追放されたΩの公子は大公に娶られ溺愛される

grotta

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3章.新たな人生のはじまり

17.デーア大公グスタフとの出会い

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 その日も僕はいつもどおり本を読んで過ごし、夕食の時間になって宴の席に着いた。デーア大公に黙礼だけはした。何も言うなと言われたので僕は食事中はずっと口をつぐんでいた。
 大公殿下のことは以前遠目に見たことがあった。その時も大柄な男性だなとは思ったけど、近くで見ると見上げるほど大きかった。ゴールドブラウンのくせ毛に、程よく日焼けした肌の快活そうな美丈夫だった。兄のクレムス王も美男と名高いので、兄弟揃って容姿端麗というわけだ。
 僕は会話には一切入らなかったけれど、話を聞く限り大公は資源の採掘の話でここに来ているらしかった。僕はその資源に対してはそこまで興味は無かったけど、彼が色々な国を旅しているという話は興味深かった。
(この方は大公という立場でありながら公務以外で各地を訪問し色々な国の様子をよく観察されているようだ)
 特に、僕は他国のダムの話が面白くてつい身を乗り出してしまった程だ。リュカシオン公国の治水技術はまだまだ未熟だ。この方の話を聞くに、デーア大公国はかなり発達した治水技術を有しているらしい。
(行って見てみたいな。その技術があれば公国の用水路ももっと改善して作物の生産量が飛躍的に上がるんだけど……。いや、今更僕がこんなことを考えたって何にもならないんだけれど)
 僕が熱心に話に耳を傾けていたら、大公がこちらを見て言った。
「ところで、そこにいる彼はさっきから熱い視線を送ってくれているが――口がきけないのかね?」
「ああ、ルネですか。いいえ。彼はオメガなので、このような会話に興味はないですよ」
「そうか? 随分熱心に私の話を聞いていたようだが」
「どうでしょう……。でもそういえばよく難しそうな本を読んでいます。ルネ、お前殿下のお話しに興味があるのか? ん?」
「…………」
 フェリックスに問われたが、僕は口をきいても良いのかわからず姉の方を見た。彼女は知らんふりをしている。この場で黙っているのも不自然だと思って返事をした。
「僕は治水に関して興味があって本を読んでいます。異国にはそのような立派なダムがあるのかと、お話しを興味深く拝聴しておりました。祖国の治水技術は未熟で、灌漑かんがいすらまともに整備されておらず頭を悩ませていたのです。一度でも良いから現地で見てみたいと思って――あ、申し訳ありません。ついつまらない話を長々と……」
 興味のある話になり、ついつい殿下に向かって余計な話を始めてしまうところだった。殿下も不思議そうな目でこちらを見ているではないか。
「そうか。ふむ……身重のオメガがこんな話に興味を持つとは、面白い。名前はなんと言った?」
「ルネでございます」
 すると大公は何か思い出すように僕の名を繰り返した。
「ルネ? ……ルネ……ルネ……まさか、リュカシオン公国の?」
 素性を言い当てられたことに驚いて、それまで伏せていた目を上げてしまい大公と目が合った。
(優しそうな緑色の瞳……)
「はい。さようでございます」
「ほう、美貌で名高いリュカシオンの公子だな。なるほど評判通りの美しさだ。オメガとは初耳だったな」
 僕は自分がオメガの公子だと知れて急に恥ずかしくなり目を伏せた。
(きっと身重のオメガの分際で生意気だと思われたにちがいない。でしゃばって会話になど加わらなければよかった……)
 しかし幸いにもここで食事が終わって部屋を移ろうという流れになったのでそれ以上僕が彼と会話する必要はなくなった。僕は逃げるように自室に引き返した。

◇◇◇

 ベッドに横になる。胸が苦しいのは食べ過ぎたせいか、子宮が大きくなって内臓を圧迫しているからか。
(それとも……あの方の優しい瞳で見つめられて胸が高鳴っているから……?)
 僕のような日陰者と違い、陽の光がよく似合いそうな逞しい男性だった。眩しくてうかつに直視は出来ない――。
(今まで僕の周りにはいなかったタイプの人……)
 あちこち旅している経験から知識や判断力も優れているのが会話からうかがえた。自信に満ち溢れていて、国のリーダーに相応しい人間だとすぐにわかった。
(彼の国の運河やダムを見てみたいな)
 ぼんやりと考えていたら、足音が近づいてドアをノックされた。
(こんな奥まった部屋にわざわざ誰が?)
 咄嗟に身構えたが、中に入って来たのは姉のモニークとロッテだった。
「お姉様……?」
 僕は立ち上がった。
「どうされたんです?」
「これに着替えなさい」
 姉は僕の足元に大きな布を放り投げた。僕はそれを拾い上げて手に取ってみる。
「これは……なんですか?」
「キトンよ」
 キトンとは古代の石像が着ているような、ただの布を体に羽織って紐で結えるタイプの衣服だ。なぜこんなものを着なければいけないのだろうか。
「それを着て、大公殿下に葡萄酒をお持ちするのよ」
「え? 僕がですか?」
「あなた以外にここに誰がいるのよ? さっさとしなさい」
(一体なぜ? こんなもの……姉は正気なのか?)
「ロッテ! ルネにこの服を着せてちょうだい」
 後ろに控えてたロッテが姉に呼ばれて前に出た。
「ルネ様、失礼します」
「あ、でも……」
 こんなのはロッテの普段の仕事ではない。慣れない手つきで僕の服を脱がせようとするので、仕方がなく自分で脱いだ。
「ごめんねロッテ。着るのだけ手伝ってもらえる?」
「はい」
 いつもならロッテと会えば何かと世間話をしてくれる。しかし、今は姉がいるので彼女は無駄口をきかずに手を動かしていた。
 どこの出身なのか知らないが、慣れた手つきで僕にキトンを着せてくれる。大判の布を二つ折りにし、僕の身体を包んで肩の部分をブローチで止め、胸の下(膨らんだお腹の上)を二本の紐で綺麗なドレープになるように整えた。薄く軽い布で、足元はひらひらしていて何とも心許ない。
(こんなふざけた格好で本当に殿下の前に?)
「さあ、行くわよ」
「はい……お姉様」
 断れば何をされるかわからない。仕方がなく僕は従った。
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