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序章
第01話 遥か彼方へ
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冷たい風が吹く夏の終わり、影法師は背丈を伸ばしていた。家に帰ってきた老人はため息を吐きながら少年を見ていた。
「エスト、もう昼じゃぞ。いい加減起きんか」
「もうちょっと、5分でいいから。おじいちゃん」
「朝からそう言って寝ておるではないか。怠けていては強くはなれんぞ」
少年は不服そうに、わかったよ、と言いながらベッドから起き上がった。服を着替え、顔を洗いに近くの川へと向かった。几帳面に寝巻きと布団は畳んである。
少年と老人は二人で山の中に住んでいた。老人はある日、山の麓に捨てられていた赤子、エストを拾ったのだ。
この時代、争いにより親を亡くす子供や、戦いから子供を遠ざけようとする親は少なくなかった。エストもそのような子の1人だろう。
以来15年、2人はたまに近くの街へ買い物に行くだけであって、普段は山の中で自給自足の生活をおくっていた。
エストは顔を洗ったあと、白い花・ストケシアに水をやった。昼に起こされ花に水をやるのが彼の日課であった。もっとも、早起きしようとは思っているのだが。
「じいちゃん、今日の朝飯は?」
「昼飯じゃ、バカもん。今日はシチューじゃ」
「今日は、ねぇ。おいしいからいいけど」
昨日の残り物ではないか、と思いながらエストは食卓についた。もちろんそんなことを口にする気はないのだが。
老人はいつも飯を大量に作っていた。おれの胃袋は無限ではないのに、とエストは思っていたが、自分のために用意してくれていたので不快には思わなかった。むしろ嬉しかったのだが、それを言うと老人が調子に乗るので決して言葉にはせず、さりげなく態度で示すだけだった。
食事を終えると、食器を片付け、水とあくびを飲み込んだ。半日近く寝ておいてまだ眠そうにしていては、なんと言われるか分かったものではない。
「おじいちゃん、そろそろ魔法を教えてくれよ。空間魔法以外のをさ」
「お前は馬力は充分なんじゃから空間収納ができればええじゃろ。それより能力の特訓をせい。せっかくの固有能力者なんじゃから」
魔法と能力。この世界において最も重要な能力だ。魔族の出現によって大気中に魔素が溢れるようになった。
それに伴い人間の肉体に魔力(人体に存在する魔素のことである)が大量に宿るようになり、それを操ることで超常現象を引き起こす能力が魔法である。
対して能力というのは、魔族の出現以前より、1人の生涯に1つまで創造神より与えられる能力のことである。魔法と違い微弱な魔力でも発動することができる能力だ。
なかでも固有能力者というのは生まれながらの能力所持者であり、一般に強力なスキルであることが多い。
「能力は充分鍛えたんだよ。技は多い方がいいだろ?」
「能力ってのは極めても極め足りないもんじゃ。それに『純粋な力』は魔法には向いとらんじゃろうが」
「そうだけど……」
エストは不満気に、そして少し悲しそうに答えた。
「……。分かった分かった。これからわしはこの辺りの魔物を間引いてくるが、帰ってきたら少しあいてしてやるわ」
「……! 約束だよ! 早く帰ってきてよ!」
「ガキみたいにはしゃぎおって」
老人はどことなく嬉しそうにそう言った。2人で暮らし始めて15年、少年の甘えるようなキラキラした目はいつになっても老人の心を潤わせた。
「フッ! セイッ! ッター!」
老人が帰ってくるまでの間、エストは能力を使った格闘術の練習をしていた。
彼は能力『純粋な力』によって、魔力を一切持たない特異体質になっていた。その代わりに鋼のような肉体と驚異的な身体能力、極めて精密な魔力操作を有していた。
もちろん彼自身は魔力を持っていないので、大気中の魔素を操っていた。ただし、魔力と魔素は勝手が違うようで、精密な操作が可能でも彼は10年以上訓練してやっと空間収納が使えるようになった。
エストはほとんど魔法を使えないのだが、量に限りのある魔力を用いた魔法より、限りのない魔素を用いた魔法の方が強力であった。そのため魔素を纏った身体強化を使えば、エストは他の者にはない怪力を生み出せたのだ。
老人が出掛けて十数分経ったころだろうか、彼は深刻そうな顔をして帰ってきた。
「? あれ? おじいちゃん帰ってくるの早いね」
「ああ、少し大変なことが起こってな。これから言うことをよく聞くんじゃ」
「南大陸に三界が現れた。1体ではあるようじゃが、このまま放っておくわけにも行くまい。わしも戦いに参加することになった」
「!!」
三界。それは魔神を討伐してから現れた3体の強力な魔族のことであった。その力はたった1体でも国を簡単に落とせるという。
「そんな危険な戦い、おじいちゃんが参加する必要はないじゃないか!」
「いや、自分で言うのもなんじゃがわしは随分と強いでな。見て見ぬふりをするわけにもいかん」
「じゃあおれも行くよ! おれだって力になれるはずだ!」
「だめじゃ。お前は若い。この戦いは奴らの進行を止めるもの。大半は命を落とす戦いになる」
「でも……でも! ……」
エストは悲しさと悔しさで泣きそうな声で言った。
かつて何万もの魔法使いを送って三界の討伐を目指したことがあった。しかしその魔法使い達は誰一人として帰ってこなかった。
それほど今回の戦場は危険なのだ。そんな所に家族を向かわせたくはなかった。
「これからお前を遥か遠くに転移させる。その地で力をつけろ。誰にも負けないくらいに。そして仲間を集めて、いつの日か魔族を討ち倒すのじゃ。そしたらわしの生きた意味もあろうて」
「…………う”ん。わがっだ。じいちゃんの覚悟、無駄にはしないよ!」
エストは涙と鼻水で汚れた顔でなんとか言葉にした。本当は行ってほしくなかった。でもそれで老人を止めてはいけない気がした。
「すまんな、エスト。本当にすまん。魔法も教えてやれんかったな」
涙で前は見えなかったが、老人も悔しそうな顔をしていることは分かった。
「ここもいずれ戦場になるかも知れんでな。強くなれよ、エスト」
「“遥か彼方へ”」
老人の温かな魔力に包まれていく。泣き疲れたのか、長距離の転移のためなのか、一瞬意識が抜けたような気がした。気付いたときには老人はいなくなっていた。
「エスト、もう昼じゃぞ。いい加減起きんか」
「もうちょっと、5分でいいから。おじいちゃん」
「朝からそう言って寝ておるではないか。怠けていては強くはなれんぞ」
少年は不服そうに、わかったよ、と言いながらベッドから起き上がった。服を着替え、顔を洗いに近くの川へと向かった。几帳面に寝巻きと布団は畳んである。
少年と老人は二人で山の中に住んでいた。老人はある日、山の麓に捨てられていた赤子、エストを拾ったのだ。
この時代、争いにより親を亡くす子供や、戦いから子供を遠ざけようとする親は少なくなかった。エストもそのような子の1人だろう。
以来15年、2人はたまに近くの街へ買い物に行くだけであって、普段は山の中で自給自足の生活をおくっていた。
エストは顔を洗ったあと、白い花・ストケシアに水をやった。昼に起こされ花に水をやるのが彼の日課であった。もっとも、早起きしようとは思っているのだが。
「じいちゃん、今日の朝飯は?」
「昼飯じゃ、バカもん。今日はシチューじゃ」
「今日は、ねぇ。おいしいからいいけど」
昨日の残り物ではないか、と思いながらエストは食卓についた。もちろんそんなことを口にする気はないのだが。
老人はいつも飯を大量に作っていた。おれの胃袋は無限ではないのに、とエストは思っていたが、自分のために用意してくれていたので不快には思わなかった。むしろ嬉しかったのだが、それを言うと老人が調子に乗るので決して言葉にはせず、さりげなく態度で示すだけだった。
食事を終えると、食器を片付け、水とあくびを飲み込んだ。半日近く寝ておいてまだ眠そうにしていては、なんと言われるか分かったものではない。
「おじいちゃん、そろそろ魔法を教えてくれよ。空間魔法以外のをさ」
「お前は馬力は充分なんじゃから空間収納ができればええじゃろ。それより能力の特訓をせい。せっかくの固有能力者なんじゃから」
魔法と能力。この世界において最も重要な能力だ。魔族の出現によって大気中に魔素が溢れるようになった。
それに伴い人間の肉体に魔力(人体に存在する魔素のことである)が大量に宿るようになり、それを操ることで超常現象を引き起こす能力が魔法である。
対して能力というのは、魔族の出現以前より、1人の生涯に1つまで創造神より与えられる能力のことである。魔法と違い微弱な魔力でも発動することができる能力だ。
なかでも固有能力者というのは生まれながらの能力所持者であり、一般に強力なスキルであることが多い。
「能力は充分鍛えたんだよ。技は多い方がいいだろ?」
「能力ってのは極めても極め足りないもんじゃ。それに『純粋な力』は魔法には向いとらんじゃろうが」
「そうだけど……」
エストは不満気に、そして少し悲しそうに答えた。
「……。分かった分かった。これからわしはこの辺りの魔物を間引いてくるが、帰ってきたら少しあいてしてやるわ」
「……! 約束だよ! 早く帰ってきてよ!」
「ガキみたいにはしゃぎおって」
老人はどことなく嬉しそうにそう言った。2人で暮らし始めて15年、少年の甘えるようなキラキラした目はいつになっても老人の心を潤わせた。
「フッ! セイッ! ッター!」
老人が帰ってくるまでの間、エストは能力を使った格闘術の練習をしていた。
彼は能力『純粋な力』によって、魔力を一切持たない特異体質になっていた。その代わりに鋼のような肉体と驚異的な身体能力、極めて精密な魔力操作を有していた。
もちろん彼自身は魔力を持っていないので、大気中の魔素を操っていた。ただし、魔力と魔素は勝手が違うようで、精密な操作が可能でも彼は10年以上訓練してやっと空間収納が使えるようになった。
エストはほとんど魔法を使えないのだが、量に限りのある魔力を用いた魔法より、限りのない魔素を用いた魔法の方が強力であった。そのため魔素を纏った身体強化を使えば、エストは他の者にはない怪力を生み出せたのだ。
老人が出掛けて十数分経ったころだろうか、彼は深刻そうな顔をして帰ってきた。
「? あれ? おじいちゃん帰ってくるの早いね」
「ああ、少し大変なことが起こってな。これから言うことをよく聞くんじゃ」
「南大陸に三界が現れた。1体ではあるようじゃが、このまま放っておくわけにも行くまい。わしも戦いに参加することになった」
「!!」
三界。それは魔神を討伐してから現れた3体の強力な魔族のことであった。その力はたった1体でも国を簡単に落とせるという。
「そんな危険な戦い、おじいちゃんが参加する必要はないじゃないか!」
「いや、自分で言うのもなんじゃがわしは随分と強いでな。見て見ぬふりをするわけにもいかん」
「じゃあおれも行くよ! おれだって力になれるはずだ!」
「だめじゃ。お前は若い。この戦いは奴らの進行を止めるもの。大半は命を落とす戦いになる」
「でも……でも! ……」
エストは悲しさと悔しさで泣きそうな声で言った。
かつて何万もの魔法使いを送って三界の討伐を目指したことがあった。しかしその魔法使い達は誰一人として帰ってこなかった。
それほど今回の戦場は危険なのだ。そんな所に家族を向かわせたくはなかった。
「これからお前を遥か遠くに転移させる。その地で力をつけろ。誰にも負けないくらいに。そして仲間を集めて、いつの日か魔族を討ち倒すのじゃ。そしたらわしの生きた意味もあろうて」
「…………う”ん。わがっだ。じいちゃんの覚悟、無駄にはしないよ!」
エストは涙と鼻水で汚れた顔でなんとか言葉にした。本当は行ってほしくなかった。でもそれで老人を止めてはいけない気がした。
「すまんな、エスト。本当にすまん。魔法も教えてやれんかったな」
涙で前は見えなかったが、老人も悔しそうな顔をしていることは分かった。
「ここもいずれ戦場になるかも知れんでな。強くなれよ、エスト」
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