、俺も毎日1~2品作って付け加えるようにしていた。
慌ててキッチンに向かおうとすると礼央が拗ねたように言う。
「美耶さんまた忘れてます」
「え?」
「おかえりのキス」
あ…そうだった。
早く夫婦らしくなれるように、行ってきますとおかえりの時俺からキスをするんだった。
俺は礼央に近寄り、少し背伸びをしてキスした。
「礼央、外の匂いがする」
「それは外から帰ってきましたからね」
礼央の腕が腰に周りホールドされる。
「離してくれないとご飯作れないんだけど…」
首筋に鼻先を埋めてクンクン匂いを嗅がれる。
くすぐったい。
「んー、この匂い嗅いだら疲れが取れます。ずっとこうしてたい…」
「はいはい、ほら離してって」
俺は胸を押しやって身体を離した。
顔が熱い。
あんまりくっつかれると恥ずかしいし変な気分になりそうだ。
だって礼央はすごくいい匂いがするから。
さっき外の匂いなんて言ってごまかしたけど、本当は礼央自身の香りに包まれると発情期でもないのに身体が反応しそうになるのだ。
退院してこの家に来てから2度目のヒートでも俺はPTSDの症状に苦しむことなくセックスが出来た。
しかし未だにヒートの時以外で挿入するのは遠慮してもらっている。
それでも礼央に対して性的に興奮することはある。運命の番だからなのかとにかく礼央の匂いが俺は好きで、それは場合によっては性欲を掻き立てることもあった。
そんな俺は礼央の近すぎる距離感に戸惑っている。
桐谷はヒートの時以外は俺に触れようともしなかったから、礼央と暮らすようになって半年近く経った今でもスキンシップの多さに慣れることができないでいた。
「えー。もっとギュッとしたいです」
礼央は口を尖らせた。
この年下の夫は、一緒にいたら常にくっついてくる。
まるで昔実家で飼っていたゴールデンレトリバーのように。
「ご飯を食べてからだ。礼央は手も洗ってないだろ?」
ぶーぶー言う声が背後で聞こえたが俺はキッチンに向かった。
食卓にハウスキーパーの作った料理と自分が用意した料理を並べて礼央と2人で食べる。
礼央は忙しくてもなるべく夕飯の時間までには帰って来てくれ、仕事が残っている場合はその後書斎で作業している。
「これ美味しい。美耶さん作ったの?」
「あ、それ?そうそう。初めて作ったんだけど口に合って良かった」
「あれ…美耶さん今日食欲無い?」
俺の皿の料理が減っていないことに気付かれてしまった。
「え?ああ…」
「また隠し事?体調悪いんじゃないの?」
「うーん、言うほどでもないんだけど…ちょっとお腹痛くて食欲無い…かな」
「無理しないで、病院で診て貰えば?」
「うん。もう少し様子見てダメなら行くよ。今日はご飯これでやめておく。ごちそうさま」
礼央に言われた通りここ数日食欲が無い。そして、下っているわけでもなく下腹部がたまにちくちくと痛んだ。
まだ病院に行くには早いと思ったが、その後トイレに行ってびっくりした。
後ろから血が出ている。
俺はちょっと焦った。入院中に肛門の傷用に買った生理用ナプキンの残りが捨てずに取ってあったのでそれを付ける。
ーーーどうしよう。変な病気だったら…性病とかじゃないよね?
礼央とは2回のヒートでどちらも避妊具を着けずにセックスしてしまった。
もしあの男に変な病気を移されてて、それを礼央に移してしまってたらどうしよう…!
そう考えて俺は青ざめた。
病院で診てもらわないと!
俺はトイレから出てすぐに、礼央に事情を話した。
俺が不安そうなので明日病院に付き添うと言ってくれたが礼央は仕事なので断った。代わりに大迫に連絡したら送迎してくれると言うのでお願いした。
最近俺は人出の多い賑やかな場所や、前に行ったことのある場所なら1人でも出掛けられるようになっていた。
家の周りも何度か礼央と出掛けたので、今では1人で散歩もできる。
しかも明日は大迫の車なので安心だ。
そして俺は出血した翌日、Ω専門のクリニックに来ていた。
嫌な思い出しかない以前のかかりつけ医ではなく、引っ越してから初めて訪問するクリニックだ。
パステルカラーの内装で静かなオルゴールの音楽が流れている。
事情を話すと、尿検査と血液検査、エコーもやってもらうことになった。
検査が済んで問診室に呼ばれ、緊張しながら先生の話を聞く。
そこで聞かされた内容の意外さに、俺は一瞬何を言われたかわからなかった。
「残念ですが、今回は妊娠が継続できず化学流産となってしまったようです」
「…はい?」
「ええ、わかります。なかなかすぐには受け入れられないですよね」
妊娠が…継続できず…?
「今日検査した血中hCGの値が9.5なんです。最後の性行為から計算して、日数的に妊娠が継続していれば最低でも1000は欲しいところなんです。ですから、今回は残念ですが…出血があったのは流産と関係あるかもしれないしないかもしれないし、何とも言えないです。が、他にポリープなどの異常は無く綺麗な子宮でしたからまた次頑張りましょう」
「いえ、そうじゃなくて…hcなんとかってなんですか?私が妊娠して流産したってことなんですか?」
「はい。あれ?その検査では?」
医師はカルテを見直す。
「いいえ。別のクリニックで検査して実は不妊と言われていたので妊娠することはないと思っていたんです」
「え?ああ本当だ、初診なんですね。てっきりタイミングの結果を見に来たのかと…すみません」
「昨日急に出血したので、病気かなって不安になって」
「なるほど、でも妊娠出来てますね。不妊の検査結果も100%正確じゃないですから」
そう言って若い男性医師は笑顔を見せた。
「今回は残念でしたが、一度着床出来たのでまた妊娠できる可能性はとても高いですよ。もし妊娠を希望されてるんでしたら今回のことは喜んで良いと思います」
「そ、そうですか」
「もし良ければ、次回はご主人と一緒にどうぞ。不妊と言われた原因の治療も一緒にしてあげればきっといい成果が出ますよ」
「ありがとうございます…」
俺は呆然と部屋を出て会計を済ませ、やっと実感が湧いて来た。
ーーー俺、妊娠できるんだ…!
流産したのは悲しいことだけど、そもそも妊娠出来なきゃ流産もできないのだ。
先生も、またできる可能性が高いって言ってた!
「そうだ、礼央に…」
俺は嬉しくてスマホを取り出し、礼央に電話しかけて通話ボタンを押す寸前で手を止めた。
待て待て。今日は会議だって言ってたっけ。帰ってから直接話そう。
礼央ももしかして妊娠出来るかもって聞いたら喜んでくれるかな…
俺は来る時とは打って変わって明るい気持ちで大迫の待つ車に乗り込んだ。
ミラー越しに俺の顔を見た大迫はこう言った。
「どうやら大丈夫みたいですね。いいことでもありましたか?」
「いや。いいことではないんだけど…あ!そうだ。ここまで来たから○○ホテルに寄ってくれない?シュークリーム買って帰りたい」
「わかりました」
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