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腐った竜に古豪の虎が牙をむくとき(第六章 似て非なる者であっても)
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◆第六章.似て非なる者であっても
一.オカヨの化粧
駒吉一味捕縛の現場から両断斎たちが奉行所につくと船の襲撃現場からもどった同心たちが四人を出迎えた。両断斎は出迎えた同心たちから南町奉行の馬場尚繁(ばばなおしげ)から、一味捕縛と船の襲撃との関係を調べるように指示が出されたことを聞いた。この話を受け両断斎は経緯の説明の準備にかかり、その間、オカヨと二人の子どもは奉行所の給仕場にいることとなる。佳乃丸は下手人の似顔絵をかきに何度か奉行所に来たことがあり勝手を知っていたのでオカヨとカンタを給仕場に案内をした。
「佳乃丸です! これを父上からみなさんに」と言って佳乃丸が団子屋の心づかいのゴマ団子といなり寿司を差しだした。
「あら、よし坊! さあ、二人も入って」と中年の女が出迎えた。
「よろしくお願げえします! わたしはオカヨ、この子はカンタ」と緊張気味にオカヨが挨拶をした。
「はい、うちはオマツよ。多嘉良様からオカヨちゃんの手際の良さを聞いているよ! どうした?」
「あのー、うちの姉さの名前といっしょで驚きました」
「そうか! それも聞いている。さあ、入りなさい」
このオマツは岡っ引きの松五郎の母親である。オマツにうながされ三人が給仕場に入るとオマツはオカヨに顔を洗うように言った。オカヨは駒吉一味とのやり取りで顔が汚れていることに気づき桶を借りて顔を洗いはじめた。その横でオマツは化粧の準備をしながらオカヨが顔を洗い終えるのを待った。オカヨは言われるままに顔を拭いてからオマツの指示に従い給仕場の腰掛けにすわった。
顔を洗い終えたオカヨの姿は自分で髪を丸めて櫛と玉簪でとめただけの髪型で着物は亡くなった両断斎の妻のオツタのものを着ていた。それをオマツが流行りの丸髷に変えて帯の形を直していく。オカヨの顔に白粉と紅が差されると佳乃丸とカンタが不思議そうに見ていた。
「できたよ、オカヨちゃん。肌がきれいだね。年はいくつになるの?」
「良くわからんです。たぶん二十は過ぎたと思います」
「さあ、見て!」と言ってオマツが渡した手鏡にすっかり変わったオカヨがうつった。その横で佳乃丸とカンタがニコニコ笑っている。
「母上様! きれいです」と佳乃丸。
「こら、佳乃丸ったら!」と言いながらオカヨが手鏡を置いた。
「ほんとうだから、早く父上に見せてあげて」とカンタに言われオマツとオカヨは笑いながらお茶の準備にかかった。
このときオマツには事前にオカヨといっしょにお茶の給仕をすることが伝えられていた。このことによって奉行所の主だったものにオカヨの姿を披露して今後の身の安全を図るというものであった。
そして会議が行われている広間の前で・・・
「お茶をお持ちいたしました」とオマツ。後ろにオカヨが待っていた。
「ちょうど良い。中に入っていいぞ」
「失礼いたします」
オマツが襖を開けて広間のなかに入るとオカヨが後についた。
お茶を配るオマツにつづいてオカヨがゴマ団子といなり寿司を置いていくと周りの与力たちはオカヨに気を取られた。
「オマツ! どなたじゃな?」と筆頭与力の中村が聞いた。
「はい! オカヨさんです。多嘉良様のご女中ですよ」とオマツ。
「いや、これは御無礼つかまつった!」と何度もオカヨを見たことがある中村が恐縮し、両断斎もオカヨの姿に見入っていた。
こうしてオマツとオカヨが用意したものを配り終えると二人は緊張気味に部屋を後にした。
このあと両断斎から駒吉一味との経緯をきいた奉行の馬場と総勢25人の与力は本題の話にはいる。
その話とは、幕府の金銀を扱う役目の者に盗賊団との内通者がいて御金蔵にむかう船の動きが盗賊たちに伝えられたという前代未聞の話であった。すなわち、両断斎がオカヨと二人の子どもと奉行所に向かっていたとき、火付盗賊改方を名乗る二人の侍があらわれて御金蔵に向かっていた船が襲撃されたことを両断斎に伝えた。両断斎は急きょオカヨと二人の子どもをその場に残し襲撃の現場にむかおうとした。そのあと二人の侍はオカヨと二人の子どもを拉致して駒吉一味に引き渡したのである。この二人の侍が船の襲撃を両断斎に伝えたことは偶然ではなく船の襲撃とオカヨと二人の子どもの拉致はあらかじめ同時に行うことが決まっていた。この二つの悪事を組織立って行うことが出来るような一味がいるということである。
「これは思った以上に深刻な状況だな!」と奉行の馬場。
「火盗改も同じことを言っておりました」と筆頭与力の中村が火付盗賊改方からきいた船の襲撃状況を説明したところでオカヨとカンタの話となる。
オカヨとカンタの話は、すでに両断斎の意向によって奉行の馬場も了解したことであるが今回の拉致をふまえ周知の指示が出された者である。
その指示は、船の襲撃をくわだてた一味と駒吉一味が関わっていたとなれば駒吉一味を良く知るオカヨとカンタと面識のある者がいることもある。駒吉と弟の又三をふくめ主だった者を捕縛したとはいえ残った者からオカヨとカンタがふたたび狙われ、さらに下手人の似顔絵を描く佳乃丸にも危険が及ぶ可能性がある。しかし、三人の心身の負担はかなりのものがあるため事態が落ち着くまで両断斎が役目のときに三人を奉行所で預かることを表向きの理由とするというものであった。
こうして一連の説明が終わると個別の詰めの話となったが、だれが盗賊団に金銀の運搬情報を漏らしたかが再発をふせぐために必須であるという意見が全体からあがった。この状況に休憩が言い渡され再開は夕食後、日の入り前となる。この休憩の間に両断斎は給仕場に顔を出してオマツに化粧の礼をつたえ、家に帰ってからあらためて食事をするとオカヨと二人の子どもに言った。
二.紛糾の兆し
この金銀の運搬における態勢上の問題は事件や事故がおこっても勘定奉行配下の金座や勘定方に火付盗賊改や町奉行が調べに入ることが出来ない反面、金座や銀座などから金銀を運ぶ警護だけを町奉行と火付盗賊改方が受け持つという変則な業務体制にあった。そのため勘定奉行が所管する金座や勘定方の者が疑われた場合、町奉行も火付盗賊改方も勘定奉行の了解を取り付けてから調べにはいる必要があった。このことは金座や勘定方の業務に手落ちや不正がないという極端な性善説によるものであるが、もし勘定奉行配下の者が不正をはたらいた場合、事実確認や対策の初動が遅れ不正発覚までに時間がかかる。また内部だけの監理体制では組織的な不正や証拠隠滅がおきやすくなる。この弱点を知るものが組織立って犯行を企てたということを思いついた者がいた。
会議の再会は休憩に合わせてオマツとオカヨが片付けを終えたところで予定より早めとなる。冒頭、奉行の馬場は次の金銀の運搬の警護は町奉行と火付盗賊改方にとって難しい対応となると口火を切り、つづいて筆頭与力の中村が人を呼んであると言った。このあと「佐々木殿、どうぞ!」と、中村にうながされ佐々木小十郎が席に着いた。このとき両断斎は正面に座った小十郎と目線を合わせた。佐々木小十郎は盗賊団の駒吉一味を捕縛したとき両断斎の支援をおこなった者で、もとは火付盗賊改方の先手組に所属していた。また小十郎は小野派一刀流の指南役として幕府と関係のある小野派本家に養子に入った者である。
筆頭与力の中村から冒頭の挨拶を求められると小十郎は挨拶のなかで大目付の特務として最初におきた船の襲撃を調べていたことに触れた。そして駒吉一味が襲撃をおこなったことを突き止めたが、金銀の運搬情報がだれによって一味につたえられたか調べていたところで二回目の船の襲撃がおきたと言った。これに対し奉行の馬場が、
「そのことは聞いてはおらぬが?」と苦言を呈す。対する小十郎は、
「どこから運搬の情報がもれたか確かめるためでござる」と応じ与力一同の雰囲気が一転した。この小十郎の一言は南町奉行配下の者から金銀の運搬情報が漏れたと受け取られる話である。さらに奉行の馬場にまで駒吉一味の関与を伝えていないことに一同の不満がみえた。
「なるほど! では、最初の襲撃が駒吉一味、その次が別の盗賊であると?」と、馬場が話を進めた。
「はい! オカヨと二人の子の命をうばうため、手薄になるときを狙ったものと」
「ということは、次の運搬も盗賊どもに知られるということか?」
「いかにも!」
このやり取りにつづき小十郎は凶作によって大阪の米相場が高騰し、そのあおりを受け江戸においても商家があつかう小判や丁銀の量が急増して、その運搬に狙いを定めた動きであると説明した。しかし、会議の雰囲気は小十郎の説明を聞くようには見えなかった。
このあと小十郎が盗賊一味への情報の出どころを探ることを優先したいと言うと、
「ところで(火付盗賊)改方がこの一件に手を出すおつもりは?」と、筆頭与力の中村が火付盗賊改方の方針を問う。小十郎は大目付の配下にあり、このときは火付盗賊改方の所属ではないのである。
「ご承知のとおり金座、銀座は勘定奉行の持ち場にて、よほどのことがない限り手出しは出来ません!」と、小十郎は火付盗賊改の基本の意向を示す。町奉行と同じく火付盗賊改であっても勘定奉行配下の金座や勘定方に直接調べに入ることは出来ないという原則どおりの話であった。すると、
「それで、この手口から一味はかなり前から準備をしていたと見えよう」と奉行の馬場。
「おおせのとおり! 船や人集め、それに盗んだものを隠す算段に時間がかかります」と小十郎。
「では、我らが御金蔵の船のことを知る前に一味に知れたのでは?」
「そのように見えますが、いまのところは……」と、あくまで慎重な小十郎に会議の場は落ち着く気配がない。この状況に両断斎は腕を組み目を閉じた。
さらに小十郎は勘定方から町奉行と火付盗賊改方のなかに内通者がいないとも限らないと言ってきたことを明かすと場は騒然となる。これに筆頭与力の中村が、
「このたびの警護は三日前に(南町奉行所に)知らせがありました。我らがそのことを漏らしたとしても準備は間に合いません」と封紙で届けられた護衛伺の書面を見せた。このことにより町奉行配下の者が情報を流しても襲撃の準備が間に合わず情報を伝える意味がないとわかる。
「ということは、かなり前から動いていたということか!」と奉行の馬場が盗賊の段取りの良さを指摘し、つづいて両断斎に意見を求めた。
一瞬の間を取ってから両断斎が、
「もしや佐々木殿は、この紛糾が敵のねらいであると申されたいのでは?」と言った。
「おおせの通り! 相手は仲間割れをねらっております」と、小十郎は金銀の襲撃を陰で操る者が勘定奉行、町奉行、火付盗賊改方の分断をねらっていると言ったが、会議の場は収まる様子がない。この状況に筆頭与力の中村が「敵の策にのることが問題!」と、まとめに入り、奉行の馬場に指示を求めた。この求めに対し馬場は、
「いずれにしても、一味をつかまえて金を取り戻すことが役目! 暫定の策を今日中にまとめよ」と言い残して席を立った。このあと当直と翌日の勤めの体制をふまえ、指示を待っていた同心たちが帰宅して25人の与力と小十郎が広間にのこった。時刻は暮れ六つ(17時)となる。
三.持ち越しの判断
暫定の策を取りまとめることとなった席で筆頭与力の中村がいきなり小十郎に意見を求めた。この話の流れに紛糾した会議の余韻が残っていると見える。これに応じた小十郎は淡々と二つの策を示した。
まず一つ目の策として、次回の金銀の運搬において勘定奉行配下の者の動きを探るというものであった。そのため偽の輸送日程を勘定奉行から提示させ実際には空の千両箱を運ぶという策である。この場合、町奉行配下の者は武官である火付盗賊改方の指示により怪しい動きをする者のあとを付けるなどの役目となる。
そしてもう一つの策は盗賊一味が手を出しにくい順路と手法によって金銀を輸送するというものであった。これまで金銀の輸送は勘定方から知らせを受けて火付盗賊改方が決めていたが盗賊対策は十分に検討されていなかったのである。そのため船の往来が頻繁に行われる経路と時間帯に盗賊一味がまぎれて被害にあったと小十郎が言った。すると両断斎が、
「恐れながら、その策が同じように漏れるのでは?」と言うと沈黙がつづいた。両断斎は二度にわたって船が襲撃されたことの発端は内部から情報が漏れたことにあり、その問題が解決されなければ小十郎の策も盗賊団に見抜かれるというのである。その後、会議は一旦休憩となり議論の結果が奉行の馬場に伝えられた。
こして会議が再会されると当座の方針が奉行の馬場から言い渡された。
「多嘉良! すまぬが金銀の運搬はおぬしに頼みたい。すでに火盗改には話をとおした」
「心得ました!」と両断斎が応じ、盗賊一味が手を出しにくい順路と手法は両断斎が担当することとなる。これによって火付盗賊改方に役目替えとなる両断斎が、この一件に引き続き関わることとなった。
「佐々木殿! 空の千両箱の話だが、いま一つ体制に不安がある。しばらく考えさせてくれぬか」と奉行の馬場が言うと小十郎はこれを了解した。そして、
「恐れながら、もし金座の世襲制に関わった場合のことが気になっております」
「そのことも解る! 何か考えがあるのか?」
「はい! 無理を承知でお願いしたきことがござる」と前置きして小十郎が求めたことは、勘定奉行配下の者が盗賊一味と内通したと疑われた場合、別の名目で捕縛することであった。小十郎の意向は幕府財政の根幹を揺るがすような不正が発覚しても罪を犯した者以外、責めを負わないようにすることにより勘定方に協力を求めるというのである。この小十郎の策の背景には極端な世襲制や門外不出の技能によって維持されている金座の小判製造への配慮があった。仮に世襲制の者が罪を犯して一族が小判の製造から外れた場合、小判の鋳造や鑑定などの専門的な技術が途切れるというのである。しかし御政道に反することは町奉行や火付盗賊改方への信頼が損なわれるという意見によって同意を得ることが出来ない。この状況に奉行の馬場は南町奉行のたちばで小十郎の求めに即答を差し控えると言って結論を持ち越した。
こうして会議の再会は一定の調整と結論が出てからとなる。このあと両断斎はオカヨと二人の子どもが待つ奉行所の給仕場にむかった。
四.似て非なる者への思い
両断斎が奉行所の給仕場に入ると佳乃丸とカンタが出迎えた。二人の顔や体には駒吉一味から受けた傷が残っていて両断斎がケガの程度を聞くと二人とも笑顔を見せた。一方、オカヨの顔にあった猿轡のあとは化粧によって見えなくなっていた。
「オカヨ! どこか痛むか?」と両断斎が聞くとオカヨが思わず泣き崩れたが両断斎は言葉に詰まる。
「父上! 母上が化粧すると寛介の母ちゃんに似ているから見てよ」と、佳乃丸が亡くなったオツタとオカヨが似ていることに触れたがオカヨは顔を両手で隠して泣いていた。
「うむ! そうか。あとで見せてもらう」と両断斎がオカヨの肩を抱きよせるとオカヨが涙を拭きながら笑顔を作ろうとした。
この状況を察したオマツが、
「ほんとに良かったね! よし坊の言うとおりオツタさんによく似ている。さあ! お化粧を直して」と言ったがオカヨはふたたび両手で顔を覆って泣き出した。そして、
「すいません。ほんとうに申し訳ねえ! わたしみてえな者がいるばっかりに……」
「オカヨ! けしてそうではない」
「いいえ! わたしみてえな汚れた体で、盗賊といっしょだった者が奥さまに似ているなんて申し訳ねえです」
両断斎は常々、浅見助好の火付けによって亡くなった妻のオツタとオカヨがよく似ていると思ってもオカヨの気持ちを察してそのことを口にすることはなかった。このとき駒吉一味の捕縛によって恐怖から解放されたオカヨが一気に感情を吐き出したことを両断斎は受け止めようとした。ところが掛ける言葉が見つからなかった。
こうして泣きじゃくるオカヨが落ち着くのを待って両断斎は佳乃丸とカンタを連れて家に戻っていった。
四人が家につくころに日が暮れて西の空が夕焼けに染まった。そこにちょうど風呂敷包みを持った松五郎と妻のオケイが待っていた。
「だんな! これ」と、松五郎が風呂敷包みを両断斎に渡した。
「ああ! 急にたのんで済まなかったな」
「いいえ! 区切りがついたので、お祝いをやるつもりでおりやしたから」
「そうか! さあ入ってくれ」と言って両断斎がオカヨに風呂敷包みを渡すとお櫃の丸い蓋が見えて酢飯の匂いがした。中身に気づいたオカヨは涙をぬぐいながら台所に消えた。両断斎はオカヨとカンタに初めてあった日に佳乃丸といっしょに食べたバラ寿司を人形町の小料理屋に頼んでいたのである。せっかくのバラ寿司に気づいても佳乃丸とカンタは縁側に干された洗濯物を何も言わずに取りこんでいる。オカヨが泣いているのに加えて二人の子どもがいつに無く無口なことが気になる松五郎とオケイであった。
「だんな! 何かありましたか?」と松五郎。
「すまぬ!」と一言はさんで両断斎は奉行所でオカヨが言ったことを松五郎とオケイに話しはじめた。
「なるほど。オカヨちゃんらしいなぁ!」
「ほんとうに! だんなのことを思っているからね。あたいも見習わないと……」
「そういえばオケイ! 小料理屋の女将の差し入れは?」
「ああ、いけない。忘れないうちに!」と言ってオケイが差し出した包みのなかはカラスミであった。カラスミは長崎の出身である両断斎の大好物である。酒の準備のためにと言って両断斎が台所に入るとオカヨがすでにお燗をつけていた。
「だんな様! 祝いのときに泣いて申し訳ねえ」
「気にするな! 誰でもこういうことはある」
「はい! 食事の支度さ、急ぐから」
「……オカヨ! あとで話がある。先にこれをもらっていくぞ」と言って両断斎が燗付の徳利を台所から飯台に運んでいった。両断斎はオケイと松五郎に酒をすすめたが自分ではほとんど飲むことはなかった。
ちょうどその徳利が空いたころに小皿に取り分けたバラ寿司とみそ汁が飯台に並んだ。松五郎とオケイを含む六人が席について料理を前にしても、佳乃丸はうつむいたままである。
「どうした、佳乃丸?」と両断斎が聞くと佳乃丸が泣き出した。
「おいらの母ちゃん、母上より汚れていた。いろんなお客を相手にして……」
「佳乃丸! それは、お前を育てるために命がけでやったことだ」
「それに、おいら浅見の子どもだって知っているんだ! あいつ(浅見)が来たときに絵を教わった。その時におれの子だって。だからおいらは……」
この佳乃丸の一言にしばらく沈黙がつづいた。両断斎は佳乃丸が浅見助好と親子であることを知らないと思って日々を過ごしていたのである。ところが佳乃丸は浅見助好が実の父親であることも浅見助好が母親のオヨシの首を絞めて殺害し、両断斎の妻のオツタと実子寛介を火付けによって殺害したことを知っていたのであった。
しばらくして、両断斎が言葉を紡ぐように話しはじめた。
「先日、オカヨにお前とカンタは兄弟みたいに仲がいいと言われた。そして一生懸命なんでもするから、いつまでもここに置いてくれとな! もちろん返事は決まっている」
「……だっておいらは、寛介と寛介の母ちゃんを殺したヤツの子どもだよ!」と佳乃丸。その佳乃丸の思いを受け止めるように両断斎が話しはじめた。
「それも解っていて、わしは(オカヨに)何があってもこの四人でいっしょにいたいと言った。そして考えた。おまえたちの下女と下男を解き、わしの家族とする。いいか!」
両断斎のこの話を聞きカンタが、
「ねえ、母上は父上のお嫁さんになるの?」と聞いた。
「カンタ! もう当たり前のことを聞くな」と佳乃丸が泣きながら言った。
この佳乃丸の口ぐせに涙を浮かべていたオカヨが笑顔となる。その横でこれまでの経緯を知る松五郎とオケイが目頭を押さえていた。
「もう、こんなに嬉しいことがあるなんてねえ、あんた!」とオケイ。
「ああ、そうだな! さあ、食べましょう」と松五郎に言われ六人が食事をはじめた。
夕食を済ませ松五郎とオケイが帰ると両断斎はひさびさに深い眠りについた。ときどき隣で寝ているカンタが寝返りをうつと、そのカンタの動きが無事を知らせる合図に思えた。そしてカンタの隣の佳乃丸の横にはオカヨが寝ていて二人の子どもの寝相をなおす音が聞こえていた。
思い起こせばオカヨとカンタは駒吉一味が捕縛されことによって命を狙われる恐怖からようやく解放された。そして佳乃丸は両断斎の妻子の命を奪った浅見助好(あさみすけよし)の実子であり、さらに自分の母のオヨシが実の父の浅見助好に首を絞められて殺害された現場を見ている。その佳乃丸をふくめて両断斎はオカヨとカンタも自分の家族にすると誓ったのであった。
こうして様々な悲運に見舞われた四人がいっしょに暮らしはじめて半年余り。それぞれの思いが伝わり、さらに絆が深まることとなる。
このとき長月(九月)から神無月(十月)にかわった。
ーーーおわり(第一話 似て非なるもの)ーーー
一.オカヨの化粧
駒吉一味捕縛の現場から両断斎たちが奉行所につくと船の襲撃現場からもどった同心たちが四人を出迎えた。両断斎は出迎えた同心たちから南町奉行の馬場尚繁(ばばなおしげ)から、一味捕縛と船の襲撃との関係を調べるように指示が出されたことを聞いた。この話を受け両断斎は経緯の説明の準備にかかり、その間、オカヨと二人の子どもは奉行所の給仕場にいることとなる。佳乃丸は下手人の似顔絵をかきに何度か奉行所に来たことがあり勝手を知っていたのでオカヨとカンタを給仕場に案内をした。
「佳乃丸です! これを父上からみなさんに」と言って佳乃丸が団子屋の心づかいのゴマ団子といなり寿司を差しだした。
「あら、よし坊! さあ、二人も入って」と中年の女が出迎えた。
「よろしくお願げえします! わたしはオカヨ、この子はカンタ」と緊張気味にオカヨが挨拶をした。
「はい、うちはオマツよ。多嘉良様からオカヨちゃんの手際の良さを聞いているよ! どうした?」
「あのー、うちの姉さの名前といっしょで驚きました」
「そうか! それも聞いている。さあ、入りなさい」
このオマツは岡っ引きの松五郎の母親である。オマツにうながされ三人が給仕場に入るとオマツはオカヨに顔を洗うように言った。オカヨは駒吉一味とのやり取りで顔が汚れていることに気づき桶を借りて顔を洗いはじめた。その横でオマツは化粧の準備をしながらオカヨが顔を洗い終えるのを待った。オカヨは言われるままに顔を拭いてからオマツの指示に従い給仕場の腰掛けにすわった。
顔を洗い終えたオカヨの姿は自分で髪を丸めて櫛と玉簪でとめただけの髪型で着物は亡くなった両断斎の妻のオツタのものを着ていた。それをオマツが流行りの丸髷に変えて帯の形を直していく。オカヨの顔に白粉と紅が差されると佳乃丸とカンタが不思議そうに見ていた。
「できたよ、オカヨちゃん。肌がきれいだね。年はいくつになるの?」
「良くわからんです。たぶん二十は過ぎたと思います」
「さあ、見て!」と言ってオマツが渡した手鏡にすっかり変わったオカヨがうつった。その横で佳乃丸とカンタがニコニコ笑っている。
「母上様! きれいです」と佳乃丸。
「こら、佳乃丸ったら!」と言いながらオカヨが手鏡を置いた。
「ほんとうだから、早く父上に見せてあげて」とカンタに言われオマツとオカヨは笑いながらお茶の準備にかかった。
このときオマツには事前にオカヨといっしょにお茶の給仕をすることが伝えられていた。このことによって奉行所の主だったものにオカヨの姿を披露して今後の身の安全を図るというものであった。
そして会議が行われている広間の前で・・・
「お茶をお持ちいたしました」とオマツ。後ろにオカヨが待っていた。
「ちょうど良い。中に入っていいぞ」
「失礼いたします」
オマツが襖を開けて広間のなかに入るとオカヨが後についた。
お茶を配るオマツにつづいてオカヨがゴマ団子といなり寿司を置いていくと周りの与力たちはオカヨに気を取られた。
「オマツ! どなたじゃな?」と筆頭与力の中村が聞いた。
「はい! オカヨさんです。多嘉良様のご女中ですよ」とオマツ。
「いや、これは御無礼つかまつった!」と何度もオカヨを見たことがある中村が恐縮し、両断斎もオカヨの姿に見入っていた。
こうしてオマツとオカヨが用意したものを配り終えると二人は緊張気味に部屋を後にした。
このあと両断斎から駒吉一味との経緯をきいた奉行の馬場と総勢25人の与力は本題の話にはいる。
その話とは、幕府の金銀を扱う役目の者に盗賊団との内通者がいて御金蔵にむかう船の動きが盗賊たちに伝えられたという前代未聞の話であった。すなわち、両断斎がオカヨと二人の子どもと奉行所に向かっていたとき、火付盗賊改方を名乗る二人の侍があらわれて御金蔵に向かっていた船が襲撃されたことを両断斎に伝えた。両断斎は急きょオカヨと二人の子どもをその場に残し襲撃の現場にむかおうとした。そのあと二人の侍はオカヨと二人の子どもを拉致して駒吉一味に引き渡したのである。この二人の侍が船の襲撃を両断斎に伝えたことは偶然ではなく船の襲撃とオカヨと二人の子どもの拉致はあらかじめ同時に行うことが決まっていた。この二つの悪事を組織立って行うことが出来るような一味がいるということである。
「これは思った以上に深刻な状況だな!」と奉行の馬場。
「火盗改も同じことを言っておりました」と筆頭与力の中村が火付盗賊改方からきいた船の襲撃状況を説明したところでオカヨとカンタの話となる。
オカヨとカンタの話は、すでに両断斎の意向によって奉行の馬場も了解したことであるが今回の拉致をふまえ周知の指示が出された者である。
その指示は、船の襲撃をくわだてた一味と駒吉一味が関わっていたとなれば駒吉一味を良く知るオカヨとカンタと面識のある者がいることもある。駒吉と弟の又三をふくめ主だった者を捕縛したとはいえ残った者からオカヨとカンタがふたたび狙われ、さらに下手人の似顔絵を描く佳乃丸にも危険が及ぶ可能性がある。しかし、三人の心身の負担はかなりのものがあるため事態が落ち着くまで両断斎が役目のときに三人を奉行所で預かることを表向きの理由とするというものであった。
こうして一連の説明が終わると個別の詰めの話となったが、だれが盗賊団に金銀の運搬情報を漏らしたかが再発をふせぐために必須であるという意見が全体からあがった。この状況に休憩が言い渡され再開は夕食後、日の入り前となる。この休憩の間に両断斎は給仕場に顔を出してオマツに化粧の礼をつたえ、家に帰ってからあらためて食事をするとオカヨと二人の子どもに言った。
二.紛糾の兆し
この金銀の運搬における態勢上の問題は事件や事故がおこっても勘定奉行配下の金座や勘定方に火付盗賊改や町奉行が調べに入ることが出来ない反面、金座や銀座などから金銀を運ぶ警護だけを町奉行と火付盗賊改方が受け持つという変則な業務体制にあった。そのため勘定奉行が所管する金座や勘定方の者が疑われた場合、町奉行も火付盗賊改方も勘定奉行の了解を取り付けてから調べにはいる必要があった。このことは金座や勘定方の業務に手落ちや不正がないという極端な性善説によるものであるが、もし勘定奉行配下の者が不正をはたらいた場合、事実確認や対策の初動が遅れ不正発覚までに時間がかかる。また内部だけの監理体制では組織的な不正や証拠隠滅がおきやすくなる。この弱点を知るものが組織立って犯行を企てたということを思いついた者がいた。
会議の再会は休憩に合わせてオマツとオカヨが片付けを終えたところで予定より早めとなる。冒頭、奉行の馬場は次の金銀の運搬の警護は町奉行と火付盗賊改方にとって難しい対応となると口火を切り、つづいて筆頭与力の中村が人を呼んであると言った。このあと「佐々木殿、どうぞ!」と、中村にうながされ佐々木小十郎が席に着いた。このとき両断斎は正面に座った小十郎と目線を合わせた。佐々木小十郎は盗賊団の駒吉一味を捕縛したとき両断斎の支援をおこなった者で、もとは火付盗賊改方の先手組に所属していた。また小十郎は小野派一刀流の指南役として幕府と関係のある小野派本家に養子に入った者である。
筆頭与力の中村から冒頭の挨拶を求められると小十郎は挨拶のなかで大目付の特務として最初におきた船の襲撃を調べていたことに触れた。そして駒吉一味が襲撃をおこなったことを突き止めたが、金銀の運搬情報がだれによって一味につたえられたか調べていたところで二回目の船の襲撃がおきたと言った。これに対し奉行の馬場が、
「そのことは聞いてはおらぬが?」と苦言を呈す。対する小十郎は、
「どこから運搬の情報がもれたか確かめるためでござる」と応じ与力一同の雰囲気が一転した。この小十郎の一言は南町奉行配下の者から金銀の運搬情報が漏れたと受け取られる話である。さらに奉行の馬場にまで駒吉一味の関与を伝えていないことに一同の不満がみえた。
「なるほど! では、最初の襲撃が駒吉一味、その次が別の盗賊であると?」と、馬場が話を進めた。
「はい! オカヨと二人の子の命をうばうため、手薄になるときを狙ったものと」
「ということは、次の運搬も盗賊どもに知られるということか?」
「いかにも!」
このやり取りにつづき小十郎は凶作によって大阪の米相場が高騰し、そのあおりを受け江戸においても商家があつかう小判や丁銀の量が急増して、その運搬に狙いを定めた動きであると説明した。しかし、会議の雰囲気は小十郎の説明を聞くようには見えなかった。
このあと小十郎が盗賊一味への情報の出どころを探ることを優先したいと言うと、
「ところで(火付盗賊)改方がこの一件に手を出すおつもりは?」と、筆頭与力の中村が火付盗賊改方の方針を問う。小十郎は大目付の配下にあり、このときは火付盗賊改方の所属ではないのである。
「ご承知のとおり金座、銀座は勘定奉行の持ち場にて、よほどのことがない限り手出しは出来ません!」と、小十郎は火付盗賊改の基本の意向を示す。町奉行と同じく火付盗賊改であっても勘定奉行配下の金座や勘定方に直接調べに入ることは出来ないという原則どおりの話であった。すると、
「それで、この手口から一味はかなり前から準備をしていたと見えよう」と奉行の馬場。
「おおせのとおり! 船や人集め、それに盗んだものを隠す算段に時間がかかります」と小十郎。
「では、我らが御金蔵の船のことを知る前に一味に知れたのでは?」
「そのように見えますが、いまのところは……」と、あくまで慎重な小十郎に会議の場は落ち着く気配がない。この状況に両断斎は腕を組み目を閉じた。
さらに小十郎は勘定方から町奉行と火付盗賊改方のなかに内通者がいないとも限らないと言ってきたことを明かすと場は騒然となる。これに筆頭与力の中村が、
「このたびの警護は三日前に(南町奉行所に)知らせがありました。我らがそのことを漏らしたとしても準備は間に合いません」と封紙で届けられた護衛伺の書面を見せた。このことにより町奉行配下の者が情報を流しても襲撃の準備が間に合わず情報を伝える意味がないとわかる。
「ということは、かなり前から動いていたということか!」と奉行の馬場が盗賊の段取りの良さを指摘し、つづいて両断斎に意見を求めた。
一瞬の間を取ってから両断斎が、
「もしや佐々木殿は、この紛糾が敵のねらいであると申されたいのでは?」と言った。
「おおせの通り! 相手は仲間割れをねらっております」と、小十郎は金銀の襲撃を陰で操る者が勘定奉行、町奉行、火付盗賊改方の分断をねらっていると言ったが、会議の場は収まる様子がない。この状況に筆頭与力の中村が「敵の策にのることが問題!」と、まとめに入り、奉行の馬場に指示を求めた。この求めに対し馬場は、
「いずれにしても、一味をつかまえて金を取り戻すことが役目! 暫定の策を今日中にまとめよ」と言い残して席を立った。このあと当直と翌日の勤めの体制をふまえ、指示を待っていた同心たちが帰宅して25人の与力と小十郎が広間にのこった。時刻は暮れ六つ(17時)となる。
三.持ち越しの判断
暫定の策を取りまとめることとなった席で筆頭与力の中村がいきなり小十郎に意見を求めた。この話の流れに紛糾した会議の余韻が残っていると見える。これに応じた小十郎は淡々と二つの策を示した。
まず一つ目の策として、次回の金銀の運搬において勘定奉行配下の者の動きを探るというものであった。そのため偽の輸送日程を勘定奉行から提示させ実際には空の千両箱を運ぶという策である。この場合、町奉行配下の者は武官である火付盗賊改方の指示により怪しい動きをする者のあとを付けるなどの役目となる。
そしてもう一つの策は盗賊一味が手を出しにくい順路と手法によって金銀を輸送するというものであった。これまで金銀の輸送は勘定方から知らせを受けて火付盗賊改方が決めていたが盗賊対策は十分に検討されていなかったのである。そのため船の往来が頻繁に行われる経路と時間帯に盗賊一味がまぎれて被害にあったと小十郎が言った。すると両断斎が、
「恐れながら、その策が同じように漏れるのでは?」と言うと沈黙がつづいた。両断斎は二度にわたって船が襲撃されたことの発端は内部から情報が漏れたことにあり、その問題が解決されなければ小十郎の策も盗賊団に見抜かれるというのである。その後、会議は一旦休憩となり議論の結果が奉行の馬場に伝えられた。
こして会議が再会されると当座の方針が奉行の馬場から言い渡された。
「多嘉良! すまぬが金銀の運搬はおぬしに頼みたい。すでに火盗改には話をとおした」
「心得ました!」と両断斎が応じ、盗賊一味が手を出しにくい順路と手法は両断斎が担当することとなる。これによって火付盗賊改方に役目替えとなる両断斎が、この一件に引き続き関わることとなった。
「佐々木殿! 空の千両箱の話だが、いま一つ体制に不安がある。しばらく考えさせてくれぬか」と奉行の馬場が言うと小十郎はこれを了解した。そして、
「恐れながら、もし金座の世襲制に関わった場合のことが気になっております」
「そのことも解る! 何か考えがあるのか?」
「はい! 無理を承知でお願いしたきことがござる」と前置きして小十郎が求めたことは、勘定奉行配下の者が盗賊一味と内通したと疑われた場合、別の名目で捕縛することであった。小十郎の意向は幕府財政の根幹を揺るがすような不正が発覚しても罪を犯した者以外、責めを負わないようにすることにより勘定方に協力を求めるというのである。この小十郎の策の背景には極端な世襲制や門外不出の技能によって維持されている金座の小判製造への配慮があった。仮に世襲制の者が罪を犯して一族が小判の製造から外れた場合、小判の鋳造や鑑定などの専門的な技術が途切れるというのである。しかし御政道に反することは町奉行や火付盗賊改方への信頼が損なわれるという意見によって同意を得ることが出来ない。この状況に奉行の馬場は南町奉行のたちばで小十郎の求めに即答を差し控えると言って結論を持ち越した。
こうして会議の再会は一定の調整と結論が出てからとなる。このあと両断斎はオカヨと二人の子どもが待つ奉行所の給仕場にむかった。
四.似て非なる者への思い
両断斎が奉行所の給仕場に入ると佳乃丸とカンタが出迎えた。二人の顔や体には駒吉一味から受けた傷が残っていて両断斎がケガの程度を聞くと二人とも笑顔を見せた。一方、オカヨの顔にあった猿轡のあとは化粧によって見えなくなっていた。
「オカヨ! どこか痛むか?」と両断斎が聞くとオカヨが思わず泣き崩れたが両断斎は言葉に詰まる。
「父上! 母上が化粧すると寛介の母ちゃんに似ているから見てよ」と、佳乃丸が亡くなったオツタとオカヨが似ていることに触れたがオカヨは顔を両手で隠して泣いていた。
「うむ! そうか。あとで見せてもらう」と両断斎がオカヨの肩を抱きよせるとオカヨが涙を拭きながら笑顔を作ろうとした。
この状況を察したオマツが、
「ほんとに良かったね! よし坊の言うとおりオツタさんによく似ている。さあ! お化粧を直して」と言ったがオカヨはふたたび両手で顔を覆って泣き出した。そして、
「すいません。ほんとうに申し訳ねえ! わたしみてえな者がいるばっかりに……」
「オカヨ! けしてそうではない」
「いいえ! わたしみてえな汚れた体で、盗賊といっしょだった者が奥さまに似ているなんて申し訳ねえです」
両断斎は常々、浅見助好の火付けによって亡くなった妻のオツタとオカヨがよく似ていると思ってもオカヨの気持ちを察してそのことを口にすることはなかった。このとき駒吉一味の捕縛によって恐怖から解放されたオカヨが一気に感情を吐き出したことを両断斎は受け止めようとした。ところが掛ける言葉が見つからなかった。
こうして泣きじゃくるオカヨが落ち着くのを待って両断斎は佳乃丸とカンタを連れて家に戻っていった。
四人が家につくころに日が暮れて西の空が夕焼けに染まった。そこにちょうど風呂敷包みを持った松五郎と妻のオケイが待っていた。
「だんな! これ」と、松五郎が風呂敷包みを両断斎に渡した。
「ああ! 急にたのんで済まなかったな」
「いいえ! 区切りがついたので、お祝いをやるつもりでおりやしたから」
「そうか! さあ入ってくれ」と言って両断斎がオカヨに風呂敷包みを渡すとお櫃の丸い蓋が見えて酢飯の匂いがした。中身に気づいたオカヨは涙をぬぐいながら台所に消えた。両断斎はオカヨとカンタに初めてあった日に佳乃丸といっしょに食べたバラ寿司を人形町の小料理屋に頼んでいたのである。せっかくのバラ寿司に気づいても佳乃丸とカンタは縁側に干された洗濯物を何も言わずに取りこんでいる。オカヨが泣いているのに加えて二人の子どもがいつに無く無口なことが気になる松五郎とオケイであった。
「だんな! 何かありましたか?」と松五郎。
「すまぬ!」と一言はさんで両断斎は奉行所でオカヨが言ったことを松五郎とオケイに話しはじめた。
「なるほど。オカヨちゃんらしいなぁ!」
「ほんとうに! だんなのことを思っているからね。あたいも見習わないと……」
「そういえばオケイ! 小料理屋の女将の差し入れは?」
「ああ、いけない。忘れないうちに!」と言ってオケイが差し出した包みのなかはカラスミであった。カラスミは長崎の出身である両断斎の大好物である。酒の準備のためにと言って両断斎が台所に入るとオカヨがすでにお燗をつけていた。
「だんな様! 祝いのときに泣いて申し訳ねえ」
「気にするな! 誰でもこういうことはある」
「はい! 食事の支度さ、急ぐから」
「……オカヨ! あとで話がある。先にこれをもらっていくぞ」と言って両断斎が燗付の徳利を台所から飯台に運んでいった。両断斎はオケイと松五郎に酒をすすめたが自分ではほとんど飲むことはなかった。
ちょうどその徳利が空いたころに小皿に取り分けたバラ寿司とみそ汁が飯台に並んだ。松五郎とオケイを含む六人が席について料理を前にしても、佳乃丸はうつむいたままである。
「どうした、佳乃丸?」と両断斎が聞くと佳乃丸が泣き出した。
「おいらの母ちゃん、母上より汚れていた。いろんなお客を相手にして……」
「佳乃丸! それは、お前を育てるために命がけでやったことだ」
「それに、おいら浅見の子どもだって知っているんだ! あいつ(浅見)が来たときに絵を教わった。その時におれの子だって。だからおいらは……」
この佳乃丸の一言にしばらく沈黙がつづいた。両断斎は佳乃丸が浅見助好と親子であることを知らないと思って日々を過ごしていたのである。ところが佳乃丸は浅見助好が実の父親であることも浅見助好が母親のオヨシの首を絞めて殺害し、両断斎の妻のオツタと実子寛介を火付けによって殺害したことを知っていたのであった。
しばらくして、両断斎が言葉を紡ぐように話しはじめた。
「先日、オカヨにお前とカンタは兄弟みたいに仲がいいと言われた。そして一生懸命なんでもするから、いつまでもここに置いてくれとな! もちろん返事は決まっている」
「……だっておいらは、寛介と寛介の母ちゃんを殺したヤツの子どもだよ!」と佳乃丸。その佳乃丸の思いを受け止めるように両断斎が話しはじめた。
「それも解っていて、わしは(オカヨに)何があってもこの四人でいっしょにいたいと言った。そして考えた。おまえたちの下女と下男を解き、わしの家族とする。いいか!」
両断斎のこの話を聞きカンタが、
「ねえ、母上は父上のお嫁さんになるの?」と聞いた。
「カンタ! もう当たり前のことを聞くな」と佳乃丸が泣きながら言った。
この佳乃丸の口ぐせに涙を浮かべていたオカヨが笑顔となる。その横でこれまでの経緯を知る松五郎とオケイが目頭を押さえていた。
「もう、こんなに嬉しいことがあるなんてねえ、あんた!」とオケイ。
「ああ、そうだな! さあ、食べましょう」と松五郎に言われ六人が食事をはじめた。
夕食を済ませ松五郎とオケイが帰ると両断斎はひさびさに深い眠りについた。ときどき隣で寝ているカンタが寝返りをうつと、そのカンタの動きが無事を知らせる合図に思えた。そしてカンタの隣の佳乃丸の横にはオカヨが寝ていて二人の子どもの寝相をなおす音が聞こえていた。
思い起こせばオカヨとカンタは駒吉一味が捕縛されことによって命を狙われる恐怖からようやく解放された。そして佳乃丸は両断斎の妻子の命を奪った浅見助好(あさみすけよし)の実子であり、さらに自分の母のオヨシが実の父の浅見助好に首を絞められて殺害された現場を見ている。その佳乃丸をふくめて両断斎はオカヨとカンタも自分の家族にすると誓ったのであった。
こうして様々な悲運に見舞われた四人がいっしょに暮らしはじめて半年余り。それぞれの思いが伝わり、さらに絆が深まることとなる。
このとき長月(九月)から神無月(十月)にかわった。
ーーーおわり(第一話 似て非なるもの)ーーー
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