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アリウスが仕事に行った後、一人で過ごす時間はとても長く、せっかく用意してくれた食事も、あまり喉を通らなかった。
そんな僕を心配した侍女頭のクレナが、気分転換にでもと言って、庭を案内してくれた。
「このお庭は、旦那様がシルティ様のためにと、庭師に言い付けて造らせたものですよ。まだ花は咲き揃っておりませんが、もう少ししたら見頃になると思います」
「アリウスが僕のために?」
「ええ、そうですよ。旦那様は基本的に、シルティ様のためにしか動かれません」
「ええっ!? まさかっ!?」
「シルティ様、旦那様のシルティ様に対する執念を、侮ってはいけません」
「執⋯念⋯」
「あらまあ、私としたことが、怖い言い方をしてしまいましたね。ですが、シルティ様、旦那様がシルティ様を、それはそれは愛していらっしゃることは、侯爵家の家人なら誰でも知っている事実でございます。旦那様の大切なシルティ様を、私どもも大切に思っていること、どうかお心の片隅にでも置かれてください」
僕がクレナの言葉に驚いていると、クレナは微笑みながら、大きく頷いた。
「ところでシルティ様、旦那様は何をしでかしたのでしょうか」
「へっ?」
「シルティ様のこの落ち込まれよう、旦那様が、何かやらかしたとしか考えられません。まさか、嫌がるシルティ様を、無理矢理などということはありませんよね。それとも、旦那様の重すぎる愛に、胸焼けがしておられるとか。まあまあ、それで食事を残されたのですね」
「⋯⋯」
侍女たちのアリウスに対するイメージが、ここまでひどいとは。
「シルティ様、私は旦那様をお小さい頃から存じております。旦那様がシルティ様の護衛に決まった時、旦那様ったら、何日も手を洗わずに過ごされたのですよ。それはもう臭くて、侍女たちの不評を買っていました。私が思うに、シルティ様に触れた手を、洗いたくなかったのでしょうね」
「⋯ぷふっ」
「ふふっ」
「あはっ、あははははは、おかしい」
「ふふ、ふふふふふっ」
「クレナ、それ、アリウス知ってるの?」
「いいえ、ご存知ないです。侍女たちが、どんなに顔をしかめて鼻をつまんでいても、旦那様の目には入っていませんでしたから。旦那様の目に映るのは、この世でただ一人、愛するシルティ様だけですので」
「クレナ⋯」
クレナは侍女頭としての責務として、僕を励ましてくれているのではなくて、心から僕を心配してくれているのだろう。
クレナになら、僕の心の内を明かしてもいいのではないかと思った。
「クレナ、聞いてくれる」
クレナはほんの一瞬目を見開いて、すぐに柔らかな表情に戻った。
「はい、何なりと」
「僕⋯初夜の務めを、ちゃんと果たせなかったんだ」
「えっ?」
「僕、途中で気を失ってしまって、気づいたら、朝になってたんだ」
「ええっと、ですが⋯」
クレナは、僕のうなじにチラチラと視線を送った。
「嘘じゃないよ。だって僕、何も覚えていないんだ。もし、アリウスと体を繋げていたら、そんな幸せなこと、忘れるはずないでしょ?」
「ええ、まあ、それはそうでしょうが、あのぉ、シルティ様、その事を旦那様には?」
僕は黙ったまま首を横に振った。
「シルティ様、旦那様はシルティ様の事になると、てんで使い物にならなくなりますので、疑問に思う事があれば、はっきりお尋ねになられた方がよろしいかと」
今朝アリウスと話した感じでは、僕が言った事が嘘だとは思えない。
でも、せっかくのクレナの進言を、無下にはできない。
「⋯うん、分かった。アリウスが帰ってきたら、聞いてみるね」
「ええ、是非そうされてください」
でも、その日アリウスが帰ってきたのは、僕が眠った後だった。
大きなベッドで一人眠っていると、後ろから抱き締められて、うなじにチュッチュッ、と何度も口づけされる夢を見た。
「シルティ、遅くなってすまない」
夢の中で、アリウスの申し訳なさそうな声が聞こえた。
そんな僕を心配した侍女頭のクレナが、気分転換にでもと言って、庭を案内してくれた。
「このお庭は、旦那様がシルティ様のためにと、庭師に言い付けて造らせたものですよ。まだ花は咲き揃っておりませんが、もう少ししたら見頃になると思います」
「アリウスが僕のために?」
「ええ、そうですよ。旦那様は基本的に、シルティ様のためにしか動かれません」
「ええっ!? まさかっ!?」
「シルティ様、旦那様のシルティ様に対する執念を、侮ってはいけません」
「執⋯念⋯」
「あらまあ、私としたことが、怖い言い方をしてしまいましたね。ですが、シルティ様、旦那様がシルティ様を、それはそれは愛していらっしゃることは、侯爵家の家人なら誰でも知っている事実でございます。旦那様の大切なシルティ様を、私どもも大切に思っていること、どうかお心の片隅にでも置かれてください」
僕がクレナの言葉に驚いていると、クレナは微笑みながら、大きく頷いた。
「ところでシルティ様、旦那様は何をしでかしたのでしょうか」
「へっ?」
「シルティ様のこの落ち込まれよう、旦那様が、何かやらかしたとしか考えられません。まさか、嫌がるシルティ様を、無理矢理などということはありませんよね。それとも、旦那様の重すぎる愛に、胸焼けがしておられるとか。まあまあ、それで食事を残されたのですね」
「⋯⋯」
侍女たちのアリウスに対するイメージが、ここまでひどいとは。
「シルティ様、私は旦那様をお小さい頃から存じております。旦那様がシルティ様の護衛に決まった時、旦那様ったら、何日も手を洗わずに過ごされたのですよ。それはもう臭くて、侍女たちの不評を買っていました。私が思うに、シルティ様に触れた手を、洗いたくなかったのでしょうね」
「⋯ぷふっ」
「ふふっ」
「あはっ、あははははは、おかしい」
「ふふ、ふふふふふっ」
「クレナ、それ、アリウス知ってるの?」
「いいえ、ご存知ないです。侍女たちが、どんなに顔をしかめて鼻をつまんでいても、旦那様の目には入っていませんでしたから。旦那様の目に映るのは、この世でただ一人、愛するシルティ様だけですので」
「クレナ⋯」
クレナは侍女頭としての責務として、僕を励ましてくれているのではなくて、心から僕を心配してくれているのだろう。
クレナになら、僕の心の内を明かしてもいいのではないかと思った。
「クレナ、聞いてくれる」
クレナはほんの一瞬目を見開いて、すぐに柔らかな表情に戻った。
「はい、何なりと」
「僕⋯初夜の務めを、ちゃんと果たせなかったんだ」
「えっ?」
「僕、途中で気を失ってしまって、気づいたら、朝になってたんだ」
「ええっと、ですが⋯」
クレナは、僕のうなじにチラチラと視線を送った。
「嘘じゃないよ。だって僕、何も覚えていないんだ。もし、アリウスと体を繋げていたら、そんな幸せなこと、忘れるはずないでしょ?」
「ええ、まあ、それはそうでしょうが、あのぉ、シルティ様、その事を旦那様には?」
僕は黙ったまま首を横に振った。
「シルティ様、旦那様はシルティ様の事になると、てんで使い物にならなくなりますので、疑問に思う事があれば、はっきりお尋ねになられた方がよろしいかと」
今朝アリウスと話した感じでは、僕が言った事が嘘だとは思えない。
でも、せっかくのクレナの進言を、無下にはできない。
「⋯うん、分かった。アリウスが帰ってきたら、聞いてみるね」
「ええ、是非そうされてください」
でも、その日アリウスが帰ってきたのは、僕が眠った後だった。
大きなベッドで一人眠っていると、後ろから抱き締められて、うなじにチュッチュッ、と何度も口づけされる夢を見た。
「シルティ、遅くなってすまない」
夢の中で、アリウスの申し訳なさそうな声が聞こえた。
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