116 / 132
第二章 ヤマネコ商会、爆誕!:激安の幽霊屋敷と二人の看板娘
第116話 条件は『安くて広くて庭付き』。そんな物件あるわけ……あった!?
しおりを挟む
午前中の商業ギルドは、外の市場の喧騒とは隔絶された、静謐で厳格な空気に包まれていた。
インクと羊皮紙の匂い、そしてそこはかとなく漂う「お金」の気配。
私はその独特の空気を胸いっぱいに吸い込み、トレッキングシューズの靴底をキュッと鳴らして歩く。
目的地は、建物の奥にある『不動産管理窓口』だ。
カウンターに座っていたのは、丸眼鏡をかけた神経質そうな男性職員だった。
私が目の前に立つと、彼は書類から顔を上げ、不思議そうに私を見た。
「……おや、お嬢ちゃん。お親御さんとはぐれたのかな? 今日はこっちには誰も来ていないけど……」
子供が一人でこんな奥まで来るなんて、普通は思わないわよね。
私は言葉で説明する代わりに、先日発行されたばかりの『商業ギルド登録証』をカウンターに置いた。
「物件を探しに来ました。店舗用の、賃貸物件を」
私は「借りる」ことを強調して伝える。
職員さんは、置かれたカードを見て、目を丸くした。
「『ヤマネコ商会』……? ああ、先日ギルドマスターが直々に登録されたという……」
彼は慌てて眼鏡の位置を直し、居住まいを正した。
さすがバルガスさん。ギルド内での影響力は絶大らしい。これなら話が早いわ。
「失礼しました、ヤマネコ会長。……して、どのような賃貸物件をお探しで?」
(……ヤマネコ会長。「ヤマネコ」が私の名前だと勘違いされてる!? まあ商会の名称は、自分の名前から取ったのだから間違ってはいないけど! なんか、私が猫になったみたいでこそばゆい。語呂はいいけど!)
私は心の中でツッコミを入れつつ、条件を提示する。
「条件はシンプルです。
一つ、市場から徒歩圏内であること。
二つ、菓子製造ができる厨房設備があること。
三つ、この子が遊べる裏庭があること」
足元のコロが「わん!」と愛想よく鳴く。職員さんは「はあ、裏庭……」と困惑気味だ。
「そして四つ目。これが一番重要なんですが……とにかく家賃が安いこと。初期費用は極力抑えたいんです」
私の言葉に、職員さんは「うーん」と唸り、分厚い台帳をパラパラとめくり始めた。
「市場の近くで、厨房と庭付き……。条件だけならいくつかありますが、どれも賃料は高いですよ。安くても月額で銀貨20枚は下りません」
「高いですね……」
月額で銀貨20枚(20万円)。今の私には払えない額ではないけれど、毎月その固定費が出ていくのはリスクが高いように思う。
「古くても良いので、もっと安い物件はありませんか?」
私が食い下がると、職員さんの手がピタリと止まった。
彼は顔を上げ、声を潜めて言った。
「……一つだけ、あります。条件は全て満たしていますし、価格も破格です。ですが……おすすめはしません」
「……その理由は?」
「あそこは……『出る』んですよ」
職員さんは、あたりを憚るように、さらに声を潜めた。
「元々は人気の食堂だったんですがね。8年ほど前に店主が借金で夜逃げしまして……。その後、ギルドで差し押さえて賃貸に出したんです。立地が良いのですぐに借主は見つかったんですが……」
職員さんは、身震いするように肩をすくめた。
「最初に入った商人は、一晩で逃げ出しました。『女の泣き声が聞こえる』と言って。二人目の職人は三日後に、『家具が勝手に動いた』と青い顔をして鍵を返しに来ました。三人目に至っては、幽霊退治に自信があるという冒険者だったんですが……翌朝には『あそこはヤバイ』と言い残して街を出て行ってしまいました」
「……へぇ」
「極めつけは、調査に行ったうちの職員です。二階の窓に、青白い人魂が浮かんでいるのをはっきりと見たそうで……。それ以来、ギルド内でも『あそこには関わるな』という暗黙の了解ができまして。管理も放棄され、今や誰も寄り付かない本当の『幽霊屋敷』になってしまったんです」
(キターーーッ! 特級放置物件!!)
心の中でガッツポーズ。
インクと羊皮紙の匂い、そしてそこはかとなく漂う「お金」の気配。
私はその独特の空気を胸いっぱいに吸い込み、トレッキングシューズの靴底をキュッと鳴らして歩く。
目的地は、建物の奥にある『不動産管理窓口』だ。
カウンターに座っていたのは、丸眼鏡をかけた神経質そうな男性職員だった。
私が目の前に立つと、彼は書類から顔を上げ、不思議そうに私を見た。
「……おや、お嬢ちゃん。お親御さんとはぐれたのかな? 今日はこっちには誰も来ていないけど……」
子供が一人でこんな奥まで来るなんて、普通は思わないわよね。
私は言葉で説明する代わりに、先日発行されたばかりの『商業ギルド登録証』をカウンターに置いた。
「物件を探しに来ました。店舗用の、賃貸物件を」
私は「借りる」ことを強調して伝える。
職員さんは、置かれたカードを見て、目を丸くした。
「『ヤマネコ商会』……? ああ、先日ギルドマスターが直々に登録されたという……」
彼は慌てて眼鏡の位置を直し、居住まいを正した。
さすがバルガスさん。ギルド内での影響力は絶大らしい。これなら話が早いわ。
「失礼しました、ヤマネコ会長。……して、どのような賃貸物件をお探しで?」
(……ヤマネコ会長。「ヤマネコ」が私の名前だと勘違いされてる!? まあ商会の名称は、自分の名前から取ったのだから間違ってはいないけど! なんか、私が猫になったみたいでこそばゆい。語呂はいいけど!)
私は心の中でツッコミを入れつつ、条件を提示する。
「条件はシンプルです。
一つ、市場から徒歩圏内であること。
二つ、菓子製造ができる厨房設備があること。
三つ、この子が遊べる裏庭があること」
足元のコロが「わん!」と愛想よく鳴く。職員さんは「はあ、裏庭……」と困惑気味だ。
「そして四つ目。これが一番重要なんですが……とにかく家賃が安いこと。初期費用は極力抑えたいんです」
私の言葉に、職員さんは「うーん」と唸り、分厚い台帳をパラパラとめくり始めた。
「市場の近くで、厨房と庭付き……。条件だけならいくつかありますが、どれも賃料は高いですよ。安くても月額で銀貨20枚は下りません」
「高いですね……」
月額で銀貨20枚(20万円)。今の私には払えない額ではないけれど、毎月その固定費が出ていくのはリスクが高いように思う。
「古くても良いので、もっと安い物件はありませんか?」
私が食い下がると、職員さんの手がピタリと止まった。
彼は顔を上げ、声を潜めて言った。
「……一つだけ、あります。条件は全て満たしていますし、価格も破格です。ですが……おすすめはしません」
「……その理由は?」
「あそこは……『出る』んですよ」
職員さんは、あたりを憚るように、さらに声を潜めた。
「元々は人気の食堂だったんですがね。8年ほど前に店主が借金で夜逃げしまして……。その後、ギルドで差し押さえて賃貸に出したんです。立地が良いのですぐに借主は見つかったんですが……」
職員さんは、身震いするように肩をすくめた。
「最初に入った商人は、一晩で逃げ出しました。『女の泣き声が聞こえる』と言って。二人目の職人は三日後に、『家具が勝手に動いた』と青い顔をして鍵を返しに来ました。三人目に至っては、幽霊退治に自信があるという冒険者だったんですが……翌朝には『あそこはヤバイ』と言い残して街を出て行ってしまいました」
「……へぇ」
「極めつけは、調査に行ったうちの職員です。二階の窓に、青白い人魂が浮かんでいるのをはっきりと見たそうで……。それ以来、ギルド内でも『あそこには関わるな』という暗黙の了解ができまして。管理も放棄され、今や誰も寄り付かない本当の『幽霊屋敷』になってしまったんです」
(キターーーッ! 特級放置物件!!)
心の中でガッツポーズ。
173
あなたにおすすめの小説
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
葉泪秋
ファンタジー
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる