胡蝶、泥の夢

音﨑@もち

文字の大きさ
3 / 19
Ⅰ.優しくて寂しい君

約束

しおりを挟む
ハンナの誕生日パーティーには、大勢の領民が訪れた。あまり派手なことを好まない両親が慈善活動以外にパーティーを開くというのは、珍しいことだった。
両親と親しくハンナを知る貴族や、使用人たち、領民たちからも沢山のプレゼントが贈られた。
真新しいドレスに身を包んだ主役が浮かべる笑顔は、世界で一番の幸せ者のようなものだった。
ハンナの心は幸せに満たされていた。こんなに幸せでいいのだろうかと不安に思うほどに。

パーティーにはドミニクも訪れていた。ちなみに彼の父は腕が良いと評判の歯科医で、庶民の中では少し生活に余裕のある家庭である。
しかし、貴族でもない彼には社交界の経験もない。領民にも開かれたパーティーではあるが、常識的なマナーを破ってしまっていたらどうしようとオドオドしている。
「あ、ドミニク!」
駆け寄ってきたハンナにドミニクは目を見開いた。
彼女の瞳と同じ深い青のドレス。沢山のフリルやレース、黒のリボンがあしらわれていて、本当によく似合っている。いつもよりももっと麗しく、可憐な姿に心臓がばくばくとうるさい。
「あ、えと……。お誕生日おめでとう。その、ドレス似合ってるよ」
たじたじしながら言うと、ハンナはほんのり頬を染めて「ふふ……ありがとう」と笑った。
手に持った小さな箱。絵本の中から飛び出したお姫様のようなハンナに、なんだか恐れ多くてなんと言って渡せばいいのかわからなくなる。
「ええと……」
「ん?」
元から大きい目をさらに大きくして、小首をかしげる。勇気を振り絞って口を開くが……
「おお!ハンナ、大きくなったなぁ!」
突然の大声に肩がびくんと跳ねる。声の主を確認するや、ハンナはぱあっと花が咲いたような笑顔になった。
「バルツァーおじさま!」
嬉しそうに駆け寄って行ったのは、髭を生やした長身でからだつきのいい50歳ぐらいの男性だった。ドミニクはなんだか怖そうな人だと身を強張らせる。ハンナがごきげんよう、とおじぎをすると、立派な淑女レディになったな____と頭を撫でていた。
彼らはしばらく談笑していたが、お父様たちのところに行ってくるよ、と言って離れていった。

「ドミニク、ついてきてほしい場所があるの。」
ランタンを持って戻って来るなり、そんなことを言われた。
「うん」
答えてから、主役がホールを離れても構わないのだろうかと思ったが、手を引かれては何も言えない。
屋敷から出て庭を横切っていく。庭を出れば人々のざわめきが届かない林に入ってハンナは先をどんどん進む。リリリ……という秋の虫の声と二人の足音だけが聞こえる。
繋いだ手が温かい。ハンナの確かな存在を感じた。
木々に月明かりもほとんど遮られ、ランタンの光だけが頼りの道をしばらく行くと、急に花の香りが漂ってきた。
「……ここよ。ここに連れてきたかったの。」
「わ……!」
顔を上げたドミニクは息を呑んだ。
木々が途切れ、そこだけ月明かりに照らされている。ハンナがドミニクを連れてきたのは、彼女の秘密の庭だった。
白、赤、黄……色とりどりの薔薇が庭から溢れんばかりに咲いている。
「私とお父様、お母様しか知らない秘密の庭なの。綺麗でしょ?」
まだ驚いたまま、こくこくと頷く。柔らかな笑みを浮かべたハンナは、手を引いてドミニクを導く。ちょろちょろと流れる小川を越えて東屋に入った。
ちょっと座ってて、と言われるがまま座ると、ハンナはドミニクの傍らにランタンを置いて、白薔薇の花壇に寄っていった。
(どうしよう……プレゼント)
ハンナのプラチナブロンドの髪が青白い月光に輝いている。この庭の雰囲気も合わさって、どこか神秘的だ。
どこから出したのか、細身のナイフを手にしたハンナは、花壇の中でも綺麗な白薔薇を選んでナイフで茎を切った。
ハンナは東屋に戻って来ると、その一輪の白薔薇を差し出した。
「僕に……くれるの?」
ニコリとして頷いた彼女から受け取る。ふわりと華やかな香りが舞い上がった。隣に腰を下ろして話を始める。
「白薔薇の花言葉は『約束を守る』なの。私から約束を贈るから、ドミニクも守ってくれる?」
「……うん」
ドミニクが頷くと、一呼吸おいて言葉を繋いだ。
「私は、何があっても、どこにいてもドミニクのこと忘れたりしないわ。ドミニクは私の一番の友達で、大切な人よ。」
「僕も……っハンナのこと絶対に忘れたりなんかしない!何年経っても……!」
ハンナの両手を包むように握り、強く言う。すると、二人の目から涙が溢れ出た。
「うん、ありがとう……。」
こぼれる涙を拭いもせずにハンナが言う。そしてさっき薔薇を切ったナイフを、革の鞘にいれて手渡された。
「花は枯れてしまうけど、これがあれば約束を忘れずにいられるかなって思ったの。」
「……うん。
僕、強くなって、ハンナを迎えにいくよ」
ナイフを握ってそう言うと、ハンナは目を見開いた。
いつも通り、優しい笑顔で、
「わかった!待ってるよ」
そう言ってドミニクを抱きしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。 婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。 しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。 儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで—— 「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」 「……そんなことにはならない」 また始まった二人の世界。

カメリア――彷徨う夫の恋心

来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。 ※この作品は他サイト様にも掲載しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

処理中です...