36 / 61
本編
34
しおりを挟む
笹熊亭の中に入ると、ルルが寝転び、ミッケさんがテーブルにもたれかかって伸びているのを見つけました。物凄くお疲れのようですね。
ピエナさんに注文をしながら、同じテーブルに着きます。
「二人ともお疲れ様です。大丈夫ですか」
「……大丈夫じゃない」
ミッケさんは返事を絞り出せたようですが、ルルは唸り声だけでした。
「明日は朝から用事があるので、朝食は笹熊亭で食べるようにしたいのですが、良いですか」
「いいけど、どうしたの?」
ミッケさんがテーブルに顎を載せたまま、視線をこちらに向けてきます。
「公衆浴場のことをうっかり忘れて、避難所の方で魔力を使いすぎました。そのせいで作業に詰まりが起きそうになっています」
「またやらかしたんだ」
「桜華だもんね」
やんちゃな子供を優しく見つめる保護者見たいな視線が、周囲から寄せられています。何故ですか。
「お待たせしました」
「ピエナちゃん、突飛なことが起きたらどう思う?」
「突飛なことですか? 桜華さん何かしました?」
「ピエナさんまで」
あんまりな反応に体中から力が抜けていきます。一方で、笹熊亭全体で笑い声が沸き上がります。皆さん酷いです。
「そういえば、桜華ちゃんと遊んだって言ってた餓鬼どもが変なことを言ってたな」
狩猟者の小父さんがエールを呑みながらふと零した一言に、周囲の人が期待の視線を向けます。
何か変なことをしたっけ?
「なんでも、メリちゃんの毛がこう……そう、女の髪みたいになったっていってた」
こうと言いながら空いていた手をふらふらさせ、丁度目の前を通ったピエナさんの髪を指さしました。
「この髪? どういう事?」
「どういうこった」
いきなり指差された女性だけでなく、周囲の人も同じように首を傾げます。
「俺もじかに見た訳じゃないからよく分からないよ」
「見てないならしょうがないな」
全員がうんうんと頷いたと思ったら、綺麗に揃った動きで私の方へ視線を向けてきます。
「で、どういう事?」
「皆さん息があってますね。えっと、メリちゃんですか。ちょっと実験していたら、風に棚引く羊毛を持つ羊になっただけです」
「風に棚引く……」
想像しているのか、少し上を向く皆さん。少しすると、一斉に笑い始めます。勿論、ミッケさんとルルも同様です。実際に目にしていたディンさんとルーナさんは、疲れ切った笑顔でした。
「ぷっ。桜華、何してんの」
「ルル、笑い終わってからにした方がいいですよ」
お腹を抱えて机を叩きながら笑うルル。他の人達も似たような状況ですね。料理を運んでいたはずのピエナさんまでも、近くの机に料理を置いて笑っています。
「何をしてもいいけどよ。こっちにまで飛び火しねぇようにしてくれ」
背後からの声に振り替えれば、ダガンさんが樽を傍に置いて食事をしていました。向こう側に見えるセンさんは、ミッケさん達と同じように疲れ果てているように見えますが、今は必死に笑いを堪えていました。
「明日には纏まった数ができるから、でき次第そっちに運ぶぞ」
「分かりました。テラスにお願いします」
お疲れな様子のダガンさんとセンさんの様子に、笑いの収まった皆さんが顔を寄せ合って何やら囁いていますが、気にしないことにして食事を終えます。
「ルルとミッケさん。ギルドに寄るので、少し遅くなりますね」
「了解。エレノアさんを怒らせないでね」
ルルとミッケさんに見送られて笹熊亭を出るとそのままギルドへ入り、カウンターに座っていたキャシーさんの下へ向かいます。
「こんばんは。今日もあるみたいですね」
「こんばんは。すみません、お世話になります」
キャシーさんが苦笑しながらお茶を淹れてくれます。
「今日申請があったのは、避難所を魔具とする防御用の魔法陣ですね。他にあるのですか?」
「まだ詳細を決めていないのですが、牧場に噴水の様な物を作るつもりです。念のため先に伝えておきます」
「噴水のような物ですか。詳細が決まったら申請をお願いします。ですが、何故そのような話に?」
「村の子供達と牧場に遊びに行った際、イアンさんからメリちゃんの水浴びをするという習性を聞きまして。気になったので水を掛けていると、偶然手が触れた場所にある毛の性質が変わっていることに気が付きまして」
不思議そうに小首を傾げるキャシーさん。聞き耳を立てていたと思われる他の職員さんも不思議そうにしています。
「どうやら水に濡れると、柔らかさが出るというか何というか分かりませんが、ナイフで簡単に切ることができるようになります」
驚いているキャシーさんに、風に棚引く羊毛の事を伝えると視線を上に向けて考え込みます。少しすると、想像でもしていたのか小さく吹き出し、すぐに何もなかったかのように取り繕います。
ただ、聞き耳を立てていた職員さんは必至に笑いを堪えていますが。
「それは、不思議ですが有用な習性ですね。こちらの記入をお願いします。題名は、桜華流メリちゃんの毛刈り方法ですね」
「……メリちゃんの毛刈り法ですね。これで良いですか?」
題名の記入欄に自分の名前を除いた部分を記入し、水を掛ける作業から毛を抄く処まで細かく記入して提出。
「桜華流が抜けていますよ」
「いえいえ。こういうのは、短くて分かりやすいのが一番ですよね」
キャシーさんと笑顔のまま睨み合います。暫く続きましたが、どうにか睨み合いに勝利してこのまま受理してもらいました。
「では、また何かありましたら、ルーナか私の処へ気軽に仰ってください」
「はい」
ギルドを出ると、帰っていくディンさんに代わる夜番の人達と一緒に帰宅します。
先に帰宅しているはずのミッケさんとルルは既に部屋で眠っているらしく、明かりをつけたままで姿は見えませんでした。
さて。眠る前に一仕事です。
作業時に使っている布や、ベッドの基部に魔力回復促進用の魔法陣を貼り付けます。どこまで効果がある変わらないですが、やらないよりましだと考えましょう。
今日は魔力も尽きているので日課としている研究ができないので、代わりに柔軟体操をしてからお風呂に入って就寝です。
ピエナさんに注文をしながら、同じテーブルに着きます。
「二人ともお疲れ様です。大丈夫ですか」
「……大丈夫じゃない」
ミッケさんは返事を絞り出せたようですが、ルルは唸り声だけでした。
「明日は朝から用事があるので、朝食は笹熊亭で食べるようにしたいのですが、良いですか」
「いいけど、どうしたの?」
ミッケさんがテーブルに顎を載せたまま、視線をこちらに向けてきます。
「公衆浴場のことをうっかり忘れて、避難所の方で魔力を使いすぎました。そのせいで作業に詰まりが起きそうになっています」
「またやらかしたんだ」
「桜華だもんね」
やんちゃな子供を優しく見つめる保護者見たいな視線が、周囲から寄せられています。何故ですか。
「お待たせしました」
「ピエナちゃん、突飛なことが起きたらどう思う?」
「突飛なことですか? 桜華さん何かしました?」
「ピエナさんまで」
あんまりな反応に体中から力が抜けていきます。一方で、笹熊亭全体で笑い声が沸き上がります。皆さん酷いです。
「そういえば、桜華ちゃんと遊んだって言ってた餓鬼どもが変なことを言ってたな」
狩猟者の小父さんがエールを呑みながらふと零した一言に、周囲の人が期待の視線を向けます。
何か変なことをしたっけ?
「なんでも、メリちゃんの毛がこう……そう、女の髪みたいになったっていってた」
こうと言いながら空いていた手をふらふらさせ、丁度目の前を通ったピエナさんの髪を指さしました。
「この髪? どういう事?」
「どういうこった」
いきなり指差された女性だけでなく、周囲の人も同じように首を傾げます。
「俺もじかに見た訳じゃないからよく分からないよ」
「見てないならしょうがないな」
全員がうんうんと頷いたと思ったら、綺麗に揃った動きで私の方へ視線を向けてきます。
「で、どういう事?」
「皆さん息があってますね。えっと、メリちゃんですか。ちょっと実験していたら、風に棚引く羊毛を持つ羊になっただけです」
「風に棚引く……」
想像しているのか、少し上を向く皆さん。少しすると、一斉に笑い始めます。勿論、ミッケさんとルルも同様です。実際に目にしていたディンさんとルーナさんは、疲れ切った笑顔でした。
「ぷっ。桜華、何してんの」
「ルル、笑い終わってからにした方がいいですよ」
お腹を抱えて机を叩きながら笑うルル。他の人達も似たような状況ですね。料理を運んでいたはずのピエナさんまでも、近くの机に料理を置いて笑っています。
「何をしてもいいけどよ。こっちにまで飛び火しねぇようにしてくれ」
背後からの声に振り替えれば、ダガンさんが樽を傍に置いて食事をしていました。向こう側に見えるセンさんは、ミッケさん達と同じように疲れ果てているように見えますが、今は必死に笑いを堪えていました。
「明日には纏まった数ができるから、でき次第そっちに運ぶぞ」
「分かりました。テラスにお願いします」
お疲れな様子のダガンさんとセンさんの様子に、笑いの収まった皆さんが顔を寄せ合って何やら囁いていますが、気にしないことにして食事を終えます。
「ルルとミッケさん。ギルドに寄るので、少し遅くなりますね」
「了解。エレノアさんを怒らせないでね」
ルルとミッケさんに見送られて笹熊亭を出るとそのままギルドへ入り、カウンターに座っていたキャシーさんの下へ向かいます。
「こんばんは。今日もあるみたいですね」
「こんばんは。すみません、お世話になります」
キャシーさんが苦笑しながらお茶を淹れてくれます。
「今日申請があったのは、避難所を魔具とする防御用の魔法陣ですね。他にあるのですか?」
「まだ詳細を決めていないのですが、牧場に噴水の様な物を作るつもりです。念のため先に伝えておきます」
「噴水のような物ですか。詳細が決まったら申請をお願いします。ですが、何故そのような話に?」
「村の子供達と牧場に遊びに行った際、イアンさんからメリちゃんの水浴びをするという習性を聞きまして。気になったので水を掛けていると、偶然手が触れた場所にある毛の性質が変わっていることに気が付きまして」
不思議そうに小首を傾げるキャシーさん。聞き耳を立てていたと思われる他の職員さんも不思議そうにしています。
「どうやら水に濡れると、柔らかさが出るというか何というか分かりませんが、ナイフで簡単に切ることができるようになります」
驚いているキャシーさんに、風に棚引く羊毛の事を伝えると視線を上に向けて考え込みます。少しすると、想像でもしていたのか小さく吹き出し、すぐに何もなかったかのように取り繕います。
ただ、聞き耳を立てていた職員さんは必至に笑いを堪えていますが。
「それは、不思議ですが有用な習性ですね。こちらの記入をお願いします。題名は、桜華流メリちゃんの毛刈り方法ですね」
「……メリちゃんの毛刈り法ですね。これで良いですか?」
題名の記入欄に自分の名前を除いた部分を記入し、水を掛ける作業から毛を抄く処まで細かく記入して提出。
「桜華流が抜けていますよ」
「いえいえ。こういうのは、短くて分かりやすいのが一番ですよね」
キャシーさんと笑顔のまま睨み合います。暫く続きましたが、どうにか睨み合いに勝利してこのまま受理してもらいました。
「では、また何かありましたら、ルーナか私の処へ気軽に仰ってください」
「はい」
ギルドを出ると、帰っていくディンさんに代わる夜番の人達と一緒に帰宅します。
先に帰宅しているはずのミッケさんとルルは既に部屋で眠っているらしく、明かりをつけたままで姿は見えませんでした。
さて。眠る前に一仕事です。
作業時に使っている布や、ベッドの基部に魔力回復促進用の魔法陣を貼り付けます。どこまで効果がある変わらないですが、やらないよりましだと考えましょう。
今日は魔力も尽きているので日課としている研究ができないので、代わりに柔軟体操をしてからお風呂に入って就寝です。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~
蒼 飛雲
歴史・時代
ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。
その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。
そして、昭和一六年一二月八日。
日本は米英蘭に対して宣戦を布告。
未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。
多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる