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1章.狂った一族
2.ルネの誕生日
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繊細な銀糸の刺繍が施されたコートを着て鏡の前に立った僕に侍女が声を掛ける。
「とってもお似合いですわ、ルネ様」
「そう……」
今日は僕の十八歳の誕生日。この国では十八歳で成人となるため、盛大に祝われるはずだった。しかし先日のオメガ判定によってパーティーは中止が決定していた。オメガのために無駄な国費を投じるわけにはいかないという理由だった。もちろん二日後のヘクターの誕生日は盛大に行われる予定だ。
侍女のペネロープがせっかく用意したのだからと成人のお祝い用にあつらえた衣装を着せてくれたのだけど、僕はここ数日の出来事で落ち込んでいてそれどころではなかった。
「あらあら、そんなにため息をついては幸運が逃げますわよ」
「もうとっくに逃げてどこかに隠れているよ。どうして僕、オメガになんてなってしまったんだろう」
「そんなことおっしゃらないで下さい。ほら、鏡をご覧になって! 見てくださいこの内側から輝くような白い肌、澄み切った空のような青い瞳。そしてこのサラサラのプラチナブロンドの髪の毛! 白い衣装が映えてとってもお似合いです。亡くなられたミレーヌ様にまるで生き写しですわ」
ペネロープがうっとりした表情で鏡越しに実母のミレーヌと僕の容姿を褒める。
「私はミレーヌ様も、その前の公妃殿下も存じ上げておりますが、ミレーヌ様が一番お美しかったんですよ。最初の奥様もそりゃ美人でしたけれどね。腹違いのお兄様方お二人もなかなかの美形ですけど、やっぱりルネ様の美貌には勝てませんわ」
父ジェルマン二世の血を引く子供は僕を含めて全部で四男一女。僕の上に腹違いの兄が二人と姉が一人いて、兄二人はアルファ。姉はベータだ。姉のモニークは既に他国に嫁いでいて、国に残っているのは男兄弟ばかり。
基本的に君主と結婚する相手にはアルファ女性が選ばれる。ただし例外があり、オメガ女性もアルファを産む確率が高いことから公妃となることがあった。その稀な例が二番目の妻だった僕の母だ。
オメガの女性は多産だが、その分身体が弱く寿命も短い。しかもアルファだけでなくオメガを産むケースもある。
(今回運悪くそれが僕だったというわけだよね……)
「ふふ、ペネロープは母の顔がそんなに好きだったんだね」
「まぁ、そういう意味ではございませんわ。ルネ様の美しさは周辺各国でも知らぬ者はおりませんよ。私の好みの問題ではないのです」
「それがおかしな話なんだってば……」
なぜ男の僕の容姿の良し悪しなんかが他国にまで知れているんだ。下らない。
「いいえ、神に愛された美貌と皆申しております。評判が立たぬわけがないのです」
「ふーん、そう」
「はぁ、もし私がルネ様のお姿だったら、毎日着飾ってパーティー三昧に明け暮れますわ」
「あはは、何だよそれ」
「あら! ルネ様ったら珍しく笑って頂けましたわね」
ペネロープは三十代後半の侍女で、僕の実母が健在な頃からバラデュール家に仕えている。気さくな性格で、普段あまり笑う事のない僕を笑わせてくれる唯一の友人だ。
「ルネ様。オメガとわかったのですから今のようにもう少しにこやかになさいませ。そうしたらきっと、素敵な殿方が妻にしたいとこぞって婚約の申し込みに来るでしょう」
「ええ?」
(そうか……。僕はオメガだから男性に嫁ぐことになるの?)
「でも、そしたら許嫁のヴィクトリーヌはどうなるのかな」
僕には幼い頃から親に決められた許嫁がいた。父の従兄弟である伯爵家の長女ヴィクトリーヌだ。
「さぁ、どうでしょう。ルネ様がオメガとなりますとご結婚は難しいかと……」
男性オメガは女性を妊娠させることがほとんど不可能なのだ。となると、伯爵家の長女と結婚することはまずあり得ないだろう。
「そうか……」
許嫁とはいえそこまで彼女と親しかったわけではない。しかし僕の手にしていたものがどんどんこの手を離れていく感覚は少し恐ろしかった。
(だけどせっかくこの世に生まれたんだから、僕は何か役に立つことをして生きていきたい。天国の母もそれを望んでいると思うし……)
僕は母の口癖を思い出して薬指に口づけした。まだ幼い頃に教わったおまじないだ。
『ルネ、泣かないで。つらいことがあったら薬指にキスして心の中でこう言うのよ。きっとうまくいく。信じていたら幸せがやってくる……ってね』
病床に伏せる母の横で僕は何度もこのおまじないを試したのに、母は逝ってしまった。だけど僕は未だにつらいときは薬指に唇を付けて心の中で念じるのだった。
「とってもお似合いですわ、ルネ様」
「そう……」
今日は僕の十八歳の誕生日。この国では十八歳で成人となるため、盛大に祝われるはずだった。しかし先日のオメガ判定によってパーティーは中止が決定していた。オメガのために無駄な国費を投じるわけにはいかないという理由だった。もちろん二日後のヘクターの誕生日は盛大に行われる予定だ。
侍女のペネロープがせっかく用意したのだからと成人のお祝い用にあつらえた衣装を着せてくれたのだけど、僕はここ数日の出来事で落ち込んでいてそれどころではなかった。
「あらあら、そんなにため息をついては幸運が逃げますわよ」
「もうとっくに逃げてどこかに隠れているよ。どうして僕、オメガになんてなってしまったんだろう」
「そんなことおっしゃらないで下さい。ほら、鏡をご覧になって! 見てくださいこの内側から輝くような白い肌、澄み切った空のような青い瞳。そしてこのサラサラのプラチナブロンドの髪の毛! 白い衣装が映えてとってもお似合いです。亡くなられたミレーヌ様にまるで生き写しですわ」
ペネロープがうっとりした表情で鏡越しに実母のミレーヌと僕の容姿を褒める。
「私はミレーヌ様も、その前の公妃殿下も存じ上げておりますが、ミレーヌ様が一番お美しかったんですよ。最初の奥様もそりゃ美人でしたけれどね。腹違いのお兄様方お二人もなかなかの美形ですけど、やっぱりルネ様の美貌には勝てませんわ」
父ジェルマン二世の血を引く子供は僕を含めて全部で四男一女。僕の上に腹違いの兄が二人と姉が一人いて、兄二人はアルファ。姉はベータだ。姉のモニークは既に他国に嫁いでいて、国に残っているのは男兄弟ばかり。
基本的に君主と結婚する相手にはアルファ女性が選ばれる。ただし例外があり、オメガ女性もアルファを産む確率が高いことから公妃となることがあった。その稀な例が二番目の妻だった僕の母だ。
オメガの女性は多産だが、その分身体が弱く寿命も短い。しかもアルファだけでなくオメガを産むケースもある。
(今回運悪くそれが僕だったというわけだよね……)
「ふふ、ペネロープは母の顔がそんなに好きだったんだね」
「まぁ、そういう意味ではございませんわ。ルネ様の美しさは周辺各国でも知らぬ者はおりませんよ。私の好みの問題ではないのです」
「それがおかしな話なんだってば……」
なぜ男の僕の容姿の良し悪しなんかが他国にまで知れているんだ。下らない。
「いいえ、神に愛された美貌と皆申しております。評判が立たぬわけがないのです」
「ふーん、そう」
「はぁ、もし私がルネ様のお姿だったら、毎日着飾ってパーティー三昧に明け暮れますわ」
「あはは、何だよそれ」
「あら! ルネ様ったら珍しく笑って頂けましたわね」
ペネロープは三十代後半の侍女で、僕の実母が健在な頃からバラデュール家に仕えている。気さくな性格で、普段あまり笑う事のない僕を笑わせてくれる唯一の友人だ。
「ルネ様。オメガとわかったのですから今のようにもう少しにこやかになさいませ。そうしたらきっと、素敵な殿方が妻にしたいとこぞって婚約の申し込みに来るでしょう」
「ええ?」
(そうか……。僕はオメガだから男性に嫁ぐことになるの?)
「でも、そしたら許嫁のヴィクトリーヌはどうなるのかな」
僕には幼い頃から親に決められた許嫁がいた。父の従兄弟である伯爵家の長女ヴィクトリーヌだ。
「さぁ、どうでしょう。ルネ様がオメガとなりますとご結婚は難しいかと……」
男性オメガは女性を妊娠させることがほとんど不可能なのだ。となると、伯爵家の長女と結婚することはまずあり得ないだろう。
「そうか……」
許嫁とはいえそこまで彼女と親しかったわけではない。しかし僕の手にしていたものがどんどんこの手を離れていく感覚は少し恐ろしかった。
(だけどせっかくこの世に生まれたんだから、僕は何か役に立つことをして生きていきたい。天国の母もそれを望んでいると思うし……)
僕は母の口癖を思い出して薬指に口づけした。まだ幼い頃に教わったおまじないだ。
『ルネ、泣かないで。つらいことがあったら薬指にキスして心の中でこう言うのよ。きっとうまくいく。信じていたら幸せがやってくる……ってね』
病床に伏せる母の横で僕は何度もこのおまじないを試したのに、母は逝ってしまった。だけど僕は未だにつらいときは薬指に唇を付けて心の中で念じるのだった。
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