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王位継承編
16 【全自動】服を洗濯して乾かす魔導具
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「さて、帰ってテストの答え合わせでもするか……おや?」
ここは貧民街の商店が立ち並ぶ通り。
ぶらぶら歩いているモンキー先生は、ふと風に揺れるのぼり旗に目を奪われた。
『服を洗濯する魔導具はじめました!』
え、何それ欲しい!
今朝、小猿・スモーキーから家事を手伝えと言われたばかり。こんな画期的な生活用魔導具があるなら、ぜひ買いたい。
ぎいい、と古びた道具屋の扉を開けた。
まるで森の中か? と思うほど、みずみずしい薬草の香りが漂う。ポーションを作っているのだろう。
カウンターの奥に少女がいて、大きな瓶の中に薬草を漬けていた。
デュワーズだ。
ふと来店した客に気づき、
「いらっしゃいませ」
と顔をあげる。
モンキー先生は小猿の頭を撫でながら、ニコッと微笑んだ。
「こんにちは、デュワーズさん」
「モンキー先生! 何か買いに来たの?」
「はい、服を洗濯する魔導具が気になって」
ああ、あれか、とデュワーズは魔導具の説明を始めた。
「ヤマザキさんの作った新作魔導具だね。これだよ」
道具屋には、木材の食器や家具、お馴染みの火の魔石コンロや水の魔石バルブ、最新式の、冷蔵魔導具などの商品が並べてある。
そんな中、デュワーズは白い箱型の魔導具を指さした。
「これね、洗剤を入れると服を洗濯してくれるよ」
「やばっ! 欲しいです!」
モンキー先生とスモーキーは瞳を輝かせた。
すぐに使い方を知りたい。
蓋を開けたり、いろいろ触り出す。特に熱心なのはスモーキーだ。わい、家事の負担を減らしたいんや、と思っている。
デュワーズは説明を続けた。
「この二つのスイッチでタンクが回転するんだ。右、左って」
「ふむふむ」
「で、真ん中のボタンで水を抜いて、青いボタンで水を入れて、すすぎ洗いできるよ」
「……ふむ」
「で、最後にいっぱい回転ボタンを押せば脱水だよ」
「……はぁ」
「ウギギ……」
どしたの? とデュワーズが顔を覗く。
スモーキーの目が回っている。頭がパンクしたようだ。なぜなら猿だから、難しい操作なんてできない。
「これ、ボタン、一つにならないかな?」
「ねぇ先生……ぼくに言われても困るんだけど……」
「だってこんな複雑な魔導具、スモーキーが使えないよ! 専業主婦、舐めてるよね? 他にも掃除、料理などしないといけないのに、洗濯のボタンをぽちぽち……こんなのぜんぜん家事の負担を減らしてないよ!」
「先生、うざい……」
デュワーズが細い目をする。
しかし、そんなの関係ないといった顔でモンキー先生はさらに続けた。
「ぜんぜん主婦のこと考えてない! ダメだよこんな魔導具! それに、ここで買った冷蔵魔導具だけど、最近、あんまり冷えないよ! どうなってるの? まったく」
ウキキ、とスモーキーがモンキー先生の肩を叩く。
それくらいに、しとけや、と言っているようだ。
なぜなら、デュワーズが泣きそうになっているからである。
「うう……そんなの、おじさんに言ってよ……」
すると、ぎぃぃと扉が開いた。
中に入って来たのはヤマザキだ。手には食材の入った袋、ぺろぺろと口の中で飴玉を舐めている。
「ん? モンキー先生いらっしゃい……ぺろぺろ」
「あ! ヤマザキさん、ちょっとこの魔導具、ひどいじゃあないですか?」
「どこが? ぺろぺろ」
「ボタンがいっぱいで操作が難しいです!」
ぱちぱち、と拍手するヤマザキ。
みんな、唖然とした。
「モンキー先生、素晴らしい! 目の付け所がシャープだ! ぺろぺろ」
「は、はぁ……」
「まさに操作性が欠点なんだ……ぺろぺろ」
「改良してくれませんか?」
「いいよ、ぺろぺろ」
あの……とモンキー先生が不思議そうにヤマザキを見る。飴玉が気になるようだ。
当のヤマザキは、食材をデュワーズに渡している。
「何を舐めているんですか?」
「はちみつ飴、ぺろぺろ」
いる? とヤマザキは黄金に光る飴を差し出す。
モンキー先生が取ろうとしたが、先にスモーキーに奪われ、ぱくりと口の中に入れられた。
「お、可愛い猿だ」
「スモーキー! それは僕のだぞ!」
「ウッキキー!」
「おい、喧嘩するな。先生の分もある」
「ありがとうございます」
ヤマザキは、ぽいっとモンキー先生の口に飴を投げ入れた。
とろっとした甘さが、ずっと舐めていたいほどクセになる味だ。
「うっま! 何これ!?」
「ああ、厨房にあったはちみつで作ってみたんだ」
「ヤマザキさん、あなた天才ですよ!」
あはは、とヤマザキが微笑んだ。
しかしながら魔導具の欠点を指摘されたこともあり、すぐ真剣な顔に戻った。
「モンキー先生、ちょっと相談なんだけど」
「はい」
「魔導具を改良するのに、二つ魔物の素材が必要なんだ。いっしょに狩りに行かない?」
「いいですけど、何の魔物ですか?」
「うーん、金属を自由に変形させる魔物と魔法が通じない魔物かな」
「ふむ」
モンキー先生は、「そうですね」と考えてから答えた。
「金属系の魔物ならメタルゴーレムが最強ですね。魔法攻撃を無効化する魔物なら……珍しいスライムがいたような」
するとそこへ、タリスカーが薬草を摘んで帰ってきた。
話を聞いていたようだ。荷物を下ろすと、「それなら……」と語り出した。
「ゴムゴムスライムじゃな」
ゴ厶ゴム? とみな聞き返した。
薬草の葉を、ぷちぷち取りながらタリスカーは続ける。
「昔、冒険者だった頃、アイラの森で見たことがある。魔法攻撃が通じない、不思議なスライムじゃった……倒せなくて悔しかったのぉ」
モンキー先生が、「ふむ」とうなずいた。
「メタルゴーレムが生息しているのもアイラ地方です」
行き先は決まったな、とヤマザキ。
木材粘土の杖やミニモフの玉を鞄にしまう。
デュワーズは、当然のように弓の装備を始めた。
「おじさん、パーティのメンバーはどうしよっか?」
「やっぱりラフロイグとマッカランは仲間に欲しいな~」
「あとヒビキちゃんの回復もいるよね! メタルゴーレムの攻撃は強いだろうから」
「そうだな」
「よーし、先生も行くよ! しゅっぱーつ!」
ぞろぞろ、とみんな道具屋から出ていく。
「タリスカーさん、いってきます」
「おじいちゃん、いってきまーす!」
「いってまいります……」
「失礼します」
「ウキキッ!」
「うむ、みんな、がんばれよ!」
独り残されるタリスカーは、ぷちぷちと薬草の花と葉を取りわけながら、
「やっぱり、わしはメンバーに入ってないか……」
と、寂しそうにつぶやくのだった。
◉
がたん、ごとんと馬車が揺れる。
絢爛豪華な室内には、ヤマザキ、デュワーズ、ヒビキ、マッカラン、ラフロイグ、スモーキーとモンキー先生が座っていた。
結局、みんな誘ったら参加してくれたのだ。
馬車はモーレンジの森を抜け、渓谷沿いの道を進んでいた。車窓からは清らかな青空が広がっている。絶好の冒険日和だ。
「めっちゃ、いい匂い……」
「何の香水だろう……やばぁ」
ラフロイグとモンキー先生が、くんくん鼻を広げている。
マッカランの馬車の中に漂う香りは、とても甘く、男の感性をくすぐるようだ。
しかし、ヤマザキだけはあまり関心がない。気持ちは魔導具作りに集中し、考えをまとめていた。
(全自動運転するには時計がいるよな……)
顔をあげたヤマザキは、みんなに質問した。
「なぁ、時計って知ってるか?」
とけい? とみな聞き返す。
当然、ヒビキは知っているので黙っていた。
日時計とか砂時計なら知ってる、とデュワーズ。
水時計、蝋燭やお香を利用した時計もありますね、とモンキー先生。
腹時計っすね、とラフロイグ。
ウキッ、ウキッキキキィ!
(りんご、一個十秒で食うたるわ!)
とスモーキー。猿らしい答えだ。
あたしの国にはゼンマイを巻き上げる機械式があったねぇ、とマッカラン。
ヤマザキは、マッカランの方を向いて、「それだ!」と目を光らせた。
「ゼンマイを無の魔石で動かして時計にする……それでタイマー設定を作ろう。で、水の入れ時間、抜き時間、回転時間を制御して……」
ぶつぶつ、とヤマザキは自分の世界に入っていく。
やれやれ、とみんな肩をすくめた。
「おじさん、ほんっと魔導具が好きだね」
まぁな、とヤマザキはデュワーズの顔を見た。
しばらくすると、がたん、と馬車が大きく揺れた。どうやら目的地に到着したようだ。
ここはアイラ神殿。
みな馬車を降り、神殿へと足を進めた。
美しい庭園を抜け、神殿の扉を開ける。
わぁ、綺麗……とヒビキ。
初めて来るねぇ、とマッカラン。
本の中の世界だ、とモンキー先生。
ウキキ! とスモーキーが、なんやここ! と驚いている。
ラフロイグは、「あ……」と女神像に目を奪われていた。
天国には、こんな綺麗な人がいるのか……と思っている。
デュワーズは教皇バスカーと知り合いなので、「こんにちは」と挨拶していた。
「デュワーズさん、ヤマザキさん……今日は賑やかですね」
「ああ、また冒険させてくれない?」
「いいですとも、ささ、こちらです」
バスカーは二階にあがるよう案内する。
だが、ヤマザキは首を横に振った。
「今日は、魔物にようがあるんだ。しかも強いやつ」
「ほほう……では、こちらですね」
バスカーは、神殿の奥にある大きな扉を開けた。
そして、ヒビキの顔を見るなり、「あの……」と声をかける。
「もしや……聖女様では?」
はい、とヒビキは目を丸くする。
驚いた。何でわかるのだろう。
「私の魔力がわかるんですか?」
「もちろんです。聖女様、特有の優しい光り魔法が溢れてますから」
すると、「ヒビキさぁ」とマッカランが彼女の肩を触る。
「魔力をコントロールして小さくしてみなよぉ」
「魔力を小さく……ですか」
「ああ、そうすれば聖女だってバレないからぁ」
「なるほど……」
うなずいたヒビキは、意識を魔力に集中させた。
彼女に宿る、目には見えない魔力のオーラが、だんだんと細くなっていく。
おお! とみな驚いている中、ヤマザキにはまったく見えていないため、共感できない。
素晴らしい! とバスカーは目を見張った。
「我が魔力探知でも見つけられない……とても魔法が上手ですね、聖女様」
「ありがとうございます……」
ぺこり、とヒビキは頭をさげた。
腕を組むマッカランは、「くくっ」と苦笑する。
「女将さんは魔力を隠さないですね。なぜですか?」
「ああ、あたしは攻撃特化型の魔法使いだからねぇ。わざと魔力を見せびらかして、無意味な戦闘を避けてるのさぁ」
「なるほど……怖いから寄ってこないってことですね」
雑魚に用はないのさぁ、とマッカランは答える。
ヤマザキは、「ヒビキちゃん」と呼んで優しく見つめた。
「戦闘になったらおれの近くにいてくれ。すべての攻撃を跳ね返すから」
「わかりました」
「そして、傷ついた仲間を回復させるのがヒビキちゃんの役目だ」
はい、とヒビキは元気よく答えた。
とんとん、とヤマザキは背中を叩かれる。デュワーズだ。
「ぼくもおじさんの近くがいい!」
「ああ、遠距離攻撃はまかせたぞ、敵の弱点を探ってくれ」
「うん」
俺は? とラフロイグが聞いてくる。
前衛で戦ってくれ、とヤマザキは答えると、「うっす!」と返事した。
モンキー先生は、どんな戦い方をするのだろう。よくわからないので、「先生は何ができる?」と聞いた。
「僕はスモーキーと連携して土魔法が使えます」
「そうなのか、じゃあ戦闘が優位になるよう動いてくれ」
「了解です」
さあ、準備完了だ。
アイラの森へ、いざ出発!
教皇バスカーは門番としてここにいるため、こっそり冒険者の魔力を測っていた。心の中で、マッカランのことをかなり危険視している。
(この女性の魔力は国家レベルの強さだ……絶対に敵に回してはいけない)
さらにバスカーは測定をする。
(魔物使いと弓使いの魔力は中の下。戦士は珍しい無の魔力がある。ヤマザキさんの魔力は微量……まぁ、聖女様の回復魔法もあるし、このパーティなら思う存分に冒険ができるだろう)
みんな、勇敢に歩き出す。
神殿の外は、鬱蒼とした森が広がっていた。
ざくざくと森を拓くように進むと、木に止まっていた鳥が一斉に逃げ出す。あらゆる魔物がいたが、マッカランを見るなり恐れて逃げていった。
するとデュワーズが突然、「あははは!」と笑い出す。
「お姉さん最強だね!」
「ああ、ハイランド王国で一番魔力があるよぉ」
すごっ! とモンキー先生が喜ぶ。
ラフロイグは、戦闘で負傷しやすいのでヒビキに、「今日も、よろしくね」と愛想よくしていた。
はい、とヒビキはクールに答える。
デュワーズは、「あははは!」とさらに笑った。
「戦闘中さ、おじさんは何をするの?」
「おれはマネジメントだよ」
「何それ? まんじゅうめん……と?」
間に入ってきた、ヒビキが答える。
「マネジメントは管理です。おそらくおじさんは、後方からみなさんに指示を出すのだと思います」
「あははは! 魔法が使えない、無能だもんね」
「はい、指示厨はウザいですよね」
うるさいなぁ、とヤマザキは嫌な顔をする。
無能、という言葉に、モンキー先生は驚いた。
「え! ヤマザキさんって魔法使えないんですか?」
「まぁな」
「頭脳で戦う知将ですね!」
「そんな感じ。でもラフロイグだって魔法が使えないだろ?」
ごめん、とラフロイグは頭をかいた。
「俺は無の魔力が使えるっす」
「え? 無ってすごいな!」
「いや、無はたま~にいますよ。シンプルに筋肉強化するだけっすから」
「へ~、無の魔石があらゆる万物を動かせるから、筋肉も動かせるってわけか」
「極めると拳で岩も砕けるっす! うちの親父がそうでした! オレもそうなりたいっす!」
「ラフロイグならできるよ!」
がんばるっす、と彼は奮い立つ。
パーティは、ずんずん森の奥に進んでいく。
茂みをかき分けると、青く澄んだ湖が現れた。遠くには滝があり、荒々しい岩肌が無骨に剥き出ている。
湖の水面は透明で、綺麗な底が見えた。
「ちょっと休憩しよ~」
と、デュワーズが手で水をすくう。
ん? ふと横を見ると、
「……!?」
ぴちゃ、ぴちゃと水面に口をつける魔物がいて、ヤマザキたちも気づいた。
ガァァァァ!
と、虎のような魔物が襲ってきた。
だが、マッカランの溢れる魔力のおかげだろう。びっくりした魔物は、ぴゅーんと逃げていく。
「女将さん、魔力を抑えてください」
「なんでだい?」
「魔物がすべて逃げてしまいます」
「くくくっ」
「何が可笑しいんですか?」
「ヤマザキさんから聞いた話だと、メタルゴーレムの素材が欲しいんだろぉ」
「はい」
「あたしをわくわくさせる強い魔物だったらぁ、逃げないはずだよぉ」
それもそうか、とヒビキが納得した瞬間だった。
彼女の後方で地響きとともに、ゴロゴロと岩が浮遊する音が鳴り響く。
なんと不思議なことに、いくつもの岩が集まっている!
すると何もなかった空中に、ガチン、ガチンと岩という岩が合体し、ヤマザキたちの目の前に巨岩魔物が誕生した。
ガチーン!
メタルゴーレムだ。
ゴツっとした手と足、それに硬そうな胴体、ぐりんと無骨な頭がヤマザキの方を向く。
場を荒らす者を許さない! そのような意思が感じられる。マッカランの魔力は、揺れる岩の振動で掻き消されていた。戦闘は回避できないだろう。
威嚇のつもりだろうか。
無数の岩が、グゥゥンと重低音を響かせ宙に浮く。
攻撃が来る! とヤマザキは予感し、大声で叫んだ。
「みんなー! おれの後ろに隠れろー!」
ここは貧民街の商店が立ち並ぶ通り。
ぶらぶら歩いているモンキー先生は、ふと風に揺れるのぼり旗に目を奪われた。
『服を洗濯する魔導具はじめました!』
え、何それ欲しい!
今朝、小猿・スモーキーから家事を手伝えと言われたばかり。こんな画期的な生活用魔導具があるなら、ぜひ買いたい。
ぎいい、と古びた道具屋の扉を開けた。
まるで森の中か? と思うほど、みずみずしい薬草の香りが漂う。ポーションを作っているのだろう。
カウンターの奥に少女がいて、大きな瓶の中に薬草を漬けていた。
デュワーズだ。
ふと来店した客に気づき、
「いらっしゃいませ」
と顔をあげる。
モンキー先生は小猿の頭を撫でながら、ニコッと微笑んだ。
「こんにちは、デュワーズさん」
「モンキー先生! 何か買いに来たの?」
「はい、服を洗濯する魔導具が気になって」
ああ、あれか、とデュワーズは魔導具の説明を始めた。
「ヤマザキさんの作った新作魔導具だね。これだよ」
道具屋には、木材の食器や家具、お馴染みの火の魔石コンロや水の魔石バルブ、最新式の、冷蔵魔導具などの商品が並べてある。
そんな中、デュワーズは白い箱型の魔導具を指さした。
「これね、洗剤を入れると服を洗濯してくれるよ」
「やばっ! 欲しいです!」
モンキー先生とスモーキーは瞳を輝かせた。
すぐに使い方を知りたい。
蓋を開けたり、いろいろ触り出す。特に熱心なのはスモーキーだ。わい、家事の負担を減らしたいんや、と思っている。
デュワーズは説明を続けた。
「この二つのスイッチでタンクが回転するんだ。右、左って」
「ふむふむ」
「で、真ん中のボタンで水を抜いて、青いボタンで水を入れて、すすぎ洗いできるよ」
「……ふむ」
「で、最後にいっぱい回転ボタンを押せば脱水だよ」
「……はぁ」
「ウギギ……」
どしたの? とデュワーズが顔を覗く。
スモーキーの目が回っている。頭がパンクしたようだ。なぜなら猿だから、難しい操作なんてできない。
「これ、ボタン、一つにならないかな?」
「ねぇ先生……ぼくに言われても困るんだけど……」
「だってこんな複雑な魔導具、スモーキーが使えないよ! 専業主婦、舐めてるよね? 他にも掃除、料理などしないといけないのに、洗濯のボタンをぽちぽち……こんなのぜんぜん家事の負担を減らしてないよ!」
「先生、うざい……」
デュワーズが細い目をする。
しかし、そんなの関係ないといった顔でモンキー先生はさらに続けた。
「ぜんぜん主婦のこと考えてない! ダメだよこんな魔導具! それに、ここで買った冷蔵魔導具だけど、最近、あんまり冷えないよ! どうなってるの? まったく」
ウキキ、とスモーキーがモンキー先生の肩を叩く。
それくらいに、しとけや、と言っているようだ。
なぜなら、デュワーズが泣きそうになっているからである。
「うう……そんなの、おじさんに言ってよ……」
すると、ぎぃぃと扉が開いた。
中に入って来たのはヤマザキだ。手には食材の入った袋、ぺろぺろと口の中で飴玉を舐めている。
「ん? モンキー先生いらっしゃい……ぺろぺろ」
「あ! ヤマザキさん、ちょっとこの魔導具、ひどいじゃあないですか?」
「どこが? ぺろぺろ」
「ボタンがいっぱいで操作が難しいです!」
ぱちぱち、と拍手するヤマザキ。
みんな、唖然とした。
「モンキー先生、素晴らしい! 目の付け所がシャープだ! ぺろぺろ」
「は、はぁ……」
「まさに操作性が欠点なんだ……ぺろぺろ」
「改良してくれませんか?」
「いいよ、ぺろぺろ」
あの……とモンキー先生が不思議そうにヤマザキを見る。飴玉が気になるようだ。
当のヤマザキは、食材をデュワーズに渡している。
「何を舐めているんですか?」
「はちみつ飴、ぺろぺろ」
いる? とヤマザキは黄金に光る飴を差し出す。
モンキー先生が取ろうとしたが、先にスモーキーに奪われ、ぱくりと口の中に入れられた。
「お、可愛い猿だ」
「スモーキー! それは僕のだぞ!」
「ウッキキー!」
「おい、喧嘩するな。先生の分もある」
「ありがとうございます」
ヤマザキは、ぽいっとモンキー先生の口に飴を投げ入れた。
とろっとした甘さが、ずっと舐めていたいほどクセになる味だ。
「うっま! 何これ!?」
「ああ、厨房にあったはちみつで作ってみたんだ」
「ヤマザキさん、あなた天才ですよ!」
あはは、とヤマザキが微笑んだ。
しかしながら魔導具の欠点を指摘されたこともあり、すぐ真剣な顔に戻った。
「モンキー先生、ちょっと相談なんだけど」
「はい」
「魔導具を改良するのに、二つ魔物の素材が必要なんだ。いっしょに狩りに行かない?」
「いいですけど、何の魔物ですか?」
「うーん、金属を自由に変形させる魔物と魔法が通じない魔物かな」
「ふむ」
モンキー先生は、「そうですね」と考えてから答えた。
「金属系の魔物ならメタルゴーレムが最強ですね。魔法攻撃を無効化する魔物なら……珍しいスライムがいたような」
するとそこへ、タリスカーが薬草を摘んで帰ってきた。
話を聞いていたようだ。荷物を下ろすと、「それなら……」と語り出した。
「ゴムゴムスライムじゃな」
ゴ厶ゴム? とみな聞き返した。
薬草の葉を、ぷちぷち取りながらタリスカーは続ける。
「昔、冒険者だった頃、アイラの森で見たことがある。魔法攻撃が通じない、不思議なスライムじゃった……倒せなくて悔しかったのぉ」
モンキー先生が、「ふむ」とうなずいた。
「メタルゴーレムが生息しているのもアイラ地方です」
行き先は決まったな、とヤマザキ。
木材粘土の杖やミニモフの玉を鞄にしまう。
デュワーズは、当然のように弓の装備を始めた。
「おじさん、パーティのメンバーはどうしよっか?」
「やっぱりラフロイグとマッカランは仲間に欲しいな~」
「あとヒビキちゃんの回復もいるよね! メタルゴーレムの攻撃は強いだろうから」
「そうだな」
「よーし、先生も行くよ! しゅっぱーつ!」
ぞろぞろ、とみんな道具屋から出ていく。
「タリスカーさん、いってきます」
「おじいちゃん、いってきまーす!」
「いってまいります……」
「失礼します」
「ウキキッ!」
「うむ、みんな、がんばれよ!」
独り残されるタリスカーは、ぷちぷちと薬草の花と葉を取りわけながら、
「やっぱり、わしはメンバーに入ってないか……」
と、寂しそうにつぶやくのだった。
◉
がたん、ごとんと馬車が揺れる。
絢爛豪華な室内には、ヤマザキ、デュワーズ、ヒビキ、マッカラン、ラフロイグ、スモーキーとモンキー先生が座っていた。
結局、みんな誘ったら参加してくれたのだ。
馬車はモーレンジの森を抜け、渓谷沿いの道を進んでいた。車窓からは清らかな青空が広がっている。絶好の冒険日和だ。
「めっちゃ、いい匂い……」
「何の香水だろう……やばぁ」
ラフロイグとモンキー先生が、くんくん鼻を広げている。
マッカランの馬車の中に漂う香りは、とても甘く、男の感性をくすぐるようだ。
しかし、ヤマザキだけはあまり関心がない。気持ちは魔導具作りに集中し、考えをまとめていた。
(全自動運転するには時計がいるよな……)
顔をあげたヤマザキは、みんなに質問した。
「なぁ、時計って知ってるか?」
とけい? とみな聞き返す。
当然、ヒビキは知っているので黙っていた。
日時計とか砂時計なら知ってる、とデュワーズ。
水時計、蝋燭やお香を利用した時計もありますね、とモンキー先生。
腹時計っすね、とラフロイグ。
ウキッ、ウキッキキキィ!
(りんご、一個十秒で食うたるわ!)
とスモーキー。猿らしい答えだ。
あたしの国にはゼンマイを巻き上げる機械式があったねぇ、とマッカラン。
ヤマザキは、マッカランの方を向いて、「それだ!」と目を光らせた。
「ゼンマイを無の魔石で動かして時計にする……それでタイマー設定を作ろう。で、水の入れ時間、抜き時間、回転時間を制御して……」
ぶつぶつ、とヤマザキは自分の世界に入っていく。
やれやれ、とみんな肩をすくめた。
「おじさん、ほんっと魔導具が好きだね」
まぁな、とヤマザキはデュワーズの顔を見た。
しばらくすると、がたん、と馬車が大きく揺れた。どうやら目的地に到着したようだ。
ここはアイラ神殿。
みな馬車を降り、神殿へと足を進めた。
美しい庭園を抜け、神殿の扉を開ける。
わぁ、綺麗……とヒビキ。
初めて来るねぇ、とマッカラン。
本の中の世界だ、とモンキー先生。
ウキキ! とスモーキーが、なんやここ! と驚いている。
ラフロイグは、「あ……」と女神像に目を奪われていた。
天国には、こんな綺麗な人がいるのか……と思っている。
デュワーズは教皇バスカーと知り合いなので、「こんにちは」と挨拶していた。
「デュワーズさん、ヤマザキさん……今日は賑やかですね」
「ああ、また冒険させてくれない?」
「いいですとも、ささ、こちらです」
バスカーは二階にあがるよう案内する。
だが、ヤマザキは首を横に振った。
「今日は、魔物にようがあるんだ。しかも強いやつ」
「ほほう……では、こちらですね」
バスカーは、神殿の奥にある大きな扉を開けた。
そして、ヒビキの顔を見るなり、「あの……」と声をかける。
「もしや……聖女様では?」
はい、とヒビキは目を丸くする。
驚いた。何でわかるのだろう。
「私の魔力がわかるんですか?」
「もちろんです。聖女様、特有の優しい光り魔法が溢れてますから」
すると、「ヒビキさぁ」とマッカランが彼女の肩を触る。
「魔力をコントロールして小さくしてみなよぉ」
「魔力を小さく……ですか」
「ああ、そうすれば聖女だってバレないからぁ」
「なるほど……」
うなずいたヒビキは、意識を魔力に集中させた。
彼女に宿る、目には見えない魔力のオーラが、だんだんと細くなっていく。
おお! とみな驚いている中、ヤマザキにはまったく見えていないため、共感できない。
素晴らしい! とバスカーは目を見張った。
「我が魔力探知でも見つけられない……とても魔法が上手ですね、聖女様」
「ありがとうございます……」
ぺこり、とヒビキは頭をさげた。
腕を組むマッカランは、「くくっ」と苦笑する。
「女将さんは魔力を隠さないですね。なぜですか?」
「ああ、あたしは攻撃特化型の魔法使いだからねぇ。わざと魔力を見せびらかして、無意味な戦闘を避けてるのさぁ」
「なるほど……怖いから寄ってこないってことですね」
雑魚に用はないのさぁ、とマッカランは答える。
ヤマザキは、「ヒビキちゃん」と呼んで優しく見つめた。
「戦闘になったらおれの近くにいてくれ。すべての攻撃を跳ね返すから」
「わかりました」
「そして、傷ついた仲間を回復させるのがヒビキちゃんの役目だ」
はい、とヒビキは元気よく答えた。
とんとん、とヤマザキは背中を叩かれる。デュワーズだ。
「ぼくもおじさんの近くがいい!」
「ああ、遠距離攻撃はまかせたぞ、敵の弱点を探ってくれ」
「うん」
俺は? とラフロイグが聞いてくる。
前衛で戦ってくれ、とヤマザキは答えると、「うっす!」と返事した。
モンキー先生は、どんな戦い方をするのだろう。よくわからないので、「先生は何ができる?」と聞いた。
「僕はスモーキーと連携して土魔法が使えます」
「そうなのか、じゃあ戦闘が優位になるよう動いてくれ」
「了解です」
さあ、準備完了だ。
アイラの森へ、いざ出発!
教皇バスカーは門番としてここにいるため、こっそり冒険者の魔力を測っていた。心の中で、マッカランのことをかなり危険視している。
(この女性の魔力は国家レベルの強さだ……絶対に敵に回してはいけない)
さらにバスカーは測定をする。
(魔物使いと弓使いの魔力は中の下。戦士は珍しい無の魔力がある。ヤマザキさんの魔力は微量……まぁ、聖女様の回復魔法もあるし、このパーティなら思う存分に冒険ができるだろう)
みんな、勇敢に歩き出す。
神殿の外は、鬱蒼とした森が広がっていた。
ざくざくと森を拓くように進むと、木に止まっていた鳥が一斉に逃げ出す。あらゆる魔物がいたが、マッカランを見るなり恐れて逃げていった。
するとデュワーズが突然、「あははは!」と笑い出す。
「お姉さん最強だね!」
「ああ、ハイランド王国で一番魔力があるよぉ」
すごっ! とモンキー先生が喜ぶ。
ラフロイグは、戦闘で負傷しやすいのでヒビキに、「今日も、よろしくね」と愛想よくしていた。
はい、とヒビキはクールに答える。
デュワーズは、「あははは!」とさらに笑った。
「戦闘中さ、おじさんは何をするの?」
「おれはマネジメントだよ」
「何それ? まんじゅうめん……と?」
間に入ってきた、ヒビキが答える。
「マネジメントは管理です。おそらくおじさんは、後方からみなさんに指示を出すのだと思います」
「あははは! 魔法が使えない、無能だもんね」
「はい、指示厨はウザいですよね」
うるさいなぁ、とヤマザキは嫌な顔をする。
無能、という言葉に、モンキー先生は驚いた。
「え! ヤマザキさんって魔法使えないんですか?」
「まぁな」
「頭脳で戦う知将ですね!」
「そんな感じ。でもラフロイグだって魔法が使えないだろ?」
ごめん、とラフロイグは頭をかいた。
「俺は無の魔力が使えるっす」
「え? 無ってすごいな!」
「いや、無はたま~にいますよ。シンプルに筋肉強化するだけっすから」
「へ~、無の魔石があらゆる万物を動かせるから、筋肉も動かせるってわけか」
「極めると拳で岩も砕けるっす! うちの親父がそうでした! オレもそうなりたいっす!」
「ラフロイグならできるよ!」
がんばるっす、と彼は奮い立つ。
パーティは、ずんずん森の奥に進んでいく。
茂みをかき分けると、青く澄んだ湖が現れた。遠くには滝があり、荒々しい岩肌が無骨に剥き出ている。
湖の水面は透明で、綺麗な底が見えた。
「ちょっと休憩しよ~」
と、デュワーズが手で水をすくう。
ん? ふと横を見ると、
「……!?」
ぴちゃ、ぴちゃと水面に口をつける魔物がいて、ヤマザキたちも気づいた。
ガァァァァ!
と、虎のような魔物が襲ってきた。
だが、マッカランの溢れる魔力のおかげだろう。びっくりした魔物は、ぴゅーんと逃げていく。
「女将さん、魔力を抑えてください」
「なんでだい?」
「魔物がすべて逃げてしまいます」
「くくくっ」
「何が可笑しいんですか?」
「ヤマザキさんから聞いた話だと、メタルゴーレムの素材が欲しいんだろぉ」
「はい」
「あたしをわくわくさせる強い魔物だったらぁ、逃げないはずだよぉ」
それもそうか、とヒビキが納得した瞬間だった。
彼女の後方で地響きとともに、ゴロゴロと岩が浮遊する音が鳴り響く。
なんと不思議なことに、いくつもの岩が集まっている!
すると何もなかった空中に、ガチン、ガチンと岩という岩が合体し、ヤマザキたちの目の前に巨岩魔物が誕生した。
ガチーン!
メタルゴーレムだ。
ゴツっとした手と足、それに硬そうな胴体、ぐりんと無骨な頭がヤマザキの方を向く。
場を荒らす者を許さない! そのような意思が感じられる。マッカランの魔力は、揺れる岩の振動で掻き消されていた。戦闘は回避できないだろう。
威嚇のつもりだろうか。
無数の岩が、グゥゥンと重低音を響かせ宙に浮く。
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