胡蝶、泥の夢

音﨑@もち

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Ⅰ.優しくて寂しい君

廻って、春

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ドミニクが誕生日プレゼントに渡したのは、青い石に小さな緑の石が付いた銀色のブローチだった。リボンのモチーフも付いていて、ハンナは目を輝かせて喜んでいた。
それから、一緒に遊ぶときはいつも服や帽子にそのブローチを着けていた。
秋、どんぐりや栗を集めて遊んだときはシャツに。冬、雪だるまをつくったときはマフラーに。
かなりのお気に入りになったようで、ドミニクは安心し、喜んだ。
また、ドミニクもいつもナイフを持ち歩いていた。持ち手に美しい花の彫刻が入っている上に、切れ味の良さで有名な職人がつくったものだそうだ。それを知ったとき、そんなものはいただけない、と返そうとしたのだが、上手く丸め込まれてしまった。

半年があっという間に過ぎ、眠りの季節から、芽吹きの季節、春になった。
先週、帝国から使者が来て、今日から三日後の日に娘を迎えに来ることを告げていったという。それでもハンナはいたっていつも通りであった。お花を摘みに行こうと言ったり、お茶に誘ってくれたり。去年と変わらない、穏やかな春の日々を過ごしていた。
今日は家に来てほしいとだけ言われ、ハンナの家を訪れていた。ハンナの母親に挨拶をし、客室に通された。父親は出かけているそうだ。派手な調度品は多くないものの、ドミニクの生活とはかけ離れた部屋の様子に、緊張してかしこまったままだ。
向かいに座るハンナの母親は、いつもと同じように優しく微笑んでいる。
「ハンナは準備をしているの。ちょっと待ってちょうだいね。主人もそろそろ帰ってくると思うわ。」
「……あの、今日は何を……?」
尋ねると、彼女は紅茶を一口啜って、
「……ふふ、お楽しみよ」
とおかしそうに笑った。

「奥様、旦那様がお帰りになりました」
少しすると、メイドがドアから顔を覗かせた。それからすぐに、長身の男性が入ってくる。ハンナの父親だ。
「ああ、すまない。視察に時間がかかってしまってね。……ドミニク君、いらっしゃい」
「あっ、こんにちは。お邪魔しています」
ドミニクは慌ててソファから飛び跳ねて立ち、ペコリとお辞儀をする。それを見て微笑んだハンナの父は、かがんでドミニクの頭を撫でた。目の前の若々しく、あまりに美しいかんばせに緊張して、体が硬直しそうになる。ハンナと同じ深い青の瞳。星空を映した深い海のような煌めき。ハンナの、強い意志をたたえた顔立ちは、父親譲りなのだろうか。プラチナブロンドの髪は母親譲りなのだろう。父親は暗い茶色の髪だ。
この家族は輝きを閉じ込めた、宝石箱のようだな、とドミニクはしみじみ思う。
母親の隣に腰掛けた父親は、しばらく何か考えるような仕草を見せていたが、顔を上げ、前かがみになって手を組んだ。視線が、ドミニクの浅葱色の瞳を貫く。
「……君は、バルツァー男爵を知っているかい?」
バルツァー男爵……。どこかで聞いたような。
「あの、パーティに来ていた、声の大きな……?」
そうそう、と頷かれる。やはりあの、ハンナの誕生日パーティで彼女に声をかけていた人だ。
「彼は、私の知り合いでね。軍の……」
そこまで言ったところで、部屋の扉が開かれてハンナが入ってきた。
父親の顔を見るが、また今度、と話を切り上げられた。一体何の話をしようとしていたのだろう。
「ごめんなさい。服を選ぶのに時間がかかってしまって。……どれも可愛いから迷っちゃうわ」
眉を下げて謝った彼女は、最後には可愛らしく困った顔をした。
今日は薄紫のワンピースの上に白いケープを着ている。ケープにはあのブローチを付けて。まるですみれの花のようだ。
隣に、ばふんと音をたてて腰をおろしたハンナは、ぎゅうっという音がふさわしいような、強いハグをドミニクにした。
「ドミニク~~!」
柔らかい肌が触れる。おまけに花のような心地良い香りがして、ドミニクは頭がくらくらするのを感じた。
その時。パシャリ、という音が聞こえた。聞き馴染みのない音に、ドミニクは首を傾げて向こうを見る。同時にハンナが離れた。
「あっ!今、撮ったでしょう!」
ハンナが頬を膨らます。彼女が言葉を放ったのは、____確かカメラというもの____を持った若い男性だった。いつからいたのだろうか。
「はは、あまりに可愛らしくて、つい。」
明るく笑った男性は、今日はよろしくお願いしますね、と帽子を持ち上げて、両親に会釈した。
「ほらっドミニクも準備して!」
ハンナは、手を引いてカメラの前に用意された椅子に連れて行く。
「えっ?」
一緒に写真を撮ろうということだろうか。しかし、家族でもないのに、それにドミニクは庶民だ。そんなことをしてもいいのだろうか。
ちらりと両親を見るが、二人とも微笑んで手招きしている。
ドミニクは少々戸惑いながらも、ハンナとその母が座った椅子の後ろに、父親と共に立つ。

「はい、笑ってー!撮りますよっ!」
ニカっと笑った男性がカメラを構える。なんだか緊張したが、ハンナのふふ、という笑い声が聞こえて、ドミニクも自然に微笑んだ。

____パシャリ。

「ドミニク君は、ハンナの一番の友達だったからね。ハンナには家族と同じようなものだったろう。
最後になるかもしれないから、家族写真を残しておきたかったんだが、それなら君も一緒の方がハンナも喜ぶだろうし、とね。私たちも君には本当に感謝しているんだよ。ハンナの大切な人なら、私たちの大切な人だ。」
写真を愛おしそうに見つめながら、ハンナの父親は言った。
それを聞いたドミニクの目からは、涙が溢れた。
二年後の春だった。



写真を撮った日から三日後。帝国からの使者の馬車に、ハンナと両親の三人は乗って領地の端、鉄道が通る場所に向かった。領地には駅は無い。今日は特別に線路の途中で停まるらしい。
多くの領民がそこに集まった。
すすり泣く領民たちにハンナは笑って見せた。
「みんな元気出して、私を信じて。何も心配いらないわ。ほら、ね!」
ハンナはとても優しい少女だった。そして、世界のルールには、わずか十歳とは思えないほど、落ち着いた、それでいて寂しい考え方の少女だった。
笑顔のまま機関車に乗り込んだハンナは、スカートのポケットから二枚の写真を取り出す。
____やはり、彼女は十歳の少女だった。
ハンナは泣き崩れ、今に出発しようとする機関車の窓から落ちてしまいそうなほどに体を乗り出す。領民たちは窓に駆け寄り、ああお嬢様、あなたは私たちの誇りだ、強く生きて、と口々に別れの言葉を紡ぐ。ハンナはぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、こくこくと頷いた。
最後に両親が抱きしめるが、もう出発するので帝国の使者が引き剥がす。

彼女は、誰もに愛されていた。

機関車がゆっくりと動き出す。ドミニクはそれを追って走り出した。遅れてしまった彼は、領民たちに埋もれて近寄れなかったのだ。
「ハンナ!!」
声の限りを尽くして叫ぶ。
「僕は、必ず約束を守る!!君を、救って見せる!」
腰のベルトからナイフを外して付き出す。だんだん加速する列車においていかれそうになるが、ここで止まるわけにはいかない、ドミニクは死力を尽くして走る。
「私も!!」
泣きながらハンナが叫んだ。シャツを掴んでブローチを見せる。
「忘れない!!絶対に!死んでも守るわ!!」
必死で走るが、引き離されていく。
二人は手を伸ばす。あと少しで触れられるというところで届かなかった。
やがて声も届かない距離になり、ドミニクの足は止まった。ぐんぐん列車は走っていく。もうもうと黒煙をあげて。線路沿いの芝生にドミニクは崩れ落ちた。悔しくて、悲しくて、たまらなかった。
ハンナの手に握られていたのは、ドミニクも含めた家族写真と、彼にハンナが抱きついている写真だった。

「……約束を果たすその時まで。」
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