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知ってはいけない秘密

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 食事を終えてグレイス様と連れ立って食堂を出ると、廊下にはずらりと例の胸像が並んでいる。似たものかと思ったけれど、グレイス様が反射的に身を固めたから間違いないと思う。

「こうしてみると、動きそうで結構怖いですね」
「……メアリーは私の専属という訳ではない。だが、人員配置の関係で時折来るんだ。その時は一斉に動くぞ」

 グレイス様の頬を光る物が伝って落ちていく。それは余計に怖いですが、そんな遠い目をしないでください。
 動き出さないかびくびくしながら歩き、無事に通り過ぎるとグレイス様と一緒に深呼吸。いや、何でグレイス様までほっとしているんだろう。

「さて、私はもう部屋で休むが、クレハはどうする」
「少し確認をしようかなと」
「そうか。遅くならないうちに寝なさい。いいね」
「はい。ありがとうございます」

 軽く私の頭を撫でようと手を伸ばしたグレイス様だったけれど、いつの間にか近くにいたエリスさんが凄い速さで払いのけて、ソフィアさんと一緒にグレイス様の脇腹へ掌底を叩きこむ。息の合った攻撃にグレイス様が苦しそうな声を出しながら崩れ落ちる。

「この変態。死ねばいいのに」

 二人同時にゴミを見るような眼で一言。本当にグレイス様に対するあたりが強くないですか?

 ちなみにメアリーさんは私の背後に立ち、覆いかぶさるようにしている。一見守っているように見えるけれど、実際には私に凭れ掛かっているだけ。
 重いから体重を掛けないでくださいよ。(何故か重いんですよね。どうなっているんだろう)

「うぐ。クレハ、お休み」
「あ、はい。おやすみなさい」
「お休みなさいませ、グレイス様。できれば永久に」

 ソフィアさんとエリスさんが怖い。脇腹を抑えながら部屋に入っていくグレイス様の背中が悲しそうに丸まっているよ。

 さて。部屋に戻ると、場所がないので(室内でも靴を履いているから床に座る気になれない)ベッドの上に移動する。少し不安定ではあるけれど、そのまま柔軟体操をやってみる。

 うーん。この姿だった当時は頑張れと言われるほどに硬かったのに、今は蛸みたいに柔らかい。どうなっているんだろう。折角柔らかくなったのなら、硬くならないように柔軟体操を続けよう。

「クレハ様。少し宜しいでしょうか」

 グネグネとしていたら、ソフィアさんが頭蓋骨の乗ったトレイを持ってきました。古ぼけた感じとか染みとかが妙にしっくりきていて、本物にしか見えない。

「これに触れていただけますか」
「……動かないですよね」
「はい。今は何もしません」

 いや、一番信用できない言葉を笑顔で言われても。

 さあ、どうぞと差し出されたので、頭蓋骨に恐る恐る触る。少しの間そのままと言われたので少し待つと、頭蓋骨から煙のようなものが立ち上がり、伽藍洞の眼孔が光る。

「黒に近い赤色で立ち上がりが少し早く、目が光っていますね」
「ソフィアさん、これって何事ですか」
「もう手を放しても良いですよ。これは魔法の相性を見るための道具です」

 この手の魔法具は作り手の趣味が強く反映されていて、普通に水晶の形とかシャワーの様に光を降らせるものとかあるそうで、実に数百種類もあるとか。その中からこれを選んだのは、単に面白かったからだそうです。

「クレハ様は吸収系、重力系、鑑定系の魔法の二つと相性が良いようです」
「重力系と鑑定系は良いとして、吸収系って何でしょうか」
「吸収系の魔法適性がある人は、その強弱や魔力量に関わらず国への登録が義務付けされているぐらいに危険な魔法ですね」

 なんでも生命力や魔力だけでなく、体内の特定の物質とかを奪うことができる系統で、悪用すれば暗殺とかも可能になるとか。恐ろしいですね。

「珍しい方向の適性おめでとうございます。クレハ様は素晴らしいですね」
「いくら珍しくても暗殺にも使える系統って嬉しくないです」
「重力系、鑑定系も珍しい系統ですよ? 最も、鑑定系は固有魔法とも呼ばれるぐらい特殊で有益かどうかはやってみないことには分からないのですが」

 ちょっと首を傾けると、口元に手を当てたソフィアさんが教えてくれたところによると、鑑定魔法は個人によって調べることができる範囲、対象、内容に偏りがあるそうです。

「使ってみないと分からないと。気になってきますね」
「では、使ってみましょうか」

 どこからともなく品物を複数取り出して、いつの間にか用意されていたサイドテーブルの上に並べられていく。目を離した覚えがないんですけど?

「鑑定魔法は、対象物を注視または手に触れた状態で、鑑定と唱えることで発動します」
「えっと、左端からですか? 鑑定?」

 とりあえずソフィアさんに言われた通りに、左端に置かれていた石のような物に触れた状態で呟いてみると、それの上に文字がフワッと浮き上がってくる。

「たぶん石? と出ました。……なにこれ」
「適性がない場合は情報を得ることはできないそうです。鉱物系は適正がないみたいですね」

 なるほど。では、次に行ってみましょう。お次は花ですね。鑑定結果は、花じゃないかな。見れば分かります。

 木材も木だったらいいかな。ティーカップは焼いた土。お茶は味付きの水。ナイフは切れそう。魔道具は魔力的な道具っぽい。ソフィアさんは見たらいけない。

 用意されたサンプルはどれもこれもだめでした。あと、ソフィアさんの時は文字が震えていました。一体何が。

「適正なしですか?」
「おかしいですね。あ。これはどうでしょうか」

 何か思いついたらしいソフィアさんが、並べていた物をどこかへ仕舞ってから、瓶に入った液体と手袋を並べる。

 早速手袋から鑑定をしてみると、多くの文字が浮かび上がる。

「えっと、新品の手袋。非常に細く丈夫な蜘蛛糸を丁寧に編み上げた高級品で、手首のあたりに小さく所属を示す紋章が刺繍された魔王城ブランドの一品。この手袋には魔王躾部隊と懲罰部隊の紋章が刺されている」

 読み上げ終えて口を閉じる。なんか見てはいけないものを見たような気がする。躾部隊と懲罰部隊って何!? 
恐る恐るソフィアさんの顔を窺うと、輝かんばかりの笑顔を浮かべていました。

「おめでとうございます。素晴らしい鑑定です。念のためこちらもどうぞ」
「あ、はい」

 聞きません。私は何も見ていません。何も聞きません。だからその笑顔は止めてください。物凄く怖いです。

「えっと、薬品名、感情誘起薬(笑)。服用すると内に秘めた感情が爆発する薬。この薬品の場合は、自分が息をしている事すら可笑しくて堪らなくなる。笑死することもある特級危険物」

 特級危険物ってなんて物を持っているんですか! 持っていると知っていて良い情報ですかこれ!

「服飾と薬品系ですね。情報量も素晴らしいですね。知ってはいけない情報もばっちりです」
「知ってはいけない情報って知ったらさよならですか?」
「場合に寄ります」

 あの、ソフィアさん。語尾にハートマークか音符が付いていそうな、軽く弾んだ声で言われると怖いのでやめてほしいです。

「さて。今日の処はここまでにしましょう。明日の予定ですが、午前中は買い物で、午後に勉強を予定しています」

 買うものは家具だけで、衣服はソフィアさん達が用意するから買いにはいかないそうです。

「家具は既にありますよね?」
「備え付けの物です。後々撤去しますので、ちゃんとクレハ様が選び、ご自身の部屋にしていただかないといけません」
「……分かりました。費用は出世払いで――」
「費用は魔王様が受け持ちます。給料の殆どをため込んでいるので経済的にも使用して頂く必要があるので、クレハ様は気に病まないでください」

 魔王様は読書と徘徊(ソフィアさんの話からすると恐らくウインドショッピング)を趣味としているそうで、お金はそれほど使わないとか。
 そもそも、保護者となっているのだから、お金は出すべきであるという言葉は聞き流すことにする。
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