家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう

文字の大きさ
48 / 60
第三章 平民の実習期間

47 ドロシーの婚約者(回想)

しおりを挟む
「ユーフェミア様! お聞きになりましたか。
 わたくしの婚約者、バルミーに」
「だめよ」
私はピシャリと言い放った。
その声は凍えている。
凍りついて、色を失っている。
頬を染め、相談をしてきたドロシーは、その様子を見て戸惑いを浮かべた。
「だって、……だってはユーフェミア様の領地の方でしよう。実績を重ねられて、男爵になるともお聞きいたしましたわ。近しいあの方の傍ならば、王妃になった後も、ユーフェミア様をお助けできます」
「だめ」
「ですけれど」
「あの男だけは」
そう言うと、彼女は少し背を反らせた。
次に目を合わせたときには、その目に侮蔑の色が乗っていた。
失敗した。
そう思うと同時に、向けられた悪意に、反射的に警戒態勢に入る。どれだけの人たちが、私に向けた敬意を、好意を、侮蔑に変えたことだろう。嘲笑に移ろう表情を探って、避難しなければ。
――だって、だってもう。
「何? 何かおっしゃりたいことでもありますの」
「いいえ――ユーフェミア様は……バルミー、をお好きですの? でしたら」
「誰があのような男」
吐き捨てる。本当に、お腹のそこから嫌悪感がせり上がる。
私の唯一は、ハイド様だ。他の男などどうでもいい。
ましてや、あの男は――。
「ドロシー、貴女には失望したわ」
「ゆ、ユーフェミア様!」
引き止めたのは一瞬。彼女は目をつむると、去っていく私に続くこともなくその場に立っている。

一本の線が引かれたように、私たちはすれ違う。
そして世界は切り替わる。

窓越しに感じられる日差しに、私の手の先は持ったバケツの重さに耐えられずに震えている。バケツに一杯の水を、息を切らしながら窓から流す。
下で「きゃっ」と少女の声と、追従して駆け寄る男たちの声。
「大丈夫かアリア!」
「誰がこんなことを」
「とにかく、こんな状態じゃ風引いちゃう! アタシと一緒に保健室に行きましょう」
「……ありがとう、皆」

一人で靴箱に仕掛けたのはバラの棘。嫌いだわ、とつぶやくと、けっきょく自分の指にその棘が刺さった。
結局彼女はそれに気がつく。――意味のない嫌がらせ。

雪の見える温室では、男女の笑い声が響く。
ああ、知ってるわ、あれはハイド様と――あの女。
ドレスにワインを引っ掛けたのに、結局はハイド様の傍にいたあの女。

苛立ちを積み重ねて、自分の足先の感覚すらもわからない。

「ユーフェミア様も、けっきょくご自身の周りに、色男をはべらせたいのだわ。
ただ、羨ましいだけなのだわ」
ドロシーが、教室の外で誰かに言った。

違う。
「だから、私とバルミー様の婚約をお祝いしてくださらなかったの」
バルミー、その頬にかかる髪が嫌い。
媚びへつらいながらも、私を嗤う口元が嫌い。
だって。
あの男はザリガの子どもなのだ。
長男なのだ。

あの、懲罰のための監禁部屋にも、何度も顔を見せた。
罰を受けた私を、ケラケラと隣の部屋で笑った。
言えない、言っても分かってもらえなかった。


それとも、と私は昏い思考を巡らせる。
あの悪意は、不出来な私だけに向くのだろうか。
ザリガにも子どもがあり、親であるのなら。父親に任されたあの町で、ザリガの信頼は厚い。功績を立て、男爵になるかもしれないと、確かに報告を聞いた。嬉しそうなお父様。私が優秀な成績をとっても、微笑みもせず目もくれなかったお父様。
――私だけ? 
ドロシーは大丈夫だわ。あの子には魔法があるもの。
あんなにすごい、魔法が使えるのだもの。
それは安堵でもあり、屈辱でもあった。魔力のない私にだけ、親に借りた加護で、それだけで。そう罵るあの男の、歪んだ笑みがよぎる。同時に甘やかされたドロシーの、バルミーを想う惚けた顔を思い出す。


そしてその顔は、次に私に会った時には、侮蔑を隠すこともなくなっていた。廊下で、すれ違おうとした私を引き止めた。ああ、この子は私を引き止められるまで自信をつけたのだ。付き従う時も小声で伺ったドロシーが、少し後ろを歩くように、だけれど私はそれが嫌だから隣に並ぶように言って――言ったけれど。
「バルミーに、シュトレン家の懲罰について聞きました」
ああ、ついに知ってしまった。私は強く手を握りしめる。お腹に力を込める。これからどのような言葉が来ても、いつもどおり耐えられるように、体にいっぱい力を込める。
「前から思っていましたけれど、子どものようなのね、ユーフェミア様は。たかだか部屋に閉じ込められるだけなのに、いつも不機嫌になるって、バルミーが心配していましたわ。少々の暗闇でしょう? そんなものを怖がっては、有事の時に動くことができないわ」
たかだか、少々の、そんなもの、彼女はその度に笑みを深くする。ああ、バルミーと同じ顔をするようになったのね。同じことを、言うようになったのね。
ならば私も、立ち向かわなければならない。
「前々から思ってましたのよ、幼いのはどちらの方かしら?」
「……な」
「ドロシー、貴女頭を冷やした方がいいわ。そうすれば少々はご婚姻前に淑女に近づくのではなくて?」
ふん、と鼻で笑い扇を広げて私は歩く。
休憩用の部屋に入り、紅茶が出される。人がいないのを確認して、メイドのクランシーの前でティーカップを割った。
「ふざけないで、どこが、どこが……!」
小さくつぶやくその言葉は、きっとクランシーにも聞こえていただろう。

私のイライラとする、その表情を見るたびに、クランシーが無表情のまま、私に背を向けるのが分かる。

行かないで。
私を置いて、行かないで。
それを口に出すには、私たちは遠すぎた。
従者と、主人。
弱音を見せれば、また誰かいなくなる。
嘲りをその唇に乗せ、噂話に目線が滑る。

行かないで。
「何してるの! 早く片付けて」
その言葉の代わりに、苛立った声のままクランシーに命令した。
悲鳴のような、ヒステリックな声は、自分で分かるくらい醜かった。
誰かに聞かれていないかと、周囲を探る。怯えている、ただ――ただ追い詰められていく。
「クランシー!」
「――はい、承知しております。お嬢様」
思えばそれは、側にいてって、言う代わりに。
でもきっと、他の人から見れば、ただの我侭女だったんだろう。


悪役が、悪役たる所以だったのだろう。

お茶が跳ね返る。
同時に世界が歪み、溶けて形をなくす。

クランシーの顔も見えなくなり、自身の手のひらも認識できなくなる。
そう。
切り替わる世界。記憶。

これは夢だ。
過去の夢。

だから意味なんてない。
ここで縋っても。
叫んでも。
泣いても。



「朝だよ! 寝てるやつはいないかい!」
「いないかい!」

カンカンカンカン
金属音が鳴り響く。
ドタドタと、誰かが急いで食堂に向かう音がする。

目を開けて、目に入るのは埃がうっすらとのこる天井。横を向くと、建物とカーテンに遮られながらも朝の日差しが頬にあたっているのが分かった。
「朝」
ここは
もう、そんな時間か。
春先の布団の中はあたたかい。フカフカとはいかないのが、すこし悲しいところ。何と言っても羽毛ではなくワタとクズ布が詰めてあるので、それは仕方ない。
ザリザリとした布の感覚も、最近では慣れてきた。
「ああああ」
まあ、それを二度寝の理由にしたら、私はここにいられない。
大きく声を出して、起き上がった。
伸びをする。体はバキバキと音を立てる。折れてるのか、って思うくらい。
深呼吸をして、手を握って、開く。
朝の運動は、各部の筋を伸ばして、屈伸背筋腕回し。
腕立て伏せに――と続けようとしてやめた。やり過ぎ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。

木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。 本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。 しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。 特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。 せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。 そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。 幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。 こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。 ※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)

水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――  乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】! ★★  乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ! ★★  この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

処理中です...