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第二章 教会生活
24 生きて太陽の下で笑いたい
しおりを挟む結局モヤモヤが消えないまま、不完全な笑顔を向けた私に、総司祭様は深くため息を吐いた。
母親の面接は明朝、食事を終えてから。
お早い対応にわたくし涙が止まりません。
以前であれば、本当に泣いちゃってたと思う。
クランシーも来るのかな。
クランシーは妹に就くから、来ないよね。
付き添いの人は、私の容姿を長いベールで隠してくれる。
最初はそんなことなかったのに、やっぱり教会の中でも不穏な空気があるんだろうか。
「すぐに夕食をお持ちします」
「……ありがとうございます」
修道士のかしまし男子三人衆のうちの一人、ヨーイくんと一緒にいた、『童話の魔女』呼ばわりした少年だ。名前なんだっけ?白い髪に、たっぷり大きいフードを被った眼鏡少年。無愛想で、いつもむくれた顔をしている。 名前、聞いてたかな。人の名前覚えるの苦手なんだよね。
夕方になって、あたりは赤く燃えるように私の部屋を照らす。
そう、言っている間に夕闇の、オレンジと紫色の入り混じった空から、星が溢れてやってくる。
この世界は、本当に空がキレイだ。
汚れていない空は、変化する色も、雲も、星も、日の落ちる様子も鮮やかで、気がつくと目に止まり、心を落ち着けてくれる。
食事、そう。食事さえあれば大丈夫。
ねえ、私ちゃんと回避できてるのかな。
この状況、ただただ悪化しているようにしか思えないんだけど、大丈夫かな?
そもそもここが乙女ゲーの世界とか、私の前世が別世界のワープア女だとか。
それすらも誰かの仕組んだ罠なんじゃないのかな。
案外、平穏に幽閉生活を送ることができたんじゃないのかな?
それとも、ただの夢なのかもしれない。
現状を、逃避するための、私が強い意志を持っている、という防衛本能が魅せた夢。
でもさ。
ねえ。
それにしては、冬の日に家族で囲んだ鍋料理のあったかさも、映画で一緒に泣いた友達の語らいも、仕事で怒られて泣いた日の同僚の励ましも、ありえないほど現実味があるんだ。
それに、この悪役令嬢の結末が、私のただの夢だったとしても。
どうしようもない、この苛立ちを抱えていれば、いつか私はあの女に対する復讐を実行するだろう。
この感情は、それほどにぐちゃぐちゃなのだ。
理性で分かっているのに、体が動いてしまう、そんなことは何回もあった。
きっとそのこともあって、私の家族や友人や、従っていた者たちは離れていったのだろう。
(いわゆる強制力ってやつかしら……?)
それとも思い込みか。
平民に近づいているのか、遠のいているのか。
それを自分は、どう受け入れているのか。
マイナス思考は波のようにやってくる。ここに誰も居なくてよかった。
物を投げつけたい気分だ。
深く体に組み込まれたこの劣等感は、今も私が外に出るのを嫌がっている。
あれだけ頑張って、自身をつけて、その結果――ハイド様の婚約者にもなれなかった私が、どうして平民になんてなれる?
総司祭様が最初に言ったとおりだ。そんなに平民の生活が甘いわけがない。
日々の糧を得るために、毎日毎日苦労するんだ。私が日本で、あの都会で繰り広げたのとは運動量が違うはずだ。
魔法というファンタジーの恩恵を受けるにしても、平均寿命が五十年だったら、生活水準は江戸時代とか、それくらいじゃないだろうか。
(生き残れるかなあ……)
何をやってもダメだった。
家庭教師をつけられ、毎日毎日付きっ切りで教えてもらって、ようやく体面を保っていた頭の出来。魔法なんて、自分の身を整えることしか役に立たない。体力筋力は日傘持って登校できる程度でしかない。
確かに、家族に見放されたら、生活なんかできないかもしれない。
このまま安寧と、ただ孤独に耐えさえすれば、生活は保障される。
美味しいご飯を食べて、暖かい布団に入り一日を過ごすことができる。
これからは勉強ではなく、娯楽として本を読むのだ。
人の評価を気にすることなく、慎ましく花を愛で、歌をうたい――。
今の私だったら、きっとそんな生活にも耐えられるはずだ。あんな奴らの顔なんて思い浮かべず、雪の絶えない僻地の屋敷でも、雪だるま作って遊んで、カマクラ作って鍋食べて、スキーだってできるかも。意外と楽しいかもしれない。
ああでも。
結局あの人たちはやってきて、私の生活を嘲笑うのだろう。
幽閉生活を終わらせる気もないくせに、希望を与え、それを戯れに否定し、それに怒った私を批判して去っていく。
そしてそこで、かわいいかわいいあの女と、ハイドさまの結婚式を見て――私は。
思い描いただけで、ぐらぐらと、はらわたが煮え繰り返る、二人が密会していると、気持ちが通じ合っていると知ったときと同じ憤り。これを我慢なんてできない。そんなのは無理だ。画面越しでも、『え、ちょっとこれやりすぎじゃない?』なんて思ったあの境遇が自分の身に起きるなんて、絶対に耐えられない。
だって、私は頑張ったんだ。
ハイド様は私の憧れで、崇敬を持って接する相手で、でもそれ以上に私に笑いかけてくれた婚約者だった。ただ、家同士のつながりを強めるためのものであったとしても、私はハイド様を愛していた。ダンスで手に取ってくれたその力強さを覚えている。支えたいと思った。――自分がどんなに不相応でも、それを隠してこの人の隣にいたいと思った。
全部、もう、叶わないけど。
私ではなくて、あの女がハイド様の隣で叶えるのだけれど。
親だってそうだ。
あの人たちの目に止まるのは、いつだって妹と義弟だった。比べて蔑む時にだけ、私を持ち出して、私はそれにいつも怯えて、悲しんでいた。
家族に蔑まれても、周囲には優秀な姉として認識されているから、誰にも何も言えなかった。使用人に高圧的になったのは、そんな自分を知っている彼らが、私を嘲笑しているのを知っていたからだ。能力がなくとも、上に立つ以上舐められては困る。私は彼らを使って、父や母に代わって家を維持する義務があった。
ふう、溜息をついて呼吸を整える。
湧き上がってくるのは、誰かに言われた言葉。
言われるかもしれない言葉。
『大げさな』『どうしてこんなこともできないの』『これがシュトレン家の息女とは』『どこかで野垂れ死ぬのが目に見えている』『君には失望した』『お前が男に生まれていれば』『何をやっても無駄』『魔力もないくせに』『どこでも生きていけない』『死んでも誰も悲しまない』
「私には能力がない」
つぶやいてみる。こんなのは洗脳だ。
「家からの助けが来なければ、死んでしまう」
野たれ死んでも上等だ。
私には前世の記憶がある。
前世の私は、今の私を愛してる。
誰が評価しなくても、前世で大切な人と生きた私が、今の私を大切に思ってる。
「こんなところから、さっさと出て、平民になる」
幽閉され、憤死するより、闇の精霊の生贄になるより、自ら命を断つよりも。
貧乏でもなんでも、生きて太陽の下で笑いたい。
だからこそ、母親の対面を、乗り越えなきゃいけない。
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