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気軽に決めてはいけなかった選択肢

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「――ぷふ。あははは!」

 もう少しで何も見えなくなる。そんな時、男性がお腹を抱えて笑い始めると同時に、あの恐怖感がなくなっていく。

 急変した事態についていけなくて茫然としていると、首から上のない女の子の体が起き上がってドアの方へ。壁際で何かすると部屋の中が他の部屋と同じぐらいまで明るくなる。

 いきなり明るくなった為に眩しくて瞬きを繰り返していると、誰かが横に近寄ってくる。

「お嬢様。立ったままでは危ないので、どうぞお座りください」

 誘導されるまま椅子に座ると、目を開けて女の子を見る。

「――頭がない」

 明るくなってから見ても、首から上がない。なのに、女の子は動いているし、声も聞こえる。

「そいつは幽魔族といってな。自身の意志一つで実体化のする、しないを選べる。今は首から上を実体化していないだけで、そこにあるぞ」

 笑っていた男性から解説が入り、女の子がそれにあわせて首から上を実体化させる。殴られた形跡もなく、以前と変わらない顔で笑っていた。

「え? どゆこと?」
「これです」

 女の子がエプロンの裏からお盆ほどの大きさの板を取り出して、私に見えるように高さを調節する

「……悪戯大成功?」
「私たち魔族は冗談や悪戯が好きでして。隙あれば実行します」

 爽やかに笑う女の子からの衝撃的な説明に、体の力が入らなくなって椅子の背もたれに凭れ掛かる。

「……。……状況説明をお願いしても?」
「それは私の方から話そう」

 男性が居住まいを正して、にこやかにしている。さっきまでの不機嫌状態は演技だったと。では、どこからどこまでが冗談なんだろう。

「三日前、城の中庭に倒れている君が見つかった。医療術師によると、昏睡状態ではあるが命に別状はなし。目を覚ますまで様子を見ようというので、そこにいるソフィアに世話を頼んでいたんだ」

 ソフィアさんに視線を移すと、軽くお辞儀される。

「場所。私の立場と名前。ソフィアの事。どれも事実だ」

 そこは冗談ではないと。あー。微妙に頭が痛くなってきたかな。

「さて。君は何者で、どうしてあの場所にいたのか。教えてくれないか」

 ソフィアさんが淹れてくれたお茶を飲んで深呼吸すると、ここに至るまでの記憶を確認していく。

「えっと。いつものように夜中まで仕事していて、ようやく片付いたから仕事を押し付けてこようとした同僚を押しのけて家に帰って……それで……気が付いたらここで、若返っていて……?」
「一つ確認するが、君は魔族ではないよな?」
「はい。人間です」
「なるほど。そうなると、君は彷徨い人か」

 納得がいったと言わんばかりに何度も頷く魔王様。そのまま手を伸ばしてソフィアさんが淹れたお茶を飲むとソファから跳び上がる。目で見てわかるほどに飛び上がったのに、お茶はこぼれていない。何故に。

「あっつ! 熱いよ、ソフィア」
「熱いのがお好きと聞いていたので」

 文句を言いながら涙目で睨みつける魔王様に、爽やかに笑いながら答えるソフィアさん。仲が良いです。

「ふぅ。彷徨い人というのは異なる世界から来た者達の事で、数十年に一度現れると言われている。一度に複数見つかることもあれば単独の事もある。少なくとも、ここ、ハーラントで見つかった記録はない」

 見つかるのはいつも他の大陸にある国らしい。極端な偏りがあるとは思えないから、見つかる前に亡くなっているのではないかと、一生懸命紅茶を冷ましながら教えてくれる。魔王様、まさか猫舌ですか。

「若返ったことに関しては、分からないとしか言いようがない。ま、女性は若いことに固執することがあると聞く。喜んでおけばいいんじゃないか?」
「確かに気にする人はいるし、肌とかは気になっていましたけど……」
「グレイス様。それを口にするから、刺されるんですよ」

 濁したことをソフィアさんがあっさりと言い放った。というか、刺されるってなに。叩く程度じゃないの?

「ぐっ。あと、この世界には他の世界へと渡る術がない。残念だが、この世界で生きていくことになる」
「そう、ですか」

 まあ、あの世界に未練はないから、問題はないかな。

「さて、どこで生きていくかという話だが。この国で生きるか、他の国で生きるか。どちらを選んでもできる限りの支援はする。どうする」
「……これも縁だと思うので、この国で行きたいと思います」
「そうか。分かった。歓迎しよう」

 爽やかに笑う魔王様。イケメンだけに実に様になっている。

「生きていくにあたって仕事をと言いたいところだが、流石に年齢が一桁の子供を働かせるところはない。誰に後見と保護を頼むか……」
「お悩み中申し訳ないのですが、私は二十を超えています」
「魔族であればそれが通る。だが、普人種、そなたのいう人間では通らん」

 ソフィアさんによると、生涯幼い姿のままの種族がいるそうな。付け加えて、一定年齢になると若返る種族もいるとか。それで、若返ってるという発言も流していたらしい。うらやましい種族がいるもんだ。

「それなら、せめて十五で。この姿だった頃の年齢です」
「ソフィア」
「恐らく多少背伸びしているような気がします。大体二、三歳程度でしょうか」

 せめてとさば読んでみたのに、ソフィアさんにあっさりばれた。何故分かった。

「それなら十二歳か。働く分には問題ないが、大丈夫なのか心配になるな。向こうでは何をしていた?」
「経理……帳簿関係です」
「そうか。よし。三ヵ月だ。三ヵ月の間に常識、風習、礼儀作法、言語を学んでもらう。勿論その間の生活費等はこちらで用意する。然る後にこの国の財務官として働いて貰おう」
「それは――」
「俺が誰か忘れたのか? 既に決定だ。ソフィア。手配してくるから散歩なりなんなり頼む」

 早速出ていこうとする魔王様だったけど、ソフィアさんの横を通り過ぎる時に盛大に転ぶ。ちらっと見えたけど、ソフィアさんが足を引っかけたようだ。

「お嬢様、お名前をお伺いしても?」

 聞かれて思い返してみれば、名乗ってない。それどころではなかったからなあ。でも、それは良いの? 倒れたまま震えているように見えるけど。

「霧野紅葉、えっとクレハが名前で、キリノが家名です」
「クレハ様ですね。宜しくお願い致します」

 笑顔のソフィアさんが可愛いけれど、その後ろにいる人がブスッとしていて気になってしょうがない。

「あら、名前も知らない方の手続きをしようと焦っていらしたのに、まだ行かないのですか?」
「ソフィア。それが主に対する態度か?」
「間抜けな主を補佐したつもりでしたが、余計なことをしてしまったようで申し訳ありません」
「うぐっ」

 唸りながら苦しそうに胸元を抑えたまま部屋を出ていく魔王様。色々と大丈夫かこの国。
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