家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう

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第二章 教会生活

27 妄想と実情

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扉を開けた私の、乱れた髪をすくい、整える。おばさまは落ち着いている。椅子は一つしかないから、私たちはベッドに並んで座った。
おばさまは淡々と、私に向かって真実を語る。
「貴女には、伝えねばならないと思いました。――私がどういう境遇でやってきたのか、お解りのご様子ですね」
病死した、その貴族の娘が生きている。
ええ、知っている。「病死」が何であるか。
シュトレン家にだって、そんな人達はたくさんいた。
ただ、暗黙の了解のようなその記号の先の結末が何であるかは、ぼんやりとぼかされている。
教会に隠れて暮らす人がいるのも、平民として生きる人がいるのも事実。でも、本人と結びつけては語られない。
だって、その人達は、正規の手続きを踏むことなく、貴族の籍を離れた――離れざるを得なかった人たち。
「そんな重大なことを、私に伝えてはいけません」
誰かが知れば、大問題。それは闇に葬るべきものだ。
私は強めに言ったんだけど、おばさまはどこ吹く風で、私に微笑みかけた。
「よくも末端の、何十年も前に死んだ娘の名前を覚えていましたね」
「それが――それが私の仕事の一部、でしたから」
マシュルマタ・ショート・ケルテ。
中級貴族は貴族でも、彼女の母親は王族で、戦勝により下賜されたと記憶している。
その境遇で、よく物語を想像したものだ。
私には、絵本や児童小説といったものは与えられなかった。
子どもの想像力を豊かにする重要なツールだと思うんだけど。
暗記系。
許されたのは暗記系だけ。家系をはじめとした系統図、呪文、マナー、歴史。
その成り立ちを説明するものは皆無だった。理解できないのも仕方ない。よくそれで王妃教育って言えたね。
あ、お母様はおっしゃいましたよ。不出来な私に理屈を説明しても、無用の長物、浪費、いらぬ苦労。
鞭をたずさえた家庭教師が全部言えるまで待機。耳元でピシパシ。
だからって、そこでめげなかった私の妄想力。
そもそも子どもの頃は空に浮かぶ雲ひとつでも、物語ができるものだ。折れた枝木の一本が、命を持ち、性格を持ち、動き出す瞬間があるものだ。
でも、そうだね。それに加えて、もしかしたら、前世の妄想大国で過ごした名残を、私は持っていたのかもしれない。
家系図を覚えるために、無意識に物語を打ち立てた。
ケルテ、その方ははちみつ色の目に金色の髪。
その薄い色素に、きっとそばかすの散る可愛らしい少女。
そこにひっそりと、影のように付き従う無表情の従者。
ああ、いい! そして彼女は身分違いの恋に駆け落ちする。どこまでも遠く、彼女は旅立つのだ。
そんな妄想の対象になってただなんて、ちょっとおばさまには言えない。
末端であろうが、中心であろうが、私の頭のなかには、いろいろな人の妄想が詰まっていて、それが楽しい時期があった。
――それしか、楽しみがない時期が。
その後、ハイド様との交流や、メイドと従者の庶民生活見学ツアー、実績作りのアイデア実験等、様々な楽しいことが繰り広げられていくのだけれど、それでも妄想は一番の遊び。だって一人でできる。
学園に入ってからは、定期的に取り巻きの皆々様方の恋愛話が聞けた。
そこで、自分に欠けているのが基礎知識っていうのはわかったので、なんとか挽回しようと、図書館に顔を出したりしたんだけど、そこにいたのが図書委員長――もとい、大天使降臨アリアたんのおとりまきのマジョカで、ことごとく私の学習を邪魔した。あいつ図書館の番人だから。とりあえず図書館に行けばイベントが起きるから。更にいない時は冒険者してるから、ルート解放後に行ける冒険者協会の待合室で会えるから。
『何をしに来た。――ここは探求者にのみ許された場所だ』
そう言って、私何度も追い返された。
本当は、魔法書も恋愛物語も絵本も読みたかった。
でも、イケメンの――しかも勉学のライバルでハイド様のご友人が、私の一挙一投足を見てるの。私が手を伸ばす先の本のタイトルをガン見するわけですよ。『優しい魔法のはじめ方』とか、『文字が読めなくても大丈夫! 絵で学ぶ世界の成り立ち』とか、『いつも愛して、ずっと愛して』とか、『ジャックマンさんのぼうけん』とかさ。無理じゃない? 私今じゃ、だいぶ気さくな方ですけど、一端の上級貴族の清く正しく美しく厳しい王妃候補のご令嬢でしたのよ?
ま、元々勉強好きじゃない私はそこで諦めた。
残ったのは、妄想に色付けされた家系図。
そしてその中におばさま。
どうやら、妄想していた内容と、おばさまの実情は違うらしい。――しかも、悪い方向で。
だって、私の目の前にいるおばさまは五十代って感じだけど、多分家系図からいうと、まだ四十に差し掛かるか否かだ。
この世界の外見が精霊の加護によって左右される。うちのお母様ピチピチ二十代の見た目だ。あの人ゲームでも私の目をちっちゃくして、ほうれい線と眉間の皺加えただけだったからね。せーの、だって精霊の加護があるからー!
「これでも、良くなったほうなのよ」
黙ったまま、おばさまを見回す私に、優しい言葉がかかる。明るい、その声音だけ聞いていれば、内容がどれだけ悲惨なことを話しているか、わからないかもしれない。
朗らかな、春の陽の誰かのお茶会で、世間話をするみたいな声。
私にはできない。
「私はね、容認されていたのです。――母の憤懣のはけ口に、身を捧げることを、一族から。
それが嫌になってしまって、逃げたの。死に物狂いで、必死だったわ」
下賜された王族の娘は、それでも自らの責務を全うする。
好きでもない、尊敬もできない男と体を重ね、子を生まなければならない。
この世界は、貴族の政略結婚が主ではあるが、功績が讃えられれば恋愛で結ばれることも多い。――だからこそ、余計政略のみで結婚する際の軋轢はひどかっただろう。
だからこそ、恋愛小説は読み物の主流だ。私の父親と母親も、恋愛結婚だったと聞いている。――まあ、けっこう駆け落ちに近いもので、シュトレン家の不信感が強くて、『この家は大丈夫か』の重圧が、長子であった私に襲いかかったわけだけど。
おばさまの母親の時代が、どうであったか私には分からない。
だた、おばさまの言葉を聞く限り、そうそう私と変りない。――いや、その慣習はより強かっただろう。
ゆったりと、微笑むおばさまは慈愛に溢れている。
その笑顔は、総司祭様を写しとったように、穏やかだった。
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