追放されたΩの公子は大公に娶られ溺愛される

grotta

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番外編【マルセル視点】

歪んだ真珠の肖像(7)

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「このまま立っていても眠れませんね。あそこが横になるのにちょうど良いでしょう」
 オットーが指したのは本来獲物を置くための台だ。狩りに来て鹿をほふった私達がまさかこんな所で寝ることになろうとは。
 横になったオットーが言う。
「まるで解体される獲物になった気分ですね」
「私も全く同じことを考えていた」
 オットーは当然のように私の頭を自分の腕に乗せると埃っぽい毛布で二人の身体を覆った。なるべく羞恥心を感じないで済むように私は目を瞑る。しかし目を閉じるとその分他の感覚が鋭敏になってしまい、私はオットーの身体から立ち昇る微かな匂いに気づいてしまった。それは蕾がほころびかけて花開く直前のような青く甘い香りだった。
 婚約者のオメガ女性が発情したときでさえ全く心が動かされなかったというのに、今鼻をくすぐる匂いは微かだが確実に私を芯から燃え上がらせようとしていた。この瞬間、私は年若い同性の友人に対して特別な感情――それも性的な意味で――を持っていたのだと悟って息を呑んだ。
 愕然として目を見開くと心配そうに私を覗き込むオットーと目が合った。
「どうかしましたか? もしかして具合が悪いのですか?」
「あ……いや、なんでもない」
 狩りで歩き回った疲れから身体は鉛のように重たく動かない。寒さで頭がおかしくなったに違いない。
「しかし頬がとても赤いです。身体が冷えたから熱が出ているのかもしれない」
 オットーが無遠慮に私の額に自分の額を押し当てた。
「まだ熱は無いようですね……。でもこのままここで一晩明かしてからでは身体に障ります。私がこれから馬車を呼んできます」
 起き上がろうとするオットーの腕を掴んで引き止める。
「いいんだ、大丈夫だから」
「しかし……」
「体調は悪くない。ただ……恥ずかしくて頬が熱くなっただけだ」
 オットーは私が嘘を言っているのではないかと疑うように眉を顰めてこちらをじっと見つめた。
「本当ですね?」
「ああ」
「どこも悪くないのですね?」
「ああ、そうだと言っている!」
 私はついむきになって大きな声を出してしまった。
「よかった。本当に元気そうですね」
「疲れただけだ。もう寝よう」
 私は無意識のうちにオットーの腕を引き寄せて勝手に頭を乗せていた。しまったと思って彼の顔を見たがオットーはニヤッと頬を緩ませた。
「私の腕枕がお気に召したようで何よりです」
「……そういう言い方はよせ」
 恥ずかしさを紛らわせるため強めの口調になってしまったがオットーは気にしておらずむしろ機嫌が良さそうだった。

「まだ言う気はなかったのですが、言っても良いですか?」
「何をだ?」
 何かを言われるのに許可など求められたことは無く、なんのことかと少し身構えてしまう。
「あなたのことをずっとお慕いしていました。愛しています」
「あ……何……?」
 疲労で鈍った頭には理解しがたい発言だった。
「口付けしても良いですか?」
 口付けだと……?
「だ、だめに決まってるだろう。冗談もほどほどに……」
――急に何を言い出したんだ? 大人をからかうにしてはたちが悪い。
 それとも若者の間でこのような冗談が流行しているのか?
「マルセル、あなたは私の成人のお祝いに来てくださらなかったでしょう?」
「それは申し訳なかったが……」
「あなたが来てくださらなくて私がどれだけ傷ついたかわかりますか」
 こんなことまで持ち出すとは、彼にしては意地が悪すぎる。これまでこんな風にこちらを追い込むような物言いはされたことがなかったので私は戸惑った。
 飄々としていて掴みどころがない彼だが、私を困らせるようなことは言わなかった。だからこそこうして長く友人関係を続けられていたのだが。
「オットー、それは本当に申し訳ないと思っていると何度も言って――」
「その穴埋めに、一度だけ許してください」
 仰向けになっている私に覆いかぶさるような体勢で迫られ、どうにか逃げ道を探ろうとするが頭が回らない。
――どうしたらこの悪ふざけをやめてくれるんだ?
「あ……穴埋めだと? そんなのは……」
「これで無かったことにして差し上げます」
「な、んっ……!」
 抵抗しようと彼の胸を押し戻していた両手をあっさり掴まれて顔の横に縫い付けられ、体重をかけられたらこちらはもう身動きはできなかった。
 そのままオットーの端正な顔が近づいてきて私の唇を塞いだ。
 初めての口付けに私は驚き、唇が触れただけなのに背筋に甘い痺れを感じた。その罪悪感で胸がぎゅっと締め付けられる。
――こんなことで悦びを感じるなんて……!

 オットーは私が抵抗できないのをいいことに更に深く口付けしてくる。唇を塞がれているので苦しくなり、鼻から息を吸い込むとオットーの体臭が鼻腔をくすぐった。唇を貪られながらその香りに包まれるのは眩暈がするほどの快感で、しばし我を忘れてされるがままになっていた。
「ん……っふぅ……っ」
「愛しています、マルセル……許してください」
 激しい口付けに恍惚となっていたが、彼が身じろぎしたので上に乗っている男の身体の変化に気がついた。
「……!」
 彼の肉体の中心が硬く勃ち上がっている。欲情しているのだ。これが冗談ではないとわかって私は途端に焦燥感に包まれた。
――すぐにやめなければ、彼に私の秘密が知れてしまう!
 そしてとうとうオットーの手が私の下腹部に伸びた。
「だめだ……!」
「マルセル……」
 私はたしかに口付けにより興奮し快感を得ていたが、肉体は静かに凪いだままだった。
 オットーは私も彼と同じように感じて局部が変化していることを期待していたのだろう。予想が外れて彼はさっと身を引き、青い顔で謝り始めた。
「申し訳ありません。こんな真似をするつもりなど無かったのです。なんとお詫びすればよいか――」
「オットー……」
「私一人で熱くなって――あなたに触れたら理性がどこかへ行ってしまいました。本当に申し訳ありません」
「ち、ちがうんだ……」
 オットーは台から降りて濡れたままの上着を羽織る。
「少し頭を冷やしてきます。――そうだ、鹿の腹抜きをしてきますね」
「待ってくれ」
「あなたは寝ていて下さい。おやすみなさいマルセル」
 なんと言葉をかけてよいかわからず迷っているうちにオットーは外へ出ていってしまった。
 気がつくと雨はもうほとんど止んでいた。

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